第78話「魔は語る」
ベルの試合が終わった後、運営の優しさなのか低ランクの魔導士さんとあたって難なく勝利を収めた。相性の問題もあったと思うが、トーマとベルのを見て期待していたぶん落差が激しかった。きっと観客も首を捻っただろう。
中規模の炎魔法で植物魔法を蹴散らしたので、今のところ私の印象は『エルフのくせに炎魔法使い』といったところか。この先の闘いを楽しみに、私はウキウキしながら控え室に戻った。
勝ち続ければ最大三回の試合だが、それが終わればまた従魔と近距離部門で三戦ずつ。体力も魔力も節約しつつ、が目標かな。
控え室では腑に落ちないような表情のトーマとベルがいて、彼らの目から見ても明らかに優しいマッチングだったのだとわかる。仮にもSランク冒険者の身分証を提示した者だというのに、なんでそんな面倒なことをするのだか……。
私はへにゃりと笑みを作り、次からはまともそうだよと声をかける。試合表を見る限り勝ち上がった者であるので、大丈夫なはずだ。
そしてふと見れば、リリアがその場にいないことに気付いた。それはもちろん試合で呼び出されたからだが、気付いたのはちょうどスクリーンから物凄い歓声が上がる瞬間だった。
魔法のスペシャリスト。妖精はそのように思われている。妖精魔法は特殊で強力なものが多く、しかし妖精がこの大会に参加することは無かった。小さく羽の生えたリリアは観客席からは見づらそうだったが、淡く発光しているおかげで目立つ。
相手も相手で強そうな肩書きを持つ地面属性使いらしいが……この時点でほぼ勝負の結末は決まったようなものだと私は目を細めた。
試合開始の合図、相手女性エルフが杖を振るうと巨大な岩石で出来たハンマーが振り下ろされる。リリアはそれを風に乗るようにして避けながら、ふわりと上へ浮き上がり、魔法を使う。
途端に崩れ去るハンマー、地面から突き出す無数の鉄の槍。エルフはどうにか直撃を避けるが、スカートが裂けてその脚が晒される。掠ったのか、血の筋が滲んでいた。
そのまま無詠唱で対抗するエルフだが、ほとんど魔力を練る必要のないリリアには速度では適わない。息を吸うような気軽さで生み出される金属の槍は、容赦無く追撃した。
そのうえリリアに向けて放たれる魔法は的が小さい故に当たらず、また当たりそうになっても剛竜王の盾に守られて弾き返される。いくら高名な魔法使いでも、地面属性だけで剛竜王を倒すのは無理である。それができるならば剛竜王は王として君臨し得ないのだから。
苦し紛れに生み出された岩石の巨人は重い足を引き摺るようにしてリリアに迫るが、リリアの魔力を浴びた途端にその身を輝かせて身を翻す。リリアは大きなものを作るのは苦手だが乗っ取るのは大得意だった。
ただの岩石でなく金属へと変貌を遂げた魔法ゴーレムは、数秒前の主に腕を振り下ろす。当然の如くそれを岩壁で受けようとするエルフだが、壁は数秒にして砕け散る。
直撃は免れたものの衝撃で激しく身を揺さぶられたエルフは離れた場所で痙攣していた。
「いい感じです!」
リリアは誰に向けてでもなくピースしてみせて、圧倒的な勝利に観客席が沸いた。
その後、誰も負けることなく本戦への出場権を手に入れて魔法部門の試合は終わった。その次は近距離部門なので、私とトーマ、そして合流したライライはアンネの待つ近距離部門控え室の扉を開けた。
すると中には端の方で微動だにしない様子のアンネと、トーマが入ってくるなり「剣士職っぽいのにやるじゃねえか」などといった声がかかる。魔法で戦うさまを見ていたのだろう、トーマは少し目を細めると「どういたしまして」と返す。
アンネは私を見るとすぐに近寄ってきて手を握ってきたのだが、彼女の手のひらは微妙に手汗が……きっとベルの魔法のせいだろうなと思いながら、優しく握り返した。
幾ばくかして落ち着いてきたアンネの隣に座ると、会場が整備されていく様を眺める。
まず魔法用のステージは観客席に被害が及ばないように魔法と物理の両方の結界を張っているが、近距離部門の場合は魔力消費が勿体ないので物理だけの結界を張る。それから魔法使いに気を遣って全体的に平坦にされていた地面を、自然に近いような状態にする。池も境目が分かりにくくカモフラージュされたり、深くなったり。とにかくこだわりを感じた。
あっという間に出来上がったステージに感嘆の息を漏らせば、隣でアンネも同じようにしていた。これくらいできなきゃ大会の定期開催は難しいのかな。
今回は初戦で私が出るので、全力で勝つしかないでしょう。進化種である私は能力値の有利が大きいので、ここで負けてはいられない。女神の短剣と、セルカの短剣術、舐めてると痛い目に遭うよ!
トーマとライライに廊下まで見送られて向かった会場。実際に目で見るとその迫力は凄まじかった。自然の景色を凝縮した感じ……。
対戦相手は、今回は気を遣われた様子もなく普通に槍使いだったので、私は緊張しながらも口角を釣りあげて前に進み出た。魔力はほとんど感じられないが槍一本で生きてきたのだろう、相手の青年は緊張こそ見えるものの油断なく私を見据えていた。
初戦からこんな良い相手に出会わせてくれるなんて、近距離部門の対戦表を決めた人を褒め倒したい。そう思いながら、頭の隅で試合開始の合図を聞いた。
無言で詰め寄る青年。魔法とは違って観客も静寂を保ち戦局を見守るようだ。私は相手の息遣いを感じてそのまま短剣を振り上げると、槍の先を逸らす。
力を逃がした技量は体の記憶だけで再現したものなので一瞬の違和感が駆け巡るが、一度動けばそのあとはスムーズだ。まずは身体強化をせずに対峙する私に合わせてか青年もそのまま戦い続ける。
女神の短剣と何度打ち合っても大きな傷のつかない槍はなかなか良いものなのだろう、流れるような軌道に技は度々守りをすり抜けるが、どうにか身体能力を駆使して避けた。
そんな応酬が続き、私の短剣が不思議な音をたてる。ひゅる、と高い音がしたと思えば、短剣は今までで一番速い一撃を繰り出し青年の脇腹を掠めた。それを不味いと思ったのか距離をとる青年に、私も一度退く。深追いするよりもこの間に天使の声を使うべきだと判断した。
「激流よ、我が矛となれ」
「私が勝つ!」
詠唱というか暗示に近いセリフで天使の声を発動させると、私の方が数瞬はやく動き始めた。言葉を様々な形の強化へと昇華させるこの固有技能はその点でも有利なのだと再認識。短剣を突きつけると青年は無理矢理に体を動かして弾くがその結果体勢を崩す。
これには観客席が息を呑む雰囲気が伝わってくるが、私はごめんねと思いながらもそのまま追撃した。ここは退くべきところでも退かれるべきところでもない。今は、攻める!
何度か魔力撃、初歩的な強化を加えた刺突を放つがその速度でも相手はギリギリで耐える。身軽な服装はそのためか、槍とともに水流のように動くさまは美しさすら感じられる。
この人頑張ればアンネには勝てるのでは、なんて思ったが、その未来は無いだろう。
渾身の魔力撃を跳ね除けた青年は大きく体勢を崩したままに、私の接近を許す。身を攀じるが軽装なのが逆に痛手となる。私の短剣は吸い込まれるように青年の腹部に突き刺さり、そのまま穿つ。革鎧程度には刃は阻まれず、少しの抵抗とともに肉を断つ感触と熱が溢れる。
それでも倒れずに後退した青年は、流石と言ったところか、何らかの技能の助けを借りて血と熱の流出を防ぐ。まだ闘える……そう言わんばかりの彼は、槍の矛先をこちらに向けていた。
私は部分的な魔力撃を解除して、持続的なものに変えた。そうして一気に畳み掛けた。怪我に多くを割かれている相手はどうにか応戦するも傷が増えていくばかり。
ついに男は片膝をつき、そのまま倒れる。それでもその手は槍を離さず、私は肩で息をしながら彼に頭を下げた。
控え室に戻るとアンネが出迎えてくれた。ライライとトーマは既に準備に入っているようで、それぞれ精神統一だかをしていた。私にはわからない感覚だけど、邪魔しては悪いので距離を置く。
アンネは私の試合の一部始終を見ていて思ったことを伝えてくれて、客観的な意見はとてもありがたかった。
「ところで、アンネ」
「何かしら?」
「ライライはクリーチャーを纏う形で体術を使っていたけれど、それはアリなのかな?」
急な私の質問にアンネは面食らったようだが、話を聞いていたのか直ぐに答える。
「わ、わたしもあまり理解してないわ。でも、食べる……?とか言っていたのは確かよ」
……食べる?どういうことだろう。ちらりとライライを見るが彼は集中している様子でとても質問できそうにない。対戦表を確認すれば、私の使った会場の整備が終われば彼の番になるようだった。つまり聞くタイミングはない。
もうこれは、実際に見るしかない。私はゴクリと唾を飲み込んだ。ちょうどその時トーマが先に呼ばれてしまい、出ていった。
「あっ、がんばってね!」
廊下まで追いかけてエールを贈れば、彼は炎のような魔力をチラつかせて「おう」と返した。やる気十分、彼らならきっと勝てるだろう!私はイヴァが赤黒く光るのを見て笑顔になると、控え室に引き返した。
すると、とん、とライライと肩が触れ合う。彼は私に目もくれず廊下の向こうへ消えて行き、彼の背中を数秒見つめてから扉を開けた。アンネが真っ青になっていた。
「えっ、どうし」
「食べたわ…………!!!」
慌てて声をかけるが、全て言い終わる前に彼女が口を開いた。心做しか周囲の冒険者や騎士といった大会参加者も青ざめている者が見られ、まさかライライがなにかしでかしたのかと思った。
しかしアンネは、食べた、と言った。それはつまり先程話してくれたライライの戦う方法の説明通りに、ライライが何かを口にしたということだろうが、私の予想が正しければそれはとても恐ろしいことだった。
私が黙り込んだのを何と勘違いしたのか、アンネは重々しい空気の中口を開いた。
「この間のミミックとクリーチャーと蟲使いの技能で何かを生み出して、その不気味な何かを飲み込んだのよ」




