G02-02
星名泉は自分の『バイオメタルドール』BMD-K19を搭載したトレーラーのもとまで走った。トレーラーの横で整備兵が敬礼して出迎えた。
「K19。機体に問題ありません。すぐに出せます」
実戦に出るのはまだ三回目で大人の男性に丁寧語を使われるのはなかなかなれなかったが、軍の決まりなので仕方がない。彼女も目の前でいったん止まって敬礼した。体のラインにそうように密着した『フェイクスキン』は成長しきっていない彼女の幼さをそのままかたどっていた。彼と目が合い思わず顔を赤らめてしまう。
「了解。K19パイロット、星名泉。これより搭乗します」
彼女はトレーラーに接続された『バイオメタルドール』の格納庫の上につながる梯子を急いで駆けあがった。上を向いた彼女の瞳に午後の太陽の光が直接入り込んでまぶしい。彼女は強い光にさらされて『フェイクスキン』が透けるのが恥ずかしかった。
格納庫の天井の扉が開き、養液で満たされた水槽の中から彼女の『バイオメタルドール』BMD-K19がリフトに支えられて起き上がる。『バイオメタルドール』の背中の呼吸器官は養液を吹き出して静かに呼吸を始めた。彼女が『バイオメタルドール』の腕に触れると、胸部が左右に開いてコックピットが現れる。
コックピットといっても『バイオメタルドール』は生体兵器なので、機械兵器のそれとは大きく違った。中には座席もシートベルトも操縦用の機器もなかった。搭乗するというよりは、歯のない大きな生物の口の中に飲み込まれるという方が言葉としてはしっくりするような異様なものだった。
星名泉が乗り込むと『フェイクスキン』に包まれた体を囲むように『バイオメタルドール』の内壁が密着してくる。胸の扉が閉じて、前面からも内壁が迫ってくる。本部との会話用にヘッドセットに守られて口のまわりだけわずかばかりの空間が残った。
人型のロボット兵器のコックピットはアニメなどでは、ジェット戦闘機のコックピットのような姿をしていることが多い。しかし、複雑に動くと激しい加速に体が揺さぶられて操縦どころではない。敵に殴られて倒れようものなら、シートベルトが体に食い込んで簡単に内臓破裂してしまう。人型の兵器に生身の人間が搭乗するには『バイオメタルドール』の様な形態が優れていると軍の教官に教わったことを彼女は思い出していた。
『バイオメタルドール』の神経接続子が彼女の背中をもぞもぞとはいまわり、接続先を探している。背中に大きな注射をいくつも打たれたような鋭い痛みがはしる。彼女は瞳を閉じてそれに耐えた。指揮車でモニターしているオペレーターの声がヘッドセットからひびいてくる。
「本部よりK19。接続は良好です」
「了解。これより起動します」
星名泉はゆっくりとまぶたを持ち上げたつもりでいるが、実際は彼女の瞳は閉じられたままで、ゴーグル守られた『バイオメタルドール』の瞳が開いていく。視界にバスタブの様なサイズになった格納庫が飛び込んでくる。彼女はお風呂からあがるような格好で格納庫からでた。先ほどの整備兵が彼女を見上げて再度敬礼した。
「ご無事で」
彼の短い言葉が『バイオメタルドール』の耳から神経接続された彼女の聴覚神経に直接伝わる。
「K19。出撃します」
彼女がヘッドセットのインカムに話した言葉が『バイオメタルドール』のゴーグルの下に取り付けられたスピーカーから流れた。
「本部より。K19へ。後方、タンクローリーのダクトを海中に投下してください」
「了解。ダクト投下の任にあたります」
オペレーターの指示に従ってBMD-K19は後方に待機しているタンクローリーに向かった。