第9話「覚えるだけじゃ、だめだよね」
森の奥地、そこには弱い魔物ばかりが生息し年に数度休息を求めた竜種が降り立つエルヘイム領の秘境『竜種の揺り籠』がある。竜種の揺り籠は空から見ても見つからないこと、森に収まらない広さなのに森の中に存在することから、おそらく魔術的に繋げられた異空間であると推測されているが実際はわかっていない。竜種が古くなった鱗を落としていったり食べ残しの魔物の素材などが手に入るため、エルヘイム領の財政を密かに支え続けている場所だった。
私はその場所で初級魔法の練度を上げるために森に来た。突然当主が死んでも竜種の揺り籠を利用できるようにと幼いうちに連れられていたので、今の私なら迷わず着くことが出来る。
私は覚えたとおりの道順で進み、段々と漂う魔力量が増えていっていることに気付くとゴクリと唾を飲んだ。連れられて来た頃は魔力の素養など欠片も持っていなくてわからなかったが……。
澄んだ魔力に満ちた森の一角。セルカは既に竜種の揺り籠の内部に踏み込んでいるとも知らずに、呑気に歩みを進めていた。
霧が深くなっても歩き続けた私は、ついに竜種の揺り籠に辿り着いた。そしてそこには先客がいた。有り得ないくらい大きくて、宝石みたいにキラキラしてて、眠りながらもとても気高いオーラを放ち続ける神秘的な存在……それは竜種だった。
予想していなかった訳では無いが、実際に鉢合わせしてしまうとあまりの迫力に気圧される。私が想像していた竜種は恐竜のようなものだったのだが、これはどんな種類の竜種なのだろうか……。
興味深いその竜種に見蕩れて、私は少しずつ距離を詰めていった。眠りを妨げるつもりはないが、もう少し近くでその透き通る鱗や鋭利な爪を見たかった。私は恐怖を感じることなく、ただ感動と畏怖を感じながら、興味に負けて竜種を見る。
「美しい」
その感想は言葉にならず、吐息のように漏れるだけだった。
どっちにしろこの様子では魔法の練習はできないので、別の場所に行かなければ。自然に生きる竜種を間近で見るという貴重な体験をしたので、私は無駄足などとは一ミリも思っていなかった。
私は竜種の揺り籠の出口に身体を向け、歩き出した。その時ふと、ある考えが浮かんだ。心が満たされて幸せになる、そんな名案。
それはこれから毎日この竜種の揺り籠に通いつめることで、理由はもちろんこの背後で眠る竜種を見るためだ。眠っていることに加え、この場所は争いの場ではないとわかっているのか野生の竜種でもこちらから攻撃しない限り穏やかだそうで、危険性は無に近い。キラキラと陽光を反射して極彩色に輝く竜鱗は、鋭く硬いが攻撃の為でなく守の象徴として存在するのだ。
私は竜種の揺り籠から退出し、魔法の練習に適した場所があったかを頭の中で考える。一定以上の広さと安定した地面、そして人に見られない場所がいい。
しかしそのような都合の良い場所はなかなかない。やはり家の庭で見られながら練習するしか無いのだろうか……。
ぐるぐると思考が停滞してしまい、先に進めない。どうしようもなくなった私は森林の中を歩き回り、場所を探す。この際広い場所ならどこでもいい。とりあえず練習されて欲しかった。座学のうちとして魔力を練る過程しか出来ていないので、後はそれを解放するだけと言われてもまだイメージは曖昧だ。いざという時にすぐに使えるように、感覚を掴んでおきたい。
「どこが……いいかなぁ……」
私は一瞬、千変万花のある広場を思い浮かべるが、あの場所はなんだか穢してはいけないような気がして、断念した。そのまま行き先を決められないまま森を進むセルカは、突然眼前に現れた光景に、息を飲んだ。
美しいからではない。そこは何の変哲もない森の一部のはずだった。だがその場所には草木が生えず、土は水分を含んでいなくてパサパサで、虫の気配もない。しかもその状態は魔法によって保たれているようだった。
「なに、これ…?」
私は怪訝に思い、表情を歪めた。このような場所を作る意図が読みとれなくて、いいようのない不安に襲われた。
ただ、その場所にそっと足を踏み入れた途端、その魔法の無駄の多さと規模の大きさに目を見張った。本来なら初心者のセルカにこのようなことはわからないはずだが、それには気付いていない。
それは魔物から身を守るための結界魔法で、恐らく先人の生きるための手段だったのだろう。だいたい森の中心部にある上に、広さは学校の体育館よりも広い。恐らくここは昔の人々……主に商人などが使っていた中継地点なのだろう。
森の端から端までは丸一日で通行出来るが、夜間は危ない。故にこのような場所ができたのだろう。周りを見れば木々が伐採され大きな岩が取り除かれたただけの簡易な道の名残があった。もう、馬車は通れないだろうが……そこは確かに道だった。
私は中に足を踏み入れて地面を踏みしめると、ひとり頷いた。
「ここなら安心して練習できるわ」
私は早速魔力を練って、まず明るさの確保のために光属性初級魔法「光球」を発動させる。「光球」は私の不安とは裏腹に強く輝く球体として発動した。おじい様よりも少し大きくて光量があるが、ちゃんと発動はできたはずだ。
私はほっとしてそのまま魔法の練習を始める。このときセルカは魔法の同時使用というそこそこの難易度をもつ技を使っていたのだが、それに気付くのはまだ先のことだ。
火属性はやはり苦手なようで、発動はするものの規模が通常よりも小さかった。使い物にならないわけではないが、使いにくいのは確かだ。
そして、最後に残ったのは地面属性の初級魔法。何故か練るところまではできたので、使えないと聞いていても試してみたくなるものだ。私は魔力を練って鉱石を作り出す初級魔法を使おうとした。
「……鉱石錬成」
長ったらしい詠唱は省略したが、十分な量の魔力を込めて魔法を構築したはずだった。普通ならこれで成功し目の前にイチゴ程の大きさの鉱石が現れるのだが……私にはその時が訪れない。
集められた魔力は霧散し、もしこれ以上の魔力を込めていたら吹き飛ばされていただろう強風が私を襲った。
ふらついて一歩後ろに下がった私は風が収まったのを確認すると深く息を吸って、それから長いため息をついた。やはり魔力一極化はこのままなのだろう。私にはクエイク……地震の魔法しか使えないのだ。
私は気を取り直して再び魔力を練り、クエイクの準備をする。今度は先程とは比にならない程の魔力を込めなければ発動しない。何たって地面属性上級魔法に分類されるものなのだから。
「クエイク!」
詠唱を終えると、私の身体が熱をもつ。じんじんと火傷のような感覚が身体の中で渦巻いた。私は直感的にこのままだとまずいと思うが、対処法が浮かばずに焦りが生じる。地震の魔法じゃないの!?
私は焦りながらも少しずつ思考を続ける。今は熱を無視しよう。えーと、えーっと、こういう場合は何だっけ……。
私は思い出せそうなのにぎりぎりのところで思い出せないこの状況に苛立つ。生死がかかっているかもしれないのに、こういう時に限ってボンクラな私の脳ミソを恨みたくなる。
焦りが頂点に達して、私は今まで表に出さなかった苛付きを体にだした。
とんとん。私のつま先が地面を叩いた。
と、同時に私の足元から這い上がるような不気味な揺れが発生する。それは直下型地震で、私が驚いているうちに目の前の地面に亀裂が走った。私を巻き込むことなく眼前にある広間を分断した地割れは、そのまま結界の反対側の端にまで行き着くとやっと収まった。
地震もいつの間にか収まっていた。
「はぇぇ…?」
私は目の前で起きた惨劇に、間抜けな声を出して立ち尽くすことしか出来なかった。上級魔法凄すぎる。こわい。でもこれ、この様子だと連発できそうだし私のこの見た目で使っていればそこそこの牽制効果を見込めるのではないか。他の魔法は初級魔法しか知らないので攻撃力は頼りないので、現状最も頼れる魔法だということになるだろう。
問題点があるとすれば発動条件だが……立つ・歩くといった動作以外の地面への接触だと思われる。もし歩くなどの動作で発動するのなら、もっと前に発動していたはずだ。
私は確実性がない予測をする。そして躊躇いなく二度目のクエイク発動の準備をする。込める魔力は上級魔法がぎりぎり発動できるくらいの少量に抑え、万が一の暴発に備えた。詠唱後、歩くが何も起きず、走っても平気、ジャンプでも発動しない。私は試しに地面に手をついた。
その瞬間、先程よりも小規模な地震と地割れが発生する。
「んん?……ということは」
私はある仮説を立てた。ある程度の発動させるという意志を持った状態で地面に何らかの形で接触することが発動条件だと。もしこれが当たっていれば、クエイクを待機させた状態で歩いて敵に接触して歩きながらクエイクを発動させるという奇襲も可能になるのだが……どうだろう?
再びクエイクの詠唱をする。今度は歩きながらの発動を試す。
結果として私の仮説は正しかったようで、歩きながら狙ったタイミングでの発動が可能だった。最初も発動させる意志を持って使っていれば良かったのだろうが、あまり深く考えずに使用して、発動しないことに焦って「何故、発動しないか」という思考のまま停滞してしまったので発動が遅れたのだろう。
それにしても、ここまでの数回の検証だけでこの場所はぐちゃぐちゃになってしまった。縦横無尽に地が裂け、デコボコに隆起した地面はまるで魔物達の棲む死界のよう。
私はやりすぎたことを反省しながらも、検証が出来て良かったと安堵し、そのまま家に帰った。暗くなってきたし、魔力を使うのは意外と疲れるので。
家に帰った私は真っ直ぐに自室に戻ってベッドに身体を投げ出した。家に着いたことで安心したせいか、疲れがどっと押し寄せてきた。私はやはり慣れないことをし過ぎるのはよくないな、とため息混じりに呟いた。
それから私はこのまま寝ると夕食までに起きられる自信がないので身体を起こし服を部屋着に着替え、大きく伸びをする。たったこれだけで体が大分と楽になるのだから、若い体は良いものだ。
夕食まで何をしようかと考えた時に、おとう様のことが浮かんだ。おとう様は近いうちに指南役を雇うと言ってくれたが、あの様子なら明日には指南役が来ていそうだ。それなら、と私は練習を始める。
弓矢の現物がないのはキツいが、冒険者ギルドで教わったことを思い出しながら弓を引くモーションだけを再現する。それをしっくりくるまで繰り返し、それが終わると今度はおじい様からご教授された方法で魔力を練る練習をする。実はその方法は魔法の達人である老エルフだからこそできていたのだが、セルカはそれを知る由もなく。ニコニコと笑顔で魔力を練り動物の形に整形していくセルカの頭には、その様子を誰かに見られたらどれほど驚かれることになるのかなどの心配は一切なかった。自覚無いので。
第3話の内容を加筆・修正しました。
良かったら読み返してみて下さい(,,・ω・,,)
でもそこまで変わっていないので、面倒だという方はこのままお読みください!