K04-01
「信じてもらえないかもしれませんが、あの『カイラギ』の中には、私の教え子、2年B組の本庄卓也と山下愛がいました」
麻宮五鈴は、中学校のプール脇につくられた軍の施設の中で事情聴取を受けていた。部屋の出口には警備兵が二人、銃を持って立っている。物々しい雰囲気が彼女を委縮させた。
軍服を着た女性執務官、三村美麻が報告書を記入しながらたずねた。
「先生はなぜそう思われたのですか」
「『カイラギ』が、教壇の側の床に爪で二人の名前を刻みました」
「私も教室は確認しましたが、そのような痕跡はありませんでした。緊張のあまり、記憶が混乱しているのではありませんか」
「そんなことありません。『カイラギ』は二人の机に乗った一輪挿しを大事そうに握ったんです」
「一輪挿しは二人の机に乗っていましたよ。やはり、混乱していたのですね。二人に帰ってきてほしいと言う思いは良く分かります」
三村美麻はペンを走らせながら答えた。
「・・・」
麻宮五鈴は軍が意図的にこのことを隠そうとしていると感じた。
「大変な思いをされましたね。生徒たちも動揺していると思います」
三村美麻は彼女の手をとって、真っすぐに見つめながら告げた。
「・・・」
三村美麻はまわりに知られないように、麻宮五鈴の手の中に小さなメモを渡していた。麻宮五鈴はそれに気づいて、うつむくふりをしてそっと手の中のメモをのぞき見た。
『盗聴されています。私は山村刑事の仲間です』
麻宮五鈴が顔を上げると三村美麻はうなずいて言った。
「もう、心配ありません。安心してください」
彼女はわきにあったバッグの中からポーチ取り上げて彼女に差し出した。
「下着、汚されてますね。これを使ってください」
そう言うと、三村美麻は入り口に立つ二人の警備兵に外に出るように促した。警備兵が部屋の外に出ると、麻宮五鈴が着替えている間に、報告書を記すふりをして新しいメモをつくった。
『本庄くんと山下さんのことは「軍」には不都合な事実です。私の話に合わせてください。後で山村刑事が連絡します。宮本修くんのこともその時に』
三村美麻は着替えを終えた彼女に手渡した。
麻宮五鈴が解放されてアパートに帰ると夜の八時を少し回っていた。疲れて服を着たままベッドに座り込んだ。ベッドサイドテーブルに置かれたフォトフレームを持ち上げる。そこには、しまい込んでいたアルバムから切り取った宮本修が笑っていた。
ダイヤル式の電話のベルがなった。
「陣野修くんの件でお世話になった八王子警察署の山村ですが。明日、警察の方にも今回の『カイラギ』の件で、お話しいただけませんか。一応、その。市民に被害が出てますので、警察としても報告書が必要なんです」
山村光一の遠回しな言い方で、麻宮五鈴はこの電話も盗聴されているかもとはっとした。




