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第76話「その日が来ちゃったりして」

 棍棒が手に入ってからのアルトは生き生きとしていて、自らの手でわかりやすくダメージを与えることが出来るのが楽しいのだと雄弁に語る。祖国(アズマ)の迷宮街フレーゲルを訪れて大樹魔林の魔物相手に戦わせたが、棍棒のエグい性能のおかげでたくさんのミンチが出来上がっていた。

 制服を着た、かつて同級生だったと思われる学院生の横を通り、ふんわりと薫る焼きたてパンの匂いを鼻腔で受け取って、手早く買って迷宮へ向かう。今日も今日とてレベル上げ。アルトをもっと強くしなきゃ。


 メギッと音を立ててめり込んだモーニングスターによって、クレイジーエイプは息絶える。他の個体も片腕や腹を潰されてはいるものの痛みを感じないようで、最初と変わらない様子で襲いかかる。

 死角から襲うものはできるだけ私が対処するが、それ以外は幾ら多くてもアルトに任せている。子エイプが機敏な動きで後ろから迫るのを、私はそっと弓矢で倒した。

 私は大樹魔林の名に相応しい巨大な木の上に隠れ、その下で戦うアルトの手助けをしていた。アルトは従魔になるまでの環境のせいでレベルがかなり低かった。大会参加者の中でも一二を争う低さ。

 それでもステータスと技能面で秀でているため余程運が悪くないと初戦負けなどはないらしいが、アルトがレベルを気にし始めたのだからご主人様が動かないと。彼らは自由と引き替えに仕えているのだから。

 しかしレベルが低いということは上がりやすいということでもあり、また彼はステータスが高めだったので武器さえ与えれば即戦力、となった。その上森林の中なら糸を駆使した移動や罠解除が非常に役に立つ。

「アルト、左後方に」

「……ホブゴブリン!」

 野生の勘が復活してきたのか?私が全て言い切る前に薮の植物ごとホブゴブリンを叩きのめした。憐れなゴブリン種はその手に持っていたなかなか上物の剣をその場で取り落とすと、アルトはそれを拾う。

 私がそれを収納すると、また進む。それを繰り返した。

 ふと、彼がどれくらい成長したのか気になって、本当なら主人は従魔のステータスくらい自由に見れるものを、私はアルトに許可を取ってから見せてもらう。

「どうぞ〜」

 ニコニコ顔で許可するアルトは、自身のステータスを見る術がないのでこの時を待ち侘びていたようだ。私は魔力を多めに与えてからステータスを強制的に開示させる。

 お、おぉ。思わず声が出そうになった。それを見てアルトが目をキラキラと輝かせて結果を急かす。

「ああちょっと待ってね、見えるようにしてあげるから」

 私はアルトのステータスを彼の前に表示させた。アルトはそれをさっと読み通し、それからじっくりと読み直し、最後にぷるぷる震えながら私を見つめ、そのまま抱きついてきた。

「!!……棍棒術が技能になってる!レベルも、あぁっ……ご主人様ぁ、称号も貰えてるよ!」

 嬉しそうな声が耳元に聴こえた。ピコピコ動く尻尾も喜びを抑えきれていない。思わずふわふわな髪の毛を撫でると、さらに嬉しそうに尻尾が暴れた。

 アルトは『神獣の後輩』という、どう考えてもマジムが付与したようにしか思えない称号を得ていた。呼び出そうと思ったけれどコッソリ加護を与えてるのだから私が伝えるのも野暮だろう。それにこれ以上のサプライズなんてしなくてと、嬉しそうなアルトを見て満足だった。

 よーしよしよしと撫でまくると、くすぐったいのかアルトは身を捩りはじめる。モフタイムを邪魔しようとする魔物は排除しつつ、そのままたくさんモフった。

「……と、アルト。そろそろ平均くらいにはなったんじゃない?」

 強さ的にはもう少し上だとは思うが、と心の中で付け足した。アルトはそれを読み取ってか、とっても嬉しそうな顔で頷いた。神獣の後輩の称号の効果はわからないけれど、思ったよりレベルアップが早いのと成長率がエグいのは称号が原因だろう。アルトは強い。とっても!

 喜んでいる彼の様子を見るとここでの訓練は成功だったのだろう。でもだからといってこれ以上長くフレーゲルに滞在して遠くに行ったはずの私が近くにいる……なんてバレたら家族がどうなるかが怖い。なので私はアルトを撫でながらゆっくり告げた。

「あんまり目立つとお兄様が来て面倒だから、そろそろここでレベル上げするのはやめた方がいいと思うんだけど、どう?」

 するとアルトは少し名残惜しそうな反応をしたが、それっきりで、「ご主人様の仰せのままに〜」と暢気な声で返答した。我慢させちゃったかな、でもこればっかりは仕方ないのだ。

 僅かに申し訳なく思ったけれど、従魔に訊く時点でも他の主従と比べて自由度の高い関係なんだ。あまり甘やかしても師匠に叱られる未来が見える。

「じゃあ次からは、クラッシュと戦ったり……できるように頼んでみるね」

「武器は危ないので木の棍棒だよねぇ?」

「もちろん!」

 私の提案が魅力的だったのか、アルトは一転して明るい反応をしてみせた。その後は用が済んだので羊に戻ったアルトの背に横乗りになって、迷宮を駆け抜ける。幻獣とそれに乗るハイエルフ……ちょっと物語の一ページみたいだなぁ、なんて自惚れてみた。




 そうして訓練を続けて、ついに大会の日がきた。参加者が多過ぎた部門については低ランクの者が切り捨てられたようだが、私たちにはその心配はない。会場に向かいそれぞれの部門の受付で本人確認を終えると、私たちはバラバラの控え室へと向かった。

 ここでなんとライライが近距離戦闘部門に飛び入り参加したのだが、運良く同ランクの者が依頼優先で棄権したところだそうで参加権を手に入れたらしい。グール、だっけ。すごい渾名だよなぁ。

 がらりと一思いに開けられた扉の向こうには、魔法使いなだけあってエルフが強者のオーラ……もとい自信に満ちた表情で待ち構えていた。人間はそこそこいるが、元々魔力に長けていない種族である獣人はただ一人いるだけで他には見ない。

 私が入った瞬間視線を感じるが、見下すような視線はなくてむしろ「魔法部門は参加者が多かったのに()()()()()()()()のか」という驚きを感じた。

 魔法はセンスと何よりも緻密な魔力操作技術、そして経験が必要なものなので、見た目で判断する限り年齢層が高い。私はたいそう目立つことだろう。そのうえ首に下がる参加者の印は魔法だけでなく近距離、従魔の三つ。……これは目立つだろう。

 特に近距離なんて……こんな幼女がどうするのって私も思う。自己強化はセーフなので天使の声でガンガンいこうぜスタイルで頑張るけれど、トーマもライライもいるし優勝は無理だな。

 そのまま中にある椅子に腰掛けると、ちょうど近距離部門の下見に行っていたトーマと、彼について行っていたベルとリリアが来て、彼らと親しげに挨拶を交わすといよいよ視線が痛くなってきた。

 トーマは見た目通り近距離部門の印を下げているが、魔法を使えるようには見えない。生粋の魔法職らしいベルはいいとして、その横に明らかに場違いな妖精族が飛んでいるのだ、気になるだろう。

 それに妖精族は基本的に魔法に長けている。エルフよりもその特性は顕著で、妖精族は魔法生物とも言われたりする……それくらい魔法を自在に使うものが多い。

 司る属性やものによっては国ひとつ滅ぼせる……というが、リリアはきっと頑張ればそれくらいできるんじゃないかな、と私は思っている。

 国中の金属鉱物宝石類に干渉して人を貫くような……棘とか槍とかに変化させたら。…………魔力的にきついのかなぁ?

 物騒なことを一瞬考えたが、リリアは優しい子だからそんなことしようとも思わないだろうなっていう安心感があるからこそだ。大丈夫、大丈夫……。

 最初に開催される魔法部門の予選、とりあえず本選(順位決定戦)に出場できるように立ち回ろうとは思う。

 闘技大会の会場はバカでかくて一度に五箇所で試合ができるのだが、人数が多いので幼女守護団メンバーの初陣は3戦目のトーマとベル。同クラン内では当たりにくいように組まれているので私たちが当たるとしたら本線だね!

 スクリーンに映し出された会場を見て、そして入場していく魔法部門出場者を眺める。強い自覚はあるけれど慢心と油断で負けてしまわないように……じっくり分析してやるんだから!

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