第75話「戦い方」
今回短いです
座学を終えた私は、師匠にモフられて石像のように動かなくなったアルトを微笑ましく見ながら、考えていた。アルトはどんな戦い方が適しているか、そして私がどれだけ魔力だけで指示を出せるのか。
テイマーは言葉の指示以外にも魔力でものを伝えることで従魔を動かすことができる。そのため魔力に長けたエルフや細かい操作が得意な職人種族……ドワーフや小人族にテイマーの才を持つ者が多いのだ。
私がテイマーを職業に選択できたのはエルフの血と『セルカ』とセルカの努力の賜物だ。
アルトは特殊魔法のうちの幻惑や夢、魅了などといったもの、突進、身代わり、また魔物ではあるが一応は妖精族の括りにも入るらしく、妖精魔法も技能として持っていた。
いずれもレベルは低いが、使いようによってはある程度は勝ち進めそうな……。あの妖精達の村にはこんなに強くなれそうな魔物が溢れるほどいる。そう考えると少し怖い。
師匠の魔の手から逃れたアルトは直ぐに人型になって私に抱きつくと、指先からちろちろと魔力を食べる。魔物だけあって筋力もあるので、今無防備な私が彼に襲われればあっという間に首の骨くらい折られそう……。
ふるふると首を振って嫌な想像を振り払うと、私はアルトに質問した。
「アルトはどんな戦い方がしてみたい?」
ふわふわの髪が揺れて、彼は僅かに私を見下ろすような体勢で、潤んだ瞳とそれを彩る睫毛を震わせた。迷っているのだろう、生まれてからつい最近までは文字通り家畜だった彼は、戦いごっこくらいしかしたことが無い。
「じゃあ、技能から私が考えたのを言ってみてもいい?」
聞くと、こくりと頷く。
「アルトは特殊な魔法が多いから、それで相手のペースを崩せるかどうかが勝つための大きな要素になると思うの」
「おれの能力値はご主人様よりずっと弱いから……」
搦手が重要だと伝えると、それは正々堂々と戦っても勝てないと思われているからだと勘違いしたのか、アルトはしょんぼりしてしまった。
私は色々あって規格外で当たり前なんだよ、となんとか説明しきるが、微妙に納得していない様子。でもここで時間をかけるより先に進むべきだ。
「とりあえず、アルトは魔法が得意で隠れ住むタイプの魔物……幻獣とかいわれるタイプだと思うから、それに合った戦法がいいわ」
私が考えたのは、単純なものだ。
彼は様々な特殊魔法と自身の毛を使う身代わりの技能、そして魔法の毛糸を操るというこれまた特殊な妖精魔法をもつ。
特殊魔法で誘導、隙を作り、または身代わりを囮に使ったり人化を回避に用いたり、毛糸で拘束したり、首を絞めることもできないこともない。しかし全て決定打に欠けるのだ。
大会は戦闘不能、意識を手放すことが勝敗を決するポイントなので、彼の夢魔法などは有効に思えるが、それ以外のことを考えると。アルトは最後の一撃を突進で決めなければならないのだ。
他に技能を覚えることが出来ればいいのだが……それを今求めるのは間違っている。
ということで、まず特殊魔法や妖精魔法を鍛えてある程度通用するレベルまで上げる。レベルを上げたら私かマジムが相手役になって、実践訓練。目指すのはトリッキーな戦法で戦況を掻き乱し最後まで読まれずに終わらせること。
そう説明した……が、説明を終えた時に私は「あ」と声を出し、気付いた。
「人化……!」
私の驚愕の理由に心当たりがないのかアルトは首を傾げるが、私の頭の中は高速回転して様々なことを考えていた。
いま、彼は人間の姿をしている。服も着れるしスプーンを持って食事もするし、手を繋いだりもする。彼が武器を持てないなんてことはないはずだ。そうなると……彼は普通の従魔にはない方法で戦える。
……体当たりしてもダメージが少ない相手でも、重い武器で殴ればどうだろう?
私はアルトの両手を包み込み、そしてぎゅっと力を込めて握って、満面の笑みになった。
「武器を買おう!」
その日の訓練が終わるまでは師匠の指示に従って動いた。そして解散するや否や、私はアルトを連れて素早く森を抜け、崇めてくる村人達の横を素通りして、一応食べ物は置いていき、アズマ王都の教会に転移した。
王都は変わらず、活気に満ちている。そんな中露店や馴染みの店には目もくれずに向かった先は、地下の店の……武器屋通り。
そこには目当ての武器、棍棒があった。むしろ棍棒なんてポピュラーな武器が無くては困るのだが、なにしろ迷宮産のものなので売り切れている可能性も大いにあった。
そこは棍棒を集めに集めたお店のようで、岩のようにゴツいものからスタイリッシュなデザインのもの、トゲトゲしたモーニングスターのような形だったり野球のバットのような棍棒まであった。どれもこれも値段が高く、説明書きを見ればその値段相応の効果が付与されているものばかりだった。
とはいえ私の所持金的には二、三本なら買っても支障がなさそうなので、私はアルトに笑いかけた。
「短期間で使えそうなのは、私の偏見かもしれないけれど棍棒だと思う。ここのなら二本くらいなら買えるから、選んでみて」
「わかった!!」
嬉しそうなアルトを見て、にやける。僅かに私より高い身長だが、弟ができた気分。そんな私の影から不審者さんが不満そうに見ているが、彼の店は最終手段だし安すぎて心苦しいから本当に困ったとき以外は利用しません。
視線でそう伝えると不審者さんは影の中に完全に沈んでしまい、あーあ、拗ねた。
「ご主人様」
アルトはひとつだけ選んだようで、棍棒を抱きしめて私を呼んだ。彼の腕にはモーニングスタータイプだが綺麗な淡い色合いのものが抱えられていた。金属光沢があり重そうな見た目だが、彼は軽々と片手で持ち、それを掲げた。
「これなら妖精のおねーちゃんに加工してもらえるでしょ」
得意げに言うが、妖精のおねーちゃんとはおそらくリリアのことだろう。鉱石や宝石を司る妖精となった彼女ならありえるが、それ以前にどんな効果が付与された武器なのだろう?
説明書きを見れば、振り下ろす際の重さや重心を変えられるとのこと。…………地味?と思ったけれど、よく考えたら棍棒の類だとかなり有用な付与効果なのではなかろうか。
筋力がなくても振り上げることができれば重い一撃を繰り出せる。横に振るときは先端を重くするくらいしか活用法が思い浮かばないが、かなり使える。
それを選んだアルトを褒めちぎってなでなでして、店のおじさんにお金を支払うと、久しぶりに売れたのか物凄く嬉しそうに泣きそうな顔をしたおじさんに見送られる羽目になり、ちょっと居心地の悪さを感じながら宿に戻った。
……ろりあえず、訓練だ。