第7話 一騎討ち
異世界召喚 26日
「あれは、治癒術か…」
マクシス伯爵の眼前では、足元に魔法陣を展開させた黒騎士(博影)が、甲冑の隙間から血が滴っている騎士達の血止めをしているようだった。
そして、ルデン辺境伯が、足を引きずりながら一騎打ちへ向かおうとするのを制し、黒騎士(博影)が中央へ進み出た。
傭兵の野次が一層激しくなり、賭けもはじまり出した。
そして、黒騎士の前に、装備は皮鎧であるが、身長2mはあろうかと思える屈強な傭兵が立った。
周りの傭兵達から、諦めの声が聞こえる。
まるで、大人と子供の一騎打ちのようだった。
黒騎士が黒い術袋から、黒く…反りのある、長く…細い刀を取り出し構えた。
しかし、足元はおぼつかなく、傭兵の殺気に押されている。
「よし、賭けをしめきるぞ! はじめるぞ〜ぼうず、いいかぁ〜」
と、賭けを仕切っていた傭騎兵隊の隊長が剣を振り上げ、一騎打ちの開始の合図を出した。
屈強な傭兵は、黒騎士の殺気負けしている気持ちを見透かしたように、薄ら笑いを浮かべ…警戒もせず、黒騎士に近づいた。
「一太刀で終わりですな」
マクシス伯爵へ、傍らで立つ重装騎士が言う。
その騎士の言う通りだろう、あまりにも差がありすぎる。
…この少年は、むざむざ殺されにきたのか…それもあのような黒の甲冑、黒の剣で…
この世界では、武具は通常黒は、ありえない。特に騎士は、どのような宗教に属していようが、聖石の加護を受ける武具を使用するので、白や銀が好まれ、黒い武具はありえないのだ。
傭兵が、両手で剣を握り構えた。
黒騎士は、傭兵の構えに対し、剣先を変えることなく剣を振り上げたままだ。
「相打ちねらいか…足元に輝くあの奇妙な光の輪は気になるが、あの様子では傷一つ与えることは、出来ないだろう…やはり…見誤ったか…」
マクシス伯爵は、つぶやいた。
黒騎士の首めがけて、剣が力強く振りおろされた。
周りにいる全員、次の瞬間、黒騎士の首が血しぶきをあげながら、空中に舞う様子を浮かべた。
しかし…
黒騎士の首は飛ばす、又傭兵の剣を首で受けたまま、黒騎士の体は、動かず、よろめきもしない、
かわりに、相打ち狙いのように力なく振り下ろされた黒い剣が、屈強な傭兵の体を、真っ二つにし、傭兵の体から、飛び散る血しぶきで黒の甲冑を赤く染めていた。
静寂が…訪れた
目の前の光景が、全員信じられないでいた。
…なぜだ…
黒騎士は、あれほどの剣を受け、体は鋼のように動かず、微動だにしない。
かわりに、黒騎士のまるで2倍近くある傭兵の体が、あの細い剣で、弱々しく振り下ろされた剣で、真っ二つにされたのだ。
目の前の事が理解できなくても、次の対戦者は、まったく揺るぎはしない。
相手を侮りすぎた馬鹿な奴のおかげで、金貨1000枚が、自分に転がってきたと思うだけだ。
しかし、次の対戦者も同じだった、黒騎士に真っ二つにされた。
次の傭兵は、大きな戦斧を振り下ろした…しかし、黒騎士は甲冑で受け止め微動だせず、傭兵は、真っ二つになる。
次の傭兵は、ランスを持ち騎馬で突進してきた。周りがはやし立てる…そりゃ卑怯だろうと…
全員が、黒騎士がランスで貫かれると思った瞬間…傭兵は、馬ごと真っ二つにされた。
しかし、傭兵達は怯まない。あの袋から出された金貨は大金貨だった…それが、1000枚である。一生遊んで暮らしても使え切れない金だ。
目の前の事がどうあれ、傭兵達はひるむ事なく次々に名乗りを上げた。
マクシス伯爵、正騎士達は、目の前の信じられない光景を一言も発さず見入っていた。
黒騎士が、次々に傭兵を真っ二つにしていく様子を…
10人…20人…40人…60人と、傭兵は切られていく。
相変わらず、黒騎士は剣を体に受け、微動だにしないが…
もはや、剣を持ち上げる力も無くなり、大地に剣の切っ先がつき、横に薙ぎ払うように剣を振るっていた。しかし、その弱い剣でさえも…傭兵は腰の付近から真っ二つにされ、血で大地を染めていた。
「あの、足元の光の環……まさか、古の魔法陣か…」
マクシス伯爵はつぶやく。
「伯爵、やはりあの者、密偵からの報告にあった異世界から召喚されたものでないかと」
「たしかにな。あのようなまるで神のような…いや、悪魔のような所業を見せられては、この世界の者だとは思えまい。
しかし、あの魔法陣の光も弱まってきた、もはや、時間の問題だろう」
そう、周りの誰もが思った。
78人目の体を、二つに切り飛ばした後…黒騎士は、片膝をついた。
79人目の傭兵は、長槍を持ち、黒騎士の間合いの外から突き刺した。
黒い騎士が、少しよろけながら、突き刺された槍を左手で握り引き寄せ、傭兵を切り飛ばした。
初めて黒騎士が、よろけた事で傭兵達に歓喜の声が上がる。
しかし、その後も剣を受け…よろけながらも傭兵を切り飛ばす。黒騎士の甲冑は、傷一つ付いていないが、足元には、血が滴り落ちていた。
92人目…よろけながらも、真っ二つに切り飛ばした傭兵の体が、黒いもやに包まれ一部溶け出した。
黒騎士の甲冑の隙間からも、黒いもやが少しずつ溢れ出している。
黒騎士は、周りの歓声に、様子に反応しなくなった…意識が途切れ途切れになっているようだ。
しかし…
逆に、異様な気迫が周りの空気を威圧し始めた。
…悪魔…
周りの誰かが、つぶやいた…
しかし、欲に目のくらんだ傭兵は黒騎士の前に立つ。
99人目、背の低い小柄な騎士が挑んだ。槍で、黒騎士の首を突く。よろけながらも、手練れてきた黒騎士に、やはり槍を掴まれ態勢を崩す。
黒騎士が、剣を横に払う…しかし、横に払いかけた剣先を引き、傭兵の右腕を払った。
傭兵の切られた右腕は、地面に落ち溶け出した。
傭兵は、黒騎士に倒れこみながら、なおも諦めず、左手で短剣を抜き黒騎士の首にあてがう。しかし黒騎士の首を切れず、黒騎士に殴られ倒れた。
100人目…
大鎚を持った傭兵が立った。傭兵が持つ大鎚は、人の体ほどにもある大きさで、どうやら、対騎士用のようだ。甲冑ごと、吹き飛ばすのだろう。
「これで、最後だな…」
大鎚を持つ傭兵は、モスコーフ帝国内でも名の知られた傭兵だった。
傭兵は、大鎚を大きく振りかぶり…真上から黒騎士の頭めがけて、大鎚を振り下ろした。
ブシュゥゥゥ〜
大鎚ごと、真っ二つに割られた傭兵が、血しぶきをあげながら倒れ落ちた。
…悪魔だ…
欲に目のくらんだ傭兵達も、黒いもやが、甲冑の隙間から溢れ出しながら、切り続ける異様な黒騎士を睨み…恐れ…動きが止まった。
その時、伝令がマクシス伯爵の傍に来た。
「そうか…タタン公爵が来たか…」
マクシス伯爵は、中央へ進み、剣を抜き掲げ…
「ここまでだ、全軍、撤退する」
騎士達が、どよめいた。
「マクシス伯爵、よろしいので? あやつは、ここで仕留めた方が良いかと考えます」
騎士が、急ぎ伯爵に近づき進言する。
「よい、タタン公爵が来た、我々はここまでだ。それに…タタン公爵も、歯ごたえがないとつまらないだろう?」
マクシス伯爵は、騎士ににやりと応え、黒騎士に近づいた。
「黒騎士よ、見事であった。又、どこかの戦場で相まみえることを、楽しみにしている。これは、100人切りを見せて貰った礼だ」
マクシス伯爵は、首にかけていた大きな聖石を黒騎士の足元へ投げ、きびすを返し馬へ向かった。
…あの、黒いもや…気になるな、飲み込まれなければよいが…
全軍が、マクシス伯爵に続く。
続く数人の傭兵が、殺気を黒騎士に向けるが、黒騎士の周りには仲間の騎士が集まり、大盾で円陣を組み備えている。
マクシス伯爵は、馬に乗り振り返った。剣を大地に刺し、片膝を付いていた黒騎士は、先程、右腕を切った傭兵にゆっくり近づき、魔法陣を出現させると治療を始めた。
「甘いやつだ、長生きできぬな」
そう言い残し、マクシス伯爵は全軍を連れ、森へ消えていった。




