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偶然という名の必然  作者: まゆぽよ
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「セナ、お帰り。暑かったでしょ」アミが庭の方から竜王丸と一緒に出迎えてくれた。

 九月も半ばを過ぎ、朝晩は過ごし易くなってはいたが、まだ昼間は暑い日が多かった。

「田舎でゆっくりできた?」

「うん。アミはどうだった?みんな元気?」しばらくぶりに見るアミの顔は穏やかに見えた。セナにはあの写真に写ったアミの母親の顔が思い出された。

「うん。竜の火傷ももう大丈夫」アミは竜王丸を撫でた。

「良かった。竜王丸は命の恩人よね。竜王丸が助けにきてくれなかったらどうなってたか…有難う。」そう言ってセナも竜王丸を撫でた。

「けど、竜王丸、ほんとにすごい。アミには竜王丸の声が聞こえたんだよね?」

「私と竜はつながってるから。」アミはやさしく微笑んで、竜王丸の頭に顔をうずめた。

「ふふっ、ほんと。そうみたい」そう言ってセナが顔をあげると母屋の焼け跡が目に入った。

「ごめんね。私がお香なんて置いたから…」

「まだ言ってる。セナの所為じゃない。何度もそう言ったでしょ」

「うん…シン君は?大丈夫?」セナが少し心配そうに尋ねる。

「うん。何か逆にしっかりしたみたい。励ましてくれたり。『僕も頑張るから、何でも言って』だって。なんかすごく自然に仲良く会話とか出来てるし…焼けちゃって、かえって良かったのかも。」アミはそう言うと穏やかな笑顔を見せた。

「セナ、あの時、最初から私を止めようと思って、それで一緒にいるって言ったの?」

 セナは、首を左右に振った。「あれは、水を潰した理由をどうしても老師の口から聞きたかったから。アミを止めたのは…嫌だと思った。アミが人殺しになるなんて絶対に嫌って、あの瞬間そう思って…」

「そう…」

「ゴメン。ホントに足手まといだった…ね」セナは申し訳なさそうに呟くように言った。

「止めてくれてありがとう」アミはきっぱりとそう言いきって、微笑んだ。

 セナは嬉しそうな表情を浮かべて、少し首を横に振った。

「アミ、私も一つ聞いて良い?」

 アミは、何?と言う顔でセナを見る。

「どうして、老師に手を差し出したの?」

 アミは少し考えてから言った。「どうしてかな。自分でもわからない。…拓未は、老師は狂ってたって言うの。」

 狂ってた…そうかもしれない。セナはあの時の老師の表情を思い出してそう思った。

「きっとシンの言葉で正気に戻ったんだって。」

「老師はシン君に救われた…?」

 アミは頷いた。最後に見た老師の顔…老師は微笑んだ。救われた。きっとそう。そう思いたい。何故か今は素直にそう思える。

「ね、もう少しここが落ち着いたら、セナもここに住まない?」

「え?」

「ここからでも学校通えるでしょ?それに、ここなら、セナも練習出来る。」

「うん。でも、もうやめて良いのかもしれないって…」

「…勿体無い。あの動きすごくキレイなのに。本当に水が流れてるみたいで…また見せてよ」

「ありがとう…考えとく。」セナは穏やかな表情でそう答えた。

「セナが居ればショウやカケルも喜ぶだろうし。あ、半居候のコウも」アミはフッと笑った。

「フフッ」やっぱり、コウ、ここに入り浸ってるんだ。

「ま、コウ、色々手伝ってくれて助かってるけど。」

「それ、ちゃんとコウに言いなよ。」きっとまた言ってないんだろうな。

「え?」

「でないと、伝わらない。アミの事、なんかわかるのって、きっと私だけだから。」セナはそう言うとクスッと笑った。

「うん。それと…セナが居れば…」

 なんだろ?セナはアミを見た。

「私が喜ぶから」アミはそう言って、少し上目遣いにセナを見た。

「うん。アミと一緒だと私も喜ぶ。」セナは微笑んでそう返した。

「セナ、ありがとう。大好き」アミはセナに思いっきり抱きついた。セナの事、弱みだなんてどうして思ったんだろう、セナは私にとって最高の強みだ。きっとこれからもずっと。大事な存在。

「何、アミ、急に…私もありがとう。」セナは一瞬面食らったが、微笑んでアミを軽く抱き返した。

「思ったんだけど。水と火はお互い干渉してはならないってあの掟、きっと水と火って惹かれ合い過ぎるからあったんじゃない?」アミが抱きついたまま言った。

「んーそうかな?」セナは少し首を傾げた。確かにアミに何か惹かれるのは認めるけど。今思うと最初からそうだったのかも。

「だけど、そういう趣味無いってば」セナは素っ気無く言った。

「私も無いけど?」アミも顔を上げて素っ気無く言った。

 二人はお互い顔を見合わせて噴き出して笑った。「フフッ」「アハハッ」

「ほら、例えばこれが男と女で恋に落ちたりしたら、火と水が面倒な事になりそうじゃない?跡継ぎとか、型とか色々。フフッ」アミが笑いながら言った。

「あ、あはっ。そうかも」

 通りかかった拓未が抱き合ったまま笑いあっている二人を見てあからさまにギョッとした顔をした。

「拓未」「拓未さん」アミとセナは同時に叫んだ。

「違うから」二人揃ってそう言う。アミが慌ててセナから離れた。

 そのアミの様子を見て、セナはアミを拓未の方へ押し出した。

「アミは、拓未さんが良いみたい。」セナの口元はにやけている。

「何…」アミはセナに向かって抗議するような声を上げた。

 そのアミの声をさえぎってセナはわざとらしく言った。

「やっぱり私、アミの事、なんかわかるみたい」そしてクスリと笑って行ってしまった。

 何…セナ…。アミの頬は少し赤くなっていた。

「私が…ここを出て行かなかったのは…アミちゃんの事が気がかりだったから…」拓未は少し照れながらも、アミの背中に向かってそう言った。

 へ?アミは振り返って拓未を見た。

 拓未の顔を見ると、アミの頬は益々紅潮した。



「よっ。お帰り。なんかご機嫌だな」セナを見つけたコウが軽く手をあげ挨拶した。セナはアミと拓未から離れたばかりで軽い足取りで歩いていた。

「あ。コウ、久しぶり。うん。ちょっとね」多分、私の顔かなりニヤけてるに違いない。

「田舎帰ってる間に男でも出来たか?」コウは相変わらずのふざけた調子で言う。

「出来てないけど」セナは少し口を尖らせてそう言ったが、顔には笑みが浮かんでいる。

「セナさーん」カケルがくったくのない笑顔で手を振りながら元気に走ってきた。

「こんにちは。あれ?カケル君、身長伸びた?」

「え?伸びたかも?僕は本当に成長期ですから」カケルは少し自慢げに言った。

「プッ」カケルのその様子がコウとかぶって見えて、セナは思わず噴き出してしまった。

「え?何です?」何故笑われたのかわからず、カケルはとまどった様子で真顔で聞き返す。

「ごめん、ちょっとコウに似てきた気がして」

「えっ?!」カケルはどこが?と言う風にコウを見る。

「良く出来た弟が、お馬鹿な弟になるのも時間の問題か?」コウがニヤけながらカケルに向かって言った。

「へっ。嫌です。僕は良く出来た弟で良いです。」

「格闘系お馬鹿兄弟。ただいま成長期。って感じか」コウは独り言のようにそう言って、うんうんと軽く二、三度頷いた。

「それ、どんな感じですか!」カケルは言い返すが、顔には笑みが浮かんでいる。

 この二人本当に良いコンビかも。と、セナは笑いながら思った。

「あ、そうだ。近い内、俺の愛車取り行くから。」コウがふと思い出してセナに言った。

「愛車?って…自転車?」

「おぅ。愛車が自転車で悪いか」

「悪くないけど、まだうちに置きっぱなし?勝手に持って帰ってって言っといたのに」

「どうせなら、セナが居る時にーって思ってさ。お茶くらい出してくれるよな?」

「へっ。部屋にはあげないから。」

「良いじゃん。前にもあがってんだし。あの世話になったコタツ布団が懐かしくてさ」コウは遠くを見るような目付きをしてみせる。

「何、馬鹿な事言ってんの」セナは軽くコウを睨む。

「じゃさ、こいつも一緒に。なら良いだろ?」カケルの肩にガシッと腕をかけて言う。

「まぁ、それなら良いけど…」セナはしぶしぶ了承して続けた。「ただし、愛車にカケル君を乗せて帰る事。」セナはいたずらっぽい目をしていた。

「えっ」

「訓練訓練」セナはそう言って口の端をあげた。

「…途中で負荷役交代。なっ」コウはカケルにニッと笑いかけた。

「えっ?何?…い、嫌です。僕は負荷で良いです!」カケルは”負荷”の意味がわかって慌てて拒否する。『自転車の後ろに乗る=負荷』だ。

「訓練訓練」コウはカケルの肩をポンポンと叩きながらセナの言った言葉を繰り返した。

「もぅ」セナは笑顔で呆れ声をもらした。



「セナさん」一人になったセナに拓未が声をかけてきた。

「拓未さん…随分焼けちゃって。広く感じる」セナは焼けた跡を見ていた。

 さっき、あの後アミとどうなりました?なんて野暮な事は聞かないでおこう。

「一気に火が回りましたからね…母屋の方はほとんど焼けてしまったけど、練習場は残りました。なんとかなります。今は若い弟子達だけですが、もう少し落ち着いたら出て行った弟子達にも連絡を取ってみようと思ってます。時間はかかるかもしれませんが、火の本家を元へ戻してみせます。いや、元通りじゃダメですね。厳しいだけでなく、楽しい場所に。」そう言った拓未の顔は明るかった。「それにもう…掟は要りませんね。」拓未はそう付け加えた。

 セナは頷いた。

『火と水は干渉してはならない』もう誰もその存在理由を知る人の無い掟。もしも、この掟が無かったら…もしお父さんやアミのお父さんが掟に拘っていなければ、違ってたのかな…水は焼かれなかったのかな…老師はあんなにならずに済んだのかな…そんな事、今更考えても仕方ないけど…。

「それと…」拓未の表情が曇った。

「水の本家を焼いた元弟子達も、もしかしたら探し出す事が出来るかもしれません。」拓未はセナに言おうとしていた話を切り出した。

 セナは驚いた表情で拓未を見上げた。

「探しましょうか?…ほとんどが未成年だったと思うので、どれ程の罪になるのかわかりませんが…」あの時出ていったのはまだ年若い弟子たちばかりだった。5年前…もしかしたら、一歩違えば私もその中の一員だったかもしれなかった…。

 セナは目を伏せた。命令とはいえ、直接手を下した人達…。でもきっと悔いているに違いない。耐え切れなくてここを出て行ったんだから。

 セナは考えているように見えた。しばらくして口を開いた。

「もし…もし見つかったら、水の事はもう良いって…そう伝えて下さい。ここへ戻るつもりがあるなら、戻してあげて下さい。」そう言うと、セナはこれで良いと自分に言い聞かせるように小さく頷いた。

「…それで、良いんですか?」拓未は驚いて聞き返した。

「はい。お父さんもお母さんも、きっとそんな事は望んでない。私に恨みを持って生きて欲しいとも思っていないはず。」お父さんもお母さんも、最初から敵討ちなんて望んでなかった。元気にしてればそれで良い。それだけで良い。コウの言った事…きっとそうなんだ。

 許すのか。水の娘…本当に水のようだ。全てを洗い流す、清らかな水。

 拓未は頷いた。

「それから、さっき、有難う」拓未はコソッとそう付け加えると、少し照れくさそうに口の端を上げた。

 セナも微笑んだ。



「セナさん、桃、食べます?」セナを見つけたショウが嬉しそうな顔で聞いた。

「え?フフッ。うん」ショウ君も少し大きくなったみたい。

「台所が無事で良かったです。今日の御飯、俺が作りますから。楽しみにしてて下さい」

 ショウと一緒に台所へ入るとテーブルの上にひまわりの花が飾ってあった。

 セナの視線が花で止まる。

 ショウがセナの様子を見て心配そうな顔つきで口を開いた。「ひまわり、もうこれで今年最後だって売ってて…俺、セナさんが来るって聞いてたから…嫌…でした?」

 セナは首を横に振った。今、わかった。お母さんは、私にひまわりの花を見て欲しかったんだ。

『母さんはね、ひまわりを見ると元気が出るの。』セナには、母親が笑顔でそう言っている声が聞こえた気がした。

 お母さんは、私に元気に前を向いて行って欲しかったんだ。その為にアミやコウに出会わせてくれたんだ。

「有難う。私、ひまわりの花を見ると元気が出る。」そう言ったセナの顔に自然と笑みがこぼれた。

 そのセナの笑顔はまるで真夏のひまわりの花のように輝いていた。


                -完-


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