第10話 王都イシュとの別れ 1
城塞都市ロムニア(旧グリナ)・占領70日目
ロムニア国建国宣言より69日目
スタンツァ・ガリア占領62日目
鉄門砦陥落25日目
協定会議・敵討ちより3日目
「泣きつかれて、眠ったようだな…」
頭上には、いまだ星が瞬いているが…遠くの山際はうっすらと青みがかってきていた。
皆、ゆっくりと騎馬に揺られながら都市ニャニンを目指している。
騎馬に跨るイリヤの前には、イリヤにしがみつきながら、泣き疲れて寝てしまったジファとウフスがいる。イリヤは、2人の髪を優しく撫でた。
「イリヤは、子供好きなのか?」
「いや、別に好きでも嫌いでもない。だが、誰にでも子供の時代はあるのだからな。ただ…煩いのは嫌いだ」
イリヤは、黒騎士へ振り向かずそう答えた。…そうか…と、黒騎士はわずかに頷くと、それ以上イリヤに尋ねる事はしなかった。
黒騎士とイリヤ、システィナを中心に取り囲むように護衛している鉄意騎士団女騎士達も、騎馬に揺られながら、眠そうにしている。その中で、100mほど先を進んでいるスコイ(♂の狼)は、元気一杯に左右や後方を走りながら偵察していた。
朝6時、東ドウイ川の畔に着く。軽く朝食をとり、いよいよこの大河を横断しようかと準備していると…遠く川下より大きな船がこの大河を登ってくる。ガレー船三番艦だった。皆で手を振ると、こちらに気づき、岸へ近づいてくる。
………
「博影様、丁度よかったですね」
「あぁ、ウーノイありがとう。助かったよ」
もはや、自分達を監視している者達はいない。後は、イシュ王都へ向かうだけのことであったので、博影は乗船前に黒騎士の甲冑を外し、治癒師の服装へ着替えていた。
「博影様、この三番艦もイシュ王都で荷を下ろしたら都市デロボに向かう予定です。どうします? 博影様達が、ロムニア国へ戻られるならデロボに向かわず、博影様達を乗せてロムニア国の宿場町ルセ又は、港町スタンツァ・ガリアまでお送りしましょうか?」
「いや、ウーノイそれはいいよ。当初の予定通り、都市デロボに向かってほしい。ルピア公国王族、有力貴族達を早めに港町スタンツァ・ガリアへ護送したほうが、旧ルピア公国南部領の施政を安定させられるだろうからね。
それと、イシュ王都・ダペス邸で沙耶はとてもお世話になったから、お別れというわけでなないけど、住む場所を変えるのだからそれなりに挨拶をしておきたい。3・4日は王都に滞在すると思う。」
「わかりました。ガレー船は、スタンツァ・ガリアの荷をイシュ王都へ運んでから、都市デロボに向かいます。2日に一度は、ガレー船が王都に着くでしょうから声をかけてください」
「あぁ、助かるよ」
博影は、船首で嬉しそうに魔石操作をするウーノイに笑顔を向けると、船尾へ歩いていく。傍らにシスティナがついた。
「博影、都市ニャニンや都市ゼンダは視察しなくてよかったのか?」
「あぁ、陸路で帰ろうとした目的は、都市の視察じゃなかったからね。用事は終わったよ。」
「用事は終わった? もしや、都市ビサドでの出来事が用事だったのか?」
「ああいう集団が来るとは思わなかったけど。でも、おそらくモスコーフの知恵、スキピオ・ポエロ将軍の側近の騎士又は、将軍自らも来ていたとは思う。
その為に、都市デロボの出入りを緩めてほしいと、ガヴイル・ブルガ侯爵にお願いしておいたから」
「なっ? あの夜襲は、あえて受けたと言う事か…何のためにだ?」
システィナの口元は緩んでいるが…目は、若干怒っているようだ。博影は、システィナの苛立ちに気づかずに答える。
「黒騎士の力を見せるため…具体的には魔法陣を見せるためだ。スキピオ・ポエロ将軍は、かなり好奇心旺盛らしい。都市デロボでの敵討ちの際、黒騎士の一挙一動をかなり集中してみていた。視線を強く感じたからね」
「ふむ。博影、お前があえて夜襲を受けた意図は分かった。だが、敵の将軍にわざわざ魔法陣を見せてやって、何のためになる? 何の得になる?」
船体に背をもたれかけさせ、剣の手入れをしながらイリヤが不思議そうに博影に聞いた。
「ジファとウフスを身請けさせてもらった借りを、デロボ・ブトゥチ伯爵に返したという感じかな…お釣り分はいずれ役に立つこともあるだろう。それに…」
「それに?」
剣の手入れをしているイリヤが、手の動きを止め博影を見上げた。
「結果として、治安悪化の原因だったスキピオ将軍傘下の盗賊部隊を全滅させたし、イリヤ達との魔法陣を使っての実践連携も行えたし、良かったと思う」
「ふぅ~」
悪びれなく笑顔で話す博影に、いつものことではあるがシスティナは、若干あきれながら口を開いた。
「博影、ああいう輩だからこそ問題なかったが、中級騎士以上の者達80名であったなら、こちらも無傷とはいかなかったぞ」
「シス。休戦・降伏協定会議後、すみやかに武装解除は行われたはずだから、もし都市デロボの残党騎士達が来ても、聖石の加護を持つ武具がなければ同じことだよ。
それに、多くの残党騎士達が都市デロボを出ようとしたなら、騎士バチギが止めていただろうし、スキピオ将軍もそんな冒険はしないだろう。」
「ふむ、まぁ、そこまで考えていたなら、これ以上何も言う事はないがな」
システィナは、イリヤの隣に屈みこむ。イリヤの傍らで眠るジファとウフスの毛布を掛けなおした。
博影は、その様子を見ながらシスティナが危惧を抱いたことも、もっともだと感じた。
都市デロボの人の出入りを緩めたといっても当然、騎士バチギたちは、貴族や騎士達の動向には目は光らせていたし、博影も夜襲は多くて20人程度と考えていた。
しかし、想定外の事は起こるものだ。
まさか、デロボ郊外に盗賊の部隊を潜ませていたとは……
「まぁ、今回は我ら鉄意騎士団10名を信頼していた…という事にしておく。しかし博影、次回からは一言貰えると助かる」
イリヤは博影にわずかにほほ笑むと、傍らで眠るジファとウフスへ再び視線を戻した。
………
王都イシュの港へ、ゆっくりとガレー船三番艦が入っていく。ウーノイや艦長、副長へ一言あいさつを行い、いつものように水夫にまぎれながらガレー船を降りた。
そして、貴族・騎士エリアのダペス邸へ向かった。
ダペス邸では、キリアへ挨拶しジファとウフス、鉄意騎士団騎士5名を頼むとシスティナ、イリヤ達を連れ城へ向かった。
居間へ通された。簡単に挨拶をさせてもらった後、博影はイシュ国王の体を魔法陣でスキャンする。
「問題なさそうですね」
「そうだろう、体の調子はいいぞ。肉も酒もうまい!」
「いやいや、酒はほどほどにしておいてください」
嬉しそうに笑うイシュ国王へ、暴飲暴食は控えていただくように伝え、旧ルピア公国南部都市デロボ郊外での休戦・降伏協定会議について報告を行った。
そして、ロムニア国をイムーレ王子、カローイらと協力しモスコーフ帝国の侵略を退けられる強い国にするために、しばらくロムニア国へ留まる旨を伝えた。
「そうか…会えなくなるわけではないが、気軽には会えぬ距離だな…」
イシュ国王と傍らの王妃が、寂しそうに微笑んだ。
「イシュ国王。城塞都市ロムニアからイシュ王都まで、もはやガレー船を使用すれば、陸路を含めても4日で着きます。」
「いや、もちろんそうであるがな…」
「国王は、娘のように可愛がっていた沙耶に会えなくなることが寂しいのでしょう? ふっふっ」
「テレジア、そうからかうな。2人の娘は嫁に行っておるからな。久々に、娘を持つ楽しさを味わっていたのだ」
テレジア王妃と、イシュ国王は顔を見合わせ笑っていた。沙耶は、週2回以上城内へ呼ばれ夕食を共にしていたとの事だった。
「博影、沙耶は娘のように感じていたが、博影の事は息子というより私と、イシュ国と…そして、イムーレの命の恩人だ。
国と国との付き合いの中では、深読みするあまりお互いに勘違いすることもあろう。しかし、博影の事はどんなことがあっても信用する、この私の気持ちを覚えておいてほしい」
微笑みながらではあるが、しっかりと博影を見つめるイシュ国王の表情からは、強い気持ちが伺えた。
「ありがとうございます。ロムニア国は建国されたばかりです。しかし、イムーレ王子やカローイが施政の中心です。3年を目処に…と進めています。
その中で、二つの国の施政者同士も、市民もお互いを信頼し発展していける基礎を造れればと思います。イシュ国王、今後ともよろしくお願い致します」
イシュ国王と、テレジア王妃は大きく頷いた。
そして、国王より明後日の出発前夜に夕食を共にしようとの誘いを受け、城を後にした。
ダペス邸に着くと、風呂と夕食の準備が整っていた。先にお風呂を頂き、食堂へ行く。
ダペス邸の大きな食堂が狭く思えるほどの人数で大きな食卓を囲んだ。
博影、沙耶、チェル、システィナ
ベレッタ、ルーナ、ティアナ
マリナ、セドナ
ティーフィ―、ユハス、メイリヤ、カバイ
鉄意騎士団護衛9名の女騎士達
それと、イシュ王都ダペス邸を管理しているキリアの23名でテーブルを囲む。ダペス邸の大きな食堂が、今日は少しだけ小さく見える。
「イリヤはどうした?」
システィナが、博影のコップにワインを注ぎながらたずねた。
「イリヤは、ジファとウフスがまだ起きないから、付き添っている」
「そうか…」
「なんだ? イリヤと話したいことがあったのか?」
「いや、急ぐ話ではない。ただ、イリヤは帝国兵としてあちこちの戦場を回っていたのだろうから、話を聞いてみたいと思っているだけだ。
ん? 博影どうした? なにやら変な顔をしているぞ」
「いや、気にするな、気のせいだ」
シスが珍しく女同士の話をするのかと思ったら、戦場や剣の話しか…確かにシスらしいが…
食事が始まり一時ほど経ち、みなお酒や話が中心になったころ…
ギギッ
食堂の扉が開き、イリヤがジファとウフスを連れて入ってきた。
「ジファ! ウフス!」
思わず二人の名を叫ぶと、おとなしいティーフィーが慌てて二人に駆け寄った。
「二人とも、こんなところで会えるなんて…」
ティーフィーが二人に抱き着く。
「ティーフィ―こそよく無事で…お母様とルピアで亡くなったと聞いていたから」
ジファとウフスは、目に涙が滲んだ。そこへ、ティーフィ―の母ユハスが近づき
「本当に…こんなところで会えるなんて、さぁ積もる話は食卓で致しましょう」
…それが良いな…とイリヤは、一言つぶやくとジファとウフスを抱え上げ博影の席へ向かうと…
「ティーフィ―と話しやすい対面の席は、博影の席になるな。ジファ、ウフス、親交を深めるためにもここへ座れ」
そういうとイリヤは、ジファを博影の膝上に…ウフスを沙耶の膝上へ降ろした。
「なっ? イリヤ、黒騎士のひっ、膝の上など嫌だ」
「私も、敵の膝の上など嫌です。それに、膝の上に座るなど…イリヤ、私は子供ではありません」
「ウフス、未だにお世話になろうという者に対して、敵だというお前は、まだまだ子供だ! そこは、すぐに直せ!
そしてジファ! 今この席には黒騎士はいない。その者は博影だ! そしてこの事は、これから共に生活するうえでとても大切な事だ。理解しろ、いいな!」
イリヤが二人に厳しく言い放った。ジファとウフスは少し俯きながら…はい…はい…と返事をする。
「んっ、わかればいい。食事が終わったら、一緒に風呂に入るぞ」
二人は、こくっ…と頷く。
まだ一日しかイリヤと共に過ごしてはいないのだが、二人はイリヤに懐いたようだ。イリヤの言葉に素直に従う様子は、なんだか可愛いな…と、博影は思った。
「ではジファはここでいいな。シス、取り皿を頼む」
システィナは、大皿から肉や魚、野菜などを取り皿へ分け博影へ差しだした。博影は、ジファを落とさぬように左手で抱きしめると、前かがみになり右手を伸ばして取り皿をつかむ。博影の顔が、ジファの目の前に近づいて来る。
「ちょっ、ちょっと近い。博影、近い…」
ジファは慌てて、両手で博影を押しのけようとする。
…そうか?…そう博影は呟くと意地悪そうな笑顔を浮かべ、さらに前かがみになりジファの顔に博影の顔がわずかに触れた。
「きゃっ」
「きゃっ? ってジファ。やけにかわいい声を出すなぁ~」
博影は、くっくっと笑いながらジファの顔を覗き込むと…ジファは、耳まで真っ赤になる。
「近いと言っているだろう、離れろ!」
ジファは、両手でぐいぐいと博影の胸元を押すがビクともしない。そのしぐさがとても可愛く、博影は沙耶や知沙の幼いころを思い出した。
…二人も、最初はこんな感じで照れていたな…
「お父さん! ジファ、困ってるよ。ねぇジファ、こんなおじさんに近寄られたら嫌だよねぇ~もっとカッコいい人ならいいけどね」
「かっこいい人?…」
「んんっ? お父さん、もしかして勘違いしてる? ジファは、女の子だよ」
「えっ? そうなのか? 美少年だとは思っていたが…」
「博影様、私も女の子ですよ」
「えっ? ティーフィ―も?」
「そうですよ。おそらく博影様は、ティーフィ―を男の子と思ってらっしゃると感じていました。ふっふっ」
ユハスが、楽しそうに笑う
「いや、そう言っても二人とも髪形や服装が…」
「はい、男装しています。ウフナン家もジュラ・ルピア家も跡取りの男の子がいなくて。二人ともそれぞれの当主として育てられているために、男装しているのですよ。」
「わかってなかったの、お父さんだけじゃない?」
沙耶があきれたような視線を博影に向ける。しかし、博影としては、まだ女性の体つきになっていない少女が男装すれば…それに、ここ異世界だし…と、心の中で言い訳をする。
「博影、理解したか? 理解したなら、私を離せ!」
ジファは、先ほどから博影の膝の上でもがいている。
「ジファ! それとこれとは別だ。博影は忙しい身だ、こんなふうにゆっくり食事をとることも少ないだろう。今日は、この時間をつかってしっかりと仲良くなってもらう」
イリヤに言われ、もがいていたジファはおとなしくなった。そしえ、渋々と博影の膝の上でテーブルへ向き直ると…フォークとナイフを握った。
二時後…お風呂に入る者、食堂でそのまま酒を飲む者、寝室へ行く者…皆、それぞれ分かれる
博影は、沙耶とチェルと先に3階の寝室へ上がった。
「この世界の子供たちは、少し大人びてる~と思っていたけど、ジファとウフス可愛かったね」
「あぁ、前の世界なら小学6年生と4年生だからね。でも、当主として生きて行くため男装までするなんてね」
「私は、ティーフィ―の事、ユハスから聞いていたけど。
でも、ユハスは、ジュラの領地もなくなったわけだし、ルピア家の子孫として生きて行く必要もないからティーフィ―の自由にさせたい…って言ってた」
「そんな事を…そうか、ロムニアへ行き、少し落ち着いたらユハスとティーフィ―の考えを聞かせて貰おうかな。二人の自由にしていいわけだから…」
ベッドの上で横になっていた博影は、僅かな寝息を立てて眠りについた。沙耶は、博影に薄手の毛布を被せると自分も右隣に入る。
「おとうさん、お休み」
沙耶も、眠りについた。




