表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/212

第77話「勝つよー!!」

 試合は次々に行われ、あっという間に三戦目の準備まで進んだ。試合のステージには岩だったり池だったりがあり、それぞれの得意とする属性が生かせる場所へ如何に誘導するかも勝利する為には考える必要がある。

 そして魔法は規模が剣ナイフなんかとは全く違うので、試合毎にステージの修復が行われている。ベルの使うステージは、前試合の地面属性使いがぐちゃぐちゃにしたので時間がかかっているようだった。

 そんなうちにトーマの試合会場の整備が終わって名前が呼ばれる。相手は名前からして貴族のようだが、貴族は血筋が厳選されていて優秀な者が多いので、魔法で勝てるのか、と不安になった。

 それでもその不安を顔に出さずにトーマを見送り、スクリーンの向こうの会場を見る。少しすると、そこにトーマと男の魔術師が映し出された。

『はじめ!!』

 ゴングが鳴る。




 試合開始の合図とともに相手は詠唱を始めた。あまり鍛えてなさそうだが、男の手にある杖は頑丈そうな造りになっていて、いざとなればそれで戦うのだろうと予測できた。

 この場では魔法以外は原則禁止なので、忘れていいだろう。

 詠唱している男を意識しつつもトーマは地を蹴り、障害物を駆使して男の視界から逃れた。魔術師の弱点は詠唱中と対象がわからなければ追尾型魔法でも意味を成さないという点があり、それを考えての行動だろう。

 トーマを見失った男は苦し紛れに岩に向かって炎魔法を撃つが、そのまま砕けた岩の向こうにはもちろんトーマはおらず、煙と細かい石が飛散した。

 その間にもトーマは簡易化した詠唱を終えて、攻撃的な魔力を術に変換する。現れた炎によって場所はバレるが、彼の両腕を包み込む蛇のような炎はしゅるしゅると渦巻きながら周囲を警戒する。

 そしてその蛇たちは、次に男が放った炎の渦を真っ先に見つけ、食らいつく。がぶりと大口を開けてかぶりついたと思えば、魔法は吸い込まれるように消えた。

「ぉえ……」

 トーマは攻撃を無効化したにも関わらず顔色が優れないが、観戦者たちは驚愕から声を上げた。魔力の塊(まほう)を食らった途端にトーマの肌に白く熱を持った紋様が浮かんだのだ。

 それは鬼人族・紅蓮の血が引き起こす魔力蓄積の容量満タンの証なのだが、トーマは限界だったようだ。

 すぐさま魔力を吐き出すようにして炎の壁を創り、それをそのまま対戦相手に向けてスライドする。先程の炎魔法より術式を適化させたので、威力は比べものにならなかった。

 それでも粘るのが相手、無属性魔法の障壁を創り出すとそれによって壁の速度を落とし、低い筋力値の限界を引き出すように必死に逃げる。対抗して炎弾を撃つトーマだが、それは障壁と障害物に阻まれて届かない。それ以前に精度が甘い。

 トーマは短く息を吐くと純粋な身体能力で男を追う。もはや男は集中できる環境を失い簡易な魔法しか使えず、トーマの魔法もまぐれ以外はかすりもせず、鬼ごっこが始まった。

 しかしある程度近付けば、トーマは蛇を放って男を止めようとする。蛇は男の横を通り過ぎ、苦肉の策としてその長い身体で行く手を阻んだ。立ち止まる男が小規模な魔法を放つが、トーマはそれを吸収するとノーコンなりに考えたのか、今までと違う魔力を練った。

「食べやすい魔力でよかったよ」

 トーマはそれだけ告げると、狼狽える男に手を伸ばして閃光を放つ。雷魔法の最初のひとつ、放電が炸裂した。




 些か乱暴さが気になる魔力の扱いだが、その濃さと手早さは目を見張るものがある。ただ見境なしに電気を流すというだけの初歩的な魔法だったが、炎の壁なんかで防御は出来ないし障壁は範囲が狭いので回り込まれて、男はあえなく意識を手放した。

 それを見届けた私は、おぉ、と驚きから声を漏らす。筋肉バカに育ったわけではなかったとわかったのと、あとは雷魔法の扱いにくさを身体能力や炎魔法でカバーする彼の戦法に驚いたのだ。

 魔法一筋の者なら、あからさまに前衛とわかる装備構成の彼に追いかけられたときに冷静さを失うだろう。弱くても至近距離での魔法は厄介だし、詠唱の隙がないのもツラい。

 そのうえトーマは簡易化した詠唱でも九割の威力を保った魔法を放つ。初撃を決めなければ、戦いにくいことこのうえないだろう。

 ……とはいえ私なら勝てそうだ、なんて思ってはいるのだけど。やはりそこは進化種か否かという点や、私が彼の気配を辿れてしまうという有利な点があるからで。

 魔法に限定せずにまともに殺り合えばマジムがいる私はまず負けないので、気持ちに余裕があるせいかちゃんと実力を測れてない可能性も否めないので、油断は禁物だ。

 試合会場から運び出されると結界の効果で全ての損傷を回復された男は肩を落として去り、トーマはいくつかのかすり傷が治るさまを面白そうに見つめ、その試合は終わった。

 別のスクリーンに目を移せば、ベルの試合は…………もう始まっていた。




 炎の龍が荒れ狂い会場の池の水は跡形もなく蒸発した。場所によっては岩も溶け、植物も消し炭になっている。

 その中心に立つのは美しい生地のワンピースを着た少女。凛とした立ち姿に自信に満ちた瞳は、紅く爛々と輝いていた。ブロンドヘアがさらりと肩を流れれば、見る者はその気高さに酔う。

 ベルは一匹の炎の竜を従えてその場に立ち、その魔法・ドラゴンフレアはセルカがかつて見たものより格段に巨大で内包する熱も桁違いだった。そんな上級魔法を維持しつつ周囲を警戒するのは、至難の技だろう。

 現在彼女が戦っている相手は火と相性の悪い水属性魔法の使い手だった。そのためベルは初撃から詠唱()()のドラゴンフレアで決着をつけようとしたのだが、対処されてしまった。

 そのため彼女は魔力を練りつつも魔法の術式構築より周囲を警戒する必要があり、次の魔法が放てないためにドラゴンフレアを待機させているのだが。

 度々飛来する水の矢や水球に対処するのにもいちいちドラゴンフレアを使うので、周囲は悲惨な状況になっていた。

 ベルの視界には炎、地面が映るのみ、そしてその心には多少の焦り。

「初戦でこれは……運が悪かった。それでも負けるつもりは無いよ」

 杖を抱き締めて祈るように呟いて、アンネの背中を思い出す。ベルの戦闘スタイルはアンネの剣技及び剣舞の効果の上乗せされた高威力大魔法を放つ固定砲台だ。一人である今はそれができないのかといえば……

「出てこないなら……燃やすまで!」

 燃えるような魔力が優雅に舞い、影が伸びるようにベルの背後に人型を形作る。次第に魔力は炎に換わり、人型はハッキリとした形をもち始める。白い炎の肌に橙と紅の装備で身を包んだソレは上級魔法・通称炎帝だとわかったが、今回の炎帝は巨人の鎧武者ではない。

 靡く三つ編み、ふわりと揺れる薔薇の髪飾り。細めの体はベルより僅かに背丈が低く、しかしその表情(かお)は凛としていてどことなくベルに似ている。伝統的な衣装を着た姿はどことなく神秘性を孕み『炎の妖精』とも思える。

 あぁ、アンネの赤面するのが思い浮かぶ。ベルの思い浮かべた最も頼りになる『炎帝』は、まんまアンネの姿をしていたのだから。


「ちょ!なんっ、え!!えぇ…………」

 近接戦闘部門の控え室にいたアンネは、予想通りに赤面していた。同じ控え室にいるアンネにソックリな炎帝の姿のおかげで彼女に視線が集まり、またその場に幼女守護団のメンバーは自身だけなので障害物も気を紛らわす手段もないままに晒される。

 せめてトーマが合流した後ならよかったのだが、この時点ではトーマはまだ試合中だった。羞恥と頼りにされている事実の挟撃を受けたアンネはただスクリーンを見つめていた。

 ……ベルは自分をよく見ているな、と、それが最初の感想だった。舞の動きに違和感は無く、癖がしっかり再現されていた。また繰り出された剣技を交えた舞の足取りは軽やか滑らか、流れるような動作で、先生に「水の舞の方が向いているのに」とよく言われていたことを思い出した。

 剣の一振りで岩が爆ぜ、地面が抉れる。修復が大変だろうと思いつつ、それでもベルを愛しく想う気持ちが勝っていた。自分は認められているのだと実感が湧いた。

 白熱する炎は、次第にちらちらと青が混ざり、ついに炎帝の姿は青白く変化しきった。アンネの瞳に映り込む青は、揺れて、その中でベルが呟くのを、拡声魔道具は逃さなかった。

「炎帝、……私の、唯一のブルーローズ」

 アンネはその声に、まるで自分に向けての言葉なのではないかと、自意識過剰とわかりつつも心臓を跳ねさせる。ローズ……アンネローズのローズと、炎の色。そんな自惚れた妄想を浮かべていると、隠れていた対戦相手がとうとうあぶり出された。

 ブルーローズはベルの視線がそれを捉えるより先に動き、細い刀身で風を切り裂きながら突撃した。相手は準備していたのか、中級魔法の水鷲を数体放つが蒸発して消える。

 魔法をよく知らないアンネにもわかった、ベルの魔法は上級魔法の炎帝の枠から外れたものだと。しかしそれは劣化したとか失敗したというわけではない。ただ、純粋に、彼女が欲したままに強くなったのだ。

 足掻く様が見えるが、水球やら水壁、はたまた植物魔法までも使って抵抗しても相性の悪い炎には効果がない。きっと二属性使いという人間としては褒められるような能力だったのだろう、だが似た属性だったことが災いした。

 杖を一振り、髪が熱風に巻き上げられワンピースがばたばたと忙しなく揺れ動く。会場は炎に包まれて、その後にはブルーローズに抱えられたベルが残り、そうして試合は終了した。

 当然消し炭にすることなく瀕死に保たれた対戦相手だったが、結界を通り全快した後は逃げるようにして去っていったという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ