第68話「神の力と黒髪の少女」
本編+別視点の番外編…(?)です。
これからちょくちょくこの第三者視点、別の時代の別の人が主となる物語が混ざります。
お出迎えにも驚いたものの、神具を使えてしまったことの方が重大で呆然と立ち尽くした。遅れてやってきた仁とマジム率いる幼女守護団だが、彼らも驚愕を隠せないでいる。
使えてしまったのだから仕方ない……なんて風にはならない。いや、待てよ……?
「(もしかして、ガイアの経験値の半分は私に流れたから……その影響かしら)」
私が顎に手を添えて考え込むので神官達は邪魔しないようにと散っていった。残ったのは僅か数名の高位神官で、私たちの様子を見守っていた。強く念じたおかげか私の推測はマジムに届いたようで、彼は瞼をぴくりと動かした。
契約を通したコミュニケーションに気付いた仁は残っていた神官も「一度わたしたちだけにしてください」という一言で追い出し、私を医務室奥に連れ込んだ時と同様の魔法を使う。
これでここでの会話が漏れる心配はなくなったで、私はこの予測を口に出せるわけだ。
「えっと、仁。怒らないで聞いてね」
「ん?あぁ」
「……私とマジムはガイアを殺した経験値を分け合っているの。それが影響して……」
まさに耳疑うとはこのときの仁の状態だろう。私の言葉を聞いた彼は動きをピタリと止めて、それから再度言うように促した。勿体ぶらずにいえば、彼の表情はコロコロと変わって最終的に困り顔になる。
「つまり、そもそも神でない時に神を倒す力を……実力による代替わりは珍しい……ね」
推測については触れずに前振りに対して返答が来た。でもちゃんと私の話を信じてくれた感じ。なんとなくそう思った。
彼は冷や汗をかいているが敵対心などは感じられず、ガイアを殺したことは多少イレギュラーではあるがこの世界の許容範囲内だったようだ。普通、神に勝つ人類なんていないから……。
その点マジムは元々主神であるフレイズ様の使い魔だったこともあり納得の強さだ。従魔でなく使い魔というあたりフレイズ様からの信頼を伺えるが、それに値する強さだったんだろうな。
ある程度会話をして思い違いがないことを確認し終えると、私たちはその場所を後にした。
転移先は武力と軍事力が圧倒的な国家、ノウス。宗教施設があまり多くない、神頼みより自らの鍛錬!というスタンスの人が多い国なので、必然的に首都にある教会に転移した。
でも首都にあるからといっても信仰が薄いためお金をかけられなかったのか、装飾は少なくあくまで実用的な設計を心掛けたみたい。それでも他と同様に神力を通して転移部屋に行けるので、むしろそこでお金を使っちゃったのかも。
まだちょっとだけ熱の残っている額の宝石を撫でて、一呼吸。私たちは何人かの熱心な信徒のお出迎えをさらりと受け流しつつ、初めての場所に足を踏み出した。
そこはアズマとは全く違った世界だった。様々な魔法機構が巡らされお洒落な装飾を施されたアズマの首都の街並みと比べると、質実剛健な印象を受ける。飾り気は無いが実用的な道具は設置されているようで、全体が要塞のように思えた。
地元の商店などの出店はほとんど無く、恐らく行商人と思われる人がちらほらと見えるくらい。人通りは少なくないが皆屈強そうな体躯やしなやかな筋肉を持つ者ばかり。
迫力のある光景に思わず声が出そうになった。さすが武力と軍事力では右に出るもののいない国である。見回せば、街の中心にあるのは王城ではなくまるで軍事施設のような金属の塊だった。
早速看板の案内通りに冒険者ギルドへ向かった。そこもやはり、看板などは変わらないが建物のデザインが無骨。とっても強そうな門をくぐって中に入る。
こちらに目を向けるのは手の空いている受付嬢だけで、他はいちいち来訪者を気にするようなこともなく依頼板や酒場のメニューに目を向けていた。
私はとりあえず銀貨数枚を手に握りしめて空いている受付に走り、「この街の地図をください」と笑顔で告げた。
お使いか何かだろうと思ったのか微笑む受付嬢だが、私を追うようにして入ってきた赤鬼を先頭とする集団に面食らって、そそくさと地図を取りに裏に下がってしまった。
「あー、トーマ、もうちょっと柔らかい表情に」
「セルカ様の命令なら、まぁ」
私が頬をふくらませていると受付嬢が戻ってきていて、今度は煌びやかな笑みを浮かべるトーマを見て少し目を丸くした。こうしてたらトーマはすごくかっこいい。気持ちはわかる。
地図を受け取った私は値段ちょうどぶんの銀貨を渡して、すぐに地図を開いた。「先に行くから心配したんだぞ」などと笑顔を崩さずに声色で不満感を醸し出すトーマは、無視無視。
見れば、かっちりとしたイメージの通りの碁盤の目状に交錯する道。条坊制というんだっけ、向こうの勉強は考える機会があまりなかったので不明瞭だ。それにしても……同じような建物ばかりで道もこれなら、すぐに迷ってしまいそうなものだ。
主要そうな施設の場所を頭に叩き込んで、最後にいつも通りに腕輪に地図情報を記録した。
「……あ、これ」
それは通行証代わりになる、学院都市で学生の証に戴いた多機能・高性能の腕輪。触ればいつも通りにウィンドウが表示され、私は学院長へのメッセージを書き込んだ。
『腕輪の返却の話、忘れていました。今すぐ返しに行くことができますが、そうした方が良いでしょうか』
そこまで書き込んでふと溜まった通知に目を向ける。メッセージ受け取りBOXに通知マークが光る。もしかして腕輪の催促があったのかも……とメッセージを開けば、そこには『第二職業選択の説明書』と『腕輪について』との文字が。
私はメンバーを連れて空いている席に座るとメッセージを開いて、一応メンバー全員にメッセージの確認を促した。
「セルカちゃん、あたしの腕輪は壊れちゃったから、メッセージを見せて欲しいです!」
ふよふよ飛んできたリリアに見せれば、彼女は「あぁ」と声を出した。
「これはガイアを倒した時に私たちにも通知がきました!第二職業選択の説明書!セルカちゃんも進化種になってレベルリセットがされた筈ですが、それでももう……きっと」
言われるがままにレベルを確認すると、32との表記。Lv.25から第二職業、Lv.40から第三職業、それから10レベル毎に職業選択枠が増えるというので、私もちゃんと選択可能だ。皆はリセットされていないので40前後で既にさらなる職業が選べるようだ。
リリアもリセットされているけどきっかり25、全員選べる!
「すっかり忘れていたのです。ライライは戦闘職……そろそろ欲しいのです」
体力の無さを気にしているのか、ライライは遠い目をして呟いた。40を超えているのは元からレベルが高く狩人と治療士を選択していたバウと職業未選択のトーマ。トーマに至っては無職なのでここで三つ選べば今後に期待できる。無職で現在の強さ……。
私は席を立ち皆を伴って再び受付カウンタへ向かう。要件を伺う受付嬢に、ギルドカードのレベルと職業だけを表示して告げる。
「職業を新たに設定したいのですが!」
受付嬢は快く頷くと、奥の部屋へ進むように促した。
……これは遠い昔のお話……
「みこっちゃん、ここ、どこ」
黒髪の少年が、その隣に座り込む黒髪の少女に語りかけた。二人は先程突然白い空間で目が覚めたかと思ったら訳の分からないはなしをされて、今度は見知らぬ森で目を覚ました。
視線をめぐらせても森の終わりは見えず、サバイバル経験など皆無である二人は目に見えて狼狽えた。しかし少女は唇を真一文字に引き絞ると、意を決して声を出す。
「す、ステータス、オープン」
それは白い空間の主に「困ったらとりあえず唱えてみるといい」と笑顔で言われた呪文だった。彼は二人に魔法の発展と宗教を広めることを頼んでいたが、そのことは今の二人の脳内にはなかった。
呪文に反応してか、少女の目の前に半透明のウィンドウが浮かぶ。それは少年には見えないのか、彼は不思議そうにしていた。
無視してウィンドウに表示された内容を見ると、そこにはRPGゲームよろしく数値化された自身の能力値と、めちゃくちゃな技能一覧が展開されていた。
魔法の極意、全属性魔法、天使の声、主神フレイズの加護、現人神……多少ラノベに興味のあった彼女ならわかる、これはチートというやつだ。
ひとつひとつ技能の詳細を確認しつつ、少年にも自身のステータスを見るように指示すると、彼は不審がりながらも渋々従ってくれた。
そこでようやく白い空間の主の名がフレイズだったことと彼に告げられた役目を思い出し、少年の能力も予想ができた。
少年は「結界魔法、神羅万象の眼、主神フレイズの加護、現人神……って、これ、現実なのか……?」と半ば放心状態になりながら呟いた。悲しいことに、これは現実である。
少女・立崎美琴は未だ理解していない少年・神谷仁をよそに次々と思考を展開する。そしてたどり着く結論は、彼女にとって不安よりも喜びが勝るものだった。
「ジン、これは異世界転移だよっ!チート!神様もサポートしてくれてる!私たちはこの世界を発展させるために召喚された現人神なんだよっ」
「は、はぁ……」
ミコトはとぼけた声を出すジンにキラキラした目を向けると、思い浮かぶままに魔法を使う。初めてと思えないほどの滑らかな手つきで操作された魔力は、澄んだ水球へと変貌した。
それを見てジンの不安も塗り替えられたようで、二人は共に喜んだ。つまらない勉強や面倒な人付き合い、平凡で秀でた部分のない二人にとって、このスタートは大きい。
二人でならなんでも出来る……どこぞの女児向けアニメのごとき思いを抱き、二人は決意した。神様、私は、わたしたちはやり遂げます!と。
そこからは上手くいった。何しろ少年少女のような現人神の出現には前例があるのだから。金髪碧眼だったり赤毛だったりもしたらしいので、ミコトたちのいた日本からの来訪者とは限らないようだが、この世界では一部の地域を除いてほとんど見られない黒髪黒目の二人は直ぐに信じられた。
それにはミコトの現代魔法のさらに先をゆく強力無比な魔法の数々と、未だ人間で使える者が少ないジンの結界魔法、そしてジンが手にしたカリスマが大きな理由としてあったが、二人は神様のおかげだと思い込んだ。
二人は現人神として何不自由ない生活を約束され、ミコトは神力が無くては使えない転移装置なども発明し、地球から来る未来の現人神のために便利なものを多く遺した。
そうして成功した二人は、それぞれの限界を知った。
現人神にも力の差はあるのだ。二人は平等に能力を与えられたが、ステータスや技能だけを見ればジンは遥かに劣る。年月が経てばその理由もハッキリとした。
「……ジンはちっとも変わらないね」
少し枯れた声が、ジンの耳に届いた。声の主はすっかり白の面積の増えた黒髪を後ろで纏めた高齢女性。爛々と光る黒目が彼女の中の生への執着を表しているかのようだった。
ジンはそんな彼女の頭を撫でると、黒く艶のある髪を揺らし、告げる。
「みこっちゃん、もう無理しないで。好きなことをしておいで」
神の使徒として遣わされた二人の間には、決定的な違いがあった。二人に流れる時は違ったのだ。僅かに成長した、少年。枯れ枝のようになった、少女。
その日、最後の茶会を終えた二人は道を違えた。終わる命へしがみつく老婆と、続く使命を背負う少年は、この日を境にもう二度と、出会うことは無かった。
「私は生きる、私は世界で一番特別なっ……神の代弁者……っ」
一心不乱に書きつける、ペン先の擦れる音が幾年も続いた。




