第73話「少しずつ、で良い」
卑怯だなんだと口々にわめく様は、これまた滑稽であった。師範代は己の得意とするものを使えと仰っていたので、皆思い思いに武器を持っている。ライライだってそんな奴らと変わりやしない、ただ後衛が板についていただけで。
はっきり言って身体を覆う半固形状のクリーチャーは心地良くもなんともないが、しかしこれで多少は動けるだろうと思えば言い知れぬ満足感が脳を侵した。力は足りないが動きは大方身についてきたライライにとって力のみの純粋な強化というものは最高のプレゼントだったのだ。
「師範代、これは問題ないのですね?」
いいよね、と半分以上確信を持っていたライライからすると愚問だが、煩い門下生を黙らせるには一番だ。
「よくやった、グール。それでいい」
師範代は珍しく褒め言葉をライライに贈り、自らに向けられてのものだと自覚のあるクリーチャーも歓喜に打ち震えた。最近は護衛役・固定砲台の台座のような役はセルカたちで事足りるので、クリーチャーは使われていなかった。
やっと手に入れた自分の使い道、もう二度と手放すものかという意志が契約の繋がりを通して流れてきて、無心にその流動する体を一撫でした。
師範代のやわらかな対応が気に入らなかったのか門下生は憤慨し、だからといって叫びながら突っ込むような馬鹿はおらず、流石師範代の教え子だ、と感心した。
だが恐ろしいことに、ライライの視界はひとつなのに後ろ側の門下生のいる場所がぼんやりと伝わってきていた。それはクリーチャーの数多の眼が、そのうちのひとつでも敵を映せばすぐに情報を送っているからだ。
心眼でも会得したような気持ちになってふわりと回避行動をとるとクリーチャーが大袈裟なまでのサポートをする。細かい動きはどうやらできなさそうだが、この力はその程度で潰れるような価値ではない。
みそっかすの魔力を与えれば、なるほどクリーチャーは黒く多少かたく成る。動きにくくなるが防御には良く、三対一でも回避だけならあまり考えずに可能だったのでライライは色々と考えをめぐらせた。
門下生たちはいつの間にやら一対多数対決となったのか連携までして襲いかかる。良い機会だ、と袖口から覗くクリーチャーの手足……触手を彼らに体感してもらうことにした。
硬質化させ幾度となく避けながら触手を乱れ突き。ライライの操作でないので幾分か細かな動作をしていた。それに混ぜて武器拘束用の触手なんてつかうものたから、相手はさぞかし焦っていることだろう。
他人事のように考えながら、従魔頼りではあるが一人の武器を絡めとる。一番厄介なのは対処しきれないので、周りからじわじわと攻めることにした。
そうして、攻撃の必殺性が低いライライは時間をかけて勝利を掴み取った。
私は試合表を見るが、ライライは私が入室した時点で三戦目、彼にあんな膂力はあったかと注意深く観察していると服の奥に見覚えのあるクリーチャーが見えて驚いた。
寄生されて乗っ取られている説も一瞬頭に浮かんだけれど、動きはまだ多少ぎこちなく、力と瞬間的な速度でゴリ押ししているようだった。それはとても彼らしい動きだった。
三戦目が終了すると、ライライは二番だった。時間満了でだが、見たところライライは攻勢に出ても慣れていないせいで空回るのが多く見られた。やはりその点では劣るのか、と勝手に分析する。
私に気付いたライライは全身汗だくな様相で駆けてくると、目に光がないままに、にっかりと笑った。
「この子、凄く優秀なのです」
「よかったね!強くなっててびっくりしたよ、おつかれさま!」
労うと、アルトも反芻するように「おつかれさまー!」と元気に言った。私はそんなアルトに魔力をちびちびと与えながら、休憩時間に入ったライライと控え室に歩いていった。
板間に無造作に置かれた椅子を適当に選んで座り、魔力の少ないライライの代わりに彼の身体を乾かす。幼少期にどうにか作り上げた技術に、彼はとても興味深そうに見ていた。
しかし途中から心地良さが勝ってきたのか、こくりこくりと船を漕ぐ。疲れたあとに適温で包まれるのは結構いいだろう、そうだろう、とニマニマしていると、控え室に他の門下生も入ってきた。
「ライ、お前、良い発想力だな」
「技能欄だけでステータス侮ってたけど、見直したっつーか」
二人の男は、二十代半ばと見える。それぞれ特徴のある筋肉の付き方をしていた。細マッチョでおにい様に似ている体型と、もう一人は逆三角形のボディビルダー型。すごい。
「こちらこそ、初めてこんな使い方したものですから不格好だったと思うのです。先輩の筋肉に憧れるのです」
ライライはにこにこ返すが、彼の目線の先には逆三角形男。ライライ、やめなさい。美少年なのに逆三角形なんて絵面がキツいよ。
褒め合っている三人から目を逸らし、私は魔力をそっとライライのクリーチャーにあげて、「ライライと一緒に頑張ったね、えらいえらい」とクリーチャーを撫でる。にゅるにゅるした感触が魔力を与えると少し硬化して、込めれば込めるほど硬くなる。そのうち溜め込んだ魔力を食みはじめたのか、ぶるぶると震えながらやわらかくなった。
「あ、セルカ。ありがとうございます。ライライは魔力がもうないので」
少し眉尻を下げたライライに、私は笑顔を返す。なぁんだ、意外と上手くやっていた。安心して、私は彼にお昼ご飯を手渡した。できればトーマの様子も見たいので、そろそろお暇しようとする。
「見てて楽しかったよ!またね」
少々子供っぽかったかとは思ったが、大きく手を振って別れの挨拶をした。道場を出ると、とりあえず屋台で買い食いしながらトーマの気配を追おう。奴隷契約という悪しき存在が頭にチラつくが、しかし便利だからいいのだと思い直す。
命令もしないし、私は彼を同等に扱う……彼は奴隷じゃなくて仲間なのだ。
トーマの炎のような魔力は揺るぎなく、研ぎ澄まされていた。方向は街の中心部、だいたいそこに位置するのは軍の修練場のはずだ。地図と照らし合わせて考えて、歩きながら、理由を考えてみた。
騒ぎを起こした……スカウトされた……修練場は出入り自由……とりあえず元気そうなのは伝わってくるのであまり重い思考に陥らないようにしながら、軍の修練場の入口に辿り着いた。
「すみません、あの」
明らかに場違いな姿のアルトと、同じくらい幼く見える私が現れたものだから、入口に立っていた軍人はわかりやすく動揺した。それでも仕事は忘れていない、男は私に身分証の提示をするように言いつけると、私の見せた家紋とSランクという表記にまたたじろいだ。
私は少し迷ってから、伝わるかは不安だけど前髪を掻き上げる。そのまま額におさまる色とりどりの魔宝石とその他に身体中に浮かび上がったものを見せていく。
どうやらそれで伝わったらしく、男は何やら呟いた後に私が通ることを許可して、重そうな扉を開いた。中に入ると修練場では軍人たちが木の武器で模擬戦をしているのがわかる。
そして当たり前のようにそれに交ざるのが、トーマであった。
「ちょ、え。トーマ……」
まさかとは思ったけど、そのまさか。彼の他にも冒険者らしき影は数名見えるが、皆同様に模擬戦に熱中している。トーマはあまり容量の大きくない異空間収納に魔剣を入れているのか、その手には木剣を持つがイヴァの魔力を帯びていた。
「美味しくなさそう」
アルトが禍々しいイヴァの輝きに顰めっ面になる。その間にもトーマは剣を振るい、軍人を追い詰めていく。そのままあっという間に勝負がついて、トーマは私のもとへやって来た。
「セルカ様、見に来てくれたんだな」
いつの間にやら後ろにまわった彼は、指で髪を梳く。私が頑張ってキープしているさらさらとぅるっとぅるの髪の毛は、さぞかし触り心地が良いだろう!あまり汗をかいたようにも見えないが一応温風の魔法をかけると、トーマは笑顔になった。
周囲でもぼちぼち決着がついてきたようで、空間を満たす音が剣戟から人声のざわめきに変わって、そしてトーマの周りに人が集まってきた。
「赤鬼、冒険者のくせにやけに綺麗な太刀筋じゃねえか」
「そっちの嬢ちゃんはクランのメンバーか?」
「この男……の子もか」
「次俺とやろうぜ」
彼らの砕けた口調は、軍人というより冒険者に近く感じた。屈強さと同時に人懐こそうな表情で、素直な尊敬を抱いてトーマに接しているようだ。
この馴染み方から推測するに、初日からずっと、トーマはここにまざって訓練していたのだろう。ある程度執事によって完成された剣術があるので、新しい技よりも対人戦の強化を図ったのか。
感心していると、ついに私の方まで人が集まってきた。羊のようだが明らかに色が違う獣人(仮)と、少女(幼女)。まさかクランリーダーだとは思わないが、メンバーであると判断したのだろう。冒険者の一部は魔宝石を目敏く見つけたようで一定の距離を保っていた。
「私も参加していいですか?」
笑顔で聞くと、ちょうど魔法を相手にどう立ち回るかの話をしていたんだよ、と快く許可していただけて、そのまま木の短剣と弓を借りて一番の下っ端から戦うことになった。
『男じゃないが、ハイエルフだ。氏族は銀、恐らく十代の頃に進化……現在の年齢はわからないが、エルフの郷には未登録のようだった」』
「つまり、あいつの縁者だと?」
『わからない、でも……』
「他に情報はないか」
『……あっ、貴族紋です!アズマの貴族の』
「ほう」
『たしか、蔓草と鎖が剣を取り囲み絡むような』
「草木に鎖、剣の紋様か」
『はい』
「エルヘイム……」
かたん、と音を立てて通信魔道具を机に置いた。エルヘイムではこの間娘が生まれたらしいが、それはクォーターエルフ……同一人物だとは思えない。
しかしその他にエルヘイムに純血のエルフはいないし、クォーターでもなんでも血を継いだ女はいない。
では一体何なのか。
軍部を訪れたという不気味な少女の正体を想像しようとして、想像しきれない。正体不明の彼女はエルヘイムを名乗る何なのか、青ざめながら思考した。




