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第14話 聖ギイス領へ 3

城塞都市ロムニア(旧グリナ)・占領77日目

ロムニア国建国宣言より76日目

スタンツァ・ガリア占領69日目

鉄門砦陥落32日目

協定会議・敵討ちより10日目



翌日、午後より港沖にてガレー船5隻による海戦の演習が始まった。港や城壁上には多くの市民や騎士達が集まった。

一番艦~三番艦、対四番艦、五番艦の組み合わせで、一番艦~三番艦にはテュルク族の戦士が乗り、四番艦・五番艦にはダペス家の騎士達が乗り込んだ。

皆、テュルク族はいつもと同じ草色の皮鎧を着ていたが、ダペス家騎士達も、動きやすいように甲冑ではなく革の鎧を着ている。

博影は、黒騎士の格好で大型帆船スマルトに乗り、演習の邪魔にならない程度に沖に出た。甲板上には鉄意騎士団騎士達が全員たっている。

城壁上の大きな旗が振られる…海戦演習が、開始された。



……二時ほどすると……



大型帆船スマルトのメインマストに演習の終了を知らせる赤い旗が掲げられた。甲板上で戦っていた両陣営は剣を降ろし、自分のガレー船へ戻っていく。そして、海面を漂っている者達を引き上げ、寄港した。

港では、多くの市民達の大きな歓声で迎えられた。

ガレー船同士のスピード感ある駆け引きも目を引いたが、僅か二ヶ月程度の訓練期間だったとはいえ、ダペス騎士、テュルク族戦士たちの動きは遠目にも素早く、力強く…見ている者の心を高ぶらせた。


ガレー船が港へ繋がれる。全員下船し、港の広場に整列した。大きな外傷を負った者はいなかったが、黒騎士は、魔法陣で全員を包み傷の手当てを行った。

そして、治療を終えるとひときわ高い壇上に登った。


「我らロムニア国は、建国宣言を行ってから二ヶ月過ぎた。そのわずかな期間で我と生死を共にしてきた皆の日頃の鍛錬の成果を、勇姿を見る事が出来、非常に頼もしく感じている。そして、皆の前で我の考えを述べるこの時に我は感謝している。

帝国は強大だ。今この時も、辺境の国々は脅威にさらされているだろう。しかし、帝国に勝ちロムニアを取り戻した我らの武勇を聞けば、脅威にさらされている国々は今一度奮い立つだろう。

このロムニアの地での戦は、あまたの戦の内の一つではない。帝国を討つ、その命運を決する決戦場である。我らの双肩にこの世界の命運が掛かっているのだ!」


オォー、オォー、オォー


整列している騎士が、戦士が、水夫が皆、声を上げ市民達も同じく声を上げた

しばらく、収まるのを待ち、再び黒騎士が大きな声を上げる。


「我は勝つ、勇ましく戦い我らは勝利する。そしてこの地に安らかな世界を築く事を我は決意する!」


オォー、オォー、オォー

皆、怒号のごとき雄叫びを上げ続けた…



陽も落ちかけ、港は赤く染まり、人々の頭上からは閨に帰る鳥の声がわずかに聞こえている。


港町スタンツアの貴族・騎士エリアの領主の館の執務室では、博影、カキアス、ボレアの三人がテーブルを囲んでいた。


「博影様が、まさかあのような訓示をするとは…意外でした。私の出る幕はありませんでしたね」


カキアスは、口元を緩めながら博影に話す。ボレアに口の利き方に気をつけろ、気やすすぎる…と、常日頃小言を言っているカキアスが、口元を緩めながら博影に話す。よほど、博影があのように騎士達に話をしたことが嬉しかったようだ。


「カキアス、そうからかうなよ。自分から見たいと言い出したことだったが、皆の真剣な演習の様に、気持ちが高揚してしまったんだ」


「たしかに、我ら騎士は騎馬での戦が本望…との思いは変わりませんが、50m級の大型ガレー船同士が、あのようにスピード感あふれる戦いを行い、騎士達が船へ乗り移り攻めていく様を見ると…私も思わず興奮しました」


ボレアは、少し天井へ目を移しながら昼の光景を思い出した。体格と数で劣る四番艦・五番艦のダペス家騎士達は、わざと一番艦、二番館、三番艦のテュルク族戦士たちに自軍の船へ乗り移らせた。そして船べりで徹底的に防御に徹し、半数ほど移らせたところで、急にガレー船を動かせ、その勢いを利用してテュルク族戦士たちを海へ突き落した。

しかし、四番艦はうまくいったが、五番艦は舳先を抑え込まれ船を動かすことが出来ず、数に勝るテュルク族に占拠された。勝敗は、引き分けといった所だろう。


「カキアス、25m級のガレー船も建造しているのだな」


「えぇ、現在五隻建造中ですが、最終的にはニ十隻ほどにしたいと思っています。防衛だけでなく、イシュ王都や城塞都市ルピアとの通商を考えると、どれだけあっても困りませんから。又、25m級なら都市ガラン付近までアゼット川を上れると思いますので、都市ガランとの通商や情報交換等もかなり早く行えるようになるでしょう」


「カキアス、資金は大丈夫か? 足りないなら、又置いていく」


博影の黒い術袋には、様々な物が入っているが、金貨・銀貨などは大きな国家数年分の予算に匹敵するほどが入っていた。又、武具や食料なども国家の軍を数年維持できるほど入っていた。


「博影様。スタンツア・ガリアの二つの都市ですから、金貨十万枚も渡されれば、どのように使っても数年持ちますよ。大金持ちになりすぎて、周りがすべて泥棒に見えます」


「ボレア、お前の金貨ではない」


「カキアス、相変わらず堅いぞ。一万枚くらいは、俺の金貨だと思っているのだが?」


カキアスとボレアのやり取りに思わず顔がほころんだ。


ドアがノックされる。返事をすると勢いよく開けられ…


「お父さん、まだ? 遅いよ」


沙耶が扉の入り口で仁王立ちになっていた。


今日は初めての海戦演習、一番艦、二番館とそれぞれの艦ごとに打ち上げが行われており、当然、それぞれの魔石操作を担当している、ウルディ、クーノィ、ウーノィ、ブレダ(本日早朝スタンツアの港に帰ってきていた)、システィナ(ルーナはシスティナに無理やり連れていかれていた)達は呼ばれる。

そして、ダペス家騎士達やテュルク族戦士たちもそれぞれの艦の打ち上げに呼ばれ…又、鉄意騎士団騎士達(イリヤもジファとウフスを連れて行っている)も明日からの船上訓練を行うので、交流目的で参加していた。


つまり、領主の館には博影達以外には、沙耶とチェル(スコイ達も)と護衛のダペス家騎士数人が残っているだけだった。


「お父さん、お腹へったよ、そろそろ出かけよう」


博影は、沙耶とチェルと市民エリアへ散策がてら食事にいく約束をしていた。


「博影様、すいません。ついつい話が長引いて、家族団らんのお邪魔をしてしまいましたね。続きは、又明日にしましょう」


「カキアスすまない、ありがとう。ではちょっと出かけてくる」


カキアスとボレアに軽く会釈をすると、博影は扉へ向かった。



「お父さんの、普通の服、久しぶりに見るね」


沙耶は、博影が黒騎士の装いでもなく、治癒師の装いでもない…市民の服装をしている事が嬉しいようだ。沙耶とチェルも、町娘のような清楚で少し可愛らしい恰好をしている。

博影の右腕に嬉しそうに両腕を絡めながら、沙耶は歩く。


「ところでお父さん、どこに食べに行くの?」


「店じゃないよ。出店を回りながら食べようと思ってね」


「歩きながら食べるの? お父さん行儀悪いぃぃー」


笑いながら沙耶はおどける……グゥゥゥ…

沙耶を博影と挟むように沙耶の右側を歩いていたチェルのお腹が鳴る。


「チェル、お腹すいたね」


チェルは、頷いた。そして、肉を焼く良い匂いがする出店を指差し博影を見る。

沙耶重い…と言いながら、その出店の前に3人で立つ。3本頼んだ。


「兄ちゃん、見ない顔だな。初めてかな?」


肉串を頬張りながら、博影は頷いた。


「そうかぁ~、じゃぁビールを飲まないとな。ほれ、これはサービスだ」


親父さんがビールを差し出す。


…ありがたいけど、ぬるいビールよりはワインの方がいいんだよなぁ~…


と、思いつつお礼を言ってジョッキ風の木のコップを受け取ると…


「えっ? これ冷たい?」


「いいから、兄ちゃん飲んでみな」


博影は、勧められるまま一口飲んだ


「冷たい、良く冷えてうまい」


「そうだろう? このスタンツア・ガリアは黒騎士様のおかげで氷がふんだんに使えるんだ。冷たいビールうまいだろう? わぁはっはっはっ」


親父さんは、冷たいビールに驚いた博影の顔を見ながら楽しそうに笑った。


…そうか、魔石を操作して氷を作る倉庫を造ったが、魚介類の輸送用だけでなく、こういう事にも使用しているなんて…


博影は、自分が考えていなかった事にまで氷が利用されている事を嬉しく感じた。

それから三人は、あちこちの出店をのぞき食べ歩く。沙耶もチェルも本当に嬉しそうだ。

しばらく歩くと…


「おいしいよ~、揚げたての餃子だよ~」


小気味良い声が、通りに響いている。その声のする出店の前に立つ。


「お嬢さん、匂いは良いけど、本当に美味しいのかい?」


カウンターの下で作業をしながら、声を張り上げていた娘は、博影の声にムッとした顔で立ち、からかい気味に声をかけてきた客に振り返りながら声を荒げた。


「お父さんの作った餃子は、スタンツア・ガリアで一番おいしいんだ。食べてみてから文句言って!」


「シャオ、久しぶりだね。体の調子はどうだい?」


「えっ? あっ? うそ…うゎ~ん」


シャオは、カウンターを飛び越えて博影に抱き着いた。


「うわっ、シャオ、元気だね。体の調子は良さそうだね」


博影は、博影に抱き着き胸元で泣きじゃくるシャオの髪をゆっくり撫でながら落ち着かせる。


「博影様、よくご無事で…一昨日スタンツア・ガリアに帰ってこられたらしい…とは、聞いていたんですけど…本当に、よくご無事で…グズッ…」


「シャオ、店放り出してどうしたの?」


「チネ、久しぶりだね。元気だった?」


「博影様? お父さ~ん、来て、ちょっと来て、もう早く! すぐに来て!」


「なんだ、騒がしいなぁ~今夜は祝いだ、稼ぎ時なんだからお前たちまじめに…って、ぼん? ぼんか? おいチネ、シャオ、今夜は店じまいだ。いや、シャオ、ボンたちを連れて先に家に行っててくれ」


そう言うと、ガタイのいい親父さんはチネと店じまいをし始めた。


「さぁ、博影様来てください」


「いや、シャオ。様子を見に来ただけなんだけど?」


「ダメです。出店周りをするくらいですからお時間あるのでしょう? 来てください、さぁ」


シャオは、ぐいぐいと博影の手を引っ張っていく。博影が出店の子に声をかけてからの展開が、勢い良すぎて沙耶は何も聞く暇もなく、博影に手を引かれ、シャオの家へ連れていかれた。チェルは…店じまいを始めたチネに大きい餃子を3つ貰い、嬉しそうに頬張りながらテクテクと後を追った。


シャオの家で、テーブルに着いた3人の前に冷たいビールと揚げたての餃子が出された。


「他につまみ出しますから、先に飲んでいてください」


…いや、飲んでいてくださいって…そんなに長居する気は…


と思いながら、チラッと沙耶を見ると…さっそくビールに口をつけている


「にが~い、よくこんな苦い物の飲めるね」


「沙耶、お前未成年だからお酒は…」


「それ、日本の法律。ここは、15歳から成人の世界ですぅぅ」


口を尖らせて博影に抗議し…いーーっ、と博影を煽る。やれやれ、と思いながらチェルを見ると…ニガッ…と顔をしかめながら、チロチロとビールを舐めている。

そこへ、親父さんとチネが帰ってきた。


「ぼん、よく無事で帰ってきた~」


そういうと、親父さんは博影を抱きしめ、チネも同じく博影を抱きしめた。


…なあに、ここはいちいち人を抱きしめないと挨拶できないの?…


と、小声でぶつぶつ言っている。


博影、沙耶、チェル、親父さん、チネ、シャオの6人でテーブルを囲んだ。戦の事は少々省きながら、3人にスタンツア・ガリアを出立してからの話をした。


「そうかぁ~、無傷な事が不思議なくらい無理してきたのだな…そういうボンたちのおかげで我らの楽しい今の暮らしがある。明日から、さらに感謝しながら頑張るぞ」


「いやいや、親父さん、そんなに頑張らなくてもいいですから親子三人の生活を楽しんでください」


「そうよ、娘はいずれお嫁に行くのだからぁ~」


少し、酔いが回ってきた沙耶は、語尾の呂律が怪しくなってきた。


「博影様、ところでチェルはわかるのですが、そのお隣の女性は?」


「あぁ、沙耶だ。まぁ、なんというか義理の娘だ」


「随分大きな娘さんですね、恋人さんではないのですね? この間とは違う女性を連れてらしたので、博影様、お盛んだなぁ~って思ってしまいました」


チネは、少しニヤニヤしながらシャオを見た。シャオは、そんなチネをキッと睨む。


「んんっ? この間と違う女性? ちょっとお父さん、誰といたの?」


「おいおい、シスとルーナだよ。食事がてら、今日みたいに出店を3人でまわっていたんだ」


「そう、まるで恋人みたいに仲良かったですね」


チネが、にこにこしながら沙耶を見る。沙耶は、博影を睨んだ。


「チネ、最初は俺たちの事兄妹ってかんがえていたじゃない」


「あぁ、そうでした、ごめんなさい」


ペロとチネが舌を出す。…ふぅ~っと、博影がため息をつくと…


「どちらにしても、私が心配しているときに、お父さんはシスとルーナとイチャイチャしていたのね!」


「おいおい、いちゃいちゃなんて人聞き悪いよ。気分転換していたんだよ」


「ふ~ん、どうだか…」


沙耶は、フンとそっぽを向く。その様子を見て親父さんたちは大笑いした。


「酔っぱらう前に、シャオ、体の様子を確認させて」


そう言うと博影は、魔法陣をシャオの足元に出現させると頭へ向け動かし、体全体をスキャンした。


…肝臓へ向かう門脈が、随分成長したな…


シャオは、腹部臓器の血液を集めてから肝臓へ運ぶ門脈と言う血管が、かなり細かった。そして、代わりに腹部臓器から集めた血液を、肝臓へ送らず、直接大静脈へ運ぶ血管がかなり大きく形成されていた…その為、ただでさえ細い、肝臓へ向かう血管へ十分血液が送られておらず解毒作用が十分に行われていなかった。

しかし、今では門脈が発達し肝臓へ血液を十分に送っている。肝臓も以前に比べ少し大きくなっているようだ。


「シャオ、調子いいみたいだね。体の疲れはどうかな?」


「治療して頂いた最初の頃は、まだ午後になると疲労感などありました。でも、今は朝から夕方まで店番しても大丈夫です」


「良かった、スタンツア・ガリアにいる間は、ちょこちょこ顔を出すから調子を見させてほしい」


博影の言葉にシャオも親父さんもチネも安堵し、深々と頭を下げた。その後…なかなか帰してもらえず…館へ帰りついたのは、夜中0時を少し過ぎていた。



………



…博影…博影…


なにか…上から体を押さえつけられている感覚と…名前を呼ぶ声に博影の瞼がゆっくりと開く…すると…システィナが、博影の上に跨り座っており、博影の名前を小声で読んでいた。


「やっと目を覚ましたな。博影、後から来るかと思ったら先に寝ていたとは!」


「そうですよ、博影様がこられると思っていたのに」


ベッドに腰かけているルーナが、博影の右手を引っ張り起こす。扉が静かに開くとブレダが両手にお酒やつまみを持って入ってきた。


「さぁ、博影様。今から飲みましょう」


「飲みましょうって、今何時…」


博影は、言われるがままに起き、テーブルに着く。徐々に薄暗い部屋に目が慣れていくと…壁の大きな時計は、午前3時を指していた。


「えっ? 午前3時、今から飲むのか? 無理だよ、寝させてくれ…というか、皆寝ようよ」


よろよろと立ち上がり、ベッドに向かった博影を両手でお酒などを抱えたブレダが体で押し返した。


「博影様ダメです。私たちとも少しくらい一緒に飲んで下さい。本当に博影様が来てくれると思って待っていたんですから」


数日ではあるが、博影と離れていたブレダは、博影と少しでも話がしたいのだろう。


「仕方ないな~少しだけだよ」


そう言いながら、沙耶が眠るベッドを見ると、沙耶はすやすやと寝ており傍らで丸まっているチェルは、リストを抱えて寝ている。しかし、耳はゆっくりとあちこちの方角を向き音を聞いている…起きているようだが…起きてくる気はないようだ…。


そして…朝日が顔を出す頃まで、博影は付き合わされることとなった。




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