第55話「剛竜王の影響」
ライライの口にしたリリアの能力。それは妖精族の特性と特徴、そしてリリアの保持していた矛盾士の技能、それから剛竜王の要素を多大に受け継いだという印象を受けるものだった。
矛盾士の技能ははっきりいってもう使いようがないと思われたが、それらスキルの中でも特に注目すべきなのは固有技能欄だろう。生来その欄は空欄であったリリアだが、そこには二つの固有技能が追加されていたのだ。
「剛竜王の矛、剛竜王の盾……」
思わず復唱した私だったが、リリア本人が一番理解出来ていないようで首を傾げた。残念ながらライライの鑑定では詳細までは見ることが出来ず、私はふむむと唸る。私は天使の声を自然と使えたけど、全員そうだとは限らないし。
悩んでいると、リリアがふわりと飛び立った。私の目の前にホバリングして停止した彼女が「開示」と一言告げると、空中に半透明のウィンドウが現れた。学院の腕輪を使用したときに近い感じ。表示されたのはリリアの能力だったので、彼女がその情報を私に開示したのだと理解した。
どうやらリリア本人には見えていないようなので、私はウィンドウに触れると気になった項目の詳細を次々と読んでいく。そして一言、
「すごい……!」
と、驚きを隠せずに言った。
まず、種族は妖精族だが彼女が司るのは剛竜王鱗。あの盾をベースに構築されたため当然といえば当然だが、剛竜王の竜鱗とは様々な鉱石や宝石類を含む。実質宝石の妖精……と考えるととてもメルヘンチックだ。
妖精族の特色としてある妖精魔法はフェアリーサークルという特殊な魔法陣を描いて使用することは知られているが、彼女はどうやら地面属性と特殊な竜属性というものを持つ。竜属性は竜人のハウリングとあわせて習ったので、これも剛竜王のおかげ。
固有技能の剛竜王の矛と盾は、半魔力体の矛と盾を出現させるというものだったが、こちらは見てみるほうが早そうだ。
私はそれらの情報を整理しながら周囲に説明し、目をキラキラと輝かせる。可愛いだけでなく強い。そして固有技能の効果によっては今まで通りの陣営で戦うことが可能となる。
その旨を告げるとリリアは高く飛び上がり、大袈裟に喜んでみせた。
水竜の死骸とアンデッドを処理した後、私たちはリリアの能力確認をすることになる。といっても確認するのは剛竜王の矛と盾の二つだけなのですぐに終わるだろう。それを見終わったら地上に戻り、解散する予定だった。
「じゃあ、使いますよ」
リリアは気合十分に告げると空中にまず剛竜王の矛を放った。すると輝く半透明の矛が現れ空を切り裂き風を起こす。盾を喚べばそこに成人男性五人分くらいの壁が現れる。
それを見た私たちが何か言うより先に、リリアはガッツポーズ。
「これなら前衛できますね!!」
歓喜してひらひら舞い踊るリリアを見て、私は半笑い。……無理しないで欲しいけど、やりたいならやらせてあげよう。一応耐久性の確認はするけど、きっと賜盾と変わらないだろうなぁ。
私は魔法を撃つことを告げてから、威力高めの風魔法を放った。風の刃は半透明の壁に吸い込まれるようにして飛翔し、壁に触れた瞬間霧散した。
思ったより良さそうなその防御性能に私は息を飲み、敵にいたら嫌だと心から思った。そして私の魔法が散らされたのを確認したトーマが物理耐性を調べるために切りかかる。当然その一撃も衝撃を吸収されたかのように止まり、彼は呆気に取られた表情になる。
私や魔法での防壁なんかとはレベルが違う。これだけのものを出しておいてけろっとしているリリアはもちろんだが、これが剛竜王の竜鱗の性能を写し取ったとすれば……剛竜王は人の手ではどうにも出来ない存在だといえる。
難点はリリアの前にしか展開できないので、咄嗟の防御は個人でしなければならないという点だ。でもそれをマイナスと言えないくらい高性能。こんなことなら剛竜王に色々聞いておけばよかったと後悔したが、後の祭りだ。
能力検証を終えた私たちは予定通りにそのまま地上に帰った。道中遭遇した魔物は種族が変わってレベルが初期値に戻ってしまったリリアに狩らせていたが、剛竜王の矛は鈍重だがそのぶん威力も強くて心強かった。
無事に地上に辿り着いた時そこにはいくつかの冒険者集団がいて、その中には見知った顔もいくつかある。特に最初争っていた二クラン『金剛』と『ブレイブエレメンツ』が仲良さげにしているのが印象に残った。
入り口でたむろしていた冒険者は新迷宮に挑戦する前に情報を待っていた者だという。それで『老竜の継承者』『幼女守護団』の両クランの帰還を待ち侘びていたのだ。私たちは快く迷宮の情報を渡すと、金剛とブレイブエレメンツに挨拶をしに行った。
「昨日ぶり。両クランとも準備してきたんだね」
私が笑顔で言うと、両クランのリーダーは慌てて否定した。
「「もうひとつのクランですよ、セルカさん」」
息ぴったりに否定してきた両名に、私は首を傾げることで返答した。もしかして、肉弾戦特化と魔法特化のクランをくっつけたのか?結構な大所帯だなあなどと呑気に考えを巡らせていると、リーダー二人は焦ったように口を開いた。
「それよりどういうことなんです!?」
「老竜のも、幼女のも、一人減ってやいませんか」
不安そうに揺れる瞳で見つめられた私は眉尻を下げた。その反応でいくつかのことを汲み取った彼らは少し残念そうに続けた。
「「かわいかったのになあ」」
そんな彼らの目の前に、ちらりと桃色の影が動く。幻覚かと疑いながらそれを目で追った二人が見たのは幼女守護団の女の子にそっくりな妖精族だ。ほうけて棒立ちになる彼らを見て、思わず私は笑った。
「リリアは助かったんだよ、こういうかたちで」
その言葉を聞いて彼らとその仲間たちは皆硬直した。その後表情がじわじわと喜色に染まり、何人かは泣いている。関わりが深いわけでもあるまいに、彼らは心からリリアの生還を喜んでいた。ちょっと、つられて泣いちゃうから泣き止んでほしいなんて思った。
冒険者全員が泣き止んだ頃、リリアは飛び回ってみんなに生きているアピール。ハイテンションで全員とハイタッチをして、広間は笑顔で満たされた。老竜の継承者たちは亡くなった仲間を燃やした灰を入れた革袋を大事そうに持ち、故郷に弔いへと向かう。それぞれ気持ちの落としどころが決まり、また冒険が始まる。
私たちは去る前に金剛・ブレイブエレメンツの混合クラン『極』を水中遊路へと送り出し、それから魔物のデータをギルドに提供して、ようやく一息ついた。
この街はまだ冒険者ギルド以外を覗いていないが長居しすぎたので、取り敢えず今日は泊まって翌早朝に出発しよう。そうと決まればまずは腹ごしらえと宿探し。私たちはその街にある宿から数件目星をつけて、それから量を重視して飲食店を探した。
街は活気があるが旅行者が多く、有名チェーン店などは見つからない。代わりに街でも評判の高い料理店や屋台があるようだ。食費が馬鹿高いメンバーなので、私は屋台でその時点で買えるだけの串焼きを買うと、人に道を訪ねながら噂の料理店にたどり着いた。
そこは酒臭さや肉の匂いがするというわけではない。魚の生臭い匂いや甘い香りが漂うわけでもない。ドアを開けるとそこからはハーブの独特な香りが溢れ出し、しかしそれは人を不快にさせない程度でむしろ食欲を刺激した。
客の層は見た感じでは一般の方が多いが、ハーブはこの世界ではなかなか高価なはずだ。何故平民ばかり……と人々のお財布が心配になるが、店員に案内されて席についたときに理解した。
メニューには普通の料理店と比べれば多少は高いが、それでも安いと思わされる価格設定の料理たちが並ぶ。そしてその安さの理由は料理の説明欄にひっそりと載っていた。
「この街ってハーブが特産品だったのか」
トーマもその文を見つけて呟いた。観光してなかったから気付かなかったけれど、どこかにハーブ農園があるそうだ。驚愕と共にここでハーブを買い揃えるという決意をして、私はメニューとにらめっこを始める。
「アンネ、この料理がおすすめだぞ。私の誕生日には必ず食べていた」
「あらそうなの。ふふっ、じゃあ私もこれで」
すぐ隣でベルとアンネがイチャついているが、私はお肉の欄をひとりで睨む。進化した私は完全にエルフの見た目だが、お肉好きは変わらないのだ。
食事を終えた私たちは宿屋を訪れた。数件訪ねた後に、食事はつかないが部屋が広く何よりベッドがふかふかなところに決めると、私たちはそのまま糸が切れたようにベッドに倒れ込んだ。
マジムに戦闘を控えさせた結果、仲間が死にかけた。知り合いが死んだ。そして新たなチート、みんなの笑顔。何より感情の動きが大きかったために疲弊していた。リリアを助けようとしたときに無駄撃ちした魔力ぶん、疲れも増している。
何にせよ疲れているのは皆一緒。私たちは夜までの空いた時間をそれぞれ別行動とし、解散した。もちろん私は今すぐ寝る。できれば早起きして朝食を作っておきたいけど、今から寝ても起きられるか不安なほどに体が怠い。
「もう寝るのね」
寝る準備を始めた私に向けてバウが笑顔を向けるが、おいここは女子部屋だぞ。一応愛想笑いをしてからお使いを頼んで、そのまま眠気に抗うことなく無意識の世界へと落ちていった。
明日は……また旅だ…………。