第96話「情熱的なナルシスト」
寝てしまい、遅れました。
文量も少し少なめですm(*_ _)m
胡乱気に目を細めた私の表情から何を感じたか、マジムは怒気を孕ませてこそいれど落ち着いたようで、するりと従者然とした動きで斜め後ろに控え立った。私はただトーマを憐れんだのだが、何か不快に思っていると感じたのかもしれない。
騒がれるよりは良いので大人しくなったマジムをそのままにブラオに向き直る。
「はじめまして。幼女守護団リーダーのセルカ・エルヘイムです」
弄ばれたお返しとして、礼はほんの少しだけ浅く。愛の神はその小さな反発には反応せずに、はだけた衣服から覗く肉感豊かな胸に手を当て、礼を返してくれる。
亜麻色の髪と黒い肌はどちらも艶やかで、彼の動きは洗礼されていた。どうしようもなく不安になる対面だったが、マジムが口を挟むことは無かった。
軽く全員の紹介を終えると、その後神殿内部に案内されてあっさりと最奥に位置する神座の間に辿り着き、しっかりと防音結界を施したところで話し合いが始まる。ブラオは豪華な座に腰を下ろすと、足を組んで話を聞く体勢をつくった。
内容はもちろん、私の境遇とそれに至った経緯を伝えたうえで味方になるか否か……という話である。神座の間にまで来たおかげで、もし話したうえで敵対されると非常に危険だが、私は腹を括って話し出した。
隠し事はほぼ無しに、求められれば仲間との出会いについても語った。ブラオはトーマとの出逢い、ベルとアンネの救出をいたく様子で、途中から熱心にメモを取っていた。
「……お話はこれで終わります」
「なるほどッ!!」
話し終えて軽く頭を下げると、彼は自身の指を唇に滑らせて少し考え込む仕草を見せ、それからマジムに何か目配せをしていた。なにか答えは見つかったようだ。
ブラオは優雅な動作で足を組みかえると頬杖をつき、空いた片方の手を前に出す。そしてその手首を数回、誘うように捻った。
「いいねッ!あとは……愛の波動に訊くッッ!!」
その途端、私以外の全員が糸が切れたように力無く倒れ、私はさながら魔王に単身挑む勇者のような気分になった。神には神の力が効くのかマジムでさえ床に伏しているので、それこそ自分の力で何とかするしかない。
幸い、ブラオは私の経緯を聞いた結果に敵対することを選んだわけではないようで、この試練のようなものを越えれば良い方向に進みそうな予感はする。
まず身体能力の差を少しでも縮めるために天使の声で自身を鼓舞し、そのときにできた一瞬の隙を埋めるように全身に魔法障壁を纏わせた。ブラオの無駄に華美な装いから魔法攻撃一択だと思ったのだが……。
「黒茨ッ!!」
黒くしなやかな脚に薔薇の紋様が浮かぶと、彼はその脚で私を蹴り飛ばす。おおよそ攻撃には見えない、滑らかな動作だった。
どうにか勢いを殺し飛ばされる距離も短くて済んだが、もろに衝撃を受けた腹にチクチクと嫌な痛みが走り、目を向けた私はびくりと肩を震わせる。そこには夜の闇を凝縮したような暗黒の薔薇が生えていた。
それを目にしたトーマの声にならない叫びが聴こえ顔を上げると、視界を塞ぐ眼前に迫るブラオの脚。
「黒茨ッッ」
咄嗟に物理障壁を展開するが、彼の使う体術は魔力と魔の理を絡めたもののようで、脚の軌道は逸らすことができても黒い薔薇の花弁が私の顔に降り掛かる。これは避けることもかなわず、私の左眼は突然闇に覆われた。
跳び退きながら触れるが、薔薇は眼球から直接がくを生やして華開いたことが分かるのみ。視界はかなり狭まったが、戦い方がわかった上で行動不能に陥っていないだけ幸運だ、と笑った。
その後の一撃を流し、女神の短剣を振り抜く。体術縛りでもしているのか、ブラオの戦闘スタイルは技のバリエーションこそ多いが、それ以上のことは無い。私は攻めに転じた。
ブラオはそのとき見たことの無い魔力の動きに警戒心を抱いただろう。彼には存在が認知されていないこれは、魔法構築を終えると次々に発動していく……氷魔法。
縛りのおかげで対応に追われる彼は、やはりその魔法の存在を知らなかったのであろう、わざわざ凍らせるでもなく氷として生まれた魔法に初めて大きく狼狽える様子が窺えた。
裸足の彼には凍結した地面は凶悪で、冷たさから動きに僅かな躊躇いが生じた。人の身で顕現したこともあって影響が大きいのだろう、触れるものを凍らせようとする氷の床は、強力な妨害となっていた。
その間にも彼は距離を縮めようとするが、氷の上で自在に移動する私に追いつくことはできないで、私の魔法の的になる。次々に放つ鋭利な氷柱がブラオの体力を削っていく。
しばらく追いかけっこをしていると、驚異的な順応力と身体能力で氷の上でのバランス感覚を掴んだのか、彼は少々鈍った動きでだが蹴りを繰り出す。両手を地についての攻撃は氷の壁に魔法諸共防がれるが、それを壊す勢いで追撃がくる。
「うわっ」
新しい壁をつくることを繰り返して蹴りを防いでいたのだが、破壊に創造が追いつかない。飛び退いて花弁から逃げると、ブラオはそのまま前後に大きく開脚して飛び掛ってきた。
まるで自ら魔法に当たりにいくような行動だったが、あまりに速いため回避を急ぎ、反撃には至らない。先程まで私がいた氷の床に文字通り突き刺さったブラオの脚は、どれほどの硬さなのか……。
彼が脚を引き抜くと氷の粒が宙に舞い、そしてその割れ目から巨大な黒い薔薇が咲き誇った。
当たったら物理的にも魔法的にも生死に関わってくるのは一目瞭然で、私は距離をとりながら接近防止に有刺鉄線を模したモノにまみれた柵を張り巡らせ、そして氷の範囲をトーマたちを凍らせないギリギリまで拡張、また外側からブラオが迂回出来ないように「氷のステージ」を作り上げる。
いくら魔力総量に余裕があるとはいえ急激な消費に気持ち悪さと頭痛がこみ上げるが、私は下を向くわけにはいかなかった。
直ちに迎え撃つ体勢を整えたいが、時間稼ぎの柵がどれほど持つか。私は一抹の不安を胸に、心の中で詠唱を始めた。
瞳を閉じて棒立ちになった私を見て、仲間が悲鳴に近い声を上げたのがわかった。焦りで魔力を視るような余裕と余力がないと思うので仕方ないが、一方ブラオは騙されることなく寧ろ警戒を強めたようだった。
私はまず氷の骨格、それも三メートルにも及ぶものを構想する。ここで発現させてしまえばブラオに先手を打たれて破壊される可能性があるので、発動直前で止める。
そのまま伸縮性に秀でた植物を筋肉の代わりに、肉の代わりに冷えた水を、そして表面を氷の膜で覆った巨人を思い浮かべる。ベルとの模擬戦の時に創った怪物ウサギとは比べ物にならないくらいの魔力と技術を詰め込んで……!
そこまで思考したところで、ふと、悪い気配を感じる。後は外界に魔法を構築するだけなのだが、それは許されなかった。
咄嗟に思考を中断して飛び退くと、私の片膝に何科が掠めるのがわかる。途端にその右脚は機動力を喪い、バランスを崩して地面に倒れ込んでしまった。
そこで私は目を開けてしまう。
すると、薔薇が禍々しく咲き茨の巻き付く右脚を確認するより先に、練られていた魔力……水、炎、植物属性の魔力が形作られないままに放出された。




