第8話「ロリって最高ですよね?」★
少し遅れました。
キラキラと粒子が舞い、ゆっくりと私の身体に吸い込まれるように消えていく。まだ、理解できない。
「……なっ、なんだそれは……!!」
吹っ飛ばされた御者さんがダメージの大きさに起き上がれずに、地べたに這いつくばりながら私を見た。なんとまぁ、わかりやすい恐怖の感情だ。先程まで私を商品のように見ていたのに。
私は倒れたままの御者さんに近づいた。目に見えて狼狽え、まるで悪魔にでも会ったように、震えていた。
そんなことになるなんて思いもしていなかった私は、少しこの腕について実験をさせて貰おうじゃないかと御者さんを見下ろす。しかしどうやら私の黒い考えが表情に漏れていたようで、彼は失禁してしまう。汚い……。
私は怯える御者さんから顔を背けて、自分の手をまじまじと見つめる。まだ少し……少しだけさっきの不思議な感覚が残っている。私はそっと呟いた。
「……ありがとう」
何故かあの手が自分の能力と全く関係ないものだとわかった私は、助けてくれた誰かに向けて礼を告げた。すでに御者さんは意識を失っている。私の耳には風や木の葉の擦れる音、そしておにい様が入っていった小屋の中から微かに聞こえる金属がぶつかり合う音が聞こえていた。
強さが桁違いだとか謳われているおにい様なのにまだ制圧できていないなんて、余程強いのだろう。どうか、大きな怪我をせずに戻ってきてほしい。
もうこれ以上何もできない私は、黙っておにい様を待つことにした。
私がぼーっと立っていると、突然小屋が倒壊した。同時にその中から一つの影が飛び出して、草の上に着地した。私のもとまで土煙に包まれていてその姿をはっきりと見ることはできないが、影の正体は無論私のおにい様……スラントだ。
「セルカ!!!まだ無事なのか?生きているのか!?」
彼の叫びが私に届く。煙を切り裂いて、おにい様が接近した。私は突っ込んで来るおにい様に気付くと絶句した。彼はどう考えても私に向かって突進している。
「ちょっ、おにい様!無傷!私元気!!立ってるの私!!」
半分絶叫のように言葉を放ち、どうにか短い言葉でおにい様を止めようと試みる。すると、おにい様はやっと私に気付いたのか、一瞬目を細め、それから見開いた。本当にこれ今気付いたの?
おにい様は咄嗟にといった風に武器から手を離すが、もう既に空中に跳び上がっていたので止まることもできずにこちらに突っ込んでくる。冷静に考えればスラントは風魔法も得意分野なのでそれで対処できたはずなのだが、その考えは、この時誰の頭の中にも存在しなかった。
え、何これ、抱きとめろってことですか。
おにい様と私は見つめ合ったまま距離を詰めていき……唐突に私の視界に緑色の巨大な手が乱入した。
それは人間の限界を超えた素早さで私を抱き上げて、おにい様の突っ込んでくる軌道から十分に距離を置いた場所に移動して、私を下ろした。
ズドンと音がした方向に目を向ければおにい様が数センチほど地面に靴底をめり込ませて着地していた。そこは先ほどまで私が居た場所で、この乱入者が居なければ私は……。
私はぶるりと身震いして、それから乱入者に礼を言おうとする。するとその巨大な手は粒子を撒き散らしながら形を変えていった。段々見覚えのある姿に近付いていく。
そしてすぐに完全に知人の姿になり、おにい様に向かって語りかけた。
「お兄さん。気持ちはわかりますけどもう少し冷静になってくださいよ。危うく雪……セルカ様に重傷を負わせるところでしたよ??」
にっこりと爽やかな笑みを浮かべた彼……マジムは、おにい様の腕を掴んで立たせる。いつの間に拾ったのやら、マジムはおにい様が投げ捨てた愛剣を手渡す。
この時マジムの口が動いたように見えたが何を言っているかよくわからなかった。でもおにい様は何度も深く頷いていたので、忘れてなければあとで聞いてみようと思う。
それはともかく、マジムに礼を言わなくちゃ。
「さっきの襲われた時も、今回も、助けてくれてありがとう!」
私はマジムの手をちらりと見てから笑顔で感謝を伝える。まさか転生した後もお世話になるなんて思ってなかったから、少し申し訳なさもあったが。
ともかく私達は盗賊団らしき一味の数名の捕縛、一時避難用の小屋の破壊を無傷で終わらせることが出来た。なんと今回の件は私も評価されるようで、これが初めての功績となるだろう。
おにい様と仲の良さそうだった御者さんが悪人だったことには本当に驚いたし残念だったけれど、生きててよかった……。
帰ろうとして周りを見渡すと、マジムは現れた時と同じように音もなく消えていて、森の広間にはおにい様と私しか残らなかった。馬は小屋の倒壊に怯えてなかなか落ち着かなかったが、暫くすると大人しくなったので私達は帰路についた。馬車の中には縛り上げた盗賊団、御者さんが座っていた場所におにい様と私が座り、やっと家に帰ることができる……。
「「本当に長い一日だった……」」
安心すると疲れがどっと押し寄せてきて吐いた言葉はおにい様とおんなじで、なんだか可笑しくってお腹を抱えて笑った。転生してから一番いい笑顔だったと思っている。
私達は家に着くとおとう様にこっぴどく叱られてしまった。出発時点で知らせていた時間よりも一時間ほど遅く到着したことに加え、外の世界に初めて触れた愛娘を危険な場所に連れていったことにご立腹のようで、私にはあまり怒らずにおにい様ばかり叱咤されていた。
お説教タイムが終わると丁度夕食の時間だったが、今日は疲れ過ぎたのとお昼に食べ過ぎたせいで食欲がわかず、私は一人で自室にこもっていた。新品ぴかぴかのギルド証を勉強机に置いて、まじまじと見つめた。
私は冒険者になる。
後継ぎはおにい様がいる。危険だから死ぬかもしれないなんて言われても強くなりたいんだからしょうがない。無謀なことはするつもりもないし、私は生きるために冒険者になるのだ。
今日初めて見たおにい様の真剣な戦いの目。殺すつもりでかかってくるであろう相手に対しての、致命傷にならない程度に加減した攻撃。
あれが私の目指すところだ。無闇な殺生をすることが無いように、自分の身を守れる強さを身につける。
私は就寝の時間になってメイドさんが明かりを消しに来るまでずっと、これからの訓練方法を考えていた。まずは今も昔も足りていない最大の敵……体力。明日になったらおとう様かおかあ様に指南役を雇ってほしいと伝えよう。優れた魔力も弓の才能も、腐らせておくには勿体ない!
朝一番に、私はおにい様と鉢合わせた。顔を洗おうと寄った洗面所で、おにい様は照明の魔石を取り替えていた。
「おにい様……おはようございます」
私は寝ぼけ眼を擦りながら、挨拶する。おにい様はこちらに目を向けずに「おはよう」と返した。多めに買い込んだクズ魔石がジャラジャラなる音がおにい様が手に持っている袋から聞こえた。クズ魔石はクズとは名ばかりのようで、意外と需要がある……。
私は蛇口から流れ出る水をぱしゃりと自分の顔にかけた。あまりの冷たさに驚いたが、おかげで目が覚めた。私はそのまま石鹸を手に取り、泡立てる。
こんもりと泡ができた頃には魔石補充が完了し、洗面所が明るくなる。ほんのりと花の香りがする。少し間が空いて、顔を洗っている私に向かっておにい様が話しかけた。
「……セルカは、冒険者になるのか?」
私はその質問に対して、泡が口に入らないように「んー」と答えた。おにい様のした質問は不適切だ。この世界のほとんどの人は冒険者ギルドに登録している正式な冒険者だからだ。でも言いたいことは理解出来た。
おにい様は、私が本職として冒険者を選ぶことを確認したのだ。
「まぁ、なるんだろうな。ならないと逆に才能の無駄使い過ぎる」
けらけらと笑いながらおにい様は言った。才能の無駄使いは私にとってどうでもいいが、冒険者という職業には兵士や騎士などの職よりも魅力的に思える点が多かった。強くなることが私の人生の目標なので、やはり自由度の高く豊富な経験をできそうな冒険者がいい。
泡を洗い流して顔をタオルで拭きながら、私はおにい様に返した。
「だからこれから訓練して、強くならなきゃいけないの。だから今日のうちにおとう様に相談するよ」
くしで髪をとかす。銀の髪が絡まることなく流れた。動力源を新しく替えられたばかりの照明が髪を照らし、その髪の鋭い輝きがセルカの決意の強さを表しているようだった。
おにい様は私の真剣な表情を見てううんと唸り、本当のところは危険な目に逢わせたくないと言外に示す。
「冒険者は何があっても概ね自己責任で済まされる……それを知っていて決めたんだろうな」
そう言ったおにい様は何かを堪えるように唇を噛むと、小さめの声を発した。
「じゃあ……訓練とか修行は俺が」
「おにい様は次期領主として仕事があるでしょ」
おにい様の提案に、私はぴしゃりと反対の意を提示した。たまに状況判断能力が足りていないと思うが、これでも彼は立派な跡取り。正直、私のために割ける時間なんてほとんど残っていない筈なのだ。
まだ納得いかないようにしているおにい様は、私が洗面所を去るとき何も言わずに私の頭に手を置いた。
応援している。
口にこそ出さなかったがおにい様の気持ちは十分伝わっていたので、私はおにい様に笑顔を向ける。素敵な朝。
私は朝食後、書斎に向かおうとするおとう様を引き止めて予定通りの話をした。おとう様は冒険者として功績を上げた、大先輩でもある。彼は基礎や修練の大切さを簡潔な言葉で語ると、快く私の指南役を雇うことを決めてくれた。
魔法技術、弓術、短剣術それぞれの熟練者を雇いたいそうで、最低でも三人。私は早く魔法を学びたいと思いながら、食後の勉強の時間になるのを待つ。
その機会は意外と早く訪れた。
「今日から座学の中に魔法理論の内容を含めるようにと言われたからね、初めだし時間いっぱい魔法について勉強するよ」
先生として部屋を訪れたおじい様は、新しい教本を手に笑顔を振り撒いた。人懐っこい笑みがいつもよりも嬉しそうに見える。
おとう様の計らいだろう。私は「おじい様ありがとう!」と満面の笑みで感謝を伝えた。練習は自由時間に出来るし、魔法理論を学べば術式についても学ぶことになるので、覚えることが出来れば魔法を使える。魔法理論の目標は一から術式を組み立てることだが、最初のうちは初級魔法などを学べる。
つまりは、指南役を雇うまでの間は生粋のエルフであるおじい様から魔法を学べるのだ。おじい様のことだから工夫して楽しい授業になるに違いない。
おじい様は私に教本の写本を私に手渡し、そこから魔法理論についての説明が始まった。
魔法理論といえば難しいように感じられるが、実際は単に魔法は魔力を練り上げて最適な構成に組み上げることで物理法則を無視したような現象を引き起こすことの出来るということを理解すれば良いだけだ。むしろこの世界では魔法が常識なので、あとはどれだけ柔軟な考え方で魔力を捉えることができるか、だという。
魔力は刃物のように鋭くもなり、時には水のように流れ、スライムのようにも成り得る形に囚われないもの。セルカは特に魔力感知の能力が高くそれらのことは教わる必要もなく理解出来た。
「セルカ、凄いじゃないか」
シワを深めて微笑み、私を褒めるおじい様。褒められるのは大好きなので、私はこれからも期待に応えられるように頑張ろうと意気込んでいた。
セルカは術式を実際に見せてもらってからすぐにそれを再現し、術式を起動させないまま待機状態にすることが出来た。それを見たおじい様は人の血で薄まり魔法の才能がエルフ平均には届かないという予測を切り捨てたようで、急に授業の難易度が上がった。
しかし私は難しいほど燃えるタイプだと自負している。
授業時間終了後には初級魔法を地面系統以外マスターしたセルカを、おじい様は天才だと確信した。
私はそんな思いなど知らずに練習のために森林に向かう。振り返って手を振れば、おじい様が小さく振り返してくれた。
セルカの祖父……ガロフ・エルヘイムは久しく面白味に欠けていた人生にとんだ爆弾が放り込まれたものだと苦笑しながら、愛しの妻に負けないくらいに可愛い孫を優しく見送った。
久しぶりのマジム登場(´^ω^`)
マジムほど一途で書きやすいキャラはいないので、今回の話は書いていて凄く楽しめました。
★挿し絵の追加、修正を行いました。