第60話「噂話のはじまり」
その場で素直に降参した私に、アーム支部長は手を差し伸べた。圧倒的な力に洗練された技術が加わればこれほど強くなるのかと、心の底から感心した。
力強い手のひらに手助けされて立ち上がった私は「ありがとう」と小声で告げると武器をしまってお尻についた土汚れを払い、次に告げられであろう評価を待った。アーム支部長は少し考え込んだ後に審判役の受付嬢にも相談しながら、大いに悩んで私のランクを相談していた。
「セルカ、君のランクが決まりましたぞ」
「はい」
「君は体術も魔法も双方伸ばし、殆どの属性魔法も不自由なく使えている。器用貧乏に陥りやすいところだが、強力な固有技能もあってか既に一流の能力だ。この時点でAまたはSランクなのが確定した」
説明を聞き、私は少し嬉しくなる。自覚はあったのだ、強さとなんでも出来るという点には。一家に一人欲しい人材だと思っている。それをしっかりと認めてもらうことができたのが心底嬉しかった。
思わず表情に喜色を滲ませる。トーマと互角以上なのはわかっていたが、これならトーマもすぐにランク昇格できそう。
「そして何より使い魔だ。……俺でも勝てる気がしないですぞ。どうやって契約を交わしたのだか……」
その口ぶりから結果を察した私は、ゴクリとつばを飲み込み次の言葉を待った。
「君はSランク足りうる実力がある。よってSに昇格ですな」
仲間内でも実力の全容を把握していたのは私自身くらいなので、皆一様にアーム支部長の言葉に驚愕している。当然といえば当然だが、上位種であるハイエルフの固有技能持ちがAランクにおさまる例の方が少ないだろう。
自分のことでもないのに全力で喜び飛び回り始めたリリアは最後に私の頭の上に着地して「やったねセルカちゃん!」と大袈裟に声を上げる。この子も相当変わったなぁと感慨深く思いつつ、私は改めてアーム支部長に礼を告げる。
「今回はありがとうございました。受けられなかった依頼も受注可能になるのはとてもありがたいです」
「こちらこそ、面白いものを見させてもらいましたぞ」
楽しそうに返す彼は、アンネのことを優しい瞳で見つめていた。やはりまだ孫のように思っているのだろうか、微笑ましい。
これで全員の昇格試験を終えたことになる。あとはギルドにて正式に手続きを行い、ランク更新をしてもらうだけでいいのだ。トーマとバウはアーム支部長の背を追ってアドバイスや体験談などを聞き始め、私は女子で集まって会話に花を咲かせる。ゆっくりとした速度で歩いているので、ギルドの建物に着くまでにたくさん話せる。
「セルカ、やっぱり凄いんだな」
ベルが少し頬を赤らめて言った。最初に自身がAランクだったことで自信満々に絡んできた彼女は、きっとその時のことでも思い出しているのだろう。私はふふ、と笑って「リーダーだもん」と口にする。
「そうはいっても、セルカほど頼りになるリーダーはいないと思うよ」
上品に口元に手を添えて笑うベル。うれしいが、買い被りすぎると私も調子に乗ってしまうから……程々にしてね。私は顔があつくなってきたのを感じた。
するとベルの後ろを歩いていたアンネが彼女の腕に腕を絡めて言った。
「二人とも強いんだからいいじゃない。わたしなんておそらく一二を争う弱さなのよ」
その言葉に偽りは無いが、それでも彼女は一般的に強い部類。苦笑していると、彼女はライライにチラリと視線を向けて笑みを深めた。
「……まあ、ライライには負けるとは思わないわ」
ふふん、というように優越感に浸るアンネだが、ライライはその自覚があるのか言い返したりはしない。ただ数匹の蜂をアンネの周りに放って嫌がらせをしていた。それに驚くのはベルくらいなのだが……。
「ん?……きゃっ」
流石貴族の娘さんだ、と思いつつ眺める私は蜂は平気だ。雪音は苦手だったが、魔法で触れずにも対抗できるものは怖くない。それに安全な従魔であると、ライライと蜂を結ぶ魔力の流れが告げていた。
ふと、頭の上で少し怯えている様子のリリアが気になる。以前は平気だったような気がするのだが……?
「おっきい……」
頭上から聞こえた呟き、その声はこわばっていた。その言葉を理解した私は納得した。今のリリアは妖精族、小さい彼女から見たら普通サイズの蜂は……。
今回のことで実力が見えたからか、自信を持ったり対抗意識を持ち始めたクランのメンバー。実力を目の当たりにしたことでそれぞれライバル意識を抱いたりと変化があったように思える。
特にベルにべったりであまり馴染めていなかったアンネの変化が嬉しい。これからは個々の鍛練に加えて連携も大切にしていきたいので、仲良くなることは大事。
ギルドに着いてからはアーム支部長とともに奥の事務室に案内され、そこで手早く手続きを終わらせて、解散となった。道中話を聞いていたトーマはメモをとっていた紙を見つめ、バウは既に理解したのか忘れたのか、話の輪にまじってきた。
そのまま特に事件も問題もなく、私たちは町を発つ。アーム支部長の所に泊まらせてもらうのは気が引けるし、彼が速やかに書類をまとめ受理してくれたおかげで思ったよりは早く自由になったから、迷い無く用事もなく出発した。
王都の酒場「アル中の溜まり場」。そこでは昼間からエールやワインを楽しむ男達の笑い声が響いていた。その笑い声には既に知れ渡った有名なクラン名や、耳のいい者が仕入れた信憑性に欠ける噂話まで、様々な内容が混じる。
その中で一層酷い酔っ払いたちが、ころころと絶え間なく移り変わる話題のなかで、ひとつのクランの話をし始めた。
「なあ知ってるか?」
「何だ?」
「最近目立つ新規クランがあるんだとよ」
「それ知ってるわ、なんでも学院の天才児の集まりだって」
「卒業したらしいぞ」
「マジかぁ。早くねえか!?」
「なんでも、迷宮のエリアボスを討伐したとかで卒業条件をクリアしたんだと」
「前回のエルダートレントの亜種はそいつらか」
「しっかし、そのクラン名がなぁ」
「なんていうんだ?」
「幼女守護団だとよ」
「「「幼女守護団」」」
「何の話?」
「おー、俺も混ぜてくれませんかねぇ」
途中からまじったその男は、そこそこ新しい装備品を身にまとい、少し高い酒の注がれたグラスを手にしていた。冒険者として成功しているふうには見えないが、金には余裕がありそうな様子。
男は酒に酔った勢いでか、ぺらぺらと、よく口が回るなあと思うくらいに話し始めた。話に混ざるどころか、既に話の中心はこの男だった。
「そこに助けに来てくれたのが、彼女たちなんですよ」
大袈裟な身振り手振りと共に語られるのは彼自身の体験談だ。
「身動き出来ずに死を待つ俺たちは、突然現れた子供たちに訪れる未来を考えると、絶望を隠せませんでした。しかし彼女たちは一切諦めずに、立ち向かったのです」
彼の話はさらにヒートアップする。
「俺たちのもとへ遣わされたのはなんと従魔らしき蝶の魔物。敵かと思い警戒していましたが、魔物は知能が高く、なんと話しかけてきたのです」
「そりゃすげぇ」
「知能が高い魔物って、強いよなぁ」
「魔物は俺たちを説得し、そして鼓舞しました。死を待つより、罠でもなんでもこの蝶に賭けよう……そう考えた俺たちは、魔物に従い解放されました。逃げずに加勢しましたが、彼女たちは連携がバラバラなのに個々の実力が高く、俺たちはサポートくらいしかできませんでした」
「それでそれで!?」
「戦いは苛烈を極め、流石エリアボスといったところでしょうか、エルダートレントの亜種は幻惑や挑発といった技能を用いて抵抗しました。膠着状態が続く中、突然リーダーの幼女が言葉を発し……」
男は勿体ぶって言葉を止め、それから腕を広げて言った。
「その言葉が喧騒の中だというのにハッキリと耳に届いたとき、力が漲るのを感じました。とても強力な補助魔法だったのか、体の負担もほとんど無く、希望に満ちました」
「フィアボイスか?」
「あれは効果が少ないだろう」
「そして輝く盾を持った少女が戦線に立ち、不気味な少年の従魔の数々がトレントの攻撃を防ぎきったとき、鬼の少年が炎をまとう魔剣を振りかざしました。……その一撃が勝敗を決し、全員生還という奇跡が起きた」
歓声があがる。
「その後、幼女はバカでかい容量の異空間収納にトレントを丸ごと収納しました!そのうえに心優しき幼女は、装備も体もボロボロになっていた俺たちを魔法で治療します」
「エルダートレントっつったら、かなりの大木だろ!?」
「幼女強い……」
「彼女は装備を失ったも同然の俺たちに、換金用としてエルダートレントの素材をいくつか分け与え、大きな道まで護衛してくれました。これがその時の……」
嬉しそうに、うっすらと輝く木の杖を掲げる。男の手に持つその杖は、紛れもなくエルダートレント亜種の杖であった。閉め切った薄暗い酒場だからこそ、その淡い光が視認できる。
酔いながらも正しい情報を口にしたその男は、後に知ることになる。自身の語りを偶然耳にした吟遊詩人が、この物語を気に入って語り始めたことを。吟遊詩人が盛大に脚色したその物語はエルヘイム家に見つかり、そこから貴族間に広まっていくことを……。
「くしっ」
「セルカ様、風邪でもひいたのか?」
トーマが薬草茶を手渡してきた。ありがたく受け取りながら、私は首を傾げる。
誰か噂でもしてるのかな?
読んでくださってありがとうございます!
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これから少しずつ加筆修正作業と文体統一もしようと思います。




