第79話「無知こそ力?」★
少し短いかもしれません。
アンネの言葉に唖然として、去っていったライライの様子がおかしかったのはそれが原因かと思うと背筋に冷たいものがはしる。そもそもクリーチャーとミミックを何らかの形で融合させたこと自体が驚くべきことなのに、それをどうして飲もうと思ったのか。
本来魔物の合成は、交配か、または不定形魔物同士を狭い容器に閉じこめて時間をかけた自然融合をはかるという方法がある。後者は主に養殖スライムゼリーに関わるものだが、ライライがしたのはこちらだろう。
まず、魔物の合成はテイマー系技能が成熟していないと発現しない特殊技能だ。これがあればスライムゼリー市場で一生食えるとかなんとか。
それを持っているとは知らなかったし、それを使って異種合成をここで行ったのも理解し難いし、何より合成素材の片方に寄生型魔物が含まれていることに恐ろしさを感じる。
いくらご主人様とはいえ、流石に食べたりしたら反逆されるでしょう……されるよね?
不安が思考を染め切って、私はなかなかライライが映るはずのスクリーンに目を向けることが出来なかった。ナレーターの説明を耳で受け取りながら、団員のことはちゃんと見ないと、と震えていると試合開始の合図が鳴って思わず顔を上げた。
ナレーションの言葉がゆっくりと砕かれて理解が及ぶ。今なんて言った?私がアンネを見ると彼女も同じ部分に気がついたようで、泣きそうな目と視線が交わった。
『出場三回目、魔人族の傭兵と……対するは初出場、デミヒューマの冒険者です!!』
魔法がからっきしのライライは、ひとりじゃ闘えないのです。道場ではクリーチャーとの協力で闘っていたので忘れていたけれど、ライライだけだと大会なんて勝てないのです。皆が皆、余裕綽々と勝ち進む中、ライライだけが負けたら?追い出されることはないとは思うのですが、やはりセルカにもアンネにも顔を合わせにくくなってしまうものなのです。
はっきりとした思考の中に浮かぶ不安を押し込めて、彼はギリギリと歯を食いしばる。身体に不快な違和感はあるが、それもほとんどはクリーチャーと共闘した時のような……力に慣れぬ感覚。見た目は変わらないで細っこいままのライライの腕には僅かに緑の光が脈動していて、それはヒトでないことの証だった。
ライライがほとんど魔法を使えないのは先天的な魔力器官の疾患だか障害だかで、赤ちゃんの頃に魔力関連の機能は発達を止めた。それでも貴族でなかった彼は勘当されることなく、むしろ魔法を早々に諦めたぶん後継者教育に力が入り、親は喜んだ。
商いをするにあたってかなり重要なコミュニケーション能力はともかく、不気味と云われる目のせいで商談はあまり捗らなかったけど……それでも親が臥した後にはライライが継ぐと決まっていた。
だが申し訳ないことに、今のライライは本当に商いに向かない。彼はそう思っていた。興味の向く先はお金よりも虫、そして今は特に……強さ。
目の前の傭兵が小型の魔道具を手に取るとその先をライライに向けた。魔力が収束する様子を見るに、先から魔力の刃に近いものが生み出されるようなものだろう。
つまり魔力の剣、といったものか。対するライライは素手なので、観客席の無数の視線は傭兵へと注がれた。デミヒューマという種族をよく知らないものが多いのだろう、わかりやすい肩書きと目立つ武器、何より今までの大会で目にしたことのある傭兵に「金賭け」したものばかりだと思う。
傭兵はデミヒューマが警戒すべきものだと理解しているようで油断無くライライを観察し、動かない二人についに野次が飛ぶ。
「やっちまえおっさん!!」
「いつも通り本戦出場いけんだろー」
「ガキ!勝ったらメシ奢ったるから勝て!」
「始まったんじゃないの?」
スクリーン越しにも聴こえる、なんとも言い難い言葉の数々。流石に観客も多く、ライライに期待して彼にそこそこの金額を注いだ者も一定数いるようで応援する声も聞き取れた。
そんな声がいくら届いても、傭兵は動かない。その眼を見開いて見知らぬ少年の動向を伺う。またライライも黒い視線を傭兵に固定して動かさない。ついに埒が明かないと、傭兵が動いた。
「我が剣、我が半身……」
簡易詠唱が完了すると魔力の刃が具現化され、同時に傭兵の身体がビクリと跳ね、筋肉が一回り膨れた。セルカ達は知らないが、これはこの男が本戦でしか見せたことの無い最大警戒の合図。観衆は野次を止め、突然に静まりかえった。
傭兵は棒立ちのライライに向かって真っ直ぐに進む。足音を消した独特の走りで、低く構えた魔力剣が僅かに地面を削っていた。この単調な突撃にどう対応するか、それでライライの実力をはかろうとしての攻撃だった。
職業は対戦表で確認できるので、傭兵側もライライが蟲使いで拳闘士だということはわかっている。だが、それだけではないのだと思うには充分すぎる気配があった。
何事も無く剣先が届く距離へ、先に相手を間合いに捉えたのは傭兵。身体強化の行き渡った彼から繰り出される斬撃は空を切る。
髪の一本を切る、なんていう演出も無く、避けきられたのだ。
「……っ」
呼吸を詰まらせたのは誰だったか、青髪の少年は黒い瞳を傭兵に固定して呟いた。
「くる、し……のです」
真っ青な顔色はその言葉が嘘偽りでないという証明といえたが、しかし避けられた傭兵は警戒心を高める。その体調で懇親の一撃を避けられたのだから……当然だ。
刃を向け威嚇する傭兵に対し、だぼっとした上着の隙間から本性であろう気味の悪い触手を覗かせたライライは、牙を擦り合わせ苦しみに耐えながら表情を変えた。
「強さの証明のためにッ……!」
絞り出したような声、歪んだ顔、何より目につくのは露わになった無数の触手たち。一瞬の隙をつくも触手に動きを阻まれ距離をとる男に、ようやくライライは敵意を見せた……というより、剥き出しにした。
「硬化、硬化、硬化」
内臓のようにぶにぶにとして柔らかだった触手はそれぞれ違った形で固定され、硬質的な輝きを持ち始める。先が尖った鋭利なもの、薄く延ばした刃のようなもの、無数の棘状の突起のついたもの、と凶悪なかたちだ。
それらを利用することなく傭兵の間合いに飛び込んだライライは、触手とともに硬化した自身の拳を叩き込む。師に学んだ技の通り、正確に冷静に。それだけで流派を悟った傭兵は直ぐに対処したようだった。
だがライライの手はそれだけでなく、触手による追撃が男を襲う。あまり命中率も高くないうえに力の入り方もバラバラでお粗末な攻撃だったが、それだけでライライの戦法は「その流派」から外れる。
傭兵も地道に触手を傷付け、形状ごとに弱点を探していくが、筋力や体力でなく表皮の硬化のみに特化した身体強化と、全体的な強化では硬度がちがう。魔力の刃が弾かれる。
固唾を飲んで見守っていた観客も試合の流れを見て次第に反応をし始めた。そして、結末を予想して焦る者や声を高らかに応援する者、逆転を信じて罵声に近い激励を送る者。様々な者が現れた。
盛り上がりとともにヒートアップしていく二人のやりとりは、最早流派も何も関係ないというように繰り出されるそれぞれの最適に思われる一撃の応酬へと変わる。
魔力剣を正面から受け止め、空いた脚で放たれた蹴りは横っ腹に沈む。体勢を崩しながらも剣を引き戻そうとする傭兵の動きに合わせて密着する体勢につく。退こうとする男を触手で捕らえる様は蜘蛛のようで、あぁ、と観客がどこかでため息をついた。
傭兵の鳩尾に吸い込まれるように、ライライの膝蹴りが入る。後ろから触手が突き刺さる。まるで捕食のような、終わり。
「触手出したらスッキリしたのです」
ライライは気持ちのいい笑みで、自らの勝利を告げる声を聞く。笑みの奥、体の内で、従魔たちが喜ぶのを感じていた。