第13話 魔物の島 8 魔物の島の神 1
城塞都市ロムニア(旧グリナ)・占領109日目
ロムニア国建国宣言より108日目
スタンツァ・ガリア占領101日目
鉄門砦陥落64日目
協定会議・敵討ちより42日目
魔物の島8日目
ドミネーターは、博影達を背に乗せ上流へ向かっていく。目の前に大きな滝が現れ…その滝をくぐると、奥は大きな洞窟となっていた。
ドミネーターは、真っ暗な洞窟の奥へ進んでいった。
「ツイタゾ…ワガセカラ…オリロ」
博影に皆つかまる。博影は黒いローブを柔らかくはためかせながら、ドミネーターの大きな背から飛び降りた。
明かり一つない洞窟の奥は、暗闇に目が慣れても何も見えない。
「ドミネーターか、何用だ? 我が眠りを妨げるほどの事か?」
不意に、前方より静かな低い声が聞こえた。
「マホウジンヲアヤツル…ニンゲンヲ…ツレテキマシタ」
ドミネーターは、少し頭を持ち上げ答える。
「ほう…面白い、そこの人間が魔法陣を操れるというのか…魔法陣を操る人間など、1000年ぶりだな」
声はするが、博影達はお互いの姿を見れない程の真っ暗な闇のなかで、声のする方向へ意識を集中する。
すると…足元の地面がわずかに光りだした。
「大きい…あれは…あれが、竜なのか…」
ルーナが思わずつぶやいた。見上げたその先には…
海の底の様な深い青色の竜が頭をもたげていた。竜は、ゆっくりと起き上がり、背中の羽根をまるで背伸びをするかのように大きく広げ、折りたたむ。
そして、博影達の方へ顔を向け、目をゆっくりと開いていく。
「ほう、魔法陣を操る人間にしては若いな」
青い竜は、博影を見つめていた。
「人間、どうやって魔法陣を使えるようになった? 魔術書か? まさか、自ら見出したわけではあるまい」
その深い青い竜の…深く青い目で見つめられた博影は、思わず身動きが出来ないでいた。
「どうした人間! 答えぬか!」
「ヒロカゲ」
傍らに立つチェルが、博影の左腕をつかんだ。博影は我に返る。
…最初に問う事が魔法陣の事とは、異質な力だが…なぜ…
博影は、一呼吸おき竜の目をしっかりと見る。
「答えるとなにか良いことでもあるのか?」
竜はいらだつ様子も見せず、僅かに目を細める。
「ふふっ、面白い人間だな。我と駆け引きをしようというのか? 人間、何が望みだ?」
博影は、同じく竜の大きさに威圧されているサフルティアを見る。その視線で、サフルティアも我に返った。
そして、数歩前に歩き博影の隣に並び竜を見上げた。
「竜よ。私たちは1年ほど前、上級エリアで行方不明になった5人の人間を探しています」
「1年前か…心当たりがなくもないが…」
「竜よ、どうか教えてください。どうか、どうか、お願いします」
サフルティアは、何度も頭を深々と下げた。
「ふむ、まぁ、我には普通の人間の事などどうでも良いことだ。よかろう、それが願いであるならば、我に力を示せば教えてやろう」
その竜は、口をわずかに開ける。口の10mほど前に直径10mほどのどす黒い魔法陣が現れた。そして、一呼吸吸い込むと…魔法陣へ向かい息を吹きかける。
すると、魔法陣の中に大きな氷の塊が数個現れ、博影とサフルティア目掛け打ち出された。
ガン…ガンガンガン
「ナンノマネダ」
チェルはとっさに二人の前に飛び込み、黒い大剣で竜が打ち出した大きな氷の塊を切り飛ばす。
「ほぉ、これを防ぐとは…亜人の娘の力か、それともその黒い大剣のおかげか?」
竜は、楽しそうに呟き目を細めた。
…フン…
チェルは、僅かに鼻を鳴らすと、駆け出し竜の膝に飛び乗り、頭目掛けて飛び上がった。そして…
竜の顔目掛け、両手でしっかりと握る黒い大剣を振り下ろした。
ズバァァァ……ブシュゥゥゥッ…
竜の左頬が大きく裂け、真っ赤な血が吹き出る。
「ほぉ、なかなかやるではないか」
竜の頭に乗っているチェルは、再び剣を大きく振り上げ…竜の眉間に突き刺そうと振り下ろす。
しかし、振り下ろされる瞬間…竜の右手がチェルを握る。そして、眼前に持ってくるとしげしげとみる。
「こんな小さな体で、よくやる。だが、我はお前に興味はない。ここまでだ…」
ぐっと、右手に力を込め握りつぶそうとした瞬間…竜の足元にまばゆい光が浮かび上がる。その魔法陣は徐々に大きくなり、洞窟全体が淡く照らし出される。
そして、魔法陣から力を与えられたチェルは、竜の指を徐々に押し返していく。
「これは……まさか、このような大きさなどありえない。それも、光る魔法陣だと!」
竜は驚き、一瞬チェルを握りつぶす右手の力が弱まった。その隙に、チェルは右手から飛び出し、博影の前に立つ。
「チェル、俺が闘う。皆を頼む」
チェルは、大剣を構えたまま渋々と博影の後ろに下がり、黒い大盾を二つ取り出し触角にそれぞれ持たすと、体の前面に構えた。
博影は、黒い剣を構え竜と対峙する。
「黒い剣、黒い盾か…どうやら、竜の鱗で造られている物のようだな。なぜ、人間が竜の鱗を持っているのか気にはなるが…それより魔法陣の力を見せて貰おう。
よいぞ、遠慮せず我を攻撃してみよ」
博影は、黒い剣を地面に突き刺すとアーチェリーを取り出す。そして、眼前に魔法陣を出現させると…
バシュッッッ
渾身の力で引き絞り、竜の頭を目掛けて放つ。
ザシュッ…ポタポタポタ
地面に赤い血がわずかに滴り落ちていく。竜は右手で矢を受け止めていた。
「ふん、なかなかの威力だが我には効かぬ。弓などとこざかしい真似はせず、魔法陣で我を攻撃してみよ」
「俺の操る魔法陣は、直接攻撃する力はない」
「なに? 淡く光り、これほどの大きさまで広げられるというのに攻撃する力がないだと?」
竜は、先ほどまでと異なり若干苛立つように博影へ問いかけた。
「ふん、1000年ぶりに魔法陣を操る人間に出会ったというのに、残念な事よ」
竜は尾を大きく振り上げると…博影を地面ごと薙ぎ払うように打ちつけた。
ドガーーン
博影の魔法陣で淡く照らされている洞窟にもうもうと土煙が舞い上がる。
…博影様……博影――…
とっさに、ルーナとドレアが近寄ろうとするが、チェルが押しとどめる。
「ヒロカゲハ…タッテイルゾ」
徐々に土煙が収まってくる。博影は、黒い剣で竜の尾を受け止めていた。
「ほう、人間。なかなかやるではないか、我の尾の一撃を受け止めるとはな」
竜は再びどす黒い魔法陣を出現させると、大きな氷の塊を次々と博影に浴びせた。
ガンガンガン…ガンガン…
黒い甲冑を黒い剣を大きな氷の塊が打つ。しかし、博影は数センチ後ろへ押しやられるだけで、すべて受け続ける。
「ほう、なかなかやるではないか! この氷弾を受け続けるとは!
だが、受けてばかりでは、どうしようもないぞ。我は、人間のように疲れて動けぬようにはならぬ。このまま、1日でも1週間でも氷弾を放ち続けることが出来る」
チェルが、受け切れなかった氷弾の欠片を大盾で受けていたドレアは、その竜の言葉を聞き絶望が心を支配し始める。
…とても勝てる相手ではない…俺が一瞬の隙を作り、博影達に出口へ走らせるか…
大盾を地面に突き刺し、左手で握りしめると右手で黒い剣を抜く。その行動は、魔法陣を広げている博影にすぐに察知された。
「ドレア、心配するな。まだ大丈夫だ」
そう叫ぶと博影は、ジリジリと竜へ近づいていく。
「ふん、こしゃくな」
竜は氷弾を打ち続けながら尾を振り上げると…再び地面ごと博影を薙ぎ払った。
ドガッッッ
………
ボタボタボタ…竜の尾から血が滴り落ちる。博影の黒い剣が竜の尾を大きく切り裂いていた。
「ギオォォォォォ」
竜が洞窟の天井へ向け雄叫びを上げる。そして、再び博影を見下ろしたその目は、真っ赤に染まっていた。
博影へ氷弾を浴びせながら、その大きな爪で切り裂かんと右手で打ち下ろし、体躯をバラバラにしようと尾で薙ぎ払う。土煙はもうもうと舞い上がり、削られた地面の破片は辺り一面にばらまかれ、チェルやドレア達を襲う。
10分後…攻撃が止んだ。あたりには、石がわずかに転がり落ちる音だけが響いた。
「博影様…」
ルーナは、体を震わせながら博影の名前を呟いた。ルーナも、ドレアもサフルティアも一歩も動けないでいる。
ズシャッ…
チェルは、黒い大盾を地面に突き刺すと土煙の中へ入った。
「ダイジョウブカ?」
「あぁ、なんてことないさ」
博影は、近寄って来たチェルを見上げた。
土煙の中では、博影が片膝をつきながらも剣を構えていた。だが、黒い甲冑の隙間からは赤い血が溢れだし、地面を染めている。
「ソウカ…ナラ、ヤルゾ。チヲ…トメテオケ」
「休憩は無しか?」
博影は、苦笑いしながら魔法陣で止血をした。そして、立ち上がりチェルと竜へ向かい歩き出す。
「ほぉぉ、この攻撃で死なぬとは! 異質な魔法陣であるが、本物らしいな」
竜の真っ赤な目が、徐々に深い青色に戻っていく。
「どうだ人間。ここまでにしておくか?」
「フン…カリハ…カエサセテモラウ! シヌガイイ」
チェルは、竜へ駆け出し振り下ろされた左手の爪を避けると、その腕に触角をあて最大で雷撃をあてる。
バリバリバリバリッッッ
辺りは一瞬光に包まれる。
「ガアァァァァ」
一瞬竜が止まった隙をつき、博影はその竜の左手に黒い剣を振り下ろした。
ドサッッ…
竜の左手が地面に落ちた。
「チェル!」
博影が叫ぶ。チェルは飛び上がり竜の首を狙い黒い大剣を振り下ろす。博影は、竜の右足に…そして、いつの間にか駆け寄ってきたドレアは、左足に黒い剣を振り下ろした。
バシュゥゥッ…
首、左手、右足、左足から血が噴き出した。
「クックックッ、なかなかやるではないか! これほど我と戦えた者など記憶にないぞ」
竜は切り落とされた左手を拾い左腕につけると…全身のあちこちに魔法陣を出現させ、身体を回復させた。
左手は繋がり、溢れだしていた血は止まり、みるみる傷口が塞がっていく。
そして、魔法陣が徐々に回転しだし竜の魔力が上がっていき…
ドガッッッ
博影、チェル、ドレアの3人はその魔力の力に吹き飛ばされた。
しかし、チェルはとっさに飛び起き、竜へ向かい駆けだし頭を狙い飛び上がった。
「グゥゥゥ…キサマ!」
しかし、竜の右手で身動きがとれぬほど強くつかまれた。
「亜人か、半魔半人かと思ったが、おまえは雷獣だな。幼体のくせに魔人に変化するとは、不思議な事もあるものよ。しかしまだまだ魔力が足りぬな。
その程度の力では、上級魔物、数匹程度の力でしかない。もっと力をつけて出直せ」
チェルの眼前で竜はそう言うと、チェルを無造作に博影へ投げた。
しかし、さっと身軽に着地したチェルは、再び剣を構える。博影の傍らでは、ドレアも剣を構えた。
「2人とも剣を降ろせ。ヤツはもはや闘う意思はないようだ」
「フハハハハッ、我の事をヤツと呼ぶか! くっくっくっ、人間風情がたいそうな事よ。
我の名前は、テテス・ネーレイス。
水を操る竜だ、覚えておけ」
邪魔にならぬよう、洞窟の壁際で控えていたドミネーター(巨大なグスタブ)は、驚き目を見開いた。
…我が主が、人間に名を告げるとは…
ドミネーターの知る限り、主にこれほどの深手を負わせた人間どもなど、出会ったことはなかった。ましてや、主が人間風情に名を告げるとは…
しかし、その驚きとは裏腹に、そのような行動を起こした主の考えに興味を持った。
「そこの人間! 貴様の魔法陣の力は見せて貰った。その異質な力、しばし認めておこう」
「俺にも名がある」
「くっくっ、小さき人間がなんとも生意気な事よ。博影…といったか?
貴様たちの願い聞き届けよう。貴様たちが探している人間とは、その奥の壁際の人間ではないのか?」
水竜、テテス・ネーレイスが目で指す方向へ急ぎ5人が駆け寄ると…そこには…
「あっ…あぁ…ああぁぁぁぁー、カリ…カリ…」
その氷壁の中央には…両目を薄く開いたままで大盾を持ち、まるで、後ろの4人の仲間を守るように立っているカリと4人の人間が凍っていた。




