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第8話 暴動 4


異世界召喚 116日目


イシュ王都を出発し、19日目





守備隊長ミヒャル直轄の重装騎兵400名は…ミヒャルを打ち取られ、70余名の重装騎士を打ち取られ、浮足立った時…


一人の重装騎兵が、自分たちの後ろには家族がいるのだと叫び、黒騎士に立ち向かい…切り飛ばされた。


その騎士の言葉で、黒騎士を悪魔と呼び、恐れ始めていた騎士達の心に勇気が宿る。

各々が剣を握り直し、黒騎士に対峙する。


「大盾を構えよ」


100名ほどの重装騎兵(上級騎士:ウーヌスナイト)は、大盾を構え、黒騎士を遠巻きに取り囲む。

そして、その陣形の後ろから100名ほどの重装騎兵が槍を持ち構える。

残りの重装騎兵100余名は、マリナ達を迂回しチャウ伯爵へ合流するために向った。


…まずいな…あの時の二の舞になる…いや、比べ物にならないくらい…まずいな…


黒騎士(博影)はつぶやき、周りをゆっくりと見渡した。


大盾を構える上級騎士は聖力が強く、大きな聖石の加護がある大盾の防御力をかなり上げる。

その為、その大盾を切る…となると、魔法陣の力を利用し、又、黒い剣にかなりの魔力を注がなければならない。


騎士の気力が低下し、聖力のコントロールが不十分にならない限り、大盾ごと騎士を切り捨てることはできない。

このままでは、大盾に阻まれ、槍で体力・魔力を削られ、最後は打ち取られてしまうだろう。


しかし、モスコーフ帝国騎士達も、おいそれと打ち込むことが出来ず、取り囲んだまま、動かない。

一瞬、静寂が訪れ…

チェルが、チャウ伯爵側の騎士達と剣を交える音だけが響いてきた。


ガキン…キン…うぉぉ…うわぁ…


急に、マリナ達が固まっている広場の右横の町の路地の奥から、剣戟の音や、人の悲鳴・罵声が聞こえてくる。

すると、その暗闇から騎兵の一団が飛び出してきた。

ペシエ、セドナ達はその一団の方へ騎馬を回頭させ槍を構える。


「セドナ、俺だ」


「トゥロク?」


その一団は、トゥロク率いる50名の軽装騎兵達だった。


「トゥロク、よく無事で合流してくれた」


ペシエは、トゥルクにねぎらいの言葉をかける。


「まさか。チャウ伯爵がこちらへ出張っていようとは、目論見が外れてすまない。だが、今からでも遅くない」


トゥルクは、正門前のチャウ伯爵の一団を見た。


「トゥルク、後ろの重装騎兵達は?」


と、ペシエが言いかけた時、トゥルク達50人の後方についていた20名ほどの重装騎兵は、騎馬を黒騎士を囲むモスコーフ帝国騎士へ向け駆けさせ、突撃体制をとった。


黒騎士が、あちこちに撒いた燃える水は、かなり下火になっており、騎馬もあまり怯えず突撃していく。

黒騎士を遠巻きに取り囲んでいた騎士たちは…


「大盾を構え、槍を突け!」


副隊長格の指示により、すぐさま隊列を組みなおし重装騎兵の突撃に備える。


ガキン…ガキン…ドゥ…


大盾に向かい全力でランスを打ち込む。貫けはしないが、10名以上の騎士が、そのランスにより飛ばされた。


黒騎士を囲んでいた円陣の一部にほころびが出来る。

黒騎士は、そのほころびに向って駆けだし、慌てて剣を…槍を向けてくる騎士達を、切り払いながら駆け抜けた。


「博影…」


その馬上より差し出された手を握り、騎馬へ黒騎士が飛び上がると、20名余名の重装騎兵は、一斉にマリナ達へ向けて退却した。


「シス、ルーナ助かった、ありがとう」


博影に手を差し出したのは、システィナだった。


「博影、無理をするな」


システィナが、博影の脇腹を小突いた。苦笑いする博影に対し…


「博影様、笑い事ではありません。あまりに無理しすぎると、本当に怒りますよ!」


…ルーナ、心配かけてすまない…


と言いながら、ルーナを見ると…目も、口も笑っていなかった。


チャウ伯爵の陣に単身飛び込み、戦っていたチェルが大きく後方に飛ぶ。

包囲から抜け出すと、博影の傍らに駆け寄ってくる。


「…スマナイ…ムズカシイ…」


チェルの黒い皮鎧は、博影以上に返り血を浴び真っ赤に染まり、鎧にそって血が流れ落ち、足元に小さく血だまりをつくった。


「チェルありがとう、よく頑張ってくれた」


チェルは、若干不満げにうなずいた。

チャウ伯爵まで、たどり着けなかった事がかなり不満だったのだろう。


ランスを構えたままのイムーレ王子が傍らに来た。


「イムーレ王子、いつ彼らと合流を?」


「博影、その事は後で話そう、どうする?」


ペシエ達も傍らに来る。


「もはや、退却の可能性を探るしかないと思います。左右、どちらかの路地へ逃げ込むか…」


と、左右の路地を見ると、奥から松明をかざした傭兵達が現れた。

左右、それぞれ300人近くいるようだ。

この数で、狭い路地を埋められたら、いくら騎馬で突撃しようとも突破は難しいだろう。


「路地は…ダメか?」


「あぁ、俺たちも後ろから不意を突いたから突破できたが、正面からは、この味方の数では難しい。

それに、傭兵の後ろを見ろ、盾を構える歩兵まで集まってきている」


イムーレが、肩をすくめ…若干おどけて博影に話す、

この前後から挟まれ、左右の路地も傭兵と歩兵に埋められ、もはや時間の問題か…と思われるこの状況で、若干おどけられるとは…

ある意味、焦りを見せないイムーレ王子に、博影は落ち着かされた。


「仕方ない。イチかバチか、正面突破するしかありませんね」


博影は、黒い剣を正面のチャウ拍車地へ向け…


「まず正門を壊す。そして、チャウ伯爵へ向け、突撃し駆け抜け城外へ脱出する。

もしうまくいけばチャウ伯爵を確保、または仕留める。だが、無理はせずあくまで突破を、第一に考える」


博影は、システィナの乗る騎馬から降りる。周りの者達は、


…正門を壊す…どうやって…


と思い、言いかけたが…


「博影様待ってください、私は…」


「マリナ、言いたいことは後から聞く。まずは、生き延びてからだ、死んでは何も始まらない、なにも出来ない」


騎上のマリナへむけ笑顔で答えると、博影は、正門を向き前に出る。

その顔には、もはや笑顔はない。


その右横にシスティナが並び、左横にルーナが並ぶ。

イムーレ王子たち、イシュ王都重装騎兵も一列に並んだ。一瞬の間が出来る…


時折、松明の火がはじける音と、甲冑の擦れる音だけが聞こえた。




「最後の祈りは終わったか?

どうだ、マリナを差し出せば命だけは助けてやらんでもないぞ」


チャウ伯爵は、あざけるように黒騎士達に問う。


「そりゃいい、女を差し出し命乞いをしてみろ。腰抜けどもめ」


次々に歩兵や騎兵が、黒騎士達をあざけわらう。


「くっ、あいつら一人残らず殺してやる」


マリナを囲む元ロムニア公国騎兵達は、そのあざけわらいで、騎士としての矜持を踏みにじられたと感じ、憤った。


しかし、博影は別なことで感心する。


…これだけの戦力差があるにもかかわらず、相手の統率を狂わせ、さらに有利に戦おうとするそのチャウ伯爵に…


「落ち着け、敵の策略に乗るな。ペシエ、トゥロク、セドナ…マリナを頼む、俺とチェルで飛び込む。

皆は、一点突破を…中央を正門に向かい駆け抜けてくれ」


「イクカ…?」


チェルが、博影(黒騎士)の前に出る。

心なしか、二つの触角で持つ左右の黒い大盾を重そうに引きずっている。


「チェル、すまないもうひと働き頼む」


チェルは、頷きその右手にもつ黒い大剣を背中に背負いなおす。そして、左右の黒い大盾をそれぞれ片手でしっかりとつかんだ。


博影は、5mほどまえに魔法陣を出現させた…少しづつ回転させ始める。

黒い剣を収め、アーチェリーを取り出し…正門に狙いをつける。


チャウ伯爵の前の騎士たち数人が、大盾を構え伯爵を守る。


チャウ伯爵が、片手をあげた。

すると、チャウ伯爵が陣取る場所の左右の暗がりより、およそ200人の傭兵が出てきて、チャウ伯爵たちの前に陣取る。


「一人につき、金貨10枚だ。特に、あの黒い悪魔二人を倒したものは、一人につき金貨100枚を褒美に取らせよう」


「チャウ伯爵、ありがとうございます。お~し、野郎どもかせぐぞ!」


傭兵隊隊長と思われる男が、剣を抜くと傭兵達は剣を構え陣を敷く。


「統率が取れている、烏合の衆ではないな」


博影の後方で、ペシエがつぶやく。


「チェルが、歩兵や重装騎兵をかなり減らしたてくれたが、馬に乗っていないとはいえ…

約、重装騎兵160、軽装騎兵140、歩兵360…くらいか、それに傭兵が200…」


「博影…いまさら、傭兵の200や400増えたところで同じだ、蹴散らして進むだけだ。ルーナ、私は必ず突破する。しっかりついてこないと、博影は私がもらうからな」


「なっ! シス、私は絶対遅れはとりませんよ!」


目の前の敵に雰囲気に飲まれていたルーナは、システィナに煽られ言い返す。


「ふふっ、その意気だルーナ。必ず生き残るぞ!」


システィナは、自分にも言い聞かせるように強く・重く正面に向け放ち、ランスを握る。強く握りなおす。


伯爵側の隊と、博影達後方のモスコーフ帝国軍の隊…皆身動きせず博影達の動きを待つ。

特に、博影達の後方に位置する隊は、重装騎兵は馬が驚き逃げてしまったので、騎馬から降りているが、軽装騎兵は騎馬に乗っている。

博影達が、チャウ伯爵の隊に突撃し、止まってしまえば後方より突撃され全滅するだろう。


ギリッ…ギリッ…


大きく弓を引き絞り、まさに正門へ向け放とうとした瞬間…



ドガーン…バキバキッ…



まるで近くで雷が落ちたような、大きな轟音とともに正門が飛び散り、多くの松明が倒れ、もうもうと煙が上がった。



正門の前、20mほどに陣を展開していたチャウ伯爵の護衛の騎士達は…その予想だにしない、後方正門の大きな衝撃で思わず身をかがめ…後ろを振り返る…


松明で照らされている、ぼんやりと明るい暗闇の中…

多くの松明が倒れ、もうもうと上がっていた煙が徐々に薄れていくとそこに…3騎の騎兵がいるようだった。


徐々にはっきりしていくと…


それは騎馬ではなく、大きな騎馬ほどもある黒い山羊だった。

その山羊の頭には大きな黒い巻貝のような角が二つあり、体は黒く、目は薄く赤く光っていた。

足は、騎馬よりも太くがっしりしている。


そして、その黒い山羊にまたがっている者達は、草色の皮鎧を身にまとい大きな槍を抱えていた。そして、体が大きい…

この世界の者は男は、170cmくらいが普通だが、皆2m以上あるようだった。



…正門は…大きく壊されていた…



「わしが早かったな」


族長のウルディが、両隣の者達を見下ろすように言う。


「ちっ、久しぶりの戦だからと言ってジジイがでしゃばるなよ。俺らに任せておけばよいだろうが!」


クーノィは、そのオヤジと呼ぶものに舌打ちした。


「クーノイ、そうつれないことを言うなよ。オヤジも先は長くねえんだ、ちっとばかし昔のように暴れたいんだろう?

年寄りを立ててやるのも、若い奴の仕事さ」


ウーノイは、大げさに手を広げ笑う。



ザザッ…ザザッ…


次々に正門の向こうから、黒い山羊が飛び込んでくる。

ただ、この3騎の者達と異なることは、草色の皮鎧をまとう者たちの後ろに、銀色の甲冑をつけた騎士がつかまっている。

正門外から、堀を超え着地した者達は、まとまりなく、次々にウルディを中心に集まってきた。


そのまとまりのない並び…数は、黒に山羊に騎乗している者100人ほど

その後ろにつかまっていた者100人ほど

合わせて、約200人の者がチャウ伯爵の隊の後方に現れた。


「ウルディ殿、どういうことですか正門をいきなり壊すなど、これでは、私の騎兵部隊が入れないのですが…」


黒山羊から降り、必死に怒りを押し殺し、カローイはウルディに尋ねる。


「カローイ気にするな、父上はお前たちの力などあてにしなくても結構だ! と言っているのだ」


黒山羊に騎乗するティラが、ウルディの代わりにカローイに笑顔で語る。


「そうだ、カローイそんなこともわからなくてよく一軍を率いているな。お前たちは、ここで待っていろ、ここは、私たちの狩猟場だ」


笑いながらブレダはその大きな槍を握り直し、ウルディの前に出る。



「貴様たちは何者だ?」


チャウ伯爵を守るように円陣を組む一人の騎士が叫んだ。


「俺たちか? 俺たちは、あそこにいる黒騎士様の配下の者だ。お前たちは敵か?」


ブレダは、槍で刺し示しながらその騎士の目を睨む。


「生意気な、たかだか、200くらいだろう、皆殺しにしてやる」


隊長格の騎士はそういうと、剣を振り上げブレダ達を指し示す。

すると、100人程の騎士が大盾を構え、ブレダ達へ向かう。

その後方に槍を持つ者達300ほどが続く、見事に態勢が取れていた。


ブレダ達、黒山羊に乗る100人は横一列に並ぶ。


「聖石の加護を持つ甲冑はやりづらいんだよな。隙間から、狙うか、叩き潰すしかねえし」


クーノイが、めんどくさそうに吐き捨てる。


「そういうな、さっさと、蹴散らして博影様の元に行くぞ」


ウーノイは、そういうと槍を高く掲げ…振り下ろした。

その合図で、ウーノイ達100の黒山羊は、横一列で一斉に大盾を構える騎士に襲い掛かる。



ドガーン、ドガドガ


黒山羊を操る者達は、黒山羊に頭を低くさせ、その大きな黒い角で、大盾を弾こうと全力で飛び込む。

大盾を構える重装騎兵の騎士たちは聖力を高め、なんとか一撃目をしのぐ。


「よし、一撃目さえしのげば…」


大盾を全力で構える騎士の一人がつぶやく。

そう、一撃目さえしのげば、ニ撃目は後続がくるか、またはいったん後方にひいてからでないと行えない。

こいつらに後続はない。

大盾後方の槍隊が、大盾の前で止まる敵を貫こうとしたとき…



ドガッドガッ


急に大盾に衝撃がくる。

一撃目をしのぎ、若干安心していた者達は後方へよろめく。

しかし、重装騎士、上級騎士である。

大盾は離さず、落とさず、よろめきながらも構えた。


黒い山羊たちは、一撃目をしのがれると、両方の前足を大きく上げ、まるで前半分の~体を大きく起こし、重心を後方に乗せると…


大盾目掛け、頭を振り下ろした。それを何度も繰り返す。


ドガッ、ドガッ


騎士たちは、大盾を構えることが精一杯で後方へよろめきながら後ずさりする。

二撃、三撃と受けていた騎士達だったが、第二列の槍を構える騎士たちは、黒山羊が大きく前足を上げ上体を起こした瞬間に…黒山羊の腹部を狙い、槍を突きだす。


しかし、黒山羊の体に跳ね返された。


…なっ?…


槍の騎士たちは驚く…これは…



ドガッドガッ


大盾を構える騎士達もほとんどの者が、四・五撃目を受けると…後方へ飛ばされた。

大盾の守りがなくなった個所へ、次々と黒山羊が突撃し、騎士達を、その黒い大きな巻貝のような角で跳ね飛ばしていった。


「いくぞ!」


カローイの合図で、カローイ率いダペス家100人の騎士たちは次々に、黒山羊に飛ばされた者達へ切り込んでいった。




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