第56話「近道したら」
朝、バウからハーブの類を受け取ると、その量に満足気に頷いた。ハーブやスパイス、香草などのお値段高めの商品をここまで安く手に入れることが出来たのだ、喜ばないわけがない。
バウはリュックサックと手提げ鞄と異空間収納に入るぎりぎりまでそれらを詰め込んでくれたのだから感謝してもしきれない。お金には余裕があるとはいえここまで安価で入手できるのはこの街だけだ。買えるうちに買っておいて損は無い。
バウからお金の残りを受け取り手間賃代わりの金貨を渡したら、うんと伸びをして目を覚ました。
「ありがと、バウ。……でも女子部屋には勝手に入らないほうが……」
私は何の違和感もなくその場に居た彼に、私は半笑いで返す。心が女性だというなら受け入れるが、どうやら彼はただ見た目が女性に近いというだけのようなので、少し危機感を覚える。別に襲われるとかそういう心配はしてないけど、これに慣れてはいけないと思っている。
軽い注意だったのだが彼は然程気にした様子でなく、ただにっこりと笑みを返した。単純そうであって大食いキャラなのに、その実はなかなか内心を明かさない。私はバウが部屋を出たのを確認すると鍵を確りとかけて、それから爆睡している女性陣を起こしに向かった。
一人一人に声掛け後、起きたアンネとリリアに挨拶して眠るベルの鼻先に冷水をぴちゃりと垂らす。はね起きた彼女にも「おはよう」と朝を告げ、私はルンルン気分で顔を洗う。
そのまま準備を済ませた私は気合いを入れて拳を握る。たっぷり寝たのでHPもMPも最大値まで回復していた。バウに起こされたのか男性陣も起きてきて、早朝にもかかわらず早くも全員が揃う。
忘れ物もないことを確かめたら部屋の鍵を持って宿屋の受付へ向かって、寝惚け眼のおばさまにお礼と共にチップを渡す。先払いなので不必要な出費とも言えるが、王都の一応貴族である私の自宅と比べて遜色ないベッドや部屋の広さと、その値段を鑑みてのものだ。
私が感謝を述べるとおばさまは照れたように笑みを作り、上品な仕草で口元をおさえる。朝市の準備が終わりかけている通りを抜けて、私たちは街を出た。そしてしっかりと広い空間を確保すると、馬車を引っ張り出す。ライライの蟻の黒馬も準備完了。馬車に乗り込んだ私たちは、穏やかに旅立った。
そしてそのまま眼前の森を迂回せずに進んだ私たち。森の中にて小休憩をしようと立ち止まったとき、ふと目を向けた先に集落のようなものを見た。
休むなら休むで人の手の入った場所の方が適していると考え、意見を交わした後に多数決で集落に立ち寄ることが決まった。
高めの木の仕切りに囲まれた集落の入口……らしきところは狭く、私たちはやむなく馬車を下りる。収納後、少し警戒しながら入口から一歩足を踏み入れ内部に向けて声をかけた。
「すみません、旅の者ですが」
いざとなったら物でつろうと考えて、私は大きな麻袋に入った穀物を腕に抱え、返事を待つ。子供ばかりが森の中……と怪しいことこの上ないのだが、集落は受け入れるだろうかと不安があった。森の中の集落といえば閉鎖的なイメージが強いのだ。
するとすぐに、外で駆け回っていた子供たちが寄ってきた。私より背の低い男女と、背の高い少年が一人、年長者の少年は私たちに探るような視線を向けていた。
「おねーちゃんたちは冒険者なのかー?」
男の子が見上げながら聞いてきたので、私は思わず表情を綻ばせる。笑顔で肯定すると、彼は木の枝を振り回しながら「魔物と戦うんだろー!?」などと一人盛り上がる。元気だなぁ。
女の子は女の子でリリア……つまり妖精族に興味津々。リリアも女の子の瞳を覗き込んだり周りを飛び回ったりして楽しそう。
私は一旦麻袋を地面に下ろしてから、現れた老年者に一礼した。深いシワの刻まれた顔に老いを感じさせるも引き締まった肉体。老爺はリリアを一瞥してから穏やかな表情を浮かべて口を開いた。
「これはこれは。こんなに幼い娘さんが旅ですか」
私の見た目や妖精族には驚いた様子ではあるが、しかしその後の話はすんなりと進んだ。森の魔物討伐に来た冒険者たちを泊めることがたまにあるとのことで、なんとそれ用の空き家まで準備されていたのだ。もし先客が居ようとも集落内での野営または交渉の末の間借りが許されているそう。
閉鎖的なイメージが消えたので僅かに心が休まる。私は快く泊めてくれた集落の人々に感謝し、穀物を礼として渡した。流石に全部とはいかないが、他の食料品も安めの値段で売り出せば皆がこぞって買いつける。
行商人がたまーに来る以外に外のものは入ってこないようで、瞬く間に売り切れてしまった。
その後も余力があったので集落の手に負えない魔物退治、作物の収穫の手伝い、森での採集などを分担して手伝い、自慢ではないがそこそこ貢献できたのではないかと思った。
昼食も集落独特の具の入ったチョシーをご馳走してもらって、衣に使う芋の種類と具のチーズや肉の組み合わせを考えさせられた。集落で使われる油は動物性のものが多く、揚げ物であるチョシーを食べ過ぎて少し胃もたれしてしまった。
トーマが胃もたれに効くハーブティーをいれてくれたので、私はそれを受け取った。それを飲みながら空き家の中で椅子に腰掛け貯水樽に水を足していると、ドアがノックもせずに開けられた。
チラリと目を向けるとそこには最初に接触した三人の子供が立っていた。
「おねーちゃん、魔法見せ……」
年少の男の子が笑顔で告げるが、既に私は水魔法で水を足している最中である。そしてそれに気付いた男の子は、数瞬言葉を止めてから大袈裟に喜んだ。
年長者も最初の探るような目から打って変わって、素直そうな尊敬の眼差しを向けてきていた。何も無い空中からコポコポと湧き出る水、とても地味な魔法だがこれだけでこんなに喜ぶのか。私はくすりと笑った。
「こういうことも出来るんだよ」
私はにこやかに告げて、魔法で出していた水を瞬時に凍らせる。流れる形のままに固まった氷はなかなか寒い地帯でなければ見ないだろう。歓声を上げる少年少女。
そのまま数十分、私と子供三人は談笑した。とはいえあまり共通の話題がないため殆ど私の魔法ショーになっていたのだが、チョシーの具の話もできて私は満足だった。
途中でずっと傍に控えていたトーマがお茶を出したり、茶菓子を出したり。いつ買ったのか、何かしらの果実のジャムの乗ったクッキーには、子供たちは大喜びだった。
そうして長話をしているうちにだんだんと子供たちはソワソワし始める。飽きてきちゃったかなあと暢気に考えていると、後ろでトーマが片膝をついた。
駆け寄る男児、ふらついただけだと言うトーマ。しかし男の子は止まらずそのままトーマの肩に触れると、一言。
「いや、薬だよ」
いつの間にやら手にしていた刃こぼれしたナイフで、トーマの腕を切り裂いた。
先程までは笑っていた女の子も年長の少年も、眉根を寄せて私を見下ろしその手にナイフを持っていた。私はふらついてもないし痺れてもいなかった。それを訝しんでいるのだろう。この集落の正体は?みんなの安否は?
私はトーマに目を向けるが彼は倒れ込み動かない。不安と僅かな殺意が湧いてきて、魔法を使う準備をしようとした。すると子供たちは私の聞きたいことが分かったのか、にんまり笑って口を開いた。
「鬼だからかな?効きは悪かったけどナイフで薬を追加したらもうオチちゃったね」
ああ、ナイフにも塗ってあるのか。私は相手の実力をはかりかねて、動けない。エルヘイム家の執事として育て上げられたトーマでも抵抗しきれない薬品。私は耐える自信がない。
僅かに魔力を動かして、こっそりと魔法の術式を構築する。三人からは魔力の気配は殆ど感じられないが身体強化でも使っているのかその身体が淡く光っていた。
その状態で暫く睨み合いが続いたが最年少の男の子が焦れた様子で一歩踏み出したことで私も一気に魔法を発動させる。初めの突撃は私が物理防壁で防ぎ、跳ね返す。バランスを崩してよろめいた男児をそのまま氷と蔦で拘束し、残りの女の子と少年は床全体を凍らせることで行動を止め、男の子と同様の姿に縛り上げた。
呆気なくついた決着に、私は短く息を吐く。すかさずトーマに走り寄り魔法での治癒を試みるが、解毒はあまり得意でないのでなかなか上手くいかない。結局高い解毒薬を使ってしまった。
その薬のおかげで毒薬は概ね消えたようだが、まだ完全復活とはいかないようで、トーマは悔しそうに歯を噛み締める。私は彼に待っているようにと告げると空き家からそろりと顔を出した。
集落の外には人の気配はない。異様なまでの静けさに包まれていた。一度頭を引っ込めた私は魔力を拡散し、仲間のものと思われる魔力の捜索をする。皆それぞれ特徴的なのですぐに見つかったが、動きがないことから薬にやられていると推測される。しかし唯一アンネだけは倒れたベルの前で何やら動いている。助けに行くならそこだろう。
私は空き家を飛び出すと風魔法で足音を消しながらアンネの元へ走った。
剣舞姫としての才能を開花させた私は、ベルを守るために強くなった。彼女のために、支援できるように、平民には少し高い授業料を払ってまで修行を積んで、実力で学院に入学した。だがこんな状況は私は想定していなかった。
突然倒れたベルを介抱しているうちにいつの間にか集まっていた集落の大人は、ナイフなどの小物の武器を手にして私たちを取り囲んでいた。最初は、倒れたベルが心配で勝手に広い集会場に入ったのを咎められるかと思ったが、何かを待つように私たちを見下ろすだけの彼らは明らかにそんな雰囲気じゃない。
仕方なく飾りのついた私の剣を鞘を付けたまま構えるが、その手に力が入りにくいことに気付いた。
それに気付いてかいやらしい笑みを浮かべた住民たちは一歩迫る。一言も発しないのが不気味だった。
「あなた方は……一体何なんですの?」
私の言葉に、一言。
「盗賊だよ」




