第51話「虫……?」★
今回の挿絵はちょっと雑…?
なんとか形勢逆転……私は手足を掻きチューブに向けて泳いだ。私のギルドの仲間たちは恐らく全員無事だろうが、特にトーマは心配性なので姿だけでも見せようと思ったのだ。
チューブの真下に到着してトーマを探し、その赤い肌を見つけたとき、彼が怪我ひとつ無いのを確認して安心した。私はそのままチューブに触れ、彼が気付くようにチューブを伝って彼の視線の位置に近いところまで移動しようとした。
手がチューブに触れた瞬間、あろうことか私の指先は何の抵抗もなくチューブの構成物質に沈み込んだ。内側からはほとんど刃も通らなかったのに、外側から触れるとまるでゼリーのように柔らかで、簡単に通り抜けられそうだ。
私はあまりにも簡単に見つかった帰還方法に苦笑しながら、壁を通り抜けた。
「っはぁ」
半透明の壁を越えると新鮮な空気が肺に流れ込む。水中呼吸の魔法のおかげで息はできていたが、やはり感覚は全く違う。本当は水中歩行なんて魔法もあるらしいけれど、覚えてないものは使えないし限界がある。
服が肌に張り付く感覚もなく、確認すると濡れてすらいない。不思議に思いながらもしっかり地面を踏みしめて立ち上がると、目の前のトーマは安堵から声を上げ、それから周りを見るとバウ、リリア、ベル、アンネはそれぞれ一瞬手を止めた。私はすかさず魔力を込めて
「もう水中に増援として行って終わらせよう!」
と天使の声を発動させた。するとそれぞれが次の触手の波にわざと巻き込まれ、あっという間にチューブ内の人口が減った。残っているのは泳げなくて全力で逃げ回っている者か直接戦闘が苦手な……あれ?
私はぐるっとチューブ内を見回して首を傾げた。ライライがいない。結構前からいなかったような気がした。水中呼吸はかけてある筈なので水中にいても大丈夫かもしれないが、彼は完全なる後衛型。ベルも同様だが彼女は魔法である程度距離が近くても対処できる。ライライは水中で動ける従魔をはたしてもっていただろうか。
私は無抵抗に触手に掴まれると水中に舞い戻る。それからライライの魔力を探って、思わず声を出した。
抵抗手段のない彼は、触手の根元のすぐ近くまで引きずり込まれていたのだ。触手は彼の両手両足をしっかりと拘束し、数匹の虫の残骸が周囲に浮かぶ。
意識はあるようだが、危険。私は彼の方に泳ぎながらヴァイセンを目で探した。私一人であの中に向かうのは自殺行為、水中戦に自信のある彼が居れば、助け出してすぐに撤退することができるかもしれない。
そして間もなくしてヴァイセンが見つかる。運の良いことに彼はそこそこ近くで戦闘を終えたところ、すかさず魔力で文字を描き救援を求める。
私は彼がその文字を読んだのを確認すると、すぐに視線をライライに戻し泳いでいった。触手は肉食性でないのかなかなか手を出さないが、もう放置できない。女神の短剣を手の中に取り出して突撃した。
ライライの体に巻きついているぶんを最優先に切り捨て、雑な手つきのせいで少し彼も切ってしまったが、即座に回復させる。彼が自由になった瞬間私は彼の腕を掴んで泳ごうとするが……そこでライライはカナヅチだということがわかった。
じたばたと藻掻いているようにしか見えないその泳ぎに私は苦笑し、それと同時に足に絡みつく触手の感覚に背中がすっと冷たくなるのを感じた。
二人じゃ逃げられない。魔法でどうにか切ろうとするがそこは触手の大群の底、どうやって逃げ切ることができようか。全員にかけた水中呼吸が仇となり魔力も心許ない。次第に腕や首にまで絡み付く触手に、私は苦い表情になる。
その時、視界を塞ぎかけた触手が一気に蹴散らされた。その竜燐に水の青を反射させたヴァイセンが、水竜巻のように触手を散らしたのだ。
「エア・ハウリング!!」
ヴァイセンが吼えると今度は本物の竜巻が巻き起こる。鋭い風と水の竜巻は私たちをうまく避けて触手だけを粉砕し、その様を見て惚けている私の腕が掴まれる。ヴァイセンはそのまま私とライライを抱え込んで泳ぎだし、そのままチューブ内に飛び込んだ。
「無理すんなよ、お嬢さん。そっちの少年も、泳げないなら先に言え」
ヴァイセンは私たちを降ろし、そのまま立ち去ろうとした。片脚だけチューブ外に出しているので彼は戻れるのだろう、しかし私は彼を呼び止めた。振り返ろうとするヴァイセンに、私は天使の声を贈る。
「ありがとう。頼りになるリーダーさん」
とびきりの魔力を込めた支援魔法は彼にしっかりと発動し、ヴァイセンは目を見開いた。私も驚くくらいの効果がある固有技能なので、ヴァイセンは今、ここでは敵無しの強さになった……はずだ。最後に私の頭を乱暴に撫でたヴァイセンは無言で戦場に舞い戻り、私はそれを見届けると深く息を吐き、ライライの横に倒れ込んだ。
「次の目標は、ライライの新しい従魔獲得だね」
そう言うと、ぼーっと水中を眺めていたライライは頷いた。
「はい。水中の魔物、必要なのです」
その後はヴァイセンが大活躍し、あっという間に触手の殲滅を終えた。触手自体の強さは低級から中級のスライム程度だったが、如何せん数が多い。二度目以降の探索はチューブの性質や触手の出現が明かされるため難易度は下がるだろうが、恐らくここまでの要素からはBランク迷宮と認定されるだろう。
チューブに戻った冒険者たちは一様に疲れ果てた表情で、しかしヴァイセンに熱い視線を送っていた。散々な初陣だったが、まだ魔物の出現系統も調べていないしマッピングもほとんど進んでいない現状に、私はため息をついた。
するとヴァイセンがふと口にした。
「お嬢さん、さっきの魔法を全員にかけることはできそうか?」
当然冒険者たちの注目が集まる。ヴァイセンは褒められる度に「お嬢さんの支援魔法が〜」と言い訳をしていたので仕方の無いことだ。実際与えられた力を使いこなすヴァイセンが凄いのだが……私はえへへと笑って返答した。
「できるけど、ちょっと回復してからね」
そう言ってすぐに魔力回復薬をぐびぐび一気飲みして、ギルドカードを手に取った。残存魔力から考えると、MPが全回復するのは数分後だろう。一本で完全回復するような高性能な薬を数本飲んでも一分以内に回復が終わらないのには驚いたが、それだけ魔力が多いということだ。
それから数分、私の回復を待つついでに休憩をとり、その後に全員に天使の声で声援を送った。丸一日は効果が切れないようにと魔力を多めにしたので一気に消費されたMPのおかげで酔いそうになりながらも、私はもう一度回復薬を飲んで進行を再開したのだった。
そうして進むうちに幾つもの分かれ道を見つけた。結果的に迷宮の本攻略はそれぞれのクランに分かれて、となった。その方がやりやすいとも思えるが。
私は周囲に居るのがクランメンバーだけになるとマジムを喚んだ。神気だけですら怯えていたのだ、もし彼がそのまま現れたら失神してしまう……そう考えて彼を隠していたのだが、今回はライライを護らせるためにマジムに助けてもらうことにした。
それもライライが従魔を見つけるまでだが、そのくらいの時間なら冒険者たちは神の気配にも耐えるだろうと信じて。
「じゃあ、頼んだよ」
私はマジムに微笑みかけた。彼はそれだけで顔を真っ赤にしてやる気を出す。ライライは少し申し訳なさそうにしているが、マジムは既に乗り気で「セルカ様の仲間に相応しい魔物を見つけましょう!」と意気込んでいた。
話しながらも警戒を怠らずチューブを道なりに進んでいると、大きな……成人男性の胴体程もある二枚貝が落ちていた。魔物かと身構えるが、軽く魔法を当ててみても剣先でつついてみても反応はない。
まさかと思い手で触れると、二枚貝は少しだけ光を放ちながら貝を開き、そこには魔道具らしきものが入っていた。私はその美しい演出に感動するが、バウは狼耳をぴくぴくと動かして
「宝箱、この迷宮では貝なのね。ミミックと見分けがつきにくそうね」
と神妙に呟いた。そう呟きながらも彼女……じゃなくて彼は干した果実を口に放っていた。私はそっと魔道具を手に取ると異空間収納に入れて、それから魔力を飛ばした。一部のクランには遠過ぎて届かなかったが、ヴァイセンや他のグループに宝箱の形状を知らせる目的だ。
彼らのことだから既に見つけているかもしれないが、念には念を。ミミックも見つけ次第特徴を報告したいと思っている。
カラになった宝箱から目を離し、私はまた歩みを進めた。最初の触手以来、一度も魔物と遭遇しないまま宝箱を見つけたせいか、なんだか変な感じ。このままじゃあ触手以外の報告をできない。
チューブの外に魔物がいるのは確認できるが襲いかかることもなく、ただただ平和に過ぎる、水中散歩。ライライの従魔を見つけられるかすら怪しくなってきた。
ヒラヒラ舞いながらマッピングしている夜空妖蝶は大して気にしていないようだが、私とライライは少しだけ焦っていた。
しかしそれを待っていたかのように、先程の再現か、大きな魚影が私たちを包み込んだ。ひゅっと息を飲み身構える私を、ライライはそっと手で制す。先頭でそんなやりとりがあったのだからトーマたちも武器を構えるだけに留め、そのまま通り過ぎていく巨大魚を見送る。
直後、ライライはチューブの床に液体をぶちまけた。どろりとした粘液は甘い香りがして、いかにも虫が寄ってきそうな……よく見れば、大樹魔林で採取した魔物寄せだった。
「きたのです」
ニヤリ不敵な笑みを浮かべたライライは、蜜を凝視する。同時に、彼の魔力が溢れ出し、初めて見るそれに私は息を呑む。彼の魔力総量は決して多くはないが、濃い。慣れぬ魔法は暴発してしまいそうだ。彼が魔法を見せないのはこの性質が原因となっているだろう。
そのままライライは契約魔法陣を準備して、それから蜜に飛びついた虫に語りかけた。
「そんな蜜よりもっと美味しい……ライライの魔力、欲しいですよね」
その虫は……虫なのかちょっと判断できないけれど、無数の腕を持つクリオネのような形状だった。クリオネ亜種は濃い魔力の威圧感と魅力に耐えかねて、すぐに蜜から離れるとライライの目の前に浮かぶ。
それを見て微笑みを浮かべたライライは契約魔法陣でクリオネ亜種を包み込み、そのまま契約を結んだ。クリオネ亜種はライライが虫化と呟くと小さなナメクジに変化し、そのままローブの中の虚空に呑み込まれる。
私たちが呆然として見つめる中、彼はいつも通り光の無い瞳を三日月に歪めて笑った。
「初、水対応なのですよ」




