第22話 スタンツア城内にて 12
城塞都市ロムニア(旧グリナ)・占領13日目
ロムニア国建国宣言より12日目
城塞都市ロムニアを出発し8日目
スタンツァ・ガリア占領5日目
スタンツァ・ガリアを占領し5日目の朝…
マリナの護衛を、チェル(&狼2頭)とルーナに任せ、
黒騎士、システィナ、ブレダの3人で港へ向う
港に着くと、ボレアがガレー船・1番艦~5番艦の艦長・副長と、
50人程の船大工を従えて待っていた
昨夜作成した、簡単な図面を広げる
黒騎士が説明する
ガレア船に魔石を施し、スコル神の加護を付与することで、船足が格段に上がる
その為、漕ぎ手の水夫は、下段の人数で十分である
上段の漕ぎ手のスペースが空く、そこで…
補給なしで、数日航海できるように、船倉と上段後方に密閉度の高い
食糧庫を造り、魔石の加護を付与させ、食材や水が腐りにくくする
上段前方には、武器庫をつくり、前方と後方の間は、通常は水夫が休憩できるようにし、戦時では、騎士を50人程乗艦できるようにする
艦長・副長らから、質問が出る
丁寧に一つずつ、目的や利点も含め説明する
すると、特に批判されることもなく、2番艦~5番艦の艦長・副長等は黒騎士の意見に同意した
自分たちの船を改造されることは、なかなか同意しがたいと思い、かなり批判がくるかと考えていたが…どうやら、昨日の事を1番艦の艦長・副長が説明していたのだろう
顔の表情からも、不満は感じられなかった
2番艦・3番艦・4番艦・5番艦の船首部分に、1番艦と同じように
拳大の大きな魔石を埋め込む
そして、黒騎士は昨日の一番艦に行ったことと同じく、それぞれ魔石に力を注ぎ
造波抵抗を抑え、船の強度を上げる魔力を付与した
2番艦に、システィナとお目付け役にボレアを乗船させ、
魔法陣で二人に酔い止めの処置を施し、出向させる
4番艦には、黒騎士とブレダが乗船する
港を出ていく2番艦を見る…波を切り裂き、まるで海の上をすべるように進んでいく
どうやら、システィナの魔石操作は順調のようだ
4番艦も、ゆっくりと桟橋を離れ港入口へ向かう
黒騎士はブレダを伴い船首部分へ移動し、魔石へ魔力を注ぐ
『艦長、よろしく頼む』
ドン…ドン…と太鼓が鳴らされ、その太鼓に合わせて下段の水夫が櫂を漕ぐ…
4番艦も2番艦と同じく…まるで海の上を滑っていくかの如く…
波を切り裂いて進むかの如く…進んでいく
しばらく、艦長の指示による訓練が行われた後、
艦長に水夫たちの櫂を引き上げてもらい、下段の水夫たちに休憩を取ってもらう
この間に、ブレダに魔力操作の指導を行う
『ブレダ、こっちへ…交代してみよう』
ブレダは、不安そうな顔をしているが黒騎士の指示に従い交代する
黒騎士は、なにも傍にいたブレダをただ、試してみようと思ったわけではない
テュルク族戦士の中では、
ウルディ クーノィ、ウーノィ ティラ、ブレダは、
徐々に魔力が強くなっていた
その中で、特にブレダが成長しているように思われた
そのブレダが、ガレー船の魔石を操れれば…
ウルディ クーノィ、ウーノィ…
そして、いずれはティラへもガレー船の魔石の操作の訓練を行いたいと考えていた
そうすれば、いずれ攻めてくるであろう
モスコーフ帝国との戦に…海戦に対し、策を講じることが出来る
ブレダが、魔石へ右の手のひらを置く
集中し、魔力を送り込む…
……
なにも変化は起こらない
『う~ん、ちょっと難しいかな』
黒騎士の言葉に、気を悪くしたブレダはさらに集中力を高めるが…
やはり、拳ほどの大きさの魔石の力を発動させることは、難しいようだ…
黒騎士は、埋め込まれた拳大の魔石の4~5cm上に、黒い術袋から親指ほどの魔石とりだし、
当てる…足元に魔法陣を出現させ…その魔石を船体にめり込ませていく
やはり同じように、船体に2/3程めり込ませた
そして、魔石に念を入れる
『ブレダ、こっちの魔石で試してみよう』
ブレダは、拳大の魔石を発動できなかったことが、よほど悔しかったのだろう
黒騎士の指示を、数分無視する
…… ……
ようやく納得した…
「黒騎士様、申し訳ありません
私の今の力では、無理なようです…」
そう言い、黒騎士へ頭を下げると、黒騎士の指示通り
親指ほどの魔石へ、掌をあてる
なかなか、発動しない…やはり、剣や鎧と異なり
船体の硬さは、理解できるとしても
造波抵抗などの概念はなかなか理解できない、その理解の違いが魔力操作を難しくしているように思えた
黒騎士は、ブレダを包む程度の魔法陣を展開させ
ブレダの魔力を魔石へ注ぐイメージを作る…
すると、魔石へ集まり切れていなかったブレダの魔力が集まりだす
そして…惰力で進んでいたガレー船の船足が急に増したように感じ
『ブレダ、そのまま…今のこの感覚になぞるように集中して、強く』
「はい」
ブレダは、黒騎士から助力を貰い、魔石に魔力を注いでいる
その感覚をさらに強めようと集中した
およそ半時ほど、魔石操作を行い
ブレダは、魔法陣の助力なしで魔石操作が出来るようになった
午前中は、システィナとボレアが2番艦、午後は3番艦
黒騎士とブレダが、4番艦、午後は、5番艦で魔力操作を行う
システィナ達、3番艦には、東ドウイ川での訓練も行わせた
東ドウイ川が穏やかな流れで、川幅があるからと言っても、
ガレー船の全長は50mほどある、転回の訓練が必要だった
午後7時、本館にて
黒騎士、システィナ、ルーナ、チェル、マリナ
カキアス、ボレアの7人で夕食を取っていた
「博影様、どうでしたか?」
『ボレアも、かなり船酔いを克服したと思うよ』
「いや、ボレアはどうでもよいのですが…」
思わず、カキアスが素で…興味なさそうに返答し返す
『いや、カキアスすまない、てっきりボレアの心配をしていたのかと思った』
博影は、苦笑いしながら魔石の力で、冷やしたビールを一口飲み…
『シスも、ブレダもガレー船の魔石操作は良くなってきている
正直言って、シスは魔力の力に頼り、力任せな感じだが、
ブレダは、かなり要領がよくなってきていると思う』
ブレダを見て、口元をほころばせた
…が、ブレダと…他人と比較されたシスティナは、あまり面白くない
「私とて、博影が横で指導してくれればもっと要領がよくなる」
ワインを一息で飲み干し、よく冷やされたワインを注ぐ
「明日は、博影が私の横に乗れ」
『それは、構わないが…ということは、
シス…明日からもガレー船の魔力操作の訓練を行うということでいいね』
…こいつ…顔はあどけない少年なのに、本当に憎らしい…
システィナは、2杯目のワインも、飲み干し
コップに、3杯目を注ぎながら、横目で博影を睨みながら頷いた
「私も、頑張ります
博影様のご期待に応えられように」
先程、博影に褒められたブレダは、よほどうれしかったのだろう
システィナの様子など気にすることなく、会話を被せてくる
『ブレダありがとう、嬉しいよ』
素直に、ブレダに礼を言うと…さらにブレダは、気分をのせているようだった
おそらく、明日の魔力操作の訓練では、かなりの集中力を発揮するだろう
「博影様、いつ出航しますか?」
『カキアス、1番艦の改装は2日間で終わるとのことだった
3日後、1番艦をイシュ王都へ向け出港させたい』
「わかりました、2日もあれば、料理人達とイシュ王都で振る舞う
料理内容まですすめられます
しかし、3日後早朝に出航すれば、昼過ぎには宿場町ルセに着きます
城塞都市ロムニアから、宿場町ルセまで2日、
城塞都市ロムニアの、イムーレ王子に今から知らせを送っても2日以上かかります
イムーレ王子の準備も含めて、
4日…いや、5日後でないと、うまく調整できないと思います」
…調整できないと思う…と、カキアスはまずは述べたが、
なにか良い方法はないかと、思案にふける
『カキアス、明日夕方までには、イムーレ王子に手紙を届けることが出来ると思う
チェル…』
博影の足元に寄り掛かる、チェルに声をかける
「…わかった…」
そう興味なさそうに言い、頷くと
再び干し肉を食べ始める
「それなら、間に合いそうですね
明日、夕方にはイムーレ王子に書簡が届けば
それから出立の準備をして、夜中に出れば…2日後の昼には、宿場町ルセに到着するでしょう」
と、にこやかに話すカキアスであったが、イシュ王国の第一王子に夜中に出発して
2日以内に宿場町ルセに行け…と言うのだから、かなりの強気…いや、強行軍である
「ガレー船に乗り、イシュ王都へイムーレ王子と向かう
こちらの者は、いかがいたしますか?」
博影は、しばらく思案したのち…
『イムーレ王子の帰還が一番大きなことで、ロムニア国建国の経緯やこちらの現状も、
支援の内容もイムーレ王子に任せておけばいいと思う
なので、イシュ王都へ行く者は……ダペス家の騎士1人と…』
「嫌だ…」
『いや…まだシス、俺、何も言ってないのだけど…』
博影は、思わず苦笑いする…
「では、言ってみろ」
『黒い術袋は、俺とチェルしか使えないが、
シスの魔力の強さなら、2日間もあれば小さな黒い術袋は使えるようになると思う
チェルは、城塞都市ロムニアへ伝令で出るし
俺はブザエとガランの偵察に行きたい……だから…』
と、博影はシスティナを見ると…
システィナは、そっぽを向いている
『シス…』
「嫌だ」
『いや、まだお願いしていないのだけど…』
「してみるか?」
『シス、お願いできるかな?』
「博影、おまえ、案外いい根性しているな
どの口で言えるのだ…絶対嫌だ…」
システィナは、またそっぽを向いた
「博影様は、イシュ王都へ行かれないのですか?
沙耶に会う、いい機会だと思うのですが…」
ルーナは、心配そうに…少し控えめに口を挟む
『ルーナ、ありがとう
しかし、どうしても都市ブザエ、と都市ガランは落とさないと…
この2つの都市を手中に入れれば、ロムニアの防衛がしやすくなる
そうすると、鉄門砦に籠城している帝国兵も…補給も援軍も、もはや可能性がない…と考える…降伏するだろう』
ビールを一口飲む…
『そのためには、まず偵察と…出来れば、
旧ロムニア騎士か旧ロムニアの市民達と接触したい
約1ヶ月後には、城塞都市ロムニアより騎兵を派遣し
都市ブザエとガランを手に入れておきたい
補給がなくなった、南方の都市はどうにでもなる
沙耶には会いたいが…しかし、ブザエとガランはどうしても手に入れなければ
今後の…ロムニア国の防衛が難しくなる…無駄な戦が起これば…
……仲間も多く死ぬだろう…』
誰も、飲食をせず…一瞬間があく…
「わかった、納得はしていないが…沙耶より優先する
お前の考えを尊重しよう……理解した…」
システィナは、絶対にここより離れたくない…離れない
と、決めていたのだが…沙耶と会う事より優先し…
又、騎士達を…兵士たちを…仲間と呼ぶ
その軍を指揮する博影の心の重さを感じ…博影の言う通りにすることとした
「博影、一つ頼みがある」
『シス、ありがとう
イムーレ王子のイシュ王都への凱旋帰国は、ロムニア国にとっても
とても大事なものだ、スムーズに事が進むように出来る限りの事はするよ』
「ありがたい…ガレー船の魔力操作だが、休憩を挟むといっても
陽が出ている間は、船はすすむ…私一人では、難しい
ブレダの協力が欲しい」
思わずブレダの顔には、戸惑いが現れるが…ブレダも
博影が付き添わず、システィナが1番艦に乗船するなら、
自分も乗船しなければ、ならないだろうとは…思っていた
「シス、わかった、私も行こう」
「ブレダ、助かる
ガレー船の魔力操作の事もあるが……私は、船という狭い空間で…
男どもに囲まれ、10日間近くもすごすなど…我慢できない
ブレダが来てくれると助かる…」
シスの2つ目の理由を聞き、そんなことで…と、思った博影だったが…
たしかに、男嫌いのシスが、船という密室的な空間で
50人以上の男に10日間囲まれるのは…多大なストレスだろうな…
と、少し理解した
「ブザエとガランへの偵察には、私がお供します」
『いや、マリナはこのスタンツァとガリアの治安と施政に
力を貸してほしい、それと…
ブザエとガラン両都市のイリオス教の司祭に
ヘラデスと、手紙を書いてほしい』
マリナも、現状を理解している
自分のやるべきことがある…
市民をまとめるという事…それが、ロムニア国の為になり
そして、博影の手助けになるという事
マリナは、次の言葉を飲み込んで…
…わかりましたと、小さくつぶやいた…
『ルーナ…』
「わかっています、ここにとどまり…マリナの護衛に付きます」
ルーナは、博影の目を…じっと寂し気に見つめたまま…
ルーナも、今…自分のなすべきことを行おうと…自分自身に言い聞かせ続けた
明日より、さらに忙しくなる
食事後、入浴し…
いつもように…
博影、システィナ、ルーナ、マリナ、ブレダ、チェルの6人で…
2つ繋げた大きなベッドの上で、円となり毛布をかぶった
一時後、かすかな廊下の足音に気が付いたチェルは…
皆を起こさぬように、ゆっくり起きると、素早く市民のような軽装に着替え
扉入り口の狼2頭の頭を撫で…
扉の外に出て行った
……
博影の微かな寝息が聞こえる…
木窓は、月の光が入るようにわずかに隙間を開けている
僅かに入る月の明かりで、僅かに見える博影の横顔を…左から見つめる
ベッドに入ってから、4時間は立っただろう…
システィナ以外は、皆寝ているように見えた
システィナは、博影の顔にすり寄り…博影の左頬に…前髪で少し触れる
「博影…お前の傍にいれないのは…つらい…いつの間にかお前が消えそうで、怖い
頼むから…無茶はしないでくれ」
システィナは、そのまま博影の左頬に顔をうずめた…




