第54話「ちょっとまって……?」★
最初にそれに反応したのはバウとマジムだった。檻の隙間から飛び出したソレに視線を飛ばしそれぞれ武器を構えるが、ソレは二人を避けるようにして水竜の方へ飛び、同時にアンデッドは倒れ水竜が頭を持ち上げた。
「寄生型だったのね!」
バウが矢に毒を塗りながら声をあげた。おそらくそれは寄生型の魔物への対策なのだろう、彼がその矢を水竜、続けて竜人の亡骸へと放てば寄生型魔物はその姿を現した。
それはよく見なくともわかる、ライライの溺愛するパラサイトミミックの上位種であった。色彩こそ違うが見慣れたクリオネの姿をしていて、無数の触手が蠢く。どくんどくんと脈動しながら巨大化したソレはきっと『本当の』迷宮主なのだろうという確信を生む。
「くそっ……挙動がおかしいことに気付いてはいたのに、寄生だとは……」
ヴァイセンは私が檻を解除した途端に武器を振り下ろし、チューブの床に深々と傷を付ける。悔しいだろうが彼はそれだけで気持ちを切り替えたのか、荒ぶる魔力も落ち着いた。
宙に浮かぶミミック亜種はその様子を観察でもしているように、手を出してこない。まさか寄生元が倒されると無力になるタイプなのか?そんなはずはない、きっと。視線だけはミミック亜種に固定して、私はぐるぐる思考を巡らせる。
マジムはまだ警戒している。彼ならば全てにケリをつけることができるだろうが、私がそれを望まないからしないのだろう。でも警戒をしているということは危険は去っていないということだ。
広間でミミック亜種を取り囲む私たちは誰一人として動けない。ミミック自体があまり見られないものだったので、弱点も行動パターンも寄生条件もわからない。
私は深く息を吐いた。
このまま止まっていては駄目だと自分を叱咤し、氷魔法を準備する。マジムは邪魔にならないようにと私の前から避けてそのまま消える。だが、それが引き金となった。
『護れ!』
聞いたことのある声が響いたと同時に剛竜王の賜盾が粉々に砕け、リリアがその場に崩れ落ちた。しかし彼女の身体に満ちる魔力は輝きを失わずむしろ盾から受け取った魔力のぶん輝きを増している。それは生きている証。
そのうえ私は自らの力が満ちるのを感じていた。それは幾度となく感じてきた、レベルが上昇する感覚。ミミック亜種が倒されたということを証明していた。
「え、あ……り、リリア?」
私が口を開いた瞬間、その空間に音が戻ってきた。
「何が起こっている!?」
「生きた竜の盾が砕けただと……」
「お嬢さん!」
老竜の継承者たちの声。私たちのクランのメンバーは未だ口を開かずにいた。リリアが倒れた。倒れた、動かない?苦しそうに呻いているのはわかるのに、どうにも出来ない?
私は一歩踏み出すと彼女に天使の声で囁きかけた。
「リリア、『大丈夫、まだ大丈夫』大丈夫、だよね?」
有り余った魔力を湯水の如く注ぎ込み、治癒の魔法を重ねてかけた。だけどそれは剛竜王の賜盾から移った魔力に跳ね返された。
「邪魔しないで、ください!剛竜王さん!!」
私は噛み付くように声を上げた。きっと私なら助けられるのに。私の魔力と魔法ならきっと、死んでいなければ助けられる。リリアは生きているから、私が……!
そこまで考えたとき、そっと肩に手が添えられてびくりと震える。一瞥すると赤い色が目に入り、トーマだとわかる。そのまま振り返るとマジムが立っていた。彼なら、彼なら剛竜王の魔力を振り払えるのでは……と口を開こうとすると再び声がした。
『人の子よ……ギリギリ間に合った……とは言えないが、任せてはくれないか?』
それは剛竜王の声で、その穏やかな声色を聞いて私は詰めていた息を吐いた。魔力が昂り気が立っているのを、ゆっくりと抑えて……私はようやくある程度正常な思考を取り戻す。
魔法を止めて「ごめん、任せる……任せます」と言い立ち上がると、トーマが後ろから私を抱き上げた。
「セルカ様。今日はセルカ様特製のチョシーを食べたい」
「……わかったけど、急に何?」
トーマの顔を見ながら返すと彼はふっと笑った。そしてその後ろにいたマジムは、僕に任せてくださいとでもいうように堂々とし、倒れるリリアのもとへ歩く。剛竜王のお咎めもないのできっとそれが『救う方法』なんだ。
『人の子の守護者よ、儂だけでは間に合わなかったようだ』
剛竜王の言葉にマジムは緩慢な動きで頷いた。間に合わなかったということは、つまりこうなることを予測できていたというのか。自力で大丈夫だとふんでマジムに待機命令を出すべきではなかったと後悔する。
リリアは迷宮主の間に入る前から盾の魔力を受け取っていたので、きっとそれが剛竜王にとっての最善策だった。結局その対策が完了する前にリリアは倒れ、どうにかパラサイトミミックの上位亜種は退けたものの意識不明となっているようだ。
でもどうして意識がないの。寄生されているわけでないならどうして彼女は意識を失ってしまっているのか私にはわからなかった。その疑問にはマジムが答えた。
「アレは生きている間は体の主導権を握れない。剛竜王の魔力はミミックが体内に入ってから効果が出たから、数瞬足りなかったんですね」
そうは言いつつも、リリアの様子を見た彼は安堵したように息を吐いた。そして「よし」と拳を握りしめる。
マジムはそのまま神力を練るとゆっくり剛竜王の魔力を包むように広げ、そのままリリアの体を覆い尽くした。剛竜王といえども神の力には敵わぬようで、魔力は神力に溶け込んで消えてゆく。それが完全に神力に塗りつぶされたとき、剛竜王の賜盾の破片がリリアに吸い込まれていった。
「……剛竜王さんがいたおかげです」
マジムがそう呟くとその空間は光に喰われ、何も見えなくなった。
「……ふふっ」
静寂を破ったのは甘い声。あまりの眩しさに目を瞑っていた私だが、その声を聴いて目を開いた。目を開くとそこにあった水竜とアンデッドの死体、そしてリリアの身体が消えていて、驚愕した。
マジムは目を閉じる前と変わらぬ場所でしゃがみこんでいたが、満足気な表情で立ち上がり「成功です」と口にして、一行は歓声を上げる。だが肝心のリリアが見えないので、私は視線を動かして……
「だーれだ?」
背後から聴こえた声に様々な想いが込み上げる。振り向くとそこには小さな妖精族の少女がいた。桃色の髪に空色の瞳をもつその妖精は、聞くまでもない……リリアだ。
再会を喜んだ後、私たちの様子を見守っていたマジムに対して説明を求める声が出た。特にライライはクラン結成以前からリリアと親しかったので、人でなくなった経緯について納得のいく説明が欲しいのだと思う。
少し焦ったような彼に問い詰められたマジムは、誤魔化すことなくその説明をした。
まず、リリアは剛竜王の賜盾より受け取った魔力のおかげで生き長らえたが、逆にその魔力を使ったせいで変質してしまったという。完全に受け渡しが完了していれば順応できた可能性もゼロではないが、今回は不完全だった。剛竜王といっても所詮は魔物、最善策だったとはいえ成功確率は低かったとか。
そして本来ならそこでリリアは死に、或いは魔物と化してしまう筈であった。しかしここにはマジムという支神の一人が存在し、彼は地面属性と親和性の高い神だった。そのうえ剛竜王の魔力は勿論地面属性の力が濃く、そしてそんな彼がリリアを守っていた。
また、リリアは倒れた時点で内部を損傷していて剛竜王の魔力により変質もしていたため生き長らえるには人間という種族を捨てる必要があった。とはいえ獣人や竜人になるには何もかもが足りず、だからといって魔物に変えることは誰にとっても良いことではない。
結果的にマジムのもつ神聖属性を加えて迷宮に満ちた魔力も利用し、魔物と人の性質を併せ持つ妖精族へと転生させた。
「……という感じです。ご安心くださいセルカ様。剛竜王の影響が強いため、神のルールには反してはいません」
ライライから私に視線を移したマジムは、にっこりと笑みを作る。その後ろでにこにこ笑うリリアを見ていると、もうなんだか言おうとしていたことも忘れて、幸せな気分になった。
妖精のようにかわいいリリアが本物の妖精になった。驚きはしたけれど死よりは良い結果になったので、マジムもお咎めなしでいいだろう……たぶん。
ライライを振り返って表情を見ると、彼は複雑そうだった。最初に誘ったのが自分だから、責任を感じているのかもしれない。でもそれだったら私は、私のせいで、私が急いて攻撃に移ったのが原因でミミック亜種が動いてしまった。私が動かなければ……きっと、たぶんリリアは。
先程の情景を頭に浮かべ私は僅かに顔を顰めた。だけど私は「『きっと、たぶん』はあくまで予想だ」と暗い幻想を断ち切った。リリアが笑顔なのに私たちが暗かったら、彼女もいい気がしないだろう。
そう考えているうちにリリアはライライの後頭部に突進し、彼のふわふわの髪に埋もれた。普段通り……というかいつもより元気で生き生きとしているリリアに、ライライは自然と笑っていた。
「心配したのですよ」
「はい。でも生きてます。もっと喜んでくださーい」
ライライの頭をグシャグシャにしながらリリアは破顔する。妖精族に会ったことはないが、文献では陽気な者が多いとあったし、リリアは強がっているわけでもないんだろう。一点の曇りもない幸せそうな笑顔に、私はほっとして、ちょっとだけ涙を流す。
ああ、よかった。守るって思ってたのに、間に合わなくてごめん。今度は私が守るから!
私が泣き止むまで、トーマが私の前に立って泣き顔を隠してくれた。別に幼女だし泣いても珍しいものではないと思ったが、気遣いは有り難い。そのせいで安心してしまい、思ったより長い間泣いてしまったのは誤算だった。
少し赤くなった目を数度瞬きして、ようやく落ち着いた私は口を開いた。
「よし。じゃあとりあえず、リリアの能力を確認していこうか」
私は手のひらの上にちょこんと座るリリアに、微笑みかける。彼女は嬉しそうに頬を緩めるとそのままギルドカードを提示して首を振った。
ギルドカードを見れば、それはリリアの死を明記していた。たしか魔力で判別するようなものだった気がするので、変質後の彼女だと使用出来なかったんだ。魔力が違えば人は違うのが常識なので、仕方ない。
ではどうやって確認しようか……と悩む私だが、マジムが手を差し伸べる。彼は『鑑定』という技能持ちで、無断、または相手の了承を得てから能力を見ることが出来るそうだ。話によればライライも持っているそうなので私は彼に頼むことにした。勿論リリアが嫌がることはなく、私はライライづてにリリアの能力を聞いた。
「うんうん、……うーん?」




