第11話 磔のマリナ 3
異世界召喚 108日目
イシュ王都を出発し、11日目
川岸をチェルは全力で駆けた。
速い…川岸の荒地を…草むらを…駆けているとは思えないほど、その速さは一定で速い。
黒騎士(博影)と別れた場所へ近づいてきた。すると…
ガキン…ガキン
と、金属を叩き付け合う音が聞こえてきた。
チェルの目の先には、大盾を構える10名の騎士と、大槍を構える3名の騎士の姿が見えた。
黒騎士(博影)は、大盾を構える10名の騎士によってぐるりと囲まれていた。博影の剣は、大盾の防御力にのみ聖力を集中させている騎士に阻まれている。
大盾へ一撃…二撃…と加えていく。
大盾を削っていくが、大盾へ打ち込んでいくと、その隙に後ろから大槍の一撃を打ち込まれる。
その一撃は、聖力を高めた渾身の一撃…黒い甲冑で防御しているが、その一撃を受けるたびに博影の体はダメージを受けた。
剣を構え、集中し足元に魔法陣を出現させると、大盾を構える騎士たちは、ミヒャルの指示の元、魔法陣の外まで包囲を下げた。
大盾で囲み、隙あらば大槍で打ち込み、獲物の力が尽きる時を待つ。
チェルが、ダペス家騎士達にやられた手であった。
…グルル…
チェルは、怒りを込め…低くうなった。草むらの影に隠れながら、近づいていく。
そして、草むらより踊り出…大槍を構えている騎士の背中から飛びかかり、首の後ろから噛み付いた。
「うぁー」
不意に後方から、何者かに飛びつかれ首の後ろに激痛を感じた騎士は、悲鳴を上げた。前のめりによろけ倒れる。
左で大槍を構えていた騎士は、剣に持ち替えチェルの首筋を突く。だが、チェルの体はぐらついても、魔力を高めている体には傷一つつけられない。
チェルは、何度も騎士の首筋に強く噛み付き致命傷を与えると、草むらへさっと飛び込む。
そして、草むらの中を移動しながら…
…グルル…グルル…
とわざと大きく唸り、騎士たちの注意を引く。
そして、草むらより大きく飛び出し、一人の騎士ののど笛付近に噛みついた。
周りの騎士から剣による打撃を受けるが、ものともせず何度も噛み付き仕留めた。
チェルの口周りは、真っ赤に染まり…その牙からは血が滴り落ちた…
目の前で、獣に仲間の騎士2人が無残にかみ殺され、騎士達は動揺した。
黒騎士は、その隙をつき、背中を向けた騎士の首筋めがけ黒剣を振り下ろす。
ブシャッッッ…
首がとび、血しぶきが上がる。
そのまま、右隣の騎士の腹部に剣を突き刺す…剣は、腹部を貫き背中まで貫いた。
ズシャッ…
剣を引き抜く。これで、もはやミヒャルを含め敵は10名。チェルも合流した今、形勢は逆転した。
ミヒャルを含めた10名は、剣を構え円形陣を取った。ジリジリと、黒騎士から離れようとする。
黒騎士は、剣を台地に突き刺し、術袋からアーチェリーを取り出すと、矢をつがえ…
魔法陣を前面に出現させ、魔方陣めがけ矢を放つ。
放たれた矢は、円形陣を組む騎士へ向かい…一人の騎士の腹部を貫き、後方の騎士の背中も貫き…2人の騎士は、拳大の穴が開き血をボトボトと地面に落としながら倒れた。
「くっ、大盾を構えよ!」
ミヒャルを中心に、7人の騎士は大盾で円形陣をはる。
しかし、これでは黒騎士の思うまま…大盾でどれだけ防ごうとも、徐々に削られ死ぬだけだ。
博影は、大盾へ向け矢を放つ。
放たれた矢は、大盾に深々と刺さる。叉、その衝撃で構えている騎士は、1m程後ろへ飛ばされる。
騎士が大盾に全聖力を注ぎ込んでも、このような接近戦では、魔法陣に力を与えられた矢の威力は凄まじかった。黒騎士は、2本、3本と同じ騎士に矢を放つ。
騎士は、聖力が徐々に尽きていく…
大盾を貫いた5本目の矢が、騎士の腹部に深々と刺さった。
…ぐぅぅ…
腹部に矢を深々と貫かれたまま、騎士は大盾を落とし前へ倒れた。
すると、倒れた騎士の上を乗り越えるようにチェルが飛びこみ、ミヒャルの首を狙う。とっさに、ミヒャルは腕で首を守る。チェルは、ミヒャルの右腕に噛み付き、そのまま噛み潰した。
「ぐあっっ」
そして、他の騎士の首へ襲い掛かり噛み付く。騎士達は、慌てて大盾を捨て剣を構え、チェルに剣を振り下ろす。
その円形陣が崩れた隙に、黒騎士も全速力で走りより黒剣を振るった。
1人…叉、1人と黒剣の…チェルの刃の餌食になっていった。
ミヒャルは、右腕を抱え逃げ出す。
「騎士ミヒャル、撤退するのですか?」
他の騎士も追随する中、一人騎士が剣を構えたままミヒャルの背中へ問う。
その首を黒剣が襲う。剣を構えたまま、その騎士の頭が空中に飛んだ。
首からは、血しぶきが空へ舞い上がった。
チェルは、逃げる4名を追いかけ騎士の背中から襲い掛かる。止めを刺す。次の獲物を追いかけようとしたとき…
遠くから…川岸に沿って騎兵部隊が近づいてくるのが見えた。
…助かった…
ミヒャルと3名の騎士達は思った。
川岸に沿って騎兵部隊が向かってくる。先頭はミヒャルが向かわした伝令だった。その後に、イガルが続く、騎兵の数およそ100名。
自分の欲のために、実の姉マリナを裏切り、差し出したイガル。ミヒャルは、伯爵とそのように仕向けたのであったが、イガルの心根を侮蔑していた。
援軍を呼んできた伝令の騎士には、心の中で感謝をする。
「イガル、遅いぞ」
右腕をつぶされ、格好のつかない守備隊長ミヒャルは、イガルを叱責する。
だが…黒騎士1人にやられ逃げてきたミヒャルでは、何を言おうと無様なことに変わりはない。
…ふん、無様な…
イガルは馬上より、ミヒャルを一瞥し…
「川岸沿いに馬を駆けさせたもので、時間がかかりました。黒騎士を仕留めます」
というと黒騎士へ向け全軍を進めた。
「チェル、戻ってこい!」
黒騎士は、チェルを呼び戻した。騎兵は約100…とても打ち合える数ではない。
チェルと川へ飛び込み対岸を目指す。泳ぎの速いチェルが、博影を後ろから押す。
川幅は25m足らず…対岸へたどり着いたとき、イガル以下100名の騎兵は、岸たどり着いた。
…黒騎士かまさか、こんなチャンスが訪れようとは…黒騎士にモスコーフ帝国軍は辛酸を舐めさせられている。ここで、俺が討ち取れば…城塞都市グリナの城主となるのも夢ではない…
「全軍、川を渡る。敵は皆殺しの黒騎士だ! 討ち取ったものは、モスコーフ帝国の歴史に名が刻まれよう。進めー」
イガルは、剣を抜き掲げ、100名の騎士に進軍を命じた。
騎士達は、次々と騎馬で川へ入っていく。あっというまに、川が騎兵で埋め尽くされていった。




