第85話「殺人鬼って褒め言葉?」
……なんと、私が目覚めたときには全てが終わっていた。そう、大会が終わっていたのだ。
部隊長さんと闘ったときの神器のせいで一度無効化された結界が異常をきたしたのか、私だけが一向に目覚めず主催者側は慌てていたという。
目を覚ますとそこはまさに「知らない天井」ってやつで、やわらかい色の天井板の木目に顔を探してしまった。そのままぼーっとしているうちに飛び出してきたマジムが嬉嬉として医務官とクランメンバーたちに報告しに行って、おかげで広くない医務室はすぐに満員状態になってしまった。
感情表現の豊かなリリアは、上体を起こしている私を見るなり抱きついてきて号泣してしまったほど。それくらいに、皆に心配をかけてしまったようだ。
「ごめんね……。他の参加予定だった部門、勿体なかったなぁ。アルトも参加したかったよね」
私は普通に寝ていた感覚なので気楽に言ったが、そんな私にリリアを押し潰しかねない勢いで抱きついた少年アルトが、目に見えて不満そうに言う。
「酷い。おれ、すごく心配したのに。ねぼすけ」
己の魅力を最大限に引き出す角度の上目遣いで、ぽそりと小声で文句を言う彼に思わず笑みが滲むが、アルトはそれを見てさらに機嫌を悪くして頬を膨らませた。参加したかったのではなく、それよりもっともっと心配だったんだ、という気持ちが流れてくる。くろ助も小刻みに震えながら擦り寄ってきて、ほっぺが少しくすぐったい。
私はそのあとすぐに立ち去ることに決めて、トーマにさっさと服装や髪型を整えてもらうと全員を伴って医務室及び闘技場併設施設群をあとにした。トーマは数時間に一回ほどのペースで見舞いに来ていたため、彼の先導で入り組んだ道を歩く。
すると、施設群を取り囲む塀の切れ目……その向こう側に見覚えのある全身鎧が立っていることに気付いた。私は刹那、体の動きが鈍るがすぐに持ち直してそのまま歩いた。
視線を感じて、もしかして私を待っていたのかもという思いもあったが、それより本気で殺すことを目的にしていたことが引っかかって、真っ直ぐ見ることが出来なかった。
そして素通りしようとしたときに、ようやく無視するつもりだと勘づいた部隊長さんが行く先を遮るように足を出す。幼女らしからぬ身体能力を持つ私なら飛び越えられないこともないが、敢えて立ち止まると前を向いたまま言う。
「……何の用ですか?」
トゲのある声色になってしまったと口に出してから後悔したが、それに動揺した風でもなく彼は口を開く。
「武器のこと、気付いたんだろうなと思って」
そう言うが早いか、部隊長さんは兜を脱ぎとると屈んで私の耳に口を寄せる。
「獣に気をつけてくれ」
「……ぇ?」
聞き返そうとしたものの、部隊長さんはさっさと立ち去ってしまう。アルフレッドさん、惜しかったですね、と声をかけられながら人の輪に入り込んでいく様は、全く悪い人には見えなくて。
獣……その単語が嫌に頭にこびりついて、私はバウや大通りを歩く獣人とを意識しながら帰路についた。
「ところで、大会結果はどうだったの?私の負けはわかるけど……」
質問すると、皆が口々に自身の結果を告げるので私は何も聞き取れない。トーマだけは後ろで髪を弄っているが、皆そんなに言いたくなるほどの良い結果だったのかな。
「じゃあ、順番に聞いてくね」
ライライは従魔部門準決勝敗退、近距離部門四回戦(準々決勝)敗退。
リリアは魔法部門決勝敗退。
ベルは魔法部門準決勝敗退。
アンネは近距離部門四回戦(準々決勝)敗退。
バウは遠距離(魔法以外)部門準決勝敗退。
そしてトーマは、魔法部門三回戦敗退、近距離部門……優勝!
「みんなすごいよ!……しかもトーマは部隊長さんに勝ったの!?」
私が椅子代わりに腰を下ろしているベッドから転げ落ちそうなくらい身を乗り出すと、肩に乗っていたリリアがいかにも誇らしそうに胸を張った。彼女はトーマに次ぐ成績で、流石魔法のスペシャリスト(妖精)だと感心した。
皆がどのように勝利をおさめ、そして敗れていったか、私はどこか冒険譚を聞くようなワクワクした気持ちで訊ねる。すると名指しをしなかったおかげで皆一斉に語り始め、どうにか落ち着かせそうとわたわたする。
唯一口を閉ざして傍に控えていたトーマは、誇らしげにするでもなく「当然だろ」なんて言い出しそうなくらい自然体で、私は彼にほんのりとした憧れを抱く。
結局トーマの声掛けにより正気に戻った仲間たちは、私に指名されてから自身の勇姿を語る。ライライなんかも、意外なことにかなり自慢げに話してくれたので、ああ、良い方向に変わっていくなぁと感慨深く思いながら聞く。
その話を聞く中で興味深かったのはリリアのチート級妖精魔法・鉱物操作。なんと地面属性魔法で掌握された魔石やゴーレムのようなものさえ、流石に大地神の加護は破れないもののそれ以外は操作権を奪い取れるのだという。
バウの全力の弓術も見たかった。思えば、彼と共に訓練するのなんてエルヘイムの地から離れたあとはほとんどなかったのだ。ステータスと自身に使える身体強化の手段が多い私はバウに勝てるようになったが、技巧は敵わないと思っている。
奮闘したライライは、やっぱり対長物が苦手で後手に周りがちになって負けてしまった、と悔しがっていた。従魔部門は残念なことに出場体数に制限があったため、蟲軍を出すことができず、敗退。それでも出場した夜空妖蝶は観客をその美しさと強さで魅了したという。
ベルはアンネと……イチャコラしながら説明してくれて、炎帝ブルーローズについて話すときは特に、惚気としか思えない言葉が次々と使われていた。
そして、トーマ。彼は淡々と勝利の手段を説明するが、話を聞くに部隊長さんは真正面から正々堂々と戦うタイプだったらしい。そんな彼に比べて執事教育を受けたトーマは一対一にもかかわらず絡め手と奇襲で試合を有利にはこんだという。
「アルフレッドの実力は恐らく俺とあんまり変わらないか俺より少し上。だけど無駄に実直な部分が出たんだろうな、俺みたいなタイプで大体同じ力量なら勝てないこともないと思う」
声色から滲み出る苦い感情は、その戦法で勝ったことに対して何か不満があるからなのだろう。対人戦なんてそんなものだと思うが、口にはしなかった。
「その『大体同じ力量』っていうのが難しいんだから、誇ればいい」
そんなものだ、と慰める代わりに讃える。もし彼が観客や軍部の人々に何を言われても、私の中で最強はトーマなのだから、誇ればいい。……どんなときでも執事教育の際に学んだ教訓を忘れずに、生きるために無意味な騎士道に溺れず、生と勝利に向かう彼は、私の自慢の執事。
「セルカ様が言うなら、そうなのかもな」
私の誇らしげな表情を見てか、彼の表情筋もゆるめられる。柔らかな笑みは少しおにい様を思い出す。
そうして幾ばくかの間見つめ合うようにしていたが、唐突にリリアが私の視界いっぱいに現れる。なんだなんだと面食らっていると、彼女は太陽のようなスマイルで言った。
「凄いんですよ!トーマさんったら、親友……いや、恋人の仇でも見るような目付きでアルフレッドさんを睨んでいましたし!」
どうやらリリアは、トーマがどれだけ凄かったかを伝えたいらしい。リリアに隠れて尖った耳と艶やかな黒髪、紅くなめらかな肌がちらりと覗く程度にしか見えないが、その肌が急激に彩度を増したような気がした。
照れているのかと思い興味津々に首を伸ばすと、心底恥ずかしいといった風な彼と目が合う。交わった視線は直ぐにそらされ、その後すぐにもう一度交わり、彼はリリアの羽を優しく、しかし素早く掴んで引き寄せた。
「うるさい」
「ホントじゃないですか。あそこまで冴え切った剣筋も、滾っているイヴァも、初めて見ましたよ!」
悪気のないリリアは追撃するように言った。トーマが遂に耐えかねて男子部屋に戻ろうとしたとき、それに便乗する者がいた。
「デミヒューマになってよくわかるようになったのです。明らかにトーマはやばかったのです」
「私もそう思うぞ」
ライライとベルが二人して出口のドアの前に立ち塞がるとトーマは狼狽える。珍しく『普通の笑顔』『執事の顔』以外を見せたトーマを褒め殺し、そしてそれを見て優雅に立ち上がったアンネも口を開いた。
「剣士としての顔ばかり見ていたけれど……何処で仕込まれたかわからない暗殺術まで惜しみなく披露していたわ」
それを聞いて諦めたのか、トーマはライライの座っていた椅子に腰を下ろした。ライライはそれを見て一瞬眉をぴくりと動かすが、すぐに馬代わりでお馴染みのコピーアントを喚んで椅子を成形させる。
そこから本格的に褒め殺しが始まるのだが、褒めているつもりなのか?と思うような単語がいくつも飛び交った。殺気、ドス黒いオーラ、殺人鬼、復讐の鬼……いやなんで!?
褒め言葉(?)が止んで微妙な表情をしたトーマが困ったようにこちらを見ていた。私もちょっとどうしたら良いのかわからなくて軽く肩を竦めてみせる。
ふと、無言の空間に音がもどる。それはほんの小さな音で、ただ空気を吸うだけのものだったが、異様に響いた。その音を出した張本人は視線が集まったのを確認すると、真っ黒の瞳を細め、瞬き程の間キラリと光らせて告げた。
「……おめでとうなのです、トーマ。セルカは沢山言っているけどライライたちは言えてなかったから、今日この場で、トーマを労うとするのです」
「「え?」」
私とトーマの声が重なる。
「主人であるセルカだけでなくクランメンバー全員への細やかな気遣い。そしてアルフレッドをギャフンと言わせてやってくれて、ありがとうなのです!」
軽やかな音とともに、この世界の文字で『おめでとう』が描かれる。空中で、鉱石の粒がキラキラと輝いていた。
パーティー の はじまり だ !




