G01-02
「では先週の続きをはじめます。社会科の教科書75ページを開いてください」
麻宮五鈴は生徒たちに教科書を開かせて、授業をはじめた。
「人類はかつて化石燃料をエネルギーとした文明社会を築きあげました。化石燃料は温室効果ガスを発生させ、地球は温暖化に向かいました。特に、西暦2091年から2093年のわずか3年間で地球の全体の平均気温は6℃も上昇し、海面、つまり海の高さが60メートル以上も上昇したと言われています。佐々木さん。なぜ、温暖化すると海面が上昇するのですか」
麻宮五鈴に質問された佐々木未来は立ち上がって答えた。
「はい。地球の極地にあった氷がとけて海水が増えたためです」
「そうですね。それと海水の温度が上がったことで、海水自体が膨張したことも原因と言われています」
麻宮五鈴は生徒を見回してから続けた。
「激しい気象変動は、嵐や津波を引き起こしました。海に隣接するようにつくられた都市は水没対策をほどこすことなく放置せざる終えませんでした。西暦2097年、2年前の7月26日に人類がはじめて未知の生命体からの攻撃を受けたことは、軍に所属する皆さんは既に知ってのことだと思いますので省略します」
「麻宮先生。戦艦や戦闘機による『カイラギ』殲滅戦のビデオを軍の映像記録でみました。『カイラギ』が現れる前は、地球を破壊しかねない軍事力を使って人類はいったいなにと戦っていたのですか」
男子生徒の質問に麻宮五鈴はどうこたえるべきか少し戸惑った。
「国と国が戦争してました」
教室内にどよめきがわきおこる。
「国と国って、人間同士が殺しあってたってことよね」
「じゃあ、『カイラギ』がいなくなったら、俺たち、軍にいたら別の国の人間を殺しにいかされるわけ」
「人殺しじゃん。警察はなにしてんのよ」
「ひどくない。人間同士だなんて。意思の疎通ができない『カイラギ』じゃないんだよ」
「話し合いとかできなかったのかな」
「人間も動物とかわんないじゃん」
「大人ってばかじゃね。そんな大人のために俺たち、命がけで戦わされているんだぜ」
1人の女子生徒、飯野栞が感情的になって麻宮五鈴を問いつめた。
「先生。本庄卓也くんと山下愛さんはなんのために死んだのですか」
生徒たちは机にのった新しい一輪挿しを見つめた。麻宮五鈴は言葉を選びながら慎重に答えた。
「『カイラギ』から海を取り戻し、文明を取り戻すためです」
「そんなのいやだ。今のままでも充分にくらせる。海なんてなくたって。卓也くんが生きている方がいい。そんなのいやだよ」
飯野栞は声を上げて泣き出した。他の女子生徒たちの数人がつられて泣き出す。麻宮五鈴には彼女たちをなぐさめる言葉がなかった。
神崎彩菜が声をあげる。
「私たちは戦えるのよ。『サースティーウイルス』で家族を失ってもなにもできない大人たちと違って。『バイオメタルドール』にのれるのは私たちだけ。大人たちがBMDに乗れないのは心が濁っているから。私たちは人間同士で戦うことはない。ちゃんと話し合えるから」