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第89話「知るからこその」

少し短いです

 アルフレッドは理不尽な神命を下されたことによって抱いた不信感と、命を奪われかけた幼い少女を心配に思う気持ちから、神器・女神の殺意に刻まれた魔術式を記憶していたという。

 流石に魔法陣を記憶することはできなかったようだが、それでも座標は術式のみでも読み取れるし転移陣ならおおよそひとつの陣に絞ることができるので、アルフレッドは直ぐに紙とペンを取り出して式を書き始めた。口では「座標は低く深い、地底か海中」などと軽く情報を伝える。

 難解な魔術言語は古めかしい言い回しも多く使われていて、おそらく神自身か御使いのどちらか一方、それも生きた歳月の永いほうが記憶を辿って刻んだものだと推測される。

 それを覚えていた彼の記憶力は魔法特化のベルから見ても人間離れしたわざだと称さずにはいられないものだ。最も魔術に疎いバウでも流石にその凄さはわかるようで、彼は一瞬目を見開いたのちにほぅ、と息をついてそれを見守っていた。

 やがて書き終えたアルフレッドがトーマに差し出したのは二枚の紙で、裏表それぞれにびっしりも文字が並ぶ。解読は苦手なのか、トーマはそのままジンに紙を渡した。

「これは……海底?」

 座標の部分を食い入るように見詰めていたジンは、それを読み取るなり声を漏らした。そこはどう読んでも海底。それも、荒れて荒れて、誰も近寄らないような海域を指し示していた。

 難しそうに唸る彼を見て、そして呟きを聞いて、幼女守護団のメンバーに不安の波が拡がる。水中呼吸の魔法も使える者がいるし、アンネの舞でも何か対処できたはずで、その不安は「海底」という単語から来るものではなかった。

 ただ、この中でマジムの次に神格の高いジンがいかにも難儀そうに唸るので、セルカの安否が不安になったのだ。

 しかしそれを横からひょいと覗き込んだマジムは、瞬時に読み取った座標からそこが「海底」すなわち大地神の管轄内である可能性が高いと思い至る。

「あー、みなさん、聞いてください。僕が多少干渉できる()()の座標なので、一度試していいですか?」

 彼の言葉に全員が肯定、同意を示す。すぐに行動に移すマジムだったが、結果は干渉不可・閲覧不可・内部感知不可・生体感知不可etc……。

「っだめです。他の神の直轄地のようで……」

 マジムが項垂れる。

「それならね、海の神様とかかもしれないね?」

 軽い調子のバウに、ベルが冷たい視線を向けた。

「それがわかっても私たちは対処しようがないだろう」

「でもね〜?」

 有意義とはとても言い難い話し合いが始まりそうになり、それをいち早く察したライライが止める。身内の危機なのに飄々とした態度を貫くバウには、少しよくない視線も感じられる。

 一瞬空気がぴりりと張り詰めるが、ここでアルフレッドが二度手を叩いて注目をかっさらう。真剣そのもので赤鬼や使い魔に迫るほどの気迫を放つ彼を見てか、険悪なムードは霧散した。外部の者すらこのように心を砕いているというのに、クラン内で喧嘩している場合ではないのだ。

 アルフレッドは短い間に軽く話し合ったのか、マジムとジンに目配せしながら今後のプランを説明し始める。

 現人神ジンの隔離結界が部隊長の書斎にもたらした異様な静けさのおかげで、アルフレッドのやや控えめな声量でも確りと耳に届く。所々補足するマジムとジンは、きんと冷えた神気を纏う。

 説明が終わると、アルフレッドはおもむろに鎧を脱ぎ始めた。彼はそのまま軽装に着替えるとひとたび息をついて、異空間収納から出したハルバードを背に括る。

「冒険者なら、君たちは準備は住んでいるでしょう。俺はこれでじゅうぶんだ。さあ、行こう」

 言葉を聴くとともに、マジムたちは技能の使用を感知する。しかしその技能が「鼓舞」なんていうものだったので、彼らは顔を見合わせると僅かに口元を緩めた。

 その途端、空間を捻じ曲げ、そして強引にこじ開けたように歪な魔法陣がその場に現れた。事実、それは直接転移を封じていた海神の阻害魔法を無理矢理貫通させるようなかたちで形成された転移魔法陣である。

 その中心に濃密な神力が流し込まれた途端、書斎は光に包まれ、内部にいた面々は姿を消した。


 彼らが次に目を開いたのは、海底。それも、整備されているうえに空気があり、巨大な城がそびえ立つ場所であった。

 皆が皆、誰に確認するでもなく海神の直轄地だと確信に近いものを感じるが、敵対する魔物や御使いの気配は塵ほども感じられなかった。代わりに視界に映るのは、入口の無い巨大な建造物の壁面だった。

「セルカ様……は、この中です」

 マジムの呻くような声が、間近にいたジンの鼓膜を揺らした。確認する手段のある者は、内部には特段に広い空間があり、そこにセルカと黒助、希薄な悪魔の気配を見つける。

 少なくとも悪魔であるアルステラが抹消されていない時点で、命の危機というわけではなさそう。各々がその結論に至るが、トーマはそれでも不満そうに眉をひそめていた。

 それを察したように、唐突に壁面に文字が浮かぶ。

『敵じゃない。確かめたいことがある』

 それをいち早く読み取ったトーマは、瞼をこれでもかと開き、それから怒りと焦りをぶつける先を急に奪われたため、思わず視線を彷徨わせた。

 だが全員がその文字に気付き惚けているのを目にすると、彼は拳を握り締めていたのも解いて、肩から少しだけ力を抜いた。セルカの生命力を探るのも武器に手をかけるのも、やめる気はなかった。

「……力づくで連れ去った挙句、それが信じられると思うか?」

 半ば挑発でもするように壁に向かって語りかけると、それはメッセンジャーに伝わったようで、すぐに文字が置き換わった。

『あたいの立ち位置を決めるためなんだよ、……まさかマジムは聞いていないのかい?』

 文字を読んだ彼は、問いかけられたマジムに視線を送った。一斉に視線を向けられた彼は、まじまじと文字を見ると、何度も何度も読み返す……その反応から「何も聞いていない」のだと察せられた。

 頷く彼を確認したように、文字が()()()に切り替わる。現人神であるジンにすら読ませないように、とてもとても古い言語を選んだようだった。

『……あんたの主人のことなんだ、あとで一人で来な。教えてあげるよ』

 無言でその文字を読むマジムの顔色は、些か優れない。主神フレイズと繋がりが多く、情報での不利に陥ったことのなかった彼にとって、現在の状況はとても落ち着けるようなものではなかった。

 神同士の関わりも少なく不安で、海神の言いたいこともわかる。海神は神の中では若く、マジムと同年代。頭が固かったガイアとも、フレイズとも違う。

 マジムの無言をどう受け取ったのか、文字は消えた。それからしばらくセルカの生体反応を感じ取るというだけの時間が過ぎ、そして、状況が変わる。

 先程まで理性の下で制御されていたセルカの魔力の色が変わり、激しく脈打っている。まるで別人のような……固有技能や教科書に載る式などに頼り切ったような、まったく別の魔法形態。

 危機が迫れば突入しようというつもりなのか身構えるマジムだったが、その異変は直ぐに収まる。

 城が、ほっと息をつく彼らを誘うように、ぽっかりと入口を開いた。

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