第71話「レッツモフりタイム!?」★
翌日意気揚々と師匠の元に突撃した私は、持参した豪華な食事の香りで誘い師匠とクラッシュを起こした後、そのままみんなで朝食を楽しんだ。金にものを言わせて食事と宿には手を抜かないというポリシーのもと用意した食事はどうやら及第点をいただけたようで、クラッシュなんて彼専用に作ったスープに大喜びして突進してきた。いつもは生の葉野菜らしい。
食事を終えると自然な流れで食器を洗い片付けて、掃除と魔法で洗濯……をしている最中に元々の目的を思い出したが、まぁいいだろうと師匠の家の家事を済ませた。
湯水のように魔力を使い家事をする私を見た師匠は、どうやら魔力が少ないようで「羨ましい、そして一家に一台セルカがほしいな!」と笑顔で言い放った。一台って数え方はおかしくない!?
そうして授業が始まると思いきや、師匠はあの後時間がたっぷりあったことを良いことに昼寝して、そのまま起きたら朝だったらしく、準備がまだだった。
私は結局暇になって、森の中をぐるぐる回ってアルトの走る最高速度や障害物への対処レベルを確認した。自主学習みたいになってた。
「すまんなセルカー、俺様の準備も終わったぞー」
呼ばれました。
少しかいてしまった汗をきれいさっぱり消し去って、私は師匠のもとへ駆ける。小さいがとても存在感が強いのでわかりやすい。
しっかり来客用の良い服を着こなす師匠は、白の短髪に赤の瞳と私にちょっと似ている淡い色彩もあってか、黙っていれば妖精にも見える。しかし服は軍服をモデルにしたようなもので、いくら来客用だといえ固すぎないかと思う。
まじまじと見ていたのが変に思われたのか、彼は怪訝な表情を見せ、私に近付いてきた。
「そんな遠くから見詰めていても始まらんぞ」
「は、はい」
頷けば、彼は満足そうに笑顔を見せる。そして両腕を広げて「さぁ、アルトを!」と高らかに告げた。つまり……授業より先にアルトをモフらせろということだろう。
少し離れた位置にいたアルトはピクリと眉を動かしたがそれ以降はほんわり笑顔を崩さないで師匠の前に進み出た。そして本来の羊姿に戻って、次の師匠の行動を待つ。師匠は小さな体を包み込むような羊毛に飛び込んだ。
「むはぁっ……お、俺様の求めていたものだ……!羊毛というより猫などのようなしなやかで艶のある毛並み、見事だ……!!」
欲望のままにアルトを堪能する師匠。アルトはその間微動だにせず、もそもそと人が背中で動く感覚に耐えているようだった。私はまだあんな風に全力でモフったことはないから、初めての感覚だろう。
しばらくアルトのもふもふ具合を楽しんでいる様子だった師匠だが、私の温かい視線とクラッシュの冷やかな視線に気付いてか徐々にモフり方が大人しくなり、ついには手が止まった。
「ごほん……では授業を始めようか」
今更取り繕ったって意味は無いのだが、プライドが許さなかったのか、彼はいつもより大きく胸を張って授業の開始を告げたのだった。
「まずは従魔のケアだが、毛のあるものは大体はブラッシングだけでいい。鱗などのものは磨き、魚などは水魔法ありきの従魔だから水で撫でる……といったところか。全て魔力を込めるか、魔力の少ない者は専用の魔道具で行う。これを怠ると本能の強い従魔なら暴れだし、知能の高い従魔なら逃げ出す可能性がある」
「……魔力を込めることにどんな意味があるの?」
「それはだな、至ってシンプルだ。主の魔力は従魔にとって快感だ。従魔との相性とは、いかに主の魔力を美味しい・気持ちいいと感じるか、なのだ。魔力の快感を対価に従うというのが従魔の契約なのだよ」
私は腕輪のウィンドウを開いて、メモ機能に次々と記していく。師匠は勉強家なようで、従魔が一体だけでもその系統以外の勉学も手を抜かなかったようだ。相性のことなんてどんな本にも載っていなかったのに。
感心していると、メモし終えたのを感じたのか師匠が再び口を開いた。
「セルカの魔力は特殊なようで、魔力らしくないものも混ざっているな。元の魔力もエルフの中でも随分と動植物と相性の良い性質だが、変質後の魔力はそれより優秀だ」
私の手の甲に触れながら、彼は言った。手の甲には額のものより小さな魔宝石が浮かび上がっていて、そこから魔力が溢れている。ハイエルフの特徴だ。
神の命を少し取り込んだ私の魔力は神力に近いものへと変わっているので、それが良い影響を及ぼしていたなら僥倖。ゆっくり魔力を操作して魔力球を師匠へ差し出すと、彼はそれをクラッシュに投げ与える。
クラッシュはそれに鼻先を触れさせてからペロリと舐めるとそのまま口の中に魔力を取り込み、とても美味しそうに味わった。
「俺様の魔力はフォレストキング・ディアーのためだけに作られたような魔力でクラッシュにとってはご馳走だが、そんなクラッシュが嫌がらずにお前の魔力を食べた。これはすごいことなのだぞ」
師匠はまるで自分が偉業を成し遂げたかのようにご満悦な表情で、私を褒める。しかし彼の行動が原因で私の従魔が不満を浮かべた顔でやってきた。
『ご主人様ぁ、まだおれも食べてないような濃い魔力、クラッシュさんにあげてなかった?』
私は数秒間視線を彷徨わせた後に、観察のために見せた魔力を勝手に従魔に与えた師匠に非難する目を向けるが、彼はにっこり笑って「ではアルトにもっと美味しい魔力を与えればよいのだ」と告げ、悪いとは思っていないようだ。
魔力は有り余っているので仕方ない、良いだろう……そう思ってクラッシュに与えられたものより多めの魔力を顕現すると、アルトはゴクリと喉を鳴らして呟いた。
『っ……師匠さん、この魔力に免じて今回は赦す』
するとまだ手のひらから切り離していない状態の魔力塊にアルトが飛びついた。まだ体内の魔力と繋がっているそれには僅かに感覚があるのか、舐められる感覚は手のひらから全身に広がる。
くすぐったくてま身をよじれば、人型になったアルトが両腕を掴んで手の上の魔力にかぶりついた。
「……ふふ、痛いかと思ったけど、これも、くすぐったい……変な鳥肌立つ」
魔力を堪能しているアルトを邪魔しないように慎重に魔力塊を切り離せば、アルトは私から手を離して魔力塊にむしゃぶりついた。くすぐったさが収まったので私は数度深呼吸をした。
元の姿の方が落ち着くのか羊に戻ったアルトが魔力を味わっているので、それを見ながら授業再開だ。
「……というわけで、セルカの魔力は美味しい。一緒にいるだけで心地良いはず」
「それはよかった」
「こればかりは適わん。流石だぞ俺様の弟子」
もはやこれが通常装備だというように、既に見慣れてしまったドヤ顔。彼は得意げに続けた。
「従魔との主従のあり方は信頼関係によるものと躾などによる上下関係、または協力関係、従魔の方が圧倒的に強い場合は主従逆転の餌状態になることもある」
「餌……」
「その点で君たちは既に協力関係や信頼関係に近いものを築き始めているな。いいことだ。大丈夫、セルカのステータスなら餌にはならない」
師匠は自信満々だが、私にはマジムがいるのだ。彼は圧倒的に私よりも強い。元々の強さもガイアに迫るものがあり、それから進化したのだから……到底敵わないだろう。そして彼は私の使い魔である。
マジムが分別のある、そしてとても心優しい使い魔であることに心の底から感謝しつつ、私は師匠の授業を受けたのだった。
授業を終え、教えられることなど大体教え終えたぞと言われる頃には日は傾きかけていた。一日で教え終えるとは早いな、と思ったが、しかしそれもそうだ、私が師匠に教えを請うたのはテイマーとして知っておくべきことと現時点で確認されている技能の説明。それはこの世界にある学のうちごくごく限られた一部分の知識であって、地球で学ばされたそれとは訳が違う。それにこの世界は科学技術は発達していなくて全てが魔法や魔道具で解決されるので、魔法理論の学者以外は「魔法のせい」で片付ける。従魔学とて同じこと。
「これからの授業は復習と実習?」
「まぁそうなるな」
短いやり取りの末、お互いすることもなくなった私たち。私はのろのろと帰る支度をして、そして最後に頭を下げた。
「明日からもよろしく、師匠」
師匠の顔が少し照れくさそうに見えたのは、赤い陽のせいだということにしておいた。
もふもふに乗って最東端の村に戻る。村人の一部は私を森の管理を任された神の使いか何かだと思っているようだが、私は至って普通に振る舞う。
少しの食べ物を教会に置いて、「ご自由にどうぞ」と書き残し、私は武力のノウスへと舞い戻る。また明日、楽しい時間が待っている!
挿絵を追加しました(10/14 14:01)