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第6話「変な双子に遭遇したようだ!」

一応…飯テロ注意?

 冒険者ギルドを後にした私とおにい様は、昼の刻だということも忘れて装備品を売っている店を回っていた。おにい様が贔屓にしている少しお高い武器屋さんや、魔物の素材を一切使用しない特殊な防具屋さん、黒い武器や装備品しか売っていない謎の装備屋さんまで、たくさんのお店を見た。

 でも、武器はともかく私の体に見合う装備品を売っている店はほとんど無く、あってもエルフの魔道士のためのローブやマントしかなかった。

 ローブなんて動きにくいし弓を引く時に邪魔なので、絶対に買わない。絶対に着ない。

 私は思ったよりも難航している装備品……お店探しを一時中断して腹ごしらえをすることをおにい様に提案した。おにい様は言われて初めて空腹感に気付いたのか即刻提案をのみ、私にとっておきの飯屋を紹介してくれた。

「路地裏にあるから少数にしか知られていないが、ここの飯は間違いないんだよ」

 おにい様は薄暗い路地を進みながら言う。

 私は言葉を半分疑いながらも後を追い、路地の行き止まりに差し掛かったときに気付いた。とても美味しそうな匂いがしていることに。

 反射的にお腹を押さえれば、くぅーと可愛らしい音が鳴る。お肉の焼ける匂いだ。私は完全なエルフとして生まれなかったことをフレイズに感謝しつつ、おにい様を見た。

 おじい様はお肉や動物の乳が無理なので私にもあまり食べさせようとはしないが、おにい様は私を見つめ返してニヤリと不敵に笑う。

「お察しの通り、ここは肉が美味い!!」

 イメージが崩壊するくらいの全力のドヤ顔を披露したおにい様は、私の手を引いて看板もかかっていない民家同然の建物に足を踏み入れる。……よく見れば足下に看板らしきものが落ちているが気にしないでおく。


 店内に入ると、タレと絡んだ肉が焼ける香ばしい匂いが押し寄せてきた。エルフだったらここに入ることさえできなさそうな、強い肉の香りだ。

 昼間だというのにその店にいる数人の客は皆お酒を飲んでいて、それぞれ美味しそうな肉料理をつまみにしていた。

 いち冒険者としてじゃなきゃ来ることもないだろう高級感のかけらもない店内は、筆で書かれた漢らしいメニューやお勧め料理の宣伝でごちゃごちゃしている。

 おにい様はカウンター席にどっかりと腰を下ろすと、奥で調理している店主に向かって大声で注文した。

「いつものお願いしまーす!!」

 すると奥から、

「うるせえ!!普通に注文しろ!……今日はいい肉があるからそれと酒もつけとくぞ!!」

 とどでかい声が響いてきて、私はびっくりして一瞬動きを止める。それから私はおにい様に駆け寄って隣の席に座り、メニューを手に取った。

 でもどれも美味しそうに思えてしまって、選ぶなんてできない。私は逡巡ののちに店主に向かって注文する。

「今日のお勧め料理!おねがいしますっ!」

 思わずおにい様と同じように叫んでしまってから、怒られないかとそわそわしながら返事を待つ。すると意外な返答が返ってきた。

「小僧の妹さんか?………………よし、今日はサービスだ、全部タダで食わしてやる!!」

 それを聞いた私は店主さんがなんだか可愛く思えて、にやにやと笑みを浮かべる。おにい様を見れば、同じように笑っていた。さすが兄妹。

「店主のじいさん、ツンデレだから」

 おにい様は私の耳元で言う。こっちでもソレが通じるのかと感心しつつ、私は「つ、つんでれ……」と復唱した。これからもここに来ようと決めた瞬間だった。


 しばらく待っていると、突然目の前にどん!と大きな皿が置かれた。物凄い漫画肉だ。興味深くその肉を見つめる私に、店主が言う。

「シンプルな肉に見えるかもしれねぇが、これは数日にわたって香草や調味料、タレに漬け込まれた竜肉だ。竜肉は滅多に手に入らん。また食いたくなったら自分で狩って持ってこい」

 私はその言葉を聞きながらも、もう意識は肉に向いていた。こんな大きな肉、見たことなかったから……それに加えて食欲をそそる香草の香りが鼻腔をくすぐっていて、もう我慢できない。

「これはメニューに載ってないからな」

 顔を逸らしながらそう告げる店主に目を向ければ、彼は背は低いが筋骨隆々なドワーフだった。逞しいヒゲが特徴的で、頑固そうな顔。

 そんな彼が作った料理に、私は貴族のマナーも忘れてかぶりついた。

「………………!!!」

 ひと口目は、言葉も出ないほどの衝撃を受けた。

 一見豪快な男料理、しかし味は店主のこだわりが感じられるような繊細な味だった。香草が肉のくさみを打ち消していて、それでいて竜肉独特の味わいは残し、さっぱりめの味付けのおかげで脂が多くてもばくばく食べられる。

 わずかな酸味はレモンのような柑橘の香り。香草は苦みが強いものと刺激のある唐辛子のようなものしか判別できないけれど、他にも複雑に味が絡み合っている。

 私はまた肉にかぶりつく。ふた口目はアタリだった。噛むごとに旨味のつまった脂が溢れ出してくる。私は熱々の脂に火傷しそうになり、はふはふと熱を逃がしたりしながらも食べ続ける。

 そこで私はハッとしておにい様を見る。おにい様は私を見て表情をだらしなくゆるめていた。

 店主はこちらに背を向けていた。

 私は周りの目など気にせずに言った。

「おいしい!すっっっごくおいしい!!おにい様、これおいしいよ!」

 あまりの美味しさに語彙力が溶けてしまったようだ。そんな私を見て、おにい様はナプキンを取り出して言う。

「わかってるよ、ここのは全部美味しいんだ。……ふふっ。口の周りがベタベタだ。もう少し綺麗に食べようね?」

 そう言ってから、おにい様は私の口元をナプキンで拭いた。この時恥ずかしいという思いは全くなくて、早く次のひと口を食べたいという一心で視線は肉に釘付けだった。

 それから運ばれてきたパンとサラダ、それからあっさり塩味の野菜スープ。私はパンにサラダの野菜と分厚めに切ったお肉を挟んで試しにひと口食べてみる。

 サラダに使われている炎のような色をしたサンレタスという葉野菜のみずみずしさが、その新鮮さを感じさせる。シャキシャキとした食感が楽しい。パンは硬くて少し食べにくいけれど、それくらいの方が噛み応えがあってこのお肉には合う。

 私はパンに口の中の水分をもっていかれてはスープを飲むという行為を繰り返して、即席サンドイッチを平らげた。

 私は次々と運ばれてくる料理に舌鼓をうつ。おにい様も一緒に料理を食べて、幸せそうな表情を見せていた。


 食べ終わった私は、店主に向かって宣言した。

「私、強くなって、ここに竜肉を持ってくる!」

 突然宣言された店主は少し戸惑ってから、少し恥ずかしそうに「おう」と返事をして笑った。

 さてさて、それでは装備を探しに行かなくては。私はそう思って気を引き締める。武器や防具は命綱、妥協して悪いものを選べば死の危険はぐんと上がる。こだわり抜かなくては。

 そんな私を見た店主は、「何か探し物か?」と聞いてきた。それに答えようとする私だが、それより先におにい様が言った。

「セルカの装備を揃えたいんだ。ここら辺はそこまでエルフが多くないこともあってサイズが合うものが見つからなくてね」

 乾いた笑いとともに、おにい様は後頭部を掻く。おにい様はそれから愚痴るように、ローブはサイズが合うけれどセルカは弓士系統の職業(ジョブ)だから意味ないだとか、セルカに似合うかわいい装備がどこにも無いだとか店主に話していく。

 シスコン全開で隠す気もないおにい様を見てると顔から火が噴き出しそうなくらい恥ずかしくなったけれど、店主は聞き流すことなく話を全部聞いていて、優しさと真剣さが伝わってきた。

 おにい様が満足するまで語り、スッキリした表情になったとき、店主は仏頂面で告げた。

「それなら、宣伝させて貰おう。俺の双子の弟がオーダーメイドの装備店を営んでいる。気に入られなければ作ってもらえんが、行ってみるといい」

 それを聞いた私と兄は表情をぱぁっと明るくした。おにい様は救世主にすら見えてきた店主に問う。

「店名を教えてくれ、今すぐ行く!」

 すると店主は恥ずかしそうに告白した。

「……店名は…………」




 私はおにい様と、店主の弟のお店に来ていた。正確には、そのお店の目の前に。

 だが、なかなか足を踏み入れる勇気が出てこないのだった。名前を聞いたときも疑ったが、その店はあの店主の口から告げられることに違和感しか無いような名前だったのだから。それに加えて店の雰囲気も、相当……。

 二人で顔を見合わせて、もう一度店を見る。そのときおにい様が一歩を踏み出した。そして彼が店の扉に手をかけた瞬間、背後から聞いたこともないような不気味な声が聞こえた。

「ぁんら〜、お客さんねぇ。いらっしゃぁい」

 反射的に身構える私だが、振り向いた先には店主さんそっくりのドワーフが立っていた。違うところは、笑顔の多さと服装……だが、これはやはり「アレ」ではなかろうか。

 おにい様は「アレ」を生理的に受け付けないようで、滝のように汗を流しているのを感じとった。

 筋肉に包まれた体は店主と違いしなやかさを感じさせ、優しげな表情を浮かべているその顔には紅やら化粧を施し、口調に独特の雰囲気がある。

 そう、それは、「オカマ」。

「さぁさ、入って〜。貴方は可愛いから、割引しちゃうわよぉ」

 私はオカマさんに促されるままに店内に入っていった。その際におにい様は跳ね除けられていたが、気に入られなければ作ってもらえないということは、こういうことなのだろう。私は見て見ぬ振りをしつつ、ふわふわした可愛い内装の装備店「ぷりてぃ☆りぼん」に入った。


「あたしの店は、ほとんどオーダーメイドしかしてない装備店よ。店内に置いてあるのはサンプルで、買うこともできるけどオーダーメイドした方が安く済むと思うわよぉ」

 オカマさんは笑顔で説明する。店内には淡いピンク、白、ベージュ、水色といった、ふわっとした色と綺麗なレース、リボンで飾られた装備品の数々が並んでいた。

 普通、そのような服は動きにくいだろうが、ここの服は冒険者向けだということもあって工夫がされていた。関節部分には極力装飾せず、スカートはミニスカートが多め。それにセットでインナーを着用することを勧めるということが貼り出されていた。

 可愛いものが大好きな私には、これほど素敵な装備屋さんはない。

 私は遅れてやってきたおにい様に視線を巡らせる。

「ここにする!ここがいい!!」

 私はぴょんぴょん跳ねて言う。その言葉を聞いたおにい様は頷き、オカマさんは嬉しそうに腰をくねらせた。私はオカマさんに言った。

「……ということで、全身の装備をここで揃えたいのですが、お金はどれくらい必要ですか?」

 私はとりあえず料金を聞いた。もし今の所持金より高かったらまた今度お金を用意してからの注文になるし、足りているなら今すぐにでも注文したかった。

 そんな意図を知ってか、オカマさんは少し悩む素振りを見せる。私はドキドキしながら待った。不意に、オカマさんが妖しげな笑みを浮かべた。どきりとする私に、彼……彼女は言う。

「初回サービスとして上下セットの服と靴は無料で承るわ。代わりに、敬語はやめて、あたしのことはりぼんって呼んでねぇ」

 無料。提示された条件はタメ口、そしてオカマさんのことを「りぼん」と呼ぶこと。その旨を告げられた私は驚愕に目を見開いて、言った。

「じょ、冗談です……よね?」

 声がものすごく震えてしまった。もし、もし本当に無料になるなら喜んで「りぼん」と呼ばせてもらうけど、流石に冗談だろうと思った。

 でも、何度聞いても彼女は同じことを言う。

 私はとうとう、何度聞き返しても無駄だと察した。

「わ、わかった!りぼんおねえさん、お願いします!」

 りぼんおねえさんは、とても満足そうに頷いた。

 私は彼女に連れられて、奥にある採寸室に入室した。

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