第91話「獣の使徒」
おはようございます。
申し訳ございません、投稿予約を忘れて寝てしまいました。
ミコトが私の記憶を不用意にバラしたのなら、と、ジンは彼女の地球時代と現人神時代の様子をぺらぺらと躊躇いなく口にした。現人神の人生録の本もあるらしいけど、それよりもっとずっと人間らしく、また欲にまみれた彼女の一生を伝えられた。
アルステラが協力し始めたことで生にしがみついていた終末期の様子がありありと伝わってくる。来た当時学生だった彼女はきっと、苦悩も少なく暮らしてきたために迫り来る死に耐えられなかった……特にこの、目の前にいる二人はほとんど外見の変化がなかったようだし、自分だけ特別じゃないと思ってしまったのだろうか。
根は良い子だとは思ったが、それでも擁護はできない。タイミングが違えば私が上書きされていた可能性もあるのだから……。
「……どこ行ってたんだ?」
ジンと日本の話をしながら歩いていると、いくつかのチョシーと軽い料理を載せた皿を持ったトーマが声をかける。彼の手にする皿は私のぶんを取り分けて置いてくれたのだろう、好きな味付けのものが並んでいた。
私が用意したし、異空間収納内にまだまだあるけれど、差し出されたそれをありがたく受け取っておく。
「三人で話しながら探検してたよ」
城の方にちらりと目を向けながら言うと、彼は大人しく引き下がった。……本当は一箇所に集まって話していたことはバレバレなんだろうが、彼が従ったので安心した。
シンプルなチョシーを食べていると、トーマに預けていたアルトとくろ助がふわふわと絡み付いてくるので、私はふたりに魔力を与えて、悪魔と現人神をまじえて食事にありついた。
食べ終えて休憩も終えて、それでも魔力が回復しきらないので、やはり今日は宿泊となった。正直私は気を失っていた時間のこともあり昼夜の感覚がおかしくなっているが、皆はすぐに寝ついたようだった。
普通なら見張りやらも必要だが現人神の創る結界魔法に優る防衛手段はないだろうと丸め込まれ、それにジンは元々結界魔法を得意なものとして与えられた転移者であるため、納得するしか無かった。
ウィーゼルの領域で襲い来る魔物がいるなんてことも考えられないけれど、念には念を。皆私のために気を張って疲れていたからか、泥のように眠っていた。
ひとりぼうっと海中を眺めると、時の流れがゆったり流れているようで、私の意識もふわりふわりと夢の世界へ流された。
翌朝、海藻サラダと白パンに厚切りハムのハムエッグをのせたものを食べた後、それぞれの状態を確認する。完全回復したジンが「お、帰れますね」と喜色を滲ませながら言うと、特に長い間陽の光を浴びていなかった私は小さくガッツポーズをするくらい喜んだ。
そのような経緯で、ウィーゼルに申し訳ないのでゴミひとつ残さぬように入念に掃除したあと、私たちはアルフレッドの自室に帰還するのだった。
全員手を繋いで光に包まれた……と思えば、次の瞬きの間に視界が切り替わる。女神の殺意が私を巻き込んだ転移とは少し感覚が違ったので、おそらく術式の年代が違うのだろうとひとり納得して頷いた。
転移先の部屋は部隊長の自室というだけあって広めで、またこの部屋にはあまり生活感が感じられないことから別の場所に寝泊まりすることが圧倒的に多いのだとわかる。
木目のくっきりとした深い色の壁や床は、パッと見ではホコリひとつ見つけられないくらいに清潔で、使われていなくとも管理する者がいるようだ。
アルフレッドは自分の部屋だというのに酷く居心地悪そうにそそくさと退室すると、そのまま書斎に入っていった。
「ついていこう」
私の声に従って、ぞろぞろと幼女守護団が動いた。
書斎はアルフレッドの自室と違って、資料や書類が適当にまとめられていたり紅茶の注がれたカップがそのまんま机に置かれていたり、加えてソファにはブランケットが畳んで置かれていて、彼がここで寝泊まりしているのは明らかだった。
何の為かと思ったが、それは聞くまでもない。アルフレッドは執務机に向かって、既に仕事を始めていた。彼の説明によると、彼がいない間の仕事は彼が帰るまで進まない……のだとか。
ついてきてもすることがほとんどなかったなぁ、と眉尻を下げていると、ふと資料たちに目がいく。見ていいか聞くべきだと気付いたのはその一枚を読み終えた後だった。
「……アルフレッドさん」
「ん」
書類に向かう彼に、私は言った。
「少なくとも私とライライは、役に立てますよ!」
私が目にした資料は、月に数え切れないほどある支出をまとめたものだった。それを計算して軍に提出する必要があるようだが、手はつけられていない。
他にも、ぎりぎり跡取り候補だったベルならできるのではないかと思われる経営に関するもの、収入をこれまた細かく明記したものなど、手伝えそうな雰囲気がある。
一部は部隊長印が必要な重要書類だが他はいちいち確認するまでもないような内容。断られたら引き下がるけれど……
「……あぁ、手伝ってくれるなら、ありがたい……」
疲れ果てた様子のアルフレッドは、少し悩んだようにも見えたがすぐに許可を出した。巻き込む形にはなったけれど久し振りの商人らしい仕事に息巻くライライは非常に楽しそうだった。
そこでトーマもベルには及ばないが補佐は可能だということで、ベルに付いて仕事の補佐をする。さすがエルヘイムで執事教育を終えた者……である。
さあさ、私も立ち向かうとするか。手に取った書類から、素早く丁寧に、適切な処理を。
「よぉし、がんばろ!」
軽く天使の声を発動すると、驚いたアルフレッドと目が合う。私は一緒に頑張ろうという気持ちを込めて、微笑みかけた。
流石は学院卒業生+商人跡取りといったところか、アルフレッドの執務机に山のように積み重なっていた書類たちは、ギリギリその日のうちに適切な処理を終えた。
朝に帰ってきてから、ご飯等の休憩はありながらもほぼぶっ通しで作業していた私たちは、目や首、肩やら腰やら指先と細かい部位の疲労が凄まじい。パソコンの画面と同じ時間だけ睨めっこするのよりは幾分かマシだと思ったが、それでも脳や筋肉の久しぶりに使うところを働かせたのでかなり困憊していた。
「セルカ様、ほら、全員分持ってきたから遠慮なく」
今までアルフレッドの寝床となっていたソファで脱力していると、トーマが水の入ったグラスを渡してきた。一度私だけに用意されたそれを突っぱねたことを根に持っているのか、強引にグラスを押し付けた彼はそのまますぐに背を向けた。
口をつけると、すこしぬるくなっているがレモンのような爽やかな香りが鼻を抜け、こころなしか肩が軽くなるようだった。
飲食店で出された水を真似て、飲みやすくしてくれたのだろう。果汁を水で薄めた果実水とはまた違った味わいに、そしてトーマの気遣いに、少し笑顔が浮かぶのだった。
いつもなら寝ているか、そうでなければ魔力操作の訓練をするような時間帯。執務を手伝う者はこの部屋に集まっており、バウやリリアなど算術も何も得意でない者はアルフレッドの自室で眠っているはず。
私がぼうっとソファでだらけている間にもベルとライライはトーマによってベッドへ連行され、私とアルフレッドは二人きりになった。
「……」
「…………セルカ」
無言の後に、アルフレッドは神妙な面持ちで声をかける。呼び方もこれまでと違い、雰囲気もガラッと変わった彼に、身構えた。
「女神の殺意を与えた使徒の話をしたい」
契約が消えたからだろう、彼は落ち着いていた。以前ならこの話題はタブーのようなふうに黙認されていたが、解放された彼がこのことを話さないでいられる選択肢はなかったのだろう。
彼は一呼吸置いてから口を開きかけ……。
「あれ、まだ仕事なのね?」
「……っ」
アルフレッドは突然の乱入者に驚いてか、肩をビクリと跳ね上げさせた。中性的な声に振り返ると、そこには寝間着姿の……逞しい腹筋を露わにしたバウが立っていた。
綺麗な肌が暖かな魔法の光を受けて艶めき、男だと知っていても美女の幻影を見た気がした。アルフレッドも多少そのように感じたのか、バウから目を逸らしてしまう。そういえばまだバウの性別を教えていないなぁと思いながら、アルフレッドに話しかけた。
「アルフレッド、話の続きは?」
訊くが、彼はそれ以降は頑なに話そうとしなかった。
バウに聞かれたくないのかな、と思い強制せずにそのままアルフレッドの自室に向かうと、バウは私とすれ違うように書斎兼執務室の中に足を踏み入れた。
アルフレッドの自室に入ると所狭しと並べられた簡素なベッドで眠る皆が目に入って、私はその輪に入って穏やかに眠りにつく。
挿絵を描いてほしいシーンがあれば、ぜひ伝えてください。
忙しくて自分で選ぶとどうしても「必要か」で悩んでしまい、モチベーションが上がらないので…。
遅くなりましたが、誤字報告ありがとうございました。