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第84話「忍び寄る」

 たっぷりくつろいでから控え室に戻ると、出入口で待ち構えていたのは部隊長さん。アンネとライライ、そしてその腕の中にいる羊アルトは奥の方から手を振ってきたが、わざわざ待ち構えていたからには何か用があるのだと思い足を止めた。

「次はよろしくお願いします」

 笑顔で告げると、心底楽しそうな声色で彼は言う。

「勝敗は五分五分だと思っていたけど、頑張ったなあ」

 部隊長さんはつとめて明るく話すが、それがかえって不気味でもあった。ばちりと視線が合うと、本日二度目、細められた瞳と僅かに漏れ出た()()()()()()に心臓が締め付けられる思いになった。

 他の参加者たちは殆どこちらに目を向けず精神を研ぎ澄ませているようで一瞥もくれないが、そのおかげで私のかっこわるく身を竦ませた姿を見られなかったと思うと、少し安堵する。しかしそれを見ていたアンネたちは、一向に控え室に入る気配のない様子にしびれを切らしてこちらに来た。

 すかさずアルトを抱きとめて羊毛に頬擦りすると、また部隊長さんの圧が薄れて捨てられた子犬のような表情になった。この方が話しやすいな、と思いながら、かれを視界から外す。

 アンネはようやく自身に意識が向いたのを感じてか、私の脛から視線を外して目を合わせてきた。心配を隠すことなく伝えられて「お姉ちゃんがいたら」を考えると、それが声に出ていたようで彼女は優雅な仕草で口元を隠した。……笑ってる。

「姉なんて、ガラじゃないと思うわよ」

 戦闘中の表情(かお)とまた違う笑みとたおやかな身のこなしは、平民とわかっていてもやっぱり貴族みたいに見えてくる。仕草が美しくてもちっとも貴族らしくない言葉遣いの少女を頭に浮かべると、尚更だ。

 私はいつかアンネに綺麗なドレスと金属扇を贈ろうと心に決め込んで、そのままどちらかが呼ばれるまで他愛ない会話に時間を使うのだった。




 そうして、第一戦は全員勝ち残った。トーマとアンネは元の素養の高さと応用力で圧勝していたが、私はもちろんライライも、武器相手には多少苦戦しているようだった。

 本選に出場する者の中で、体術のみで勝ってきたのはライライともう一人の老齢の武闘家だけで、その特異性が浮かび上がる。

 私は応援の言葉をかけられながら、部隊長さんに手を引かれて廊下に出た。

「君が近接戦闘部門に出るとはね。てっきりテイマー職なんだと思っていたよ」

 控え室の扉が静かに閉じられる。

「間違ってはいないのですが、えっと。後衛職なんですよ」

「へえ、それなのにこの部門で本選か」

 探りを入れているのか、ただ聞きたいだけなのか、部隊長さんはつぎつぎと言葉を投げてくる。たまに突拍子もないことを聞かれたり、成立しにくい会話のキャッチボールだった。

「……実は頼みごとされててさ」

 不意に、不自然な間を置いてかれが言った。思わず顔を向けると、不愉快な気持ちが貼り付けていた笑みを押しのけて表に出た、といった様子の彼が目に映る。

 イメージにそぐわないその顔に、私はなんだか釘付けになってしまった。


「はじめっ!!」

 声が響いた瞬間、私は全力で部隊長さんから距離をとる。視認できて、尚且つ相手の攻撃に対応できると暫定的にさだめた距離よりも近くにいかないように……すぐに負けてしまわないように。

 部隊長さんの武装は全身鎧と大きなハルバードだったが、その重装備は幻惑なのではないかと思うほどに身軽に動く。かといって本当に軽いわけではなく、私の初期位置に振り下ろされたハルバードは地面を抉り削ってぎらぎらと輝いていた。

 どこか魔剣イヴァを思わせる凶悪な輝きに目を細めると、かの武器の持ち主は間髪入れずに追撃してくる。このままじゃあ最初から鬼ごっこになる。

 逃げるのをやめなければ、と思ったが、眼前に迫る刃に背中がひやりと冷めるとそのまま逃げの姿勢をとる。

「ぐ」

 漏れた声は、風圧で背を押されバランスを崩したことで中途半端にでたものだった。重い武器をいとも簡単に振り回す彼は大剣使いの戦法にも似ていて、しかし力任せというわけでもない。

 常に一番避けにくいルートを通って命を狙ってくるハルバードは、それは嬉しそうに愉しそうに、私を追いかける。

 使い捨ての投げナイフを投げるも軽く払いのけられ、放った攻撃の殆どは圧倒的なリーチ不足から防がれる。私の速さは冒険者のならでも突出しているが、この人相手には通用しない。

 懐に入ったところで全身の鎧が消えるわけでもあるまいし、勝てるビジョンはなかなか浮かばないものだ。女神の短剣を強く握り締め、少しずつ反撃を加えよう。それは捨て身に近いようなものだが、何もしないで負けるのなんか嫌だからね。

 方向転換して迎え撃つ体勢へ。ハルバードをしゃがんで避け、伸びきった腕を下から切りつける。伸びた腕を引き戻すのは重いハルバードがあっては困難だろうと予想していたが、短剣は間一髪といったところで避けられた。

 そのまま背に迫ってくる凶刃を躱しつつ短剣の刃をあて、凡人が一生掛かっても持ち得ない程の魔力を注いだ短剣はハルバードの表面に浅く傷を残す。

 それには流石に武器のほうも(ハルバードも)狼狽えたか、殺気と破壊欲の塊だったハルバードは一瞬魔力を散らした。持ち主でも予期できない武器自身の戸惑いは、強力な能ある(インテリジェンス)武器(・ウェポン)であるからこその隙だ。

 女神の短剣がなめらかな刀身で陽光を反射したその次の瞬間には、私の渾身の一撃は相手の太腿に……その部分の鎧にくっきりと跡を残して振りきられた。

 肉の感触は無く、ただ硬質な金属鎧を断裂させた感覚が残る手から意識を離し顔を上げると、そこにはかなりこわい表情の部隊長さんがいた。

 何故かって、そりゃあ鎧を切られたこともあるだろうけど、何よりも()()()のはハルバードが能力を発現するのをやめてしまったから……()()のだ。

 一目見てわかるような傷跡のついたハルバードは、黒黒としたオーラを一切纏わず、沈黙を保つ。魔力は纏ったままだがそれを何かの効果に変換するわけでもなしに、地面に深く突き刺さる。

「なっ、ぐ……くそっ」

 そこではじめて焦りを見せた部隊長さんだが、対処は早かった。即座に異空間収納から()()であったと思われる魔斧槍を取り出すと、先程までよりも速さを重視したような反撃が返ってくる!

 私は短剣でそれを受け流そうとするが失敗してしまい、衝撃が手首や肩に響く。そのまま弾かれるように距離をとり、能あるハルバードと部隊長さんの双方から目を離さないようにしつつ、逃げ出した。

(マジム!私じゃ見えない!教えて!)

 段々近づいてくる距離に心臓が締め付けられる思いだが、それより今気になっていることがあった。脳内で叫ぶと、耳元にふわりと返事が届く。

(わかってますよ、セルカ様!!)

 逃げる私の視界には、追い縋る部隊長さん。呆然とする能あるハルバード。そして最後に目の前に現れたものは、固有技能・神羅万象の眼によってみることの出来る()()()()()()()だった。


 名称:女神の殺意

 持主:フレイズの御使い(貸与中:アルフレッド)

 効果:結界無効化、軽量化、重力操作(小)、頑丈、筋力強化

 説明:女神フレイズが創りし神器。御使いにある使命と共に託した。強い意志を持つがプライドが高く、持ち主と認めた者以外には語りかけない。


 その文字列を脳裏に焼き付けて、正面から魔斧槍を受け止めた。あまりの衝撃に手から短剣が離れかけたので、異空間収納に一度しまってから持ち直した。部隊長さんは私の目を覗き込んだ。

 振り上げられた斧槍と、避けるために膝を曲げて飛び退る体勢になった私。

「……なにか、見た?」

 純粋な少女に語りかけるような表情(かお)とは思えない歪な笑みがそこにあった。息を呑む私に魔斧槍が大きく弧を描いて接近し、防いだものの勢いに押されて頬に傷がつく。

 女神フレイズ。頭の中はそればっかりで、あとはただ「セルカ」の遺志が私を動かしていた。アルフレッドは部隊長さんの名前……だが、フレイズの御使い?おそらくそれは()()()()()()()()()の加護を受けし者だと思われた。

 それがわざわざここに出向き、部隊長さんにあんな()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な武器を与えるなんて。しかもそれが使われたのは私、セルカ。あんなモノ、抹殺対象以外に使うなんてことはないだろうし、そうなったら必然的に狙いは私だ。

 部隊長さんを見る目が、どうしても仄暗いフィルタにかかってしまう。どうしても私を殺そうとする人の目に見えてしまう。本当はさっきも普通に笑っていた?彼は何?

(マジムっ!!)

 マジムに呼びかけた。魔法は使用禁止なので、マジムに頼まないとここで彼のステータスを見ることは不可能だからだ。


 呼称:アルフレッド

 Lv:

 ランク:

 年齢:27

 種族:人族

 職業:剣士・軍人(所属:ノウス帝国軍)(神命:特殊武器での対象抹殺)


 開示されたのは基本情報のみ……だが、最後のひとつを見たときに体が冷たくなるような感覚をおぼえる。

 すぐにそのステータス表示を突き破るようにして斧槍が迫り、今度は突っ込むことで避ける。しっかりと柄を握っている手に短剣を滑らせて、反撃を遅らせる。大丈夫、死なない。この武器は大丈夫。あの武器が再び目覚める前に、相討ちでもいいから……

「ッ早く!!!!」

 弾かれるように顔を上げた私は、目を見開いたままアルフレッドを睨めつけた。これで終わりだ、といわんばかり、まるで悪役のような顔をしていると思う。短剣を胸に突きつけて、体を押し付けるように刃を押し込む。

 直後に血を流したのは私の方であった。背中から強引に刺された魔斧槍は私のうすい腹を突き破り、密着していた部隊長さんまでも貫いたようだった。

 ごぽりと、口から血を互いにかけあい、相手の掌が頭をさらりと撫でるのを感じる。これだけ密着しているものだから言わずもがな、短剣は彼に刺さっているだろう。それでも……私は小さいので、血の量も少なかった。

 薄れゆく意識の中で、身体から異物感が取り除かれる。追うように襲ってきた虚無感と、霞む視界に映る優しい笑顔の部隊長さんを見て、私は一度眠りについた。




「あぁぁぁぁ!くそっ!!!!セルカ様っ!!!!ああああああああぁぁぁ!!!」

 すぐに復活するとわかっていても、その光景は正気を失ってしまいそうな程に見たくないものだった。その場で男と共に死んだ彼女の姿は、転生前の様子を思い起こさせる。

 使い魔のパスから生気が感じられる。同時に死の影も見える。そして彼女の近くにあるものが()()()()()()の影響下にある武器だというのが何よりも気に入らなかった。運び出される二つの死体を虚ろな目で眺めるが、結界を通り抜けた途端に巻き戻される身体にはなんとも痛々しい傷が見えていた。物理的には消えても心に遺ってしまわないか、と内心思った。

 意識を失ったままのセルカ様の元には自分も試合直後で疲れているであろうトーマが駆け足に現れて、後に続いてライライとアンネ、それから軍人たちがアルフレッドを迎えに来た。

 神器は誰が回収するものかと目を光らせて観察していると、途端に視界にノイズが走る。焦って身を乗り出すが、そんなことをしても別の空間にあるものがよく見えるようになる筈もなく、ノイズに隠れて神器の行方はわからなくなる。

「……邪魔が入りましたか」

 明らかに神に連なるものが絡んでいるな、と確信して呟いた言葉は、誰に聞かれるでもなくそこに落ちる。自分がどこにいるかもわからなくなりそうな暗闇の中、その何処とも知れない深い澱の奥に消えていった。

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