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第87話「女神の嘲笑」

 アルフレッドの目の前にいるのは怒れる怪物だった。自分が()()()()()()以上はこの結果が待つことはわかっていたが、御使い達の予想以上に早い行動に舌を巻く。彼とて歳若い少女が苦しむのは心苦しいが、無駄に苦しませる結果になったような、そんな気がしていた。

 鬼は部下達と共に訓練に参加していたときの後輩を見守るような優しげな雰囲気の一切合切を捨てて、その場でアルフレッドを睨んでいる。

「トーマ、さん。落ち着いてください。場所は教えることができます。でも、自分はそれ以上を行えば全てを失う」

 殺気に声が詰まるが、どうにか話しきる。アルフレッドはトーマが少し殺気を弛めたのを感じて、緊張で硬直気味だった腕を上げる。両腕、装備品を外しインナーの袖を捲ると、そこには不気味なまでにびっしりと刻まれた()()()()()()()があった。

 トーマはそれが何かはわからないようだったが、アルフレッドは続けた。

「契約です。……というよりは、制約です」

 それは神の御使いの権限により下された神命と、それを破ればどうなるか……その罰を刻み込んだもの。彼の契約は役目を果たした今でもまだ消えておらず、しかし少し拘束力が緩んでいた。

 それでなければこうして場所を教えようとすることもなかろう。アルフレッドは神に背くという行為にゾクゾクと肌が粟立つのを感じながら、口を歪にゆがめて笑みをつくった。

「どこまで話せるかは、知りませんよ。デッドラインを見誤ればこの両腕は落ちるでしょう」

 協力します、という想いを込めて微笑を零せば、それは酷く気味の悪いものになっていたようで、トーマが僅かに身をかたくするのがわかった。別にあのもふもふや美しい少女に絆されたわけではないけれど、彼女たちがこの世界から消えるには早いのではないかと、そう思っていた。


 ようやくジンの案内で追いついた幼女守護団のメンバーは、そこでの説明に目を剥いたものの、嘘だと一蹴することなく話を受け入れた。その結果、場所の名前とその大体の座標などが判明する。

 取り残された従僕たち、すなわちアルトとマジムはトーマに次いで殺気立っていた。

 話は、信じ難いといえば、そうだった。

 何らかの神の使徒、または御使いと呼ばれる者が現れアルフレッドに制約をもたらした。まずひとつは、可能ならば神器・女神の殺意をもってしてセルカに死を与えること。ふたつめは、不可能ならば女神の殺意を解放し、それに全てを委ねよとのこと。

 それらの神命を受けたアルフレッドは、本当にシード権を持つ自身と彼女が戦うようなことになるのだろうかと半信半疑で大会へ参加。本戦で、ああなった。

 御使いについての情報は恐らくアウトということで伝えられなかったが、代わりに神器がどのような術式を組んでいたか、そしてその転移陣の行き先の候補を伝えることができた。

 獣め、あんなに優しい顔をして裏では幼い少女を殺すことも厭わない残虐性を見せているなんて、誰も信じないだろう。

 少し悔しくもあったが、自分のできることをやるまでだ。セルカは途中で武器の脅威に気付いていても棄権せずに対峙してくれた。せめて彼女が仲間と再会する手助けでもするとしよう。

「連れて行ってくれませんか?……この契約がある限り、ある程度近ければ使徒たちの場所がわかります。それに、弱くはない。役に立てると思いますよ」

 長年使ってきた相棒(斧槍)は、そろそろ魔道具としても武器としても摩耗が激しくて手放す時が近付いてきている。最後に一度くらい、(いくさ)なんかではない純粋な人助けに使ってやろうじゃないか。

 そう心に刻むと、じんわりと相棒の魔力が異空間収納から溢れ出してきた。脳ある武器でもなんでもない、ただの魔道具である相棒に、このときだけは「明確な意志(決意)」を感じて、胸が熱くなる。

 アルフレッドは、渋々といった様子で同行を許可する鬼を見て目を細める。




 目覚めると、私は全く知らない場所にいた。そこは水中遊路の内部のような……つまり、水中だった。

「あっ、え!?」

 慌てて水中呼吸の魔法をかけようとするが、そこで呼吸ができていることに気が付いた。しかし私の銀髪は空と海の色を吸込み輝きながら、ゆらゆらと、水中でしかすることの無いような動きを見せる。

 顔を上げれば陽光が透けていて明るく、俯けば海藻と見たことのない生き物が戯れる。完全に水中、しかも海の底だろうと予想できた。

 これはきっと神器の仕業だろうと心では決め打っていたが、周りを見渡せど彼の姿は見えない。ただぼんやりとした彼の魔力の気配と、そこら中を充たす穏やかに波状の広がりを見せる()()が有るのみ。

 とりあえず、海上に出て場所を探らないと。

 そう思い脚をぱたぱたと動かし始めたものの、景色は変わらない。何か不可視の網に掛かってしまったかのように、身体が浮上することはなかった。魔力を込めた瞳で見ても何も視認できず、ただ不気味なだけ。

 腕を伸ばせば、かろうじて指先だけはその拘束を逃れたように思えたが、それで現状に変化があるかといえば、ない。

「……マジム?」

 ふと、背筋が冷たくなった。水中にいて身体が冷えたのもあるだろう。でもこれはそれ以上に彼がいない恐怖に起因する寒気だった。

 従魔や使い魔には相互に感知することのできるような繋がりが存在する。いま感じることができるのは耳の後ろにある黒助と、影に潜む悪魔アルステラだけ……。怯える黒助と周囲に充ちた神気のせいで動けないアルステラは頼りなく、何よりも強く感じていたマジムの気配とトーマとの奴隷契約での繋がりが感じられないことは不安を煽る。

 慌ててステータスを確認するも、表記に変化はない。ただ、この海の底が孤立した場所なのだ、と理解した。

「…………」

 移動がまともにできそうもないため、私はその場で半ば意識を放り出すようにして、四肢を波に委ね、目を細める。次第に拘束がキツくなっているのか軋むような痛みがはしるが、動けば痛いのでそのままだ。

 こぽ。

 完全に目を瞑って少しした時に、私の体は冷たい水から解放されたのだった。

「は、……ふぅ、う…………っ」

 拘束が突然に解かれて久しぶりに感じる重力に従って床に倒れ込めば、同時に私の影からはじき出されるようにしてアルステラが飛び出してきた。勢いのまま彼の上に倒れ込み、しばらく二人で呆然としていた。

 海の中だが、その広場にはまるで地上の庭園を模したように海藻や珊瑚礁が並べられている。色とりどりのイソギンチャクが視界を彩る。泡のような呼吸可能スペース内には壮大な建造物もあった。

 ここまで一言も喋らなかった、真っ青な表情をしたアルステラに軽く治癒魔法をかけていると、そのとき、だらりと垂れる銀のカーテンが私を包んだ。その正体は、私のものより長く癖のないストレートの銀髪である。

 黒助が縮こまるのを感じる。本能的に恐怖を感じたのだろう、それくらい彼の神器は冷たい目をしていた。

「連れてくるまではよかったが、まさかフレイズ様の護りが発動するとは。無駄に手間取らせることだな」

 神器は囁くように言った。護りとは……もしかしなくとも水中呼吸だろうか?と首を傾げると、彼は続けた。

「本当はここに直接引き摺り込む予定だった」

 彼の言葉で護りの結果を悟り、しかし無意味に終わったな、と少し惜しく思う。神器の用意した転移陣の発動があまりにも早過ぎたのだとその時のことを思い巡らせば、そのうちに彼は歩きだす。

 はたと立ち止まると彼はちらりと目配せしてからまた歩みを進め、私は恐る恐る、彼のあとを追いかけるのだった。

 そこは先程までの海とは似ても似つかない南国の鮮やかな景色の広がる……海底城の前庭。いかにも西洋風である城はどことなくバロック建築に似ていて、竜宮城とはかけ離れていた。そのまま中に通された私たちはどんどんと城の奥へ進む。

 海底だというのに大地神の神力を微塵も感じられないその城は、使用人の一人たりとも存在しない、寂しい場所であった。

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