第10話 磔のマリナ 2
異世界召喚 108日目
イシュ王都を出発し、11日目
黒騎士(博影)は甲冑に魔力を僅かにそそぎ、浮力を与えている。
仰向けになり、川に顔の部分が浮き、体は見え隠れする程度でゆっくり流れていく。
チェルは、頭を博影の胸元へ置き…同じく、体は川の中へ沈ませ流れていく‥
よほど、なにかあると考えて見ないと黒騎士(博影)とチェルを見つけることは出来ないだろう‥
ヒュンヒュンヒュン……パシャ、パシャ、カキッ
突如、川岸より20程の矢が放たれ、黒騎士と水面を打った。
「速い‥もう、引き返してきたのか?」
黒騎士は、立ち泳ぎとなり川岸を見た。
そこには‥
城塞都市グリナ・守備隊長、騎士ミヒャル・ウーシ率いる20騎程の騎兵が、川岸に沿ってこちらへ追いつきつつあった。
「やはりな‥馬を見せかけにし、自らは川の流れとともに脱出しようとは‥狡猾なやつよ」
守備隊長ミヒャルは、しばらく馬の足跡を追っていたのだが、先ほどまでの足跡とは異なり、その勢いよく深くえぐられた足跡に違和感を感じ、空馬でないかと推測した。
そして、黒騎士は、川を下っているのではないかと考え川下を捜索し…川中に黒いものが浮かんでいるのが見え、部下に矢を射させ黒騎士を確認した。
…くっくっ…
ミヒャルは、自分の推測が見事に的中したことで、ほくそ笑んでいた。
「ついてるぞ、噂の黒騎士をこの手で打つ機会がおとずれようとは! そろそろ、ノロマなイガルも追いついてくるだろう。
だが奴なら、空馬に引っかかりそうであるな。一人、イガルたちの騎兵隊をこちらに呼んで来い」
「はっ!」
最後尾の騎兵が、踵を返し急ぎ駆けていく。ミヒャルは、イガルに合流を促すため騎兵を1騎、伝令に出した。
「伝令が出たか‥空馬に向かわせた追っ手を呼びに行ったのか? いや、城の追撃部隊かもしれないな」
このまま追っ手と逆の対岸に逃げても、こちらに馬はない‥すぐに追いつかれるだろう、
黒騎士は、黒いマントと赤く染まったスカートを取り出し、水面に顔半分だけ出しているチェルに被せる。
‥チェル‥女と逃げているように見せかけないといけない。このまま下流へ流れていき、隙を見て分からないように逃げてくれ‥
チェルは、不満そうに低く唸ると、博影から徐々にはなれ下流へ向かっていった。
黒騎士は、追っ手のいる川岸へ寄っていく。
「ふん、マリナを逃がそうというのか、偽善者が! 一人二人助けたからと言ってなんになる。なにも、変わりはせぬわ!」
ミヒャルは、マリナをしとめる為、2騎向かわせた。
黒騎士は、川岸から3mほどで立ちあがり黒剣を両手で構えた。川は、腰の下くらいの深さだった。
これでは、騎馬突撃をするわけにはいかない。ミヒャルの指示で、騎士たちは馬を降り、それぞれ、得意の得物を取り出し構えた。
‥よし、これなら‥
黒騎士は、足元に…水中に魔法陣を出現させた。
川より上がり、騎兵のランスによる突撃を受けると、かなり魔法陣へ魔力を注ぎ込まなければならない。約30人の騎馬突撃を受ければ、いくら絶対防御の魔法陣と言えど、魔力をかなり消費し、増援部隊の相手は出来ないだろう。
騎士が一人、黒騎士へ近づいていく。以前より、洗練されているとはいえ、幼少の頃より剣を振っている騎士とは武術が違いすぎる。
騎士から見れば、黒騎士の構えは剣をはじめたばかりの初心者に見えた。
騎士が、大剣を振り上げ‥黒騎士の左肩へ向け振り下ろした。
ガキンッ‥
大剣は黒い甲冑によって阻まれ、黒騎士は微動だにしない。黒騎士は、黒剣で騎士の胴体を横から払った。
ズバアッ…
騎士は‥胴体から真っ二つにされ‥体は、川へ沈んでいく。川が真っ赤に染まっていく。
「なんだあれは‥」
ミヒャルは、目の前の出来事が信じられない。もちろん、居合わせたすべての騎士も見たことが信じられない。
…あの武器、あの甲冑、あの足元に光る魔法陣‥こやつ‥噂は本当だったという事か‥
「そんなはずは‥ないっ!」
2人の若い騎士が、2人同時に大剣を左右から黒騎士の体に打ち下ろす。
ガキッ、ガキッ…
しかし、黒騎士の体は動かず‥その場所から1mmたりとズレもしない。
ズバッ、ズバッッ…
そして‥若い2人の騎士は、真っ二つになった。
黒騎士は、3人のむくろに足を取られないように、2mほど横へ移動する。
「まて、全員距離を取れ!」
守備隊長ミヒャルが、20名の騎士に命じた。騎士達は、黒騎士を中心に川岸に半円になり剣を構えた。
‥くっ‥さすが騎士‥ギュラー砦での傭兵たちと違う‥
博影は、若干焦りを感じていた。100人切りの傭兵たちと違い、聖力が強く、聖石を嵌めてある武器を十分に使える騎士の一撃は重い。
その為、足場の悪い水の中に引き込み、絶対防御に費やされる魔力を温存しようと考えていた。
だが、敵は遠巻きに威嚇しこちらの思惑に乗ってこない。
このまま…さらに追っ手が加わると‥時間が立てばたつほど、こちらが不利になる…
博影は、意を決し川から上がる。
ミヒャルと20名の騎士は、黒騎士が進めば後退した。
そして、博影は足場のしっかりとした土の上まで進むと…正面の守備隊長ミヒャルへ向け駆け出した。
すると、騎士たちはとっさに、ミヒャルに近づけまいと、黒騎士の前をふさいだ。
博影は、黒剣で前に立ちはだかる騎士の腹部を甲冑ごと刺し貫く。
これならば、魔法陣の力を借りれずとしても、敵に致命傷を負わせられる。
1人、2人、3人と…
敵騎士の剣を受けながら、敵騎士の腹部を深々と貫いていった。
その時…川下では…
チェルは、マントの隙間より追っ手を見ていた。追っ手は、わずか2人である。
…これでは…博影の…負担が大きすぎる…
しばらく、川の流れに任せて下る。そして、川岸へ近づいていく…
すると…2人の騎士は、馬を降り剣を抜き、マリナ?(チェル)が川岸へ着くことを…上がってくることを待った。
ゆっくりと、川岸に近づき…急に起き上がり、チェルは…ガゥガァー…と、一声吼えた。
2頭の軍馬は驚き、騎士の制止を振り切って逃げ出した。
その獣は…全身真っ黒で、毛は短く
前足の付け根の肩口付近には、まるで触覚のようなひらひらとしたむちのような物が2本生えている。眼光は鋭く…目は…薄く、赤く光っていた。
「これは…狼? 黒豹? なんだ? くそ、だまされたか」
騎士2人は、雷獣を知らないようだ。黒騎士の僕
しもべ
の黒豹?に、だまされたと考え叉、軍馬が去ってしまい激高した。
「こいつ、死ね!」
1人の騎士が、剣をチェルに振り下ろした。チェルは、その刃をかいくぐり、騎士の右腕の付け根を甲冑ごと噛む。何度も、力強く噛み…噛み潰した。
「ぎゃあぁぁぁっ、くそ、くそこいつ殺してやる。殺してやるぞ!」
腕をつぶされた騎士は大声で吼える。
他方の騎士が、腕に噛み付く黒豹? に剣を振り下ろした。チェルの体に…確かに振り下ろされたが…刃は…チェルの体に食い込まない。
すると、チェルは、右腕を噛み潰した騎士にとどめをせず、もう一人の騎士の右腕に噛みついた。やはり、何度も噛み付き…右腕を噛みつぶした。
「ぐあぁぁぁー」
騎士は、悲鳴をあげ、後ずさりし始める。
チェルは、一人の騎士に飛び掛かり、の首付近に噛みつく。何度も噛み付く…何度も…
「グァッッ…」
騎士は絶命した。
「ひっ、化け物~」
もう一人の騎士は、立って逃げ出した…が、チェルは、後ろから飛び掛り、同じく首に噛み付き…何度も強く噛み、噛み潰す。
騎士は、地面にうつ伏せになったまま絶命した。
地面を真っ赤な血が流れていく。
雷獣の幼態のチェルは、魔力を全身にみなぎらせれば、体は剣も通さない。叉、聖石で守られた甲冑を噛み潰す力もある。
しかし相手の戦闘能力を奪うまでに時間がかかる。殺すまでに時間がかかる。
だから、1対1では非常に強いが、相手が集団での戦では…その特徴を発揮できないのだ。
2人の騎士にとどめをさしたチェルは、川岸を走った。黒騎士(博影)の元へ急ぐ。




