第5話 都市スグジン闘技場・司祭:ショタ・ルスタリの願い
城塞都市ロムニア(旧グリナ)・占領99日目
ロムニア国建国宣言より98日目
スタンツァ・ガリア占領91日目
鉄門砦陥落54日目
協定会議・敵討ちより32日目
聖ギイス領3日目
遠くの空は、僅かに明るさが残っているが、都市スグジンは暗闇に染まっていた。
あちこちの建物より、多くの人々のざわめきが漏れてくる。スグジンの人々は、昼間見た闘技場での黒騎士達の闘いで熱せられていた。
あちこちで明々と篝火がたかれ、人々は語り…今夜のスグジンは、明け方まで眠らぬ街となるかもしれない。
都市スグジンの市民街を黒騎士達は歩く。黒騎士と分からぬように、頭から黒いローブを被っているが…その変な集団は、否が応にも人目を引いていた。
「周りからの視線を感じますね…」
ルーナはそう言うと、その胸元が大きく開いている部分を手のひらで隠し、まるで隠れるように黒騎士の背中へ回った。
「そうか? 気にするな、美女二人が歩いているのだ。くたびれたおっさん二人がいようとも目立つだろう」
システィナは上機嫌で黒騎士の隣を歩いている。その理由は…この都市の施政者、司祭ショタ・ルスタリに夕食に呼ばれているからである。
闘いの後、闘技場の執務室に呼ばれた黒騎士達は、丁寧に司祭ショタに夕食に誘われた。その際、メニューの希望を問われ、この地の食事を頂きます…と黒騎士が答えた際、
チェルは、肉を…システィナは、美味しい酒を…と希望していた。
司祭ショタは…
…聖ギイスには様々な種類の肉やお酒があります。期待しておいてください…
とチェルとシスティナに応えた。その為、システィナは、豪華な食事にありつけると考え、それなりの服装をしている。そして、そのような服を着る事を非常に嫌がったルーナも、結局付き合わされている。
その少々露出の高い服が、特に市民街の男の目線を引き付ける事となっていた。
「くたびれたおっさん…とは、私の事ですかな?」
「もちろんだ。くたびれたおっさんは、ドレア一人で十分なのに、なぜ将軍まで夕食に同席するのか?」
くたびれたおっさん呼ばわりされたドレアは、口を開きかけるが…やめた。美味しい食事前に、小娘の相手をせずとも良いだろう…と、大人の対応を心掛ける。
しかしスキピオ将軍は、楽し気にシスティナへ絡む。
「いやいや、たしかにそのような服装の美女二人が歩けば、男どもの視線は集めますがな。女子供の視線まで、我々は独り占めしていますぞ!
考えるに…一行の中央を、黒いローブを顔まで覆った少女とも思える怪しい者が歩き…その両隣を、露出の高い美女二人が挟む…そして、その後には、大きい狼に跨った亜人の少女が続き…その後ろに、品のある騎士二人が続いている。
いやこれで、注目を集めない方がどうかしていますな」
楽し気に説明する将軍の言葉に、ドレアは思わず大笑いした。そのドレアを、振り向いたシスティナが射るように睨んだ。
「これは、いけませんなシスティナ嬢、そのように睨んでは? 嫁の貰い手がなくなりますぞ!」
「将軍、余計なお世話だ!」
「いやいや、大切な事ですぞ。システィナ嬢は、歩き方も少々なっておりませんな。もうすこしこう、足が重なるように歩いて…もう少しこう、お尻が揺れるように…」
スキピオ将軍から、まるで女としてなっていない…と言われるがごとく、細かくいらぬ事を言われ、システィナは、楽し気な夕食の雰囲気が消し飛んだ。
「将軍、少々煩いぞ! 私がどんな歩き方をしようが、貴殿には関係ないことだ。貴殿に嫁の貰い手の心配などされずとも、私は、博影以外の嫁になる気はない!」
システィナは、言いきってやったとばかりにすがすがしい気持ちになったが…
「ほぅ? システィナ嬢の彼氏は、博影様というのですね?」
…しまった、口がすべった…
と、慌てて聞いていないふりをするシスティナの…スカートのスリットから見え隠れする太ももの付け根付近を、ルーナは思いっきりつまみ捻じった。
「いたいルーナ、本気でつまんだだろう…うっ、赤くなっているぞ」
システィナは、スカートのスリットをお尻まで見えそうなくらい大きく広げ、つままれ赤くなった部分をルーナに見せながら非難した…途端…
周りから歓声が上がる。
…おぉぉ…ヒューヒュー…ピィィーピィィ…
「姉ちゃん色っぽいね~今から仕事~?」
「どこ~お店教えてよ~」
システィナは、顔を真っ赤にすると、開いていたスカートのスリットを慌てて締め、黒騎士の背中へ隠れた。
…かっかっかっ…
スキピオ将軍の高笑いが響く。システィナは、さらに恥ずかしくなり黒騎士の背中で小さくなる。
「いやいや、博影殿。システィナ殿も、可愛らしいところがありますな。良い伴侶となられるでしょう」
「いや、その…」
黒騎士(博影)は、返答に窮する。ちなみにシスティナは、心の中でスキピオに悪態をつきながら、良い伴侶…との言葉で、口元を緩めさらに耳まで真っ赤になった。
「ん? 博影殿?」
スキピオは、ニヤニヤしながら、さらに黒騎士に同意を求めた。
そう、どのようにごまかそうとしても、システィナは、夫となる男性は博影しかいない…と、言ってしまった。
これほど黒騎士に付き添い、寝食を共にしているシスティナである。他に意中の男性がいると考える方がおかしいだろう。黒騎士が博影だと言っているようなものだった。
「まぁ将軍。良い情報が得られたわけだから、からかうのもそこまででお願いしたい」
「ふむ、ドレア殿の言う事はもっともですな。しかし、これで私も皆さんのお仲間入りできましたなぁ~わっはっはっ」
…スキピオのやつめぇ~、まんまと乗せられた…
システィナは、心底悔しがったが、意外にも黒騎士は、そこまで気にしていなかった。どこか、スキピオの人となりを好ましく感じているのだろう。
「まぁ、仕方がありませんね。将軍、私は時と場合によって名前を使い分けていますから、我らと行動を共にする際は、よろしくお願いします。敵となる際は、黒騎士の時だけ戦いましょう」
「おぉ、もちろんです。黒騎士殿と戦うときは、手は抜きませんぞ。そして、博影殿の時は、酒を飲みたいものですな。
そして私は、システィナ嬢のように簡単に引っかかったりはしませんからな。口は堅い方ですからして、安心していただきたい…わっはっはっ」
…こいつ、絶対に許さん…
と、黒騎士の背中に顔を伏せたまま、システィナは心に誓った。
………
「皆さん、ようこそおいでくださいました。どうぞ、どうぞ、今夜は無礼講で楽しく飲みましょう。お席も好きなところへお座りください」
司祭ショタは、自ら屋敷入口まで黒騎士達を迎えに来ていた。食堂へ案内し、手早く女中たちに食事や酒を持ってくるように伝えた。
黒騎士達は、丸テーブルへ着いた。食事が運ばれたところで、神への祈りを捧げ乾杯をした。
「いや、この肉は美味しいですな」
思わず感嘆するスキピオ将軍に、みな食べながら頷く。
「そうでしょう、これは魔物の肉です」
…えっ?…システィナ、ルーナの口が止まる。しかし、黒騎士、チェル、ドレア、スキピオは、全く動ぜず次々に肉を口に運んでいく。もちろん、床で食べているスコイ(狼)も…
「これ? 魔物の肉ですか…?」
まだ酔ってはいないシスティナが、司祭ショタに聞き返した。
「ふふっ、魔物の肉を食べる習慣のない国よりいらした方々は、皆さんそういう反応をされます。それも、私たちの一つの楽しみです。
心配しないでください、魔物の肉と言えど、毒などない物を選んでいますし、私たちは普段から食しています。それに、ゴブリンなどではないですぞ」
まぁ、チェルは論外として、ドレアやスキピオが意に介さず食べているのだから、問題はないだろう。姿焼きでもないし…しかし、お前まで、気にせず食べているとは…
「黒騎士」
「ん? どうしたシス。なかなかうまいぞ」
「いや、魔物の肉など食べたことはないだろう? よく、気にせず食べられるな?」
「そうだな…まぁ、魔物だろうが、魚だろうが命を頂いている事に変わりはないしな。感謝して食べるだけだ。シス、この肉もうまいぞ」
そう言いながら黒騎士は、司祭ショタにどのような魔物の肉か聞いていた。
…質問の内容と答えが違うが…まぁ、うまい肉ではあるが…
システィナとルーナは、コップに残っているワインを飲み干し、魔物の肉を食べ始めた。
………
食事が終わり、皆、思い思いに飲みながら談笑している。
司祭ショタが、又異なる酒を持ってきた。もう飲めない…と言っていたシスティナであったが、司祭ショタにそのお酒も所望していた。もちろん嫌がるルーナの分もお願いする。
司祭ショタは、自ら小さい丸椅子を持って黒騎士の隣に座った。そして、黒騎士に少々水を勧めた。しばらく水を飲み、頭を冷やした黒騎士は、司祭ショタに尋ねる。
「司祭ショタ。私に水を勧めると言う事は、なにか大切なお話があると言う事ですか?」
司祭ショタは、いや…そういうわけでは…と口を濁した。談笑していた周りの者達は、会話をやめた。そして、司祭ショタの言葉を待った。
食堂は…スコイ(狼)が、僅かに毛づくろいをする音だけがした。
「黒騎士殿…」
意を決し、司祭ショタが黒騎士へ向き直る。
「実は、お願いがあるのです」
「聖ギイス領としての依頼ですか?」
「いえ、その…実は、私個人の願いです。聞いていただけますか?」
「いいですよ。私に出来る事なら、いや難しい事でも取り組んでみましょう」
黒騎士が、そのようにすぐに承諾するとは思いもしなかった…司祭ショタは、言葉に詰まる…
「えっ? あの…どのようなお願いか知ってられるのですか?」
「いえ。見当もつきませんが、あなたは闘技場で私の願いを聞いていただけましたし、第三戦の魔物との対戦も躊躇されていました。
そのような方が、少なくともルールを破るような…また、人に危害を加えるような願いをするとは思えませんから…私としては、承諾したつもりですが、なにかまずい事でもありましたか?」
まだ、僅かな言葉しか交わしていない…それも、私は、貴殿たちが命のやり取りをしていた闘技場で、安全な場所…上から見ていただけの者であるというのに…
私は、人の生死を多く見たきたというのに…司祭の心は、すこし締め付けられた。
「ありがとうございます。ただ、返事は私の話を聞いてからお決めください。もちろん、この場でなくても結構です。
実は、私の家族…不肖の息子の救出をお願いしたいのです」
「救出ですか?」
「はい、私も考えうる限りの手を尽くしたのですが、どうしても消息が分からなくて…」
「消息が…失礼だが、生死不明ということか?」
少し酔いのさめたシスティナは、話に割って入った。
「はい、生きているか…死んでいるかもわからないのです。我が息子が生死不明となった場所は、魔物の島…」
「魔物の島か…中級の魔物狩りにでも行かれたのか?」
「はい、実は…竜を狩りに行きました」
黒騎士に変わって、司祭ショタに尋ねていたシスティナは、完全に酔いがさめた。
「竜…竜だと? 竜が実在しているかはさておき、竜を狩りに行ったと言う事は、目指したのは、魔物の島の中心部だろう。
沿岸部は、下級魔物が棲んでいるから、冒険者の良い狩場ともなるが、奥に入れば入るほど強い魔物の住処となる。中級の魔物の住処…アルクダやスミロタイガーの生息地など、抜ける事さえも無理だ」
「私もそうだと思います。もし、中級魔物のエリアまで到達できたとしても、骨も残らず食われるでしょう」
「司祭、口を挟んで申し訳ないが、おそらく魔物の島の港…リゼ又はギレスンから島へ入り、下級魔物のエリアにある都市バイブルトまでは、調べているのだろう」
どうやら、ドレアは魔物の島の都市や町の事も若干知っているようだった。
「ドレア殿、その通りです。我が妻が、都市ハイブルトに息子たちが滞在したことまで調べました。そして、そこを拠点に中級魔物のエリアへ何度か足を運んだことも…
しかし、1年前のある日から、ぷっつりと息子たちの情報がなにもありません。おそらく、その日からハイブルトには、戻ってこれていないと思います」
「1年前…司祭、申し訳ないが、まず生きている事はあり得ない。息子殿達がどのような腕前であろうと、中級魔物のエリアで1年も生き延びられることはない」
ドレアは、あえて断定した。
「はい、その言葉を自分ではまだ口にすることは出来ませんが、わかっています。
ただ、私も妻も、息子が魔物と戦った跡でもいい、服の切れ端でもいい…息子の最後の場所を知りたいのです。
行方不明になってから、最初は冒険者や傭兵を雇い捜索してもらいました。しかし、わからず半年前より妻が、都市バイブルトに滞在して息子の捜索を続けています。
もし、黒騎士殿に捜索していただき、痕跡が発見できなかった場合…その時は、妻を説得して連れて帰ってもらえないでしょうか?
身勝手なお願いという事は、重々承知しています。
妻が説得に応じなかった場合は…私は、都市スグジンの司祭を辞め、妻が納得するまで共に都市バイブルトで暮らすつもりです」
椅子の背もたれに体をゆっくりと押し付けながら、スキピオは腕組みし目をつぶっていた。司祭の話が一通り終わるまで、静かに聞いていた。
「黒騎士殿」
黒騎士は、スキピオへ目を移した。テーブルについている皆も、スキピオを見る。
「私は、黒騎士殿が魔物の島へ行くことは反対です」
スキピオは、目を開き腕組みしていた両手をやわらかく足へおろし、柔らかく言葉を続けた。
「もし、息子殿達が、中級魔物エリアを突破できたとしても、行き先は上級魔物エリアです。都市バイブルトに帰ってきていないと言う事は、帰ってこれなかった…そう言う事です」
スキピオは、一旦言葉を切り司祭へ目線を移す。そして、再び続ける。
「そして、その痕跡を確認するためだけに、中級魔物エリアへ入る…もし何も見つからなかったら? 次は、上級魔物エリアへ入るつもりですか?
魔物とは、一対一で闘えるとは限りません。
たしかに、古の魔法陣を操る黒騎士殿、あなたは強い。しかし、あなたの魔力は無限にあるわけではない。そして、魔物は無限と思われるほど、あなたの眼前に現れます。
黒騎士殿、そしてシスティナ殿たちもしっかりと考えて貰いたい。
もし上級エリアへ踏み込めば、あのスミロタイガーのような魔物が、昼も…夜も襲ってくるのです。
私は、絶対に行くべきではないと進言します」
「ふふっ、スキピオ将軍。貴殿はどうされたのだ?
モスコーフ帝国の敵、黒騎士が帝国の騎士達の命を使わずとも、死んでくれるのだ。それも、我々有力な者達を連れて…これほど良い策はないと思うぞ。
それを、やめさせようとするとは、貴殿は何を考えている?」
ドレアの顔に笑顔はない。スキピオは、飲み仲間としてはとても良いが帝国の将軍である。心を許しているわけではないのだ。
「ふむ、う~む…」
ドレアに言われたことを、スキピオは笑い飛ばすかと思われたが…言葉を出せずに悩んでいる。
「むう、確かに。ドレア殿の言う通り、魔物の島で黒騎士とチェル、2人に死んでもらえれば、ロムニア国など半年もすれば、簡単に落とせる。
まともに戦えば、わしでも、帝国の重装騎兵1万騎をもってしても、勝てるかどうかわからぬ。ロムニア国へ重装騎兵1万騎など回しては、他の国との戦がままならなくなってしまうし…う~む、そうであるな、やはり黒騎士殿とチェル殿は、魔物の島で死んでもらう事にいたすか…」
「スキピオ将軍、声がもれているぞ。本音は、声に出さぬものだ。貴殿、モスコーフの知恵…と呼ばれているが、本当は抜けておるのか?」
システィナが、少しあきれながら再びワインをコップに注いだ。
「シス殿…いや、奥様の言う通りかもしれぬな」
スキピオは、ニヤニヤしながらいつもの調子を取り戻す。
「まぁ、帝国に為には魔物の島で死んでもらった方が、とても良いですな。
私としては、そうですな。せっかく出会ったのです、もう少し仲間として旅をしたいとも思うし、敵として戦いたいとも思いますな。
私は、騎士の命を無駄にするとは…などどいう考えは持ち合わせておりません。騎士の仕事は戦ですからな。よって、帝国の騎士達の多くの命を費やすこととなっても、黒騎士殿と戦いたいとも思いますな」
「そうか、貴殿の気持ち理解できた」
そういうとドレアは、スキピオのコップに酒を注いだ。
「話をもとに戻そう。司祭ショタ、息子殿が上級魔物のエリアへ入ったとは考えられない。下級魔物、中級魔物のエリアだと思う。都市バイブルトを拠点として、二~三日で帰ってこられる範囲での捜索となるかもしれないが、とにかく行って探してみよう」
「黒騎士殿、申し訳ありません。どうか、皆さんの身の安全を第一に考え捜索して頂ければありがたいです。都市スグジン闘技場の主であった3頭のスミロタイガーを倒したあなた達に捜索してもらえれば、どのような結果であれ、もはやそれ以上の望みはありません」
司祭ショタは片膝をつき、黒騎士の両手を握りしめた。




