プロローグ 5竜と世界の終わり
城塞都市が燃えている。
…逃げろー…裏門へ向かえー…
「くそ、たかがトカゲごときが!」
白いローブを纏った司祭は、3階建ての屋根の上に陣取る赤黒い竜を睨み、憎々し気に吐き捨てた。
「司祭殿!」
司祭の後方には、100人程の弓兵が弓を引いている。司祭は、頷き前方に魔法陣を出現させた。その中央は、赤黒い竜に向けられた。
弓兵隊長の右手が上がり…号令と共に振り下ろされる。矢は次々に魔法陣へ向かって放たれ、魔法陣を通過した瞬間、勢いが増し赤黒い竜へ向かう。
しかし……2射…3射…と数百本の矢を放てども、竜の体には一本も刺さらない。
「くそ、魔法陣で強化した矢をも寄せ付けないとは…」
「司祭様…」 「司祭様…」
司祭の傍らに次々に助祭が駆け寄ってきた。
「司祭様、遅くなりました」
「うむ、やはり奴に矢や剣は効かぬ。皆、私のつくる魔法陣へ魔力を注げ、攻撃魔法で奴を…火竜…ペレ・ボナウを倒す」
そう言うと司祭は、再び魔法陣を眼前に出現させる。その魔法陣に向け、約30人の助祭たちは両手をかざし、魔力を注ぐ。
魔法陣が、徐々に回転していく。
その魔力の増大に気づいた火竜・ペレ・ボナウは、司祭達へ目を向ける。しかし、逃げるそぶりなど見せず…ただ、司祭達を見ている。
「奴め、気づきながらも逃げぬとは…貴様が侮った人間の力、見せてくれる!」
魔法陣の中央に…ぽつぽつと丸い光が次々と浮かび上がってきた。
「消えよ! 人間の敵めが!」
司祭が竜へ叫んだ瞬間…魔法陣の中央から雷鳴がとどろき…雷光が竜へ向かう。
バリバリバリ―
竜は…光と煙に包まれた…
「奴め、くたばったか…」
白い煙が徐々に薄くなっていく‥そこには…目を細めた竜が、先ほどと同じく司祭達を見つめていた.
…それで終わりか?…小賢しい人間どもよ…
竜の体の前面にいくつもの魔法陣が出現し…竜が口を開け、息を吐いた瞬間…
すべての魔法陣から炎が吐き出された。
…くっ…
司祭は、とっさに盾となる魔法陣を出現させたが…後方にいた助祭たちは皆、消し炭のようになり、ぼろぼろと体が崩れていく。
辛うじて一命をとりとめた司祭は…皮膚が垂れ下がるほど、全身に大火傷を負っている。
…くっ…ここまでか…
そう司祭が呟いたとき…司祭の視線の先の山の頂から、大きな飛行船が次々に現れた。その数…22隻…
「ふふ、貴様の死に様は見れそうだ…」
飛行船は22隻…それぞれに教皇をはじめ、司祭達が大勢乗り込んでいる。
「教皇様、火竜・ペレ・ボナウです」
飛行船の歩哨が叫んだ。
「奴だけか…各船に連絡。手筈通りに魔法陣で攻撃する。我らが、人間世界の最後の鉾だ! 絶対に仕留めるぞ!」
教皇と呼ばれた白いローブの男は、キャビンの先頭に立ち…飛行船の前に魔法陣を出現させた。キャビンに乗る50名以上の司祭達が、魔法陣へ魔力を注ぐ。
他の飛行船の魔法陣から、水が勢いよく竜へ向け放たれた…そして、他の魔法陣から雷撃が放たれ、竜は光に包まれた…だが、倒れない。
「あっ…あれは…」
前方の山の峰にかかる厚い雲より…竜が現れた…一つ…二つ…三つ…
「雷竜:インドラ・オージン、水竜:テテス・ネーレイス、風竜:アネイ・エウロス……そして…」
3匹の竜の後方から…ひときわ大きな黒い竜が現れた。
「こっ…黒竜:リグ・ヴリトラ…奴は北へ攻め込んでいたのではないのか…」
城塞都市の上空に5匹の竜が揃う。その様子を城塞都市の建物の陰から見ていた僅かな生き残りの人々は…最後の死神が現れたように思えた。
「くっ、よりによって5竜ともそろうとは…」
しかし、教皇は再び魔法陣を飛行船の前に出現させた。
「皆、何を臆しておるか! 我らは敗れるわけにはいかん、我らが人間世界の最後の希望なのだ!」
はっ…と我に返った司祭達も又、再び魔法陣へ魔力を注ぐ…そして、魔法陣から5竜へ向かい竜巻のような暴風の渦が、多くの雪を纏いながら竜へ向かう。
5竜は、若干バランスを崩すが、吹き飛ばされることはない。しかし、多量の雪を体に被り体表面の温度は下がり、氷結が体につく。
そこへ、他の飛行船の魔法陣から、炎の渦が放たれた。
5竜は、もうもうと上がる水蒸気の煙に巻かれ見えなくなった。
「こっ、これでどうだ! 黒竜:リグ・ヴリトラに致命傷は与えられずとも、他の4竜は…」
水煙が消えていく‥5竜は、変わらずそこにいた。
…ここまでだな…
黒竜:リグ・ヴリトラは、そう呟くと…体の前面に多くの魔法陣を出現させ…黒い炎を吐き出した。
飛行船は…黒い炎に焼かれ、爆発しながら…焼け落ちていく。
そして…5竜は、四方の空へ飛び立っていった。
………
この地上で、万物の長となっていた人間は…5竜によって95%以上の人間を死滅させられ、文化や技術を消滅させられた。
そして、この災厄の年を…後年の人々は、レナトスと呼び、ここからレナトス暦が始まった。