第11話 スタンツア城内にて 1
スタンツア正門前の戦い…結果
【スタンツア、ガリア守備隊】
部隊長:パルナック・リガンバス
重装騎兵…300名 → 220名
軽装騎兵…300名 → 270名
市民兵…1000名 → 1000名
城内にとどまっていた守備兵
市民兵…200名 → 200名
【ロムニア国軍・黒騎士の軍】
黒騎士、チェル、システィナ、ルーナ
ダペス家…カキアス・ピュセーマ、ボレア・プノエー
重装騎兵50名 → 50名 死亡者なし、負傷者あり
テュルク族…ウルディ クーノィ、ウーノィ、ブレダ
黒山羊騎兵100名 → 100名 死亡者なし、負傷者あり
城塞都市ロムニア(旧グリナ)・占領9日目
城塞都市ロムニアを出陣4日目
マリナから、ロムニア国建国まで黒騎士達の関りを含めて
司祭ヘラデスへ説明がなされた
「そうでしたか…」
一言つぶやいた司祭ヘラデスは、マリナをみる…その顔は、幾分寂しげな表情だった
「マリナ…本当によく生きていてくれました…」
クレイは、隣に座るマリナの頬へ自分の頬を寄せ抱きしめた
「黒騎士様、マリナは私たち夫婦にとって娘のようなもの
命を助けていただき…支えていただき、本当にありがとうございました」
夫妻は、深々と頭を下げた
マリナの様子から、又夫妻の様子から…お互い深い信頼関係で結ばれていることが見て取れる
黒騎士は、兜を取らず相対する非礼をまずは一言断わり、
『ところで、司祭ヘラデス…少しばかり聞きたいことがあるのだが?』
「私たちにわかることであれば、なんなりと
すべてお答えします」
テーブルについても、兜を取らない黒騎士に異質な感情を感じていた夫妻であったが、
マリナの命を救い、又マリナの振る舞いや黒騎士との距離の近さから
マリナが、かなり黒騎士を信頼していることが見て取れる
初めて会った異質な相手を信頼することは出来ないが、
誠意をもって答えようと考えた
『スタンツア、ガリアはロムニアの地で収穫された作物などを
モスコーフ本国へ船で送っていると聞く
本国と、直接やり取りを行っているなら多くの情報が入ると思うのだが…
モスコーフ本国へ送られた、旧ロムニア公国の王や有力な貴族たちは幽閉されているのか…
又は、もうこの世にいないのか…なんでもいい
なにか情報があれば、教えてほしい』
教会というところは、様々な人々が出入りする
なにか情報があるのではないかと、黒騎士は考えていた
「確実な情報はなにもありません、
というか、モスコーフ本国へ護送された旧ロムニア公国の王族や有力な貴族たちの情報は、何一つ入ってきていません
この20年間…この地の人々は、多くの悲しみを受け…少々の小競り合いはありましたが、
強大なモスコーフ帝国へ対し、反乱を企てようと考える者もおりませんでした
そうすると…人質としての役目もありませんし…
そういうことだと思います…」
やはり、無条件で降伏したことに…その後の支配で、徐々に虐げられたことに…
様々な思いがあるとはいえ、旧宗主に対し軽々しい言葉は言えない
司祭ヘラデスは、ほとんど顔色を変えずに答えた
『そうか…そうすると…マリナ
この地には、旧王族は残っていないのだったな?』
「はい、旧王族や有力な貴族は一人も残っていません
ロムニアの名を冠していても、
私のようなかなり遠縁というか、ただ名を冠しているだけでほとんど血のつながりのない者が、数名残っているだけだと思います」
苦笑いしながら、マリナが答えた
物事を有利に運ぶ一つの手段として、マリナは時折
マリナ・イット・ロムニア…
と名乗るが、ロムニア家との繋がりは、かなり先祖を遡らなければならない
王位継承は、もちろんの事
イット家は、代々…イリオスの神に仕えてきており
貴族の地位にあったこともなかった
『しかし…そうなると、殆ど意味をなさないとはいっても
ロムニアの名を持っている以上、マリナを利用しロムニア国の王たらんと欲するものが現れるのではないか?』
黒騎士は、言葉を選びながら慎重に尋ねた
初めて出した疑問ではあったが、ロムニア国建国を考えた時から
マリナが、巻き込まれるのではないかと心配していたのだ
しかし、その黒騎士の言葉を聞き
黒騎士以外の者は、不思議そうな顔をしていた
「黒騎士様、イリオスの司祭であるマリナを利用する…それも、殆どの者がイリオスの神を信じるこの地で…それは、難しいでしょう
又、遠縁ということを考慮しないで考えても、
ロムニアの名を持つ者を妻に娶り、その名を利用して王を名乗る…
モスコーフ帝国のように圧倒的な軍事力で押さえつけるならば、
生かそうが、殺そうが、利用しようが…と、可能ですが
そのような力を持つ者がいないこの地では、イリオスを信仰している旧ロムニアの騎士の…市民の大きな反感を買い、統治は難しいと思います
この世界では、国に生きる人々を統治するのは王ですが、
人々の心のよりどころとなっている者は、あらゆる神です
その神の従属者たる司祭を利用するならば、それは神を利用することになります」
司祭ヘラデスは、若干苦笑いを交えながら黒騎士へ丁寧に説明した
そして、黒騎士は禁忌の魔法により異世界から召喚された者…との噂があったが、
この世界の理をしらない黒騎士…異質な魔法陣を意のままに操る黒騎士と接し
他の世界の者だと、若干信用する気持ちが生まれていた
『そうなのか…いや、司祭ヘラデス
無知な私に対し、丁寧な説明感謝する』
黒騎士は、司祭に一礼した
「そういうお姿を拝見すると、とても先ほどまで
まるでスコル神の生まれ変わりのように戦っていたお方とは思えませんね」
黒騎士の素直なありように、思わず司祭クレイはにこやかに、くすくすと笑いをこらえた
「物事は、天地神明にかけて!
と言っても、愚かなことを企てる方は、どの世界にもおられるでしょうから
絶対にない…とは言えませんが、少なくとも、国の王たらんとするものならば
先を見据えた行動を…考えを持つでしょうから
まず、ないと考えます…」
黒騎士の問いに対し、言葉を閉めた司祭ヘラデスであったが、
一度テーブルに目を伏せ、そして顔をあげると…
「ただ…この度の戦では、司祭マリナは戦場に立ち、
騎士を…市民兵を鼓舞いたしました
その理に正当性があったとしても、司祭が治療所ではなく戦場に立つ
人々を傷つける立場に立つ…など、あってはならない事です
歴史の中で、そういったことがなかったわけではありませんし…
悪い方に進んだ歴史もあれば、人々のために良いことになった歴史もあります
ただ、司祭としてマリナが戦場に立ったことで
ロムニア国の象徴として押し立て、利用しようとする者が現れるかもしれません…」
最初にマリナに今までの経緯を聞き、少し寂しげな表情をした理由は
ここにあったのだろう
゛司祭として…あってはならない事゛
と言いなが、
゛人々のために良いことになった歴史もある゛
と言うところに、司祭ヘラデスの迷う心も感じた
「司祭ヘラデス…ごめんなさい
教えを守れず…ごめんなさい
ただ、私は…このままでいいの…本当にこのままでいいの…と毎日自分に問いかけていました…ロムニアの人々のために、自分に出来ることは…なにか…
その結果が…戦う事でした
ごめんなさい…」
司祭ヘラデスに心から、謝罪の言葉を述べる
しかし、姿勢はしっかりと保ち
涙があふれる目は、ヘラデスの目から逃げる事はなかった
「マリア、すまなかった
非難するつもりはなかったのです、ついつい司祭としての教示を述べてしまいました
最初に言った通り、マリナの気持ち…迷う気持ちも含めて
私たちは、マリナの味方ですよ
私たち、スタンツア・ガリアのイリオス教会の者は、
治安が安定するように、しっかり協力するつもりです」
「マリナ、私たちは出来る限りの協力を惜しまないわ
困ったことがあったら、何でも言って!」
ヘラデスもクレイもテーブルにのせられているマリナの手を優しく握る
その後は、スタンツアやガリアの都市の特徴を聞き
マリアとの思い出の話などに、話が膨らみ
テーブルが、かなり華やいだ
教会の正門扉を開け、外に出る
外には、ダペス家騎士3人が疲労を見せぬ姿勢で見張りをしていた
『司祭ヘラデス、司祭クレイ
貴重なお話ありがとうございました、紅茶も頂き大変美味しかったです』
そう言うと、黒騎士は頭を下げた
カローイ達からの指導もあり、黒騎士でいるときには
部隊を率いる騎士としての口調、振る舞いをしようと気を張っていた博影だったが
人にお礼を述べる時などには、ついつい日頃の口調・振る舞いが現れる
そういう博影の傍らに立つ、システィナとルーナは思わず笑みがこぼれた
『この地の人々が安心して生活できる国、みんなが希望の持てる国を造りたいため、
ロムニア国建国を宣言した
後には引けない…必ずみんなで造り上げたいと考えている
協力をよろしく頼む』
二人の笑みに気づき、なんとか口調を戻し司祭ヘラデス・クレイに頭を下げ
騎乗する
「マリナも館へ行くの?
教会に泊まってもよいのよ?」
司祭クレイは、名残惜しそうにマリアの目を見る
「クレイ、このスタンツァにいる間は毎日伺いますから」
マリナは、嬉しそうに笑顔で答え騎乗した
「マリアは、弟子なんだから毎日手伝いに来ないとね」
いつの間にか、クレイの傍らに来ていたティカが意地悪そうな笑顔をする
「あら、私は司祭になったけど
ティカは、修行の身でしょ
ティカに任せるわ」
マリアも負けじと、意地悪な笑顔で答えた
…では…
再度、馬上から軽く一礼すると
騎乗した全員も同じく一礼し教会を後にした
教会の敷地から出る…貴族・騎士エリアの門へ向かうマリア達を見えなくなるまで
ヘラデス、クレイ、ティカは見送った
貴族・騎士エリアの門は開門されている
両隣には、ダペス家の騎士が門番をしている
「黒騎士様、一旦この貴族・騎士エリアに住む者達には外出禁止令を出しております
又、カキアスとボレアが本館で黒騎士様をお待ちしています」
そう言うと、騎士二人は胸元に右手を当て礼を取る
『わかった、戦のあとで疲れているだろうが、見張り…よろしく頼む』
馬上から声をかけ、騎馬をすすめる
道沿いの館からは、市民街と同じく窓をわずかに開けて黒騎士達を伺う者が多かった
貴族・騎士エリアを通り
人の背の二倍程度の塀で囲まれた館の正門へ着く
門番の騎士二人に、ねぎらいの言葉をかけ
一人の騎士に案内してもらう
右側の馬屋で騎馬を降り、館へ入る
スタンツア・ガリアは港町としてかなり栄えているが、城はもたず
大きな館が城の代わりに、城塞都市の中央に位置していた
案内され、二階の執務室に入る
カキアスとボレアが、大きな会議用のテーブルを挟み
部隊長:パルナック・リガンバスとその側近3人を交え話をしていた
「黒騎士様、お待ちしていました
こちらにどうぞ」
カキアスとボレアの後方に立つ、二人の騎士に誘導され
黒騎士とマリアは、カキアス等とパルナック等の間に座った
相変わらずチェルは、場の雰囲気も気にせず黒騎士の足元に座り
システィナ、ルーナはテーブルの端に座った
『スタンツア・ガリアの施政者…貴族はどこに…』
「黒騎士様…我々が入城する前に、船で逃げてますよ」
ボレアは、当然とばかりに黒騎士に軽く突っ込む
『あぁ、そうなのか…』
思わず生返事をする黒騎士に…
「敵が降伏した後、すぐに入城せずに黒騎士様は、敵・味方の騎士の治療に一時もかけてましたから、そりゃー逃げますよ」
くっくっとボレアは、笑いながら答えた
いつもなら、
゛口に気をつけろ゛
と、ボレアに苦言を呈すカキアスだったが
二人は、カローイにいつも付き添っている、ダペス家10人の騎士のうちの二人…
ダペス家の騎士10人は…
ギュラー砦での戦…公都ルピアでの戦を通じて…
特に、敵に囲まれたギュラー砦での戦で…黒騎士に並々ならぬ恩義を感じていた
今回のスタンツア・ガリア遠征に際しては
カローイに、ぜひ自分たちに行かせてほしいと10人とも強く直訴していた
その中から、カローイに選ばれた二人である
カキアスも、生意気な口を利くボレアが
どんなに黒騎士に恩義を感じ、命をもかける事を辞さない気持であることは理解している
人の有り様は、その心の有り様による
そのボレアの気持ちを理解しているカキアスは、ボレアが決して黒騎士を軽く考えて発している言葉ではないことを知っている
『そうか…まぁ、捕虜にするのもめんどくさいし、手間が省けたな』
まじめに答える黒騎士に、システィナ達も思わず笑ってしまった
頭部の甲冑を脱がないまま、席に座り話し出す黒騎士に
パルナックたちは、かなり違和感を感じていたが
そのような事を気にせず、かなり距離の近い会話をしている黒騎士達に
ついついつられて、パルナックたちも口元がほころんだ
「では、黒騎士様も着いたことですから
話しの続きをいたしましょう」
カキアスは、和んだ場を少し引き締め話し合いを始めた…




