第10話 追撃戦 4
異世界召喚 246日目
城塞都市ロムニア(旧グリナ)・占領132日目
ロムニア国建国宣言より131日目
スタンツァ・ガリア占領124日目
鉄門砦陥落87日目
協定会議・敵討ちより65日目
スタンツア・ガリアを出発し、48日目
ティムリヤン国 14日目
湾岸都市ムナク陥落後 6日目
ジャマ・クルイーク、ガリエフ・クルイークは…
帝国領・都市クランを目指し撤退している帝国軍内では、湾岸都市ムナクが取り返されたことで、団長:ジャマ・クルイーク、副団長:ガリエフ・クルイーク(及び配下の元ティムリヤン国・重装騎兵50名)の指示に、帝国騎兵・帝国市民兵等が従わない為、撤退が遅々として進まない…
との噂を湾岸都市バルカナへ流した。
その情報を得た、湾岸都市ムナクのケルク・ムルガ子爵は、裏切り者を殺す絶好の好機と捉え再び追撃戦を開始した。
しかし…それは…、
ケルク・ムルガ子爵らの首を取り、帝国への手土産にしようとの策であった…
「なんだ? あの土埃は?」
システィナは、馬上より遠くの丘に立ち昇る土埃を見る。
そこへ、斥候を担っていた鉄意騎士団騎兵2名が駆け込んでくる。
「丘を下らず待ち伏せしていたというのか…ジャマ・クルイークとか言ったか、なかなかやるな」
黒騎士等と、斥候の報告を聞いたドレアは、右手で顎を触りながら口元に笑みを浮かべる。この後の戦が、楽しみで仕方がないようだった。
「黒騎士殿、急ぎましょう!」
顔を青ざめさせたホラサンは、若干震える声で黒騎士へ進言した。
ケルク・ムルガ子爵らは、現在動ける騎兵すべてを率いているはず。もし、大敗し多くの騎兵が失われてしまったら…湾岸都市ムナクの防衛に支障が出る。
いや、再びあの裏切り者達の手で、奪われるかもしれない。
「帝国軍は、輜重隊に護衛の騎兵を500配置している。全軍でムルガ子爵等を救援するわけにはいかない。我らの後方からその騎兵500に挟まれる危険がある…。
ホラサン、シャーディ。配下の騎士隊を率い、輜重隊とその護衛の騎士や市民兵を強くけん制して、動けぬようにしてほしい。
ゲオル、配下10名を連れホラサンとシャーディの援護を頼む」
「黒騎士は、どうするのだ?」
「ムルガ子爵の救援に向かう」
「黒騎士殿、無茶です。敵は、騎兵1500ですぞ! 不意を突けたとしても…」
「ホラサン、何も帝国軍・騎兵1500に勝とうと考えているわけではない。ムルガ子爵及び、その本隊の撤退を手助けするために向う」
「しっ、しかし、いくら鉄意騎士団が強いとはいえ、僅か40騎では…」
「黒騎士殿、承知した。ホラサン、時間が惜しい」
女騎士シャーディは、騎馬上でつまらなそうにしているチェルに僅かに目をやると…ホラサンを追い立て、300騎と共に駆けだした。
シャーディは、湾岸都市ムナクの正門を力任せの剣で切り裂き、突入したチェルを見ている。自分らの考えが及ばないようなその力を…
…この者達なら出来るかもしれない…そこに共に立てないのは残念だが…
シャーディ、ホラサン率いる300騎とゲオルら10騎は、森の入り口付近の街道で留まっている輜重隊へ向かった。
黒騎士、チェル、システィナとドレア以下、鉄意騎士団40騎は、黒騎士を先頭に右前方の丘へ駆けあがっていく。
はるか遠くに、土埃が見える。
どうやら、待ち伏せしていた帝国軍・騎兵は、ナフル率いる先陣部隊を敗走させ、丘を降り始めていた。
ケルク・ムルガ子爵率いる本隊に襲い掛かるために…
黒騎士等が、帝国軍に追いつこうとした頃には、帝国軍の最後尾・騎兵300程が丘の上に残っているだけであった。
僅か40騎程度では、帝国軍の誰も気づかない。皆、丘の下に見える帝国軍とティムリヤン軍との戦に気を向けていた。
黒騎士は、帝国軍の後方より近づく。数人の騎士が気づいたが…わずかに目を向けただけであった。
輜重隊を護衛している騎兵数十騎が、手柄目当てに合流してきたとしか、思わなかった。
黒騎士、チェル、ドレアが騎馬を降りる。
黒騎士は、前方に魔法陣を出現させ徐々に回転させていく。
「チェル、頼む」
チェルは、僅かに頷くと黒い術袋より取り出していた黒い大盾を2つ前方に立て、左右それぞれしっかりと握りしめる。背中には、大きな黒い大剣を背負っていた。
そして…盾を前方に構えたまま勢いよく駆け出し、魔法陣に飛び込んだ。
魔法陣中央に吸い込まれたチェルは、勢いよく帝国軍目掛け打ち出されていく。
ドガーン…
最後尾の騎兵300の隊列の中央に、魔法陣から打ち出されたチェルが飛び込む。
その大きな2つの黒い盾に、騎馬ごと騎士は飛ばされる。体全てを…いや、足や手や頭を引きちぎられながら…
チェルが、着地したところから前へ50mほど…血が滴る肉塊が埋め尽くす道となった。
ドレアが、魔法陣に飛び込み…その肉塊の道の中ほどへ着地する。
次に黒騎士が、魔法陣に飛び込もうと駆けだした瞬間…その横をシスティナが素早く駆けぬけ、黒騎士より先に魔法陣に飛び込んだ。
システィナと、黒騎士も魔法陣に打ち出されドレアの傍へ着地した。
早くも、チェルとドレアは剣を抜き、対応に遅れた帝国軍を切り伏せていく。
黒騎士は、足元に魔法陣を出現させ、チェル、ドレアの足元が入るまで広げ、二人の体を活性化させ、魔力を供給していく。
「シス、鉄意騎士団と共に、突撃する予定だったはずだが?」
「そうだったか?」
システィナは、知らぬとばかりに目の前の帝国騎士の首を斬り飛ばした。そして、黒騎士に背中を合わせる。黒騎士の背は、自分が守るとでも言うかのように…
大混乱に陥った最後尾の騎兵300に…鉄意騎士団騎兵40が、突撃した。次々に、ランスで騎兵を血祭りにあげていく。
その混乱に乗じ、周りの帝国騎士を切り伏せながら、丘の端へたどり着く。
眼下に見える草原…200m先では、今まさに、ケルク・ムルガ子爵本隊へ、帝国軍が襲い掛かろうとしていた。
黒騎士は、再び眼前に魔法陣を出現させ…チェルを先頭に次々に魔法陣に飛び込む。
ドガーン…
後方に雷が落ちたかと思われるような響きを聞き、先陣を駆けていた団長:ジャマ・クルイークと、副団長:ガリエフ・クルイークは、騎馬を止めた。
後方を振り返ると、率いている騎馬隊中央付近にもうもうと土煙が上がっており…
ビチャビチャ…
血の雨が鎧に僅かにつき……周りに、引きちぎられた手足や頭が飛んできた。
慌てふためき逃げ出しているティムリヤン国軍の追撃に、騎兵200を向かわせるように指示し2人は土煙の方へ近づいていく。
激しく剣と剣を打ちつけ合う音や、騎士達の怒号…悲鳴が周りを覆う。
土煙が薄れていくと…そこには、4人の出で立ちの異なる騎士が剣を振るっていた。
古ぼけた銀の鎧を着、黒い剣を持つ大柄な騎士。
肩口に見事な装飾を施してある輝く銀の鎧を着、黒い剣を持つ女騎士。
黒い皮鎧を着、大の男の身の丈ほどもある黒い大剣を片手で振り回す亜人の少女。
そして…
黒い甲冑を全身に纏い、黒い片刃刀を持つ小柄な騎士…
「奴は…黒騎士か? チャウ伯爵に打ち勝ち、帝国軍を追い出し建国を宣言し、湾岸都市ムナク沖海戦にて、帝国海軍ガレー船50隻を沈めた悪魔……ガリエフ!」
帝国軍・バルカナ郊外駐屯軍団長:ジャマ・クルイークは、喜びに震える声で隣に並ぶガリエフ・クルイークに声をかける。
「兄者…我らに運が回って来たぞ。黒い甲冑など見たこともない、そして、聖石の加護を持つ甲冑を切り裂くあの黒い剣と、地面に広がる魔法陣…黒騎士だ!」
ガリエフは、ケルク・ムルガ子爵率いるティムリヤン国軍を追わせた騎兵200を呼び戻すように指示し…右手に握るランスを高々と上げ…
「全騎、引けー!」
と、大声を発した。帝国軍騎士達は、黒騎士達を遠巻きに取り囲むように引く。
副団長ガリエフは、騎馬を数歩進める。
「貴公の腕前見事なものである。貴公は、ティムリヤン国に助力している黒騎士か?」
黒騎士は、魔法陣を収め、右手に握る剣を地面に突き刺し…
「その通りだ、戦場を止めてまで問う事が、ただ名前を聞く事だけか?」
「くっくっ、面白い奴だ、そう焦るな。貴公らは、ケルク・ムルガ子爵らを助けるために、此処にいるのであろう?
黒騎士、貴公が我らに下ればケルク・ムルガ子爵は見逃してやっても良いが?」
…こいつしたたかな奴だ。子爵を追わせた追撃隊・騎兵200は戻るように指示している。黒騎士という大きな獲物の前では、子爵などと言う小物に興味はないくせに…
団長:ジャマ・クルイークは、ガリエフが黒騎士と話している間に、包囲する隊を整えさせる。
「200程度の騎兵を追わせただけに見えたが? 俺たちは、貴公らをここに足止めしたことで、目的は達した。子爵らは無事、ムナクへ撤退できるだろう」
「あの中で、よく見ていたものだ、その通りだ。そして我らはもはや子爵になど興味はない。貴公が、僅か4人でこれからどうするのかに興味がある。
そして、もうすぐ子爵を追っていた騎兵200も戻る。
貴公は、我ら騎兵1500に包囲され、その命は俺の手のひらの上にあるわけだ。
この状態で、どうする? 降伏するのなら悪いようにはせんぞ。
黒騎士、貴公が降伏するのなら、そこの3人は見逃しても良い」
「俺と貴様とで一騎打ちするというのはどうだ?」
「我らにメリットはないな。捕虜にしてから、腕前は確かめればいい」
「そうか…なら、貴公以下、1500名の帝国騎士の命は助けてやる。かわりに、この包囲を解け」
「うわっはっはっはっ」
ガリエフは、思いもしない黒騎士の言葉に思わず大笑いし、1500名の騎士達も笑い出した。
その様子を後方で見ていた団長:ジャマ・クルイークは、黒騎士の噂はかなり誇張されていると考えた。
…どうやって得たかはわからぬが、古の魔法陣の力を得たただの愚か者が…ただ、運が良かっただけ…ということか…
どのような強者か…と、期待していた団長ジャマは、張り詰めていた気が若干解け、黒騎士から目を外す。
右手に握る剣を腰に戻し、負傷者の手当てを配下の者に指示した。
「そうか、交渉決裂だな。なら、此処にいる1500名、全員死んでもらおうか!」
そう言うと黒騎士は、足元に再び魔法陣を広げ、徐々に拡大する。
…ガァァァァァ…ガァァァァ…
チェルが、空に向け大きく咆哮する。帝国軍の騎馬は、チェルの咆哮を恐れ、暴れだす。帝国軍騎士達が、騎馬を必死に落ち着かせようとしたその時…
後方の丘の上から40騎の鉄意騎士団が、20騎づつの2列で帝国軍に突撃した。暴れる騎馬をなだめていた帝国騎士達は、対処できず次々に鉄意騎士団のランスで突き落されていく。
帝国軍の後方の陣が2つに裂けていき、その間を鉄意騎士団40騎は全速で駆け、4人の元へ着くと、僅かに減速し、黒騎士、ドレア、システィナを駆けながら馬上に引き上げる。
前方へ駆けだしていたチェルは、馬上の副団長ガリエフに飛び掛かる、思わずガリエフはバランスを崩し、暴れる馬から落下した。
「チッ…」
先程まで、ガリエフが騎乗していた馬上に立ったチェルは、落馬したガリエフを一瞥すると、帝国軍騎兵の中へ飛び込み、その大きな黒い大剣を振り回し、騎馬ごと騎士を真っ二つにしていく。
その暴風の様な激しさに、思わず気後れし帝国騎士達は道を空けた。そこに40騎が飛び込み…包囲網を抜けた。
「なにをしている! 追うぞ!」
団長ジャマは、右手にランスを構えると周りの騎兵を連れ、黒騎士達を追う。
副団長ガリエフも、慌てて騎乗する。
「くっ、あの亜人、俺に屈辱を与えるとは、絶対に許さん。楽に死ねると思うなよ」
ガリエフは、隊をまとめ指示を出し、団長ジャマを追う。湾岸都市ムナク方面へ駆けだした黒騎士等は、急に右へ方向を変え丘を登りだした。
「なに? ムナクへ逃げ込む算段ではないのか? 兄者、前に出すぎだ」
副団長ガリエフは、団長ジャマへ騎馬を寄せ、ジャマへ後方へ下がれと合図を送る。
そして、ガリエフが先頭に立ち、部隊を右へ向け黒騎士を追う。
…追いつけぬ…奴らの騎馬は、我らより駆けているはずなのに…
「どこから現れたかは知らないが、帝国軍の斥候に引っかからなかった場所から急襲してきたのだ。
黒騎士らの騎馬は、我らの騎馬より疲れているはずなのに…なぜ、我らの方がじりじりと離されるのだ…」
ガリエフが、徐々に離れていく黒騎士等を見ながら、吐き捨てた。
「副団長、右を見てください。輜重隊がいるあたりから煙が出ています」
ガリエフの隣を駆ける騎士が、右後方をランスで指す。そこは…もうもうと煙が立ち上っていた。
「くそ、輜重隊がやられたのか…」
すると、300m先を駆ける黒騎士達に、右側から300程のティムリヤン国・騎兵が合流してきた。その後方には、輜重隊の護衛を任せていた騎兵500が猛追している。
「天は我に味方した。これで、こちらは騎兵1700以上だ。手強いのは黒騎士の取り巻きだけだ。ティムリヤン国・騎兵300等など、蹴散らしてくれる!」
黒騎士は、前方に大きく魔法陣を出現させ、鉄意騎士団、ティムリヤン国・騎兵にその魔法陣上を通らせる。全速で駆けているため、魔法陣の影響を受けるのは一瞬だが、騎馬は3~4割ほど疲労を回復させることが出来た。
落ち始めた速度が回復する。
帆船スマルトが停泊する海岸まで、後1km…と迫った時、前方より濃い霧が迫ってきた。そこには、先にスマルトへ引かせていたスコイ(狼)がいた。
スコイは、まるでついてこい…とでもいうように、スマルトの方向へ向け駆け出した。
チェルが、黒騎士の乗る騎馬に飛び乗ってくる。
「コノキリ……テテス…ノニオイ…」
そう黒騎士に告げると、自分の騎馬へ飛び移る。
「テテスか…戦には、協力しないんじゃなかったのかな?」
黒騎士は、小さくつぶやきテテスに感謝した。
「くそ、なんだこの深い霧は…数m先しか見えないぞ。だが、そのおかげで、奴らも速度が落ちた。
ふふ、騎馬が地面を蹴り上げる音、そして、やつらの必死な息遣いまで聞こえてくるようだ」
副団長ガリエフは、自分らが優位に立っているという事を信じて疑わない。だが、慢心はしない。
…そろそろ、海岸だな…ここらの海岸は切り立った崖、さては起死回生の策として、我らを崖から落とそうとでも言うのか…
後方を駆ける団長ジャマへ伝令を送る。
副団長ガリエフ率いる騎兵500は、左側へ大きく迂回し、団長ジャマ率いる騎兵500は、右側へ大きく迂回していく。
残る騎兵700は、まっすぐ黒騎士等を追う。
こうする事で、切り立った海岸傍で左右どちらに急に方向を変えようと、逃がすことはない。
霧の奥に篝火が…見えてきた。そして、天幕も…
「そろそろだな、どちらに方向を変えるか…」
左側を迂回しているガリエフは、部下たちに…右側から急に黒騎士達が現れる可能性がある…注意せよ…と檄を飛ばす。
しかし…黒騎士等は現れない…海岸に打ち寄せる波の音がする。
ガリエフは、隊を止めると…ゆっくりと中央へ向け進めた。
すると…
濃霧の中…350騎程の黒騎士達は、海岸傍に留まっていた。
3方より、帝国騎兵が詰め、騎馬を止める。
「黒騎士。どうやらここまでのようだな。貴公は何をしたかったのだ? ただ、やみくもに逃げるしか能がないとは、残念なことだな。
騎士ならば、命を捨て突撃した方が、まだましだったと思うがな」
副団長ガリエフは、若干、嘲るように霧へ向かい大声で怒鳴った。
「裏切り者に潔く突撃しろ…などと言われるとは、笑い話にもならないな。ガリエフ、貴様はただの裏切り者だ、その汚らしい素っ首、今叩き落してやる」
「その声は、ホラサンか? 生きていたのか? てっきり、聖ギイス領の闘技場で、魔物の餌となったと思っていたが、よくよく執念深いことだ」
「貴様の首を切り落とすまで、我らは死なぬ」
「その声は、シャーディか? これはまた、懐かしい役立たずの面々が揃ったものだ」
…くっくっくっ…
帝国軍騎兵達より、失笑が漏れた。
「裏切り者というのは、たいそう口が軽いものらしいな。ガリエフ、ジャマ、その首しばらく預けておこう。
帝国領・都市クランまで、まだ道のりがある。大事にしろ」
そう黒騎士が言ったとたん、野営地の篝火が倒れた。地面の水たまりで火が消える。
「黒騎士が逃げるぞ! 中央の部隊のみ、突撃せよ」
副団長ガリエフは、中央の部隊に突撃を命じた。左右の部隊は動かず待つ。この濃霧の中では、多方向から突撃すれば、同士討ちの危険が高い。おそらく、黒騎士もその混乱に乗じて、逃げるつもりだと…ガリエフは考えた。
「副団長、これでは黒騎士は、崖から落ちるのでは? 崖を降りて海の中を探すのは面倒です」
「今は、満ち潮だ。少なくとも崖に打ち寄せられる。すぐに見つかる」
…うあぁぁぁぁ……ぎゃぁぁぁ…
騎士達の悲鳴や、騎馬のいななきが響き渡る。
「何が、起こっているのだ?」
左右の帝国軍は、徐々に包囲を狭めていくと…目の前に大きな裂け目が現れた。徐々に霧が薄くなっていく‥。
海岸から、約幅20m…奥行30mほどが、大きく削られていた。眼下では…この大きな裂け目に落ちた騎兵700が、荒れる波に翻弄され…岸壁に打ちつけられている。
波にのまれ、激しく打ちつけられ…死んでいく。
「なんだ…これは…黒騎士は、どこへいったのだ?」
ガリエフは、霧が徐々に晴れていく海に目を移すと…そこには…50m級大型輸送船の2倍以上はあろうかと思える大型帆船がいた。
船首には、黒騎士が立ち、後方の甲板上には、300騎以上の騎兵がいた。
「くそ、そう言う事だったのか…」
黒騎士という、大きな獲物を手に入れた。我らは、なんと運が良いのだ、と、気持ちが高揚していたガリエフは、敗北を知り…言葉が出ない。
ただ、船首に立つ黒騎士を睨むことしかできない。
「卑怯だぞ、降りてきて戦え!」
「臆病者、にげるのか!」
帝国騎士達は、無駄だとわかっていながらも、騎馬を降り、崖の端から船へ向け罵声の限りを尽くす。
帆船の船首付近に淡く輝く魔法陣が現れたかと思うと…
その魔法陣の中心から、次々と矢が放たれてくる。その黒い矢じりの矢は、帝国騎士達が集まる岸壁の下方を大きく貫く。
岸壁が大きく割れ、次々にがけ下の海中へ落ちていく‥その上にいた、帝国騎兵をも飲み込んで…
200名程の騎士が、岸壁から落ち…海の藻屑と消えた。
「引けぇー」
慌てて団長ジャマは、撤退を指示する。帆船スマルトが、遠くへ消えていく姿を見ながら、輜重隊へ合流するために、騎馬の足を速めた。
…………
そして、輜重隊・市民兵3500と合流した団長ジャマ率いる騎兵800は、急ぎ燃え残った食料などを集め、街道に入り北へ撤退していく。
しかし…夜・午前1時頃…街道から少し離れた森の中で野営している所を、イオン率いる十字隊50騎に夜襲され、僅かな食料もすてて逃げる事となった。
夜明けまで執拗に夜襲を受ける…翌日からは、イオン等に合流した黒騎士からも夜襲を受け、ジャマ・クルイーク、ガリエフ・クルイークはわずかな手勢のみで、命からがら都市クランへ逃げ延びた。




