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第72話「脱!足手まとい」

 セルカが楽しく授業を受けている頃、まさしくその時間、ライライはボコボコにされていた。場所は道場、相手はそこの師範代、いくら職業が増えて体力筋力が少し強化されたからといって、素人がまともに対峙できる相手ではなかった。

 しかし拳にサポーターをつけて道場の制服を身につけたライライは、どれだけ走らされて体力が尽きても投げられても殴られてもめげない。死んだ目、と揶揄される瞳と相俟って、師範代は彼のことを「グール」と呼んだ。

「グール、どうして急に路線変えてまで闘おうとするんです?」

「グールの方がいい動きをしますよ」

「随分、良くなりましたねぇ」

 初日はひたすら走らされ、今日は投げ倒されることの繰り返しだ。それで痛みに慣れろ、というのが師範代の言い分で、生粋の後衛で怪我の少なかった彼には苦痛だった。

 最初の質問には、ただ皆に負けられないと思ったからだと心の中で闘志を燃やした。それは強さの序列が低いからではなく、これまでもずっと思っていた「自身の弱さ」と「足でまといになるポイント」を指摘されたことが大きい。

 昇格試験の際に筋肉ギルド支部長は言っていた、ベルよりも特攻性のないうえに女性である彼女より少し体力面で劣る、アンネなどというサポート型にも負けているという現実。

 否定が出来ないからこそそれを克服しなければ。そんな想いから真っ白で綺麗な手指に、傷を刻み込む。

「師範代、ライライはとっても戦闘センスがないのですよ」

 自虐的に笑う自分の顔が想像出来てたいへん惨めな思いだったが、それでも同情も何もなしに掴みかかり、投げようとしてくる師範代は、悪魔のようで頼もしい。

 これくらいでなければ、自分のようなもやしっ子を鍛えることはできないだろう。そう考えていた。

 師範代はライライのその自信の全くない発言を聞くたびに苦笑いを見せていたが、それは呆れたわけでもかける言葉が見当たらなかった訳でもない。彼の心中には、

『確かに上達は遅いが、選択時に拳闘士が出てきたなら少なからず才能はあるのだと思いますが……』

 という、この世界の常識レベルのことを忘れてしまっているライライの自己評価の低さに、困った笑みを浮かべていたのだった。


 師範代はあまり筋肉のついているように見えない、しなやかな身体をもつ長身の男性だった。濃い灰の髪を邪魔にならないように短く揃え、強い意志の宿る青い瞳と切れ長の眉が男らしさを醸し出している。

 ライライが数多くの道場からここを選んだのは、理由と言うべきものもなく、ただその師範代の姿が強く印象に残ったからであった。

 飾りのような筋肉でなく、魅せるためのものでもなく、鍛え絞り抜いた先にあるような理想の身体。落ち着いた物腰柔らかな人柄。そして何よりそんな男が目の前で道場に入っていったのを見てしまったライライは、無意識に後を追っていた。

 そんな経緯で体力付けから始められた稽古に、ライライは満足している。なんせ、ちゃんと自分の弱味も理解して鍛えようとしてくれるのだ。

 まだ一日と半日程度しか稽古はしていないが、休憩やしごきの合間の会話からもそれが伺えた。

「投げるのは止めです」

 朝早く駆けつけてから、ずっと投げられていた。漸く師範代の手が止まったのは昼頃で、しかし後半になるにつれて投げられる頻度の減ってきたライライに、師範代は少し口元が弛んでいた。

 起き上がったライライは一礼して、道場の外に出る。それからやっと気を抜いてぐったりとソファにもたれかかった。

 生真面目なライライは道場の規範を教えたときから必死に守り続けていて、プライドも低く、教える側からしたらとても良い生徒だった。このまま溶けてしまうのではないかというくらいダラける彼に師範代は笑みを向ける。

「疲れましたか」

「……ぐったりなのです。今日入った人にも負けたのです」

 青い巻き毛がふわふわ動き、不機嫌な猫のよう。その言葉の通りライライは本日入ってきた男にも負けたのだが、その男というのも元から前衛だった者なので比較対象として成立していない気がするのだが、師範代はあえてそれは言わない。

 ライライはそのまま休憩時間を脱力と水分補給に費やして、虫たちの力を借りて風を起こしてもらったりして汗を乾かしてから、再度師範代に教えを乞う。

 師範代はそれからというものの、反撃を許可して投げまくり、時たまわざと隙を作って反撃を誘い、手加減しつつもまだライライでは勝てない程度の力で本能的な回避と受身を叩き込む。

 僅かな隙でも見逃さないのは従魔を指揮するために求められた戦局を見る観察眼か、感心しつつ。馬鹿正直、愚直な特攻を一身に受けて、避けることはせずにただひたすらに受け止めて。この日の稽古はそれで終了した。




 その、翌日。

 流石に毎日はキツいと言われて授業を休んだ私は、アルトを連れて街中を歩いていた。みんなそれぞれ誰かに弟子入りして頑張っているようだが、聞いたところによれば今日は私だけが休み。宿が同じでも部屋が同じでも、みんなと全然会ってない気がする。

 二日目にアルトが師匠にモフられてから、何故かアルトはモフられる感覚が気に入ったらしく幾度となくモフることを求めてくるので、誰かとのスキンシップ不足……というわけではないと思うんだけど。

 私は右側を歩いているアルトを人型に変えて、そのまま手を繋がせた。ちょっとだけ魔力を強めに流してやるとアルトは喜んで、尻尾がご機嫌に揺れた。

「今日は何しよっか」

「ご主人様の好きな物食べるとかはどう?」

 彼は楽しそうに言うが、朝ご飯は宿屋を出る前に食べたし昼にはまだかなり早い。間食……でもいいとは思うが、食べたばっかりであまり乗り気ではない。

 悩んでいると、ふと軍部の見回りと目が合った。そこら中にいる軍人さんみたいだけど、なんだかアルトに熱い視線を送っていた気がする。警戒しながら挨拶すると、戸惑ったような声が聞こえた。

 どうしたんですか、と聞くと、鎧の中の男性が震えるくぐもった声を出す。

「あ、あぁ……その隣のは、従魔だろ。見てたからわかった」

「はい、それが何か問題でも?」

 ちょっと警戒が表にも出ちゃったかな、と思ったけど今更取り繕わないで眉をひそめた。すると男性はすこし躊躇いながら、耳を貸すように言う。従えば、彼はごくごく小さな声を出す。

「ちょっと人のいない場所で…………」


 路地裏に辿り着いた私たち、獣化したアルトとその毛に埋もれる薄着の男性と、それを見下ろす幼女。ゴツゴツの鎧を脱いだ男性は意外と細く、アーマーひとつでこうも印象が変わるのかと驚かされた。

 男性は軍の部隊長を勤める者だそうで、Tシャツから覗く傷の多い身体がその話に説得力を与えている。実際彼の鎧は他の見回りたちより上等で、そんな彼が表でモフるのは些か問題があるだろうということで路地裏まで歩いてきた。

 変な勘違いをされると困るので別々の道から入り、その先で合流したのだが……鎧を脱いでモフる体勢で待機していたのには正直ちょっと引いた。鎧は暑いのだろう、急いだからか合流時の彼は大量の汗と荒い息遣いで、通報対象に見えた。

「初めて見る魔物だ……すごい、やわらかいっ」

 ひたすら喋りモフり堪能する男性に、アルトは身動きはしないが不快だという意志を伝えてきて、とても申し訳なくなった。

『ご主人様ぁ、こいつの魔力、めちゃくちゃ魔物とか動物と相性わるい……』

 そう言うアルトの声は私にしか聞こえないようで、男性はアルトに顔を埋めたまま微動だにせず全身を投げ出しているままだ。

 しばらくすると非常に名残惜しそうに緩慢な動きで体を起こした軍人さんは、その場で鎧を着直すと深く深く頭を下げて去っていった。魔物が多くてもふもふした動物……猫とか犬とかは野生のものはほとんど生きてないこの世界。もふふわに飢えた人は多いのかも。

 かっこいい後ろ姿を見ながら、頭にはモフっている彼の姿を浮かべて、彼を見送った。


 その後ライライの魔力を近くに感じ、再び人化したアルトと一緒に街を歩いて魔力を感じた場所……建物の前に辿り着いた。

 てっきり彼のことだから虫を増やしに行くのかと思っていたけれど、なるほど長所を伸ばすより新しく加わった職業・拳闘士の技能を磨こうとしたのだろう、そこはそこそこ名の知れた武術家の道場だった。

 アンネにライバル視されてそれを気にしていないていではあったもののやはり気にしていたのか、職業選択時に彼は迷わず拳闘士を選んでいた。意外と負けず嫌いなのかな。

 門下生らしき人が入口近くにいたので見学の不可を訊ねると、廊下と洗面所、道場の観覧席は出入り自由だと告げられて、早速練習しているという大道場に見に行った。ちょうどそこからライライの魔力が漏れていたし、ちょうどいい。

 中に入ると……あ、あわわ、わ、ライライがライライじゃない!!!!




 今日の訓練はライライに合った闘い方を見つけよう、という師範代の言葉から、最初は虫たちと、接近されたら体術を用いての反撃となった。

 しかし如何せん能力値はすぐに成長するものではないので、筋力も素早さも圧倒的に師範代に劣る。他の門下生たちと比べても一目瞭然の弱さ。門下生たちはそれぞれ槍や剣を装備していて生粋の前衛なのだろう、勝てなくても仕方ないとは思っても、今は自分も前衛職を手に入れた。悔しさが勝る。

 一試合四人同時、乱闘型。行動不能か気絶でゲームセット。リーチ的に有利なライライはその分狙われやすい。この試合の中での動きによって今後の訓練が変わってくるらしいので、全力投球で!!

 師範代の試合の合図が聞こえた瞬間、自分の影から大量の虫を呼んだ。本当はいつものローブがあればもっと一気に出せるけど、今はこれしかない。

 道場を埋めつくしてはいけないので少数精鋭に留めるが、新人のパラサイトミミックと最古参の夜空妖蝶が指揮をとり、ついついいつもの癖で身体にスライム的クリーチャーを纏ってしまう。

 これじゃあ体術を使えないのでクリーチャーをしまおうとするが、それを感じとった途端にクリーチャーが体をちぢこめた。そのまま身体に薄く膜を張るようにして離れたくない意志を表明したので、無理矢理還すのは気が引けて、そのままにした。

 案の定、門下生たちはライライを危険視してか襲いかかり、夜空妖蝶とミミックの嫌がらせに近い攻撃に阻まれている。指揮をとばし接近を防ぎ、ミミックは指揮に慣れていないはずなのに懸命についてきてくれる。

「テイマーのクセに入ったのか!!」

 何やら一人が叫ぶと、他の門下生も続いてこちらを睨みながら声を上げる。体術を習っているはずなのに近接戦闘を避けるライライの態度に、後衛としての強さに、彼らは嫉妬と苛立ちを隠せなかったのだ。

 続々と口から嫌味が飛び出し、いつしか攻撃より口撃が多くなっていき、それを見た師範代は僅かに眉を顰める動きを見せたが、師範代を背にしている門下生三人にそれは見えない。

 ライライは乱闘型のはずなのに共闘しているし仲間割れもしない彼らに戸惑い、そして師範代の苦い表情にも気持ちを焦らされ、その結果致命的な隙が生まれた。

「もらいっ」

 驚異の瞬発力で間合いに飛び込んできた一人の門下生に、あまりの速さに心臓が飛び出そうだった。それでも身体は回避を覚え、咄嗟に回避行動をとった。避けきれず目の前を拳が通るが、距離を取らずに反撃した。

 するとどうだろう、クリーチャーのアシストで身体が軽い。腕は今まで経験したことの無いくらいの速度で正拳突きを放ち、そして門下生の対応出来る速度を超えて彼の体に吸い込まれるようにして命中した。

 クリーチャーが役に立てたことを喜んでかほんのり熱を発するのを感じて、ああそうかと思い至る。自分の強みを活かせばよかったのだ、最初から。

 死んだ目、と揶揄される瞳がその不気味な視線を門下生に向ける。虫たちが心得たように影に戻ってゆく。残ったのは首筋から手首からチラチラとクリーチャーの末端を覗かせる、戦士だった。

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