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第83話「猪突猛進!」

 部隊長さんは私よりもその後ろのアルトが気になっているようで、視線が交錯することはない。勝てば闘うことになる……そう思うと、急に勝てるのかが心配に思えてきた。

 この人が部隊長を務める第四隊は、帝都の警備をしている。第一隊は皇帝要塞(王宮)警護、第二〜第五隊は帝都の四方にある門とその周辺を警備している部隊。第何隊まであるのかはわからないが、ここまで挙げた五部隊はエリートとして知られている。

 そのうちの第四隊部隊長と、闘うことができる……それはとても貴重なことだが、それに相応しい迄の実力をもっているかと聞かれると、否。私はどう足掻いても魔法寄りのステータスで、しかも武術は体術と短剣を習ったのみで()()()()()()

 小さい体は力を受け流してもバランスを崩しやすく、予選でも巨体相手に何度も苦戦を強いられた。総てをレベルと能力値と天使の声でゴリ押ししてきたのだ。

 初戦の相手は体格に恵まれた大剣使いで初出場ながらかなりの実力を発揮、危なげなく勝利を収め続けた猛者である。私、負けそうでは?

 私の身体が僅かに強ばったのを感じてか、トーマとアルトの意識がこちらに集中してきたのがわかる。……ああ、それこそトーマなら、相応しいのではないか。そう思うと、少し誇らしい。

 でもその中に僅かに悔しい気持ちもあって、ちくりと胸が痛んだ。最強を目指すのに本選の初戦で不安になる自分が情けない。

「セルカ様、そのシード権もってる奴とはいつ知り合ったんだ?」

 トーマが背中に問いかけるので、正直に「街中で少し話した程度だ」と告げると納得してかそれ以上の詮索はしなかった。部隊長さんは自分の話題が一瞬でも出たというのに、視線はアルトに注がれたままだ。

「……部隊長さんも、まさかシード権所持者だなんて。流石ですね」

「あぁ、そうかい?」

 軽い調子で返答する彼は、細い首から下げるシード権参加者のタグを手で弄び、私に目を向けた。細められた目は蛇のようで、苦手ではないものの強者のオーラに身が竦む。

 それで萎縮するのと逆に、私の中にある戦闘狂の部分が息を吹き返した。

 大剣使いには勝ってやる。小さいからだはきっと大きな武器では狙いにくい。そして、部隊長さんと闘って、勝てなくても良い経験になるし負けたらトーマに倒してもらうし。

 あのときは軍人さんなのにちょっと情けないなぁなんて思ったけれど、だからこそこの人に戦わずして負ける状況は許し難く思えてきた。じわり、身体の奥から戦いたがりの魔力が這い出してきた。

「あなたと戦いたいです」

「君が次の相手に勝てればね」

 揶揄うような声色で即答してきた部隊長さんに、上等だ、と闘志を漲らせる。そして当てつけのようにアルトのもふふわ髪をモフって、抱き締め顔をうずめる。そしてそこから目線だけを部隊長さんに向けて言う。

「勝ちます。あなたと戦うために」

 羨ましかろう、と満ち足りた表情で彼を見ると、部隊長さんは目元をぴくぴくと痙攣させながら微笑んでいた。人目を気にしてモフれないうえに見せつけられるこの状況、効いたな。

 水面下で行われた戦い(???)は、私の勝ちのようだ。いつの間にかさっきまでの不安がどうでも良くなっていた私は、にんまり笑った。

 負け戦も勝つ気で、全力で闘えばいいのだ。


 大剣使いと対峙して、開始の合図前に与えられる準備時間を天使の声での強化に使う。相手も身体強化の魔法を今のうちにかけているようで、最初から侮りはないのが感じ取れる。

「私は勝つ。私は勝てる。勝つ。部隊長さんと闘う」

 半ば暗示のように天使の声で唱えると、言葉と込めた想いとに反応した魔法が私の身体を包み込む。魔宝石たちがぼんやりと光を纏って、今の私は物理的に煌めいているのだろう。

 瞳の緋が溢れ零れたように、視界が赤みを帯びる。宝石の熱が、身体を穿つ。

 試合開始の合図とともに私は駆け出した。

 大剣使いはそれを見越していたかのようにどっしりと構え、距離を詰める私を迎え撃つつもりのようだ。それを把握したうえで相手の目の前に躍り出ると、やはりというべきか、眼前の大剣使いは己の得物を天高く振り上げていた。

 持ち前の脚力でそれの届かない範囲へと逃げるが、巻き起こる土煙と地面の惨状を見た私は受け流すなんて考えない方がいい、と青ざめた。まだ完全修得とはいかない半端な技術では、潰される。せめて防壁くらい使わせてもらえれば対応できたかもしれないが、身体強化と収納の類を除いて魔法は禁止されている。

 私は横に振るわれた大剣を体勢を限りなく低くすることで避けると、そのまま上体を起こすままに速度を上げる。

 普通の武器なら壊れてしまうであろう魔力を注がれた女神の短剣は神々しく輝き、何度も光のスジを残しながら振るわれる。

 それらは器用に大剣の刃の根元や柄などで防がれてしまうが、そのおかげで相手の攻撃の手が緩む。否、盾類を一切持たない両手の塞がった大剣使いには攻撃しようもないのだ。

 苦い表情で、それでも手を休めずに攻めていると、大剣使いが重心を変えるのがわかる。フェイントかもしれないとは思いつつ蹴りを警戒して後ろに回ると、大剣使いは強く地面を踏み締めた。

 そして勢いよく振り返ると、その勢いに乗って大剣をバットのように振るう。だが存外に私との距離が近かったのだろう、咄嗟に身を固めた私の身体は刃に触れることなく、相手の血管の浮く腕に殴り飛ばされるかたちとなる。どうにか受け身をとってすぐに起き上がった私は、圧迫された胃がぎゅうと締め付ける感覚に顔を顰めた。

 普段闘わないような体型だから見誤った……もしここで斬られていたらその怪我で負けが確定していたかもしれない。そう考えれば幸運だ、と酸っぱいものを飲み込めば、目の前に迫る巨体。

 ギリギリで避けるとそのまま相手の勢いを利用してすれ違いざまに斬りつけると、血の色が視界を掠める。

「は、」

 僅かに肉を切る感触が手に残る。でもまだ試合は終わらない。戦闘不能になるまでは、どれだけ血が出続けようとも制止もされずに闘いは続く。

 私の速度対策か部分鎧すら身につけていなかった大剣使いの腰に、赤が広がった。低身長故に腰を斬りつけるという結果になったが、力を込める度に血の滲む様子は見ていて痛々しい。

 息を吐いて、見るからに速度の落ちた斬撃を避けると、相手はすぐに刃を返して鋭い一撃を放つ。無理に放ったのだろう、赤い染みが大きくなる。女神の短剣を盾代わりにするがまともに受けるのは悪手、地を蹴り吹き飛ばされる方向に身を投げるようにしてその衝撃を殺した。

 見れば、思った以上に深かったのだろうか、大剣使いの服は瞬く間に血に染まっていく。棄権しないものか、と警戒を怠らずに眺めるも、相手の瞳には激烈な闘志が宿ったままだ。

 私の有利な点は、武器の性能のぶっ壊れ度。そして速さ、身体の小ささ。今の結果はそれら全てがかかわってうまれた「勝ち筋」である。私も負ける気はないぞ!と真っ直ぐに見返した。

 すると一気に身体中の魔力を燃え上がらせるようにして身体強化を使った相手が、大猪を彷彿とさせる迫力の突進をくり出した。間一髪で避けるも、急カーブ、再び私に向かってくる!!

 あまりにも唐突な戦法の変化に追いつけずにわたわたしていると、私の長い耳が観客の声を拾った。

「でたぞ!一戦目で見れるのは珍しいな!」

 その言葉に、まさか何かの大技だったりするのだろうかと警戒度を引き上げるが、それにしたって愚直な突進にしか思えなかった。大剣は収納したのか手元に無く、ただただ丸腰での突進。しかし、その身には身体強化の類……鋼鉄化なんていうものを纏っていて、当たれば自動車の衝突事故並みの衝撃はあるだろうと想像できた。

「この子も真っ二つにされるのかぁ」

 物騒な言葉が次々と耳に入る。

「潰されるかもねえ」

 あんまり聴きたくないような言葉まで届いて、私は目を細めた。何がくる……?


 ふと、一瞬向かってくる大剣使いを見た。かれの視線がばちりとあったとき、私の身体は竦んで動くことを忘れかけた。

「ーーーーーーっ!?」

 息が詰まり、視界に映る男をどこか他人事のように見る自分がいた。大剣使いは手ブラであったがかれの手はまるで武器を持っているかのように、何かを掴むように、握られていた。

「異空間収納」

 男の太い声がしたときに、私はその手の内に大剣が出現するのを視認した。それも、素手の振るう速度のままに、剣の切っ先が私に向かってくるのを。

 やられた、やられた、やられた!!!大剣使いの技能なのだろう金縛り擬きを跳ね除け、全身の筋肉に動けと命令する。伸縮して、解放しろ。この巨大な金属塊を避けろ、と念じる。

 爪先が地面と別れたとき、既にそれ(大剣)は勝手に視界に入るほどの距離。突進の体勢のままの低い攻撃なので屈んで避けることもかなわず、しかしそれが幸いして戦闘不能は避けられそうだ……。

 跳び上がりながら、相手を睨みつけた。真上に跳んだだけの私はこのまま男のタックルではね飛ばされるだろうが、それどころかその前に大剣で斬られるだろうが。

 風を切り裂く音がして、瞬きほどの間を置いて両足の脛が燃え上がるような熱に包まれる。続く痛みに枯れたような声が喉までせり上がるが、ぐっと堪える。私はそのまま男に吹き飛ばされるところだったが、死ぬ気で手を伸ばし、かれの首に抱き着いた。

 視界が塞がれ私を引き剥がそうと丸太のような腕が持ち上がるが、それは届く前に動きを止める。とさりと、比較的軽いナニカが地面に落ちる音と、男の腕の力が抜けきるのは同時だった。

 私の顔に、髪に、胸に、赤が飛び散った。肩で息をする私は、どこか遠くの出来事かのように声を聴いた。

「勝者、セルカ!!」




 自分で治療ができたというのにトーマに抱き抱えられてわざわざ結界外まで運ばれた私は、自身の脚が完全な状態に戻るのを興味深く眺めた。血も何もかもが巻き戻るように消えていくのは、闘技場に仕掛けられた結界の魔道具が、結界内に入る瞬間の状態を記録していて復元されるからだ、と聞いたが……痛みもなく簡単に終わった治療行為に「すごい」としか言えなかった。

 もちろん殺してしまった大剣使いも復活し、わざわざトーマに抱えられて個室(精神的ダメージを心配されてあてがわれた)にいる私のもとを訪れて、

「ちっこくて素早くて、でも一角兎とも違う。自分の弱点をまたひとつ、知れた。有難う」

 なんて頭を下げられ、照れくさいやら何やらで反応に困った。

「素直に感想言えばいいだろ、セルカ様」

 トーマは私を抱っこしたままで、子供扱いするように頭をぽんぽんと叩いた。むっとするが、特に言いたいこともないので適当なことを言っておく。

「私も良い経験になった」

 まあ、嘘ではない。

 最強への道はまだまだ遠いということは、それはもうはっきりとわかった。

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