表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/212

第86話「パーティーのち、」

 パーティーはなんと秘密裏に(といっても私は寝ていたので秘密もクソもない)準備が進められていたらしく、私に付きっ切りであったトーマは勿論知る由もなかった。

 トーマは私の中ではクールぶった少年だったのだが、そのトーマが今回のサプライズで初めてぽろりと涙を零したのは、今生の一大ニュースと言えよう。

 何はともあれ、皆の企画したパーティーはそれぞれの持つ財力、交渉術、ものの加工技術、そして戦闘力を存分に活用して場を整えたのだということが伝わってくる会場で行われたのだった。

 ……そこは、なんとジンを崇める教会の総本山、私達も一度訪れたことのある場所であった。ライライたちに囲まれながら案内された先が帝都の小さな教会で頭にクエスチョンマークが浮かんでいたが、そこで出迎えてくれたジンを見て謎は解けた。

 私が眠って、そしてトーマがそれを見守るなか、仲間たちはジンの協力のもとで教会総本山の滅多に使われない大聖堂をパーティー会場としてセッティングしたのだ。

「セルカちゃん、せっかく久しぶりに話せる時間が出来たのだから、わたしに日本のことをもっと教えてよ」

 ジンは鳶色の髪をふわりと揺らし、儚げな笑みを浮かべて私を見詰めた。……これで『人心掌握』に長けた能力を持つのだから、恐ろしい。精神系に特化している筈なのに私に迫る強さがあることも、恐ろしいものだ。

 私は頷くと彼に連れられて再び転移、転移先は東端の教会。転生前の話をするだけなら日本語で話せば良いだけのことだろうと首を傾げていると、知らない間に仲を深めたのか教会では師匠と小型化したフォレストキング・ディアーが待っていた。

 それを見て漸く彼を迎えに来たのだと気付き、転移で現れた私たちを見て目をキラキラさせる師匠を連れてさっさと総本山に帰る。急ぎ足で会場に駆け込むと、そこには師匠を心待ちにしていた……という表情のライライが待ち構えていて、「タルドルさん!!と、クラッシュさん!!!心待ちにしていたのです!!!」とにじり寄り、師匠を怯えさせていた。

 元気なものだ、まったく。

 浅く息を吐くと、私はジンに向き直った。「で、なんだっけ?」と首を傾げれば、彼は思い出したように日本語で話し始めた。アニメやマンガのことはもちろん、多少は政治の話もさせられたが、やはりそこは平凡な女子校生(自称)に全て答えられるようなものではなく、私は苦笑いで彼の質問攻めに耐えたのだった。


「かーん、ぱーーーい!!」

 カラン、氷がぶつかる音が耳に心地好い。気温がいっとう高いというわけではないが、氷の軽やかな()はほんのり涼しい空気を運ぶように思えた。

 ジンの手を借りて世界各地を飛び回り手に入れたという様々な果実のジュースは、色こそ多少違えどマンゴーやパインアップルなどの味のものがあり、私は思わず頬を綻ばせた。甘いものが特別好きでもないトーマでさえ、その珍しい味と香りに瞳を輝かせていた。

 この日まで味見していなかったのだろう、特に甘いものに目がないリリアは幸福一色に染まった可愛らしい表情で周囲にしあわせを振り撒いている。あの小さな体にどれだけおさまるものか、少々楽しみだ。

 かれらから目を離せば、そこら中のテーブルにはそれぞれ自らがプロデュースしたと思われる香味料理や民族料理、アズマ貴族式の一口大の料理たち。所狭しと美味しそうな料理が並ぶさまは、圧巻。

 食欲を刺激するスパイスや香草の用いられた香味料理、食材から調理法、盛りつけまでな目新しく珍しい民族料理、それからなんといっても懐かしいアズマ貴族式のメニュー。特にアズマ貴族式の料理なんて、私の知らないような……もっといえば、ベルがティルベル・ベルリカとしてベルリカ家のご令嬢を頑張っていた時に食べていたであろう高級な食材をふんだんに使った料理で、私は心底驚いたものだ。

 価値のわかるライライやバウも少し驚いたようだが、バウに至っては「むしろ今しか食べられないのでは」とがっつく始末。結局みんないつもと変わらなさそう。

今日(こんにち)も、我々に生きる糧を与えてくださったことに感謝します」

 私は蚊の羽音くらいのほんの小さな声で呟くと、()()であったフレイズを思い浮かべたのだった。




 その夜、結界に護られているのだから……とそのまま大聖堂に泊まることになった私たち。夕食もわざわざ教会側が用意してくれたが、遠慮しても「現人神様のご友人に云々」と押し切られ、パーティーの続きのような雰囲気の中で過ごした。

 それは楽しいことには楽しかったのだが、私達を歓迎し、たまに興味深げに視線を向けてくる聖職者たちの気配が貴族のお茶会とも似ていて、どうしても令嬢モードになってしまう。

 誰も貴族の礼法に則った動きはしていないが、気づいたらゆるりと体が動く……これだけでは小さなことだが、精神面がどうにもつかれるもので。

 私はひっそりと裏の庭に足を運んでいた。人目を盗んで来た甲斐あってかそこは静かで落ち着いた空間だった。ただ綺麗な月と、その清廉な輝きに照らされる薬効のある植物たちの慎ましやかに佇む花が、そこにある。

 小さな花がすずなりになっていたり、蒼白い葉の模様が光に揺らめくようであったりして、また隠れるように咲いた白く薄い花弁が月の夜に映える。

 少なくとも多少は聖気のある聖なる地でなければ花開くことのない希少な花さえも、所狭しと生えていた。流石は教会の総本山だといえよう。

 感嘆の吐息が漏れて、それにつられるようにくろ助が髪の中から顔を出す。頬を撫でる毛の感触が心地よくて、しあわせが表情に出る。

「あんまり見られるのは好きじゃないけど、ここは好き」

 フレイズに聞こえているかな、なんて思いながら月に向かって微笑んだ。

 そのときに、私はすっかり心が蕩けてしまって気持ちがゆるんでいたのだろう、()()が頬に触れるまで気付きもしなかったのだ。


「あぁ我らが女神を冒涜する者よ……!」

 頬を撫でたのはくろ助のふわふわの毛ではなくて、月の光のように冴えるような冷気をはらんだ白い指だった。身体が凍りつき、咄嗟に身を離すともできやしなかった。

 後ろから半ば抱きすくめられるような体勢で動けない私は、二つの細く長い腕がそれぞれ首から耳へ、腰からへそへと滑らかにすべるのをただ感じる。如何とも表し難い感覚は、過去に感じたことのあるものだった。

「よくもあのとき私に傷をつくってくれたものだ……!」

 耳に噛み付くような……むしろほとんど噛み付いているくらいの勢いで告げるのは、儚い声色とあまりにも似合わない。唇が耳に這うのを、その感覚を必死に堪えると、()()は潰すような力強さで私を抱き締めた。

 ぎしりと骨が軋み、一瞬呼吸が止まる。

「神にも女神にも背く勇気は讃えよう……だが」

 男は体を折って、はるかに身長の低い私を包み込むようにしながら私と目を合わせた。

「傷をつけたこと、刃向かった事実」

 浅くキズのある男の、長く艶やかな髪が首筋に絡むような感覚がした。

「死、それだけで償えるとも思うことなかれ」

 その言葉達は何かの文言だったのか、男は本来の姿に戻りながら、強力な術式と魔力に包まれてゆく。どろりと粘着いた空気は素直に肺に流れてはくれない。

 男は次第にその身体に金属質な光沢を纏い、体積を減らしていった。変わる。戻る。ヒトの扱えるものと思えないほどに、大きく気高く、鋭い武器へ。それはハルバードと云われる種類の、『女神の殺意』の銘を持つ神器……。

 その場に膝をついた私は、誰に悟られることもなく消えた。魔法陣の描かれた場所にぽっかりとまるく禿げた地面があるばかりで、その場で僅かに漂っていたセルカの魔力すらも攫って、ハルバードは消えた。




 その日の夕食は、マジムも極限まで神力を抑えた状態で参加していた。無論、セルカにばかり集まる注目を少しでも自分が受けようという主人想いな思考がはたらいたわけだが、この日に限っては悪手であった。

 神力を抑えれば何が起こるかというと、探知能力や察知能力、咄嗟に動かなければならない場面になったときの対応力が著しく低下するのだ。

 マジムはいつも別空間にある自室からセルカを覗き見ていて、危険があればすぐに手助けに入る。時には獣、時には腕だけを異空間から出して、彼女の敵を殴り飛ばすのだ。

 しかしいくら神でも、危険を見ていなければ、知らなければ対処などできようもない。特にまだ()()()()といえる彼は、それが顕著であった。

 それでも、セルカの気配が掻き消えたことには気が付いた。自身の遥か遠く……それも大地の力の及ばないような距離に在らねば、気配を見失うはずがないのに。気配が消えたということはすなわち、()()()()()()()()()()()()ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 突然全身の毛を逆立てて警戒を最大にしたマジムの気にあてられてよろける者もいた。幼女守護団のメンバーはそんな中でそれぞれが臨戦態勢をとる。にこやかに話していたジンも、表情に戸惑いと警戒を滲ませた。

 そのまま大聖堂から出て最後に気配を感じていた庭へと走るマジムを追って、鬼と現人神と妖精と……次々に人影が通路を横切る。美しい庭へ全員集まったとき、ひとりが息を吐いた。

「……」

 彼等以外に人の気配の全くない庭。先程までそこにいたはずのセルカの魔力の残滓すら残らない。残るのは見覚えのある粘っこい神力と魔力の混じったものだった。

 特にトーマはそれをよおく覚えていたため、彼の目はそれを捉えた直後に未だかつてないくらいに釣り上がり、彼はジンの首根っこを掴んで転移の間へ駆けると、押し殺した声で告げる。

「帝都へ」

 大会の終わったばかりの帝都へ。怪訝に思いながらもジンは逆らうという選択肢を持たない。ドロドロとした紅い魔力が首元へ巻きついていたから、抵抗しようものなら何をする間も与えられずに殺されそう……。

 帝都の教会へ転移するなりジンを投げ出して走り出したトーマは、手掛かりを握ると思われる人物の元へ一直線に向かっていた。


「アルフレッド」

 影に身を潜めていたトーマは、横を通りかかった全身鎧の男に声をかけた。場所は軍部の寮、その奥にある部隊長アルフレッドの自室前である。誰にも悟られずにそこまで入り込む赤鬼の能力に畏れを抱きつつ、アルフレッドは彼を部屋に招き入れた。

「アルフレッド、お前の使っていた武器は?」

 有無を言わさぬ空気に、アルフレッドは彼の常用の斧槍を取り出してみせた。それはシンプルな造りの魔道具であり、彼の相棒であった。

 しかしそれを見たトーマは首を横に振る。何故だろうと思案するアルフレッドだったが、答えは直ぐに浮かぶ。

「……もしや、あの子との試合で使っていた武器のことかい?」

 トーマは頷く。

「ああ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 アルフレッドは息を飲んだ。あまりにも冷たい魔力と今にも暴れだしそうな猛虎が目の前に居るような感覚が、体の奥底に恐怖を植え付けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ