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第65話「大地の底」

 走り出し、元来た道を辿る私たちだが、何故か進んだ距離よりも戻った距離が短いはずなのに見たことのない扉が目の前に現れた。それは人間が一人二人並んで通れるくらいに小さくて、ここを抜ければ助かると思われた。

 あとはこの扉が施錠されているか否か、それによって私たちの行く末が決まるだろう。その扉を見た瞬間、走る一団からマジムが一人先行しだして真っ先に扉に飛びついた。

「大地神の神力な、らぁ……!!」

 彼は扉の取手を掴むと暴力的なまでの力を込め、同時に扉に向けて神力を注いだ。それが幸をそうしたのか、直ぐに扉の封印の解除される音がして取手が動く。

 壊れるかと思うほどの勢いで開けられた扉の向こうを確認することもせず、私たちはその向こう側に飛び込んだ。




 背後で丸い岩がぶつかる音がして、私は地面に両手をついてへたりこんだまま肩で息をする。魔物との戦闘が未だにないというのにこの疲れよう。

 ライライを小脇に抱えていたトーマは誰よりも体力を消耗しただろうと思ったが、見れば彼は立ったままで、そっとライライを下ろすところだった。

 流石鬼だなぁと感心しつつ、私はライライに視線を移した。珍しくひと目でわかるほどに顔色が変わり真っ青だ。

 疲労困憊、座り込んだ時にタイミングを見計らったかのように現れた死の巨岩は相当効果的だったらしい。心配そうにリリアが彼に寄った。

「大丈夫ですかぁ?あたしの結界魔法が使えたら良かったんですけど……」

 困ったような笑顔を浮かべてふよふよと飛ぶ彼女は、ライライが落ち着くまで任せろ!とでもいうように私に向けてウインクをしてみせた。

 任せよう、そう思い息を整えながら皆を見ると、マジムとトーマ、フラフラだけど一応立っているバウを除くメンバーが座り込んでいた。まあ、休憩し始めたらその途端に走る羽目になるというのは、完全前衛型か神族くらいしかないだろう。

 バウは、マジムを除けば最年長だし狩人としての経験があるので体力も他の人よりあったのかな。

 呼吸が落ち着いたあと、私は真っ先に攻撃魔法が使用できるかを確認し、確認がてら扉を塞いでいる巨岩を打ち砕いた。

 問題なく治癒も補助も固有技能も使えることを確かめて、私は改めて息をついた。念の為リリアに結界魔法を使ってもらってその中に身を寄せて休むことにした。

「この疲れ方、きっとさっきの道では固有技能も使えてなかったよね」

 天使の声の効果が反映されていればここまで疲れなかった、思うままにそう口にした。神殿だからなのか、迷宮だと深層でしか見られない魔法などの技能妨害が最初の道に仕掛けられている……ここがそれほど重要なのだろうか。

 改めて辺りを見回せば、そこは切り立った崖の上……その下は奈落の底へと繋がり、人の通れる道は迷路のように入り組んでいる。そしてその道に蔓延るのは、様々なタイプの傀儡。

 地を這う獣、空舞う化物、地踊る人型。サイズも多様で、しかしそれら全ては関節がイカレていて、見ていて気持ちの悪い感覚を覚える。

「悪趣味ですね」

 マジムが顔をわかりやすく顰めると、私は少し肩の力を抜いた。心強い彼がこうして表情豊かでいるうちは、安心感が私を包むのだ。そろそろ皆の呼吸が落ち着いただろうかと視線を動かした。

 見た感じではライライもベルも回復していて、十分再出発しても良いくらいになったと思われる。それでも念の為に天使の声をかけてから数分休み、万全の状態に至ってから足を進めた。


 傀儡の強さは、私たちに襲いかかってきたガイア謹製のものとさほど違いはなく、天使の声と今の私たちの強さなら時間はかかっても苦戦はしない。特に私とマジムはガイアの経験値の大部分を受け取ったために他と差が激しい。

 本当なら私たち二人だけでも突破できるが……やはり実力差が広がるのは良くない。なるべくレベルの低い者を中心として傀儡の撃破をしていた。

 ステータスが突出しているがレベルはパーティー平均くらいであるトーマとレベルの高いバウを含めた三人がサポートをして、残りの全員で協力して倒す。前衛がアンネだけなので仕方なくスライムアーマーを纏ったライライも前衛となっていた。

 防御はリリア、魔法攻撃はベル、物理はアンネで傀儡の妨害をするのがライライ。ある程度バランスのとれた編成で、彼らは傀儡を狩る。

「セルカちゃんお願いねっ」

 私たちの役割は戦闘中に別方向から向かってくる飛行型傀儡を消し去ること。バウの声に振り返ると、数本の矢が突き刺さり高度を落としつつある傀儡鳥が接近していた。すかさず指先を向けると、魔法を発動させる。

 することは簡単、氷魔法で氷塊にしてしまえばいいのだ。そのまま飛行能力を失った鳥は奈落の底へと消えていく。経験値が加算されたのを体感して、倒したことを確認できた。

 ちょうどそのときレベル上げメンバーの戦闘も終わり、私たちは進むのを再開した。

 迷路は最初の道ほどいやらしい仕掛けはなかったので、そのままペースを落とさずに進めば終わりが見えた。夜空妖蝶の案内のおかげで楽だった。

 この神殿の造りは段々地下に進むようになっているのか、現れた階段は地の底へと続いていた。


 階段を下れば今度はグツグツと煮え滾る溶岩で満たされた海が広がっていた。ぽつぽつと安全そうな島が見えるものの、それらの距離はかなり開いていて進みにくそうだ。

 進みにくさに拍車をかけるのは、時折溶岩から飛び出す炎の球。どこぞの配管工が姫を助けに行くゲームのステージを思い起こさせる光景だった。それを体感してみて少し配管工に尊敬を抱く。

「あっつ……」

 狭い足場の外は溶岩で、熱気が空間を満たしていた。暑いというよりほんとに熱いって感じ。早くこんなところ抜けたいけれど、炎球や恐らく潜んでいるであろう魔物の数々を相手取りながらだと時間もかかるだろう。

 ちらりと後ろを見ると、どうしたものか、トーマとベルは他より平気そうだった。種族と使っている魔法に関係するのかな。

 しかしベルには課題がある。一番筋力のステータスが低いのはベル、その次はライライ。二人の脚力だと強化しても溶岩を飛び越えられるか否か、とても微妙なところだ。

 最悪夜空妖蝶の手を借りるとするとライライは渡れる。でも夜空妖蝶にも限界はあるだろうし、ベルを置いていくというのも有り得ない。私はものは試しだと魔力を練ると、熱い地面をつま先で二度叩いた。

「クエイク」

 少し阻害するような気配を感じつつ、それを押し退けることをイメージしながら魔法名を呟いた。足元から始まった地割れは地を揺らしながら伸びて、巨大な亀裂を生み出す。

 それを見届けたとき、溶岩がその亀裂に流れ込み目に見え減っていった。どれほど深い亀裂かは知れないが、その勢いは止まらない。

 まだ魔力に余裕があったためもう二回亀裂を作れば、新たな足場も現れた。潜んでいたドロドロのマグマで形成された傀儡も丸見えになり、焦りかバグか、身体を滅茶苦茶な方向に曲げてのたうっていた。

 あんまり気持ちの悪い動きをするから目を逸らすが、それは辺りに満遍なく散りばめて配置されていたようでどこを見ても視界に入る。

 私は魔力回復薬を一応飲んでから氷魔法で少し私たちの周囲の温度を下げると、改めて歩みを進めることにした。遠くても二メートルしか間が開いていないので、天使の声の強化でベル達も進めるだろう。

「よっ……と。狭いから先に次行くね」

 私はマジムを伴って、ぴょんぴょんと岩の上を動く。リリアはそんな私の近くが一番涼しいのか、ずっと肩に乗っていた。一人一人安定して跳び、たまにトーマとバウの手を借りながら、全員で切り抜けた。

「ここがゴール?」

 私はマジムに訊く。広く平坦な岩の上に私たちは居た。ここ以外には広い場所は見当たらないが、しかしここには何も無い。彼ならば何か分かるだろうと思い聞いたのだが、彼は嬉しそうに言った。

「そうですね。本当のゴールです」

 そう告げた彼の笑顔を見たとき、世界が揺らめいた。傀儡の呻きや溶岩の熱気が遠ざかり、足元が覚束なくなる。だが今回は座りこまずに、その場に立っていた。

 見ればそこは色とりどりの宝石・鉱石柱の生える幻想的な縦長の空間で、その最奥と思われる場所には煌びやかな玉座が鎮座していた。その場のもの全てが土や岩、宝石や鉱石で構成されていて、玉座は非常に座りにくそうだった。

「ここですね」

 マジムがふらりと一歩踏み出した。いつもと少し違う雰囲気に、少し怖くなった。でもそれは洗脳されていそうだとかそういう理由ではなくて、ただただ神性を纏う人間味のない存在に見えたから。

 全員の見守る中、マジムは唇を動かした。その言葉は誰にもわからない筈の神代語だが、それはれっきとした日本の古典だった。

 真面目で勤勉だった私には、意味も、分かってしまう。知らない言葉もあったけれど、それでも、だ。

「「これが」」

 私とバウの声が被り、顔を見合わせた。私は馴染みのある言語に驚くと共に、フレイズ様の趣味かなぁとか考えていて無意識に呟いていたけれど、彼も何かしら思うところがあったみたいだ。

 少し恥ずかしそうに俯きがちになったバウを見て眉尻を下げ、私は頬を緩めた表情でマジムを見守った。

 そうしているうちに彼の体の周りには古い字体の漢字の羅列のようなものが浮かび、彼の周囲をぐるぐる回った。それが彼の内に収束していくと、空間に静けさが再来した。

「……できました」

 マジムはそうつぶやくと、指先ひとつで空間を作り変えてみせた。ギラギラした柱ばかりの空間から、龍の彫刻に整えられた鉱物の鎮座する空間へ。この世界に蛇に似たかたちの龍がいるとは聞いていないが、それは地球の知識から引用したのだろうか。

 ぼうっと見ていると、リリアが声を上げた。

「マジムさん凄いですっ!でも宝石や鉱石なら、あたしにだってできるんですよ」

 ひらり舞いながら彼女は魔力を振り撒いた。たちまち壁中にツタが這い花が咲いたような形に鉱石が変形していく。マジムと違ってゆっくりだが、その力が強大だということがわかった。

 マジムもここまで干渉されるとは思っていなかったのか、無意識といったふうに

「この特別な場所でこれなら……地上では……」

 などと震え声をだし、自身の神としてのプライドか何かを傷つけられた様子だった。純粋な憧れもまじっているらしく複雑な視線をリリアに向けていた。

 普通の地面では使えないだろうが、鉱山や鉱脈のある地、もしかしたら相手の武器にも使えるかもしれないその能力は便利とか金儲けに使えるとか言っていたらキリがない。

 リリアは魔力を放出して疲れたのか私の頭の上に四肢を放り出して寝転んでいるので、そう何度も使えないらしいが……。

 とにかく、マジムは力の使い方も心得た。それならこの迷宮めいた神殿からもすぐに出られるだろうと推測できるので、早く帰ってちゃんとしたベッドで……って、あれ?

「マジム、不審者……アルステラさんは、この神気の中でも大丈夫なの?」

 私の影に潜んだまま本当に一度も言葉を発していない彼が心配になり、尋ねる。宿屋にいた頃は神気に怯える様子を示していたが、今はそれより神気が強く濃く空間を満たしている。

 問いにマジムは少し考える素振りをしてから返答した。

「本能的な恐怖は誰でも感じます。ただ悪魔だからそれが大きいと言うだけで。なのでアルステラは怯えて出てこないだけで浄化されてしまう〜ってことはありません」

 考えを読んだかのように的確な返事をしてくれた彼に感謝しつつ、ほっとした。ものすごく……彼の存在を忘れて進んでいた。レベルとかも上げてないし……でも長生きそうだしレベルは高いかな。

 そっと影を覗くと、そこには泣きそうな顔をした顔文字が浮かんでいて、そんなことをするくらいに余裕があることはわかった。

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