第49話「休息の一夜」
寝てしまって遅れました
部屋に戻りトーマに時間が遅かったことを追究されたりしてから、少しの間考え込む。それから依頼も完遂して宿も見つかったことだし、と私は切り出した。
「観光とか休みとか全部含めて、どれくらい滞在する?」
それは至極真っ当な問いである。記念すべき第一の街だが、王都から近いし当初の目的は全て終わらせてしまった。宿を借りたので最低でも明日の朝まではいるだろうが、その後すぐに出発するか否か……。
私は全員を見渡して、答えを求めた。ただ、様子を見る限り彼らは皆「早く新しいものを見たい」とでもいうような好奇心に満ちた目をしている。
苦笑すると、皆予想通りに明日の早朝に出発することを選んだ。この街にはそこまで観光に向いたものがないので当たり前かもしれない。
決めることは決めたので、そのまま私たちはそれぞれ男子と女子に分かれる。そのために二部屋借りたのだ。
女子部屋を去るトーマの後ろ姿を見ていると、後から声をかけられた。
「あの」
振り向けば、高貴な佇まいのベル。彼女はアンネと目を合わせてから改めてこちらを見ると、口を開く。
「これからは私たちに聞く必要はないと思う。リーダーはセルカだし、元々目的もほとんど無いのだから」
彼女がそう言うと、トーマ、ライライが続けた。
「異論はない。セルカ様に従うよ」
「ライライも反対はしないのですよ」
そのまま男子組は立ち去り、誰も反論なく、しかしそのことにばかり気を取られていて私はあることに気付くのが遅れていた。
部屋に残ったのは私、リリア、ベル、アンネ。私たちはそれぞれの使うベッドを選び、キャッキャウフフと勉強の話を始めた。その時に私は「あれ」と声を出した。
心配そうに聞き返すリリアに、私は心配ないよと笑顔を見せる。それから控え目な声量で訊ねた。
「バウ、向こう行っちゃったよ」
するとリリアは首を傾げた。
「バウは男性ですよね?」
その言葉を聞いて面食らった後、私は頭を抱えて蹲った。驚き過ぎて声も出なかったが、ああそうか、胸が無だったのも身長がやけに高いのもそういう理屈かと納得した。
「知らなかったんですか!」
逆に私が知らなかったという事実に驚いたリリアは大袈裟に声を上げた。でも、バウも私も互いに私の勘違いに気付かなかったなんて。私が一番吃驚している。
ベルとアンネもわかっていたようで、彼女らの視線には多少の呆れがまじり、しかしそれより多くの敬愛の念が含まれていた。何故。
男子部屋に移ったトーマたちは、それぞれベッドやソファに体を預ける。トーマに至っては盛大なため息をついて、ベッドシーツの上に大の字になって倒れ込んだ。
普段の執事としての仕事を全うする彼の姿から離れ、冒険者としての彼に気分を切り替えていた。そしてトーマは部屋にいる誰かに向ける訳でもなく愚痴をこぼした。
「セルカ様は警戒心が足りない……いつか奴隷商人に攫われるぞ」
その言葉は明らかに先程のことを言っていた。悪魔の元へ一人で向かおうとしなかったことは良いが、それでも警戒心は無に近かった。今やセルカの忠実な僕となったトーマは、主人が心配でならなかったのだ。
そのあまり殺気を出したりするのはどうかとは思うが、ライライは小さく同意の言葉を述べた。
彼らからすればセルカはリーダーだが、同時に仲間なのだから、守りたいのは当然だ。強いとわかっていても容姿はか弱い幼女……クラン名には幼女がリーダーという意味の他に、幼女を守る団という意味も込められているのだ。
しばらく脱力して気分を落ち着けているトーマ。殺気も焦りも全て凪いだ頃に、再び口を開く。
「……そうだ、バウ。お前いちいち近いと思うんだよ」
「どういう意味ね?」
トーマにジト目を向けられたバウは心外そうに視線を返す。何に近いかは告げられていないが、トーマの言いたいことはわかったのだろう。
首を傾げてあざとい仕草を見せるバウにトーマは呆れるが、このような注意も数え切れないほどしているので今更直すようには思えなかった。
「いくら師匠だといっても、俺より歳上なんだから……お前ロリコンかよ」
半ば悪口のような言葉を吐くトーマだが、言われた側は涼しい表情だった。むしろバウは悪戯っぽく微笑むと、問い返す。
「トーマこそ、何ムキになってるのね。まだ歳が近い俺はセーフ……とでも思ってるね?」
くすくす笑うその顔は、僅かに上気した頬や長いまつ毛、華奢な体躯のせいか性別がわからない。彼女……いや、彼は可笑しくてたまらないというように笑った。
そんな恋バナなのか喧嘩なのかわからない状況の二人を少し離れて見るライライは、一人理解できない様子でぐったり。彼には見慣れた光景だが、色恋に興味の薄い彼は会話のほんの端っこしかわからなかった。
そのまま宿屋から一歩も出ず、食事は宿屋の傀儡の作る質の高い料理を食べ、またそれぞれの部屋に分かれた。そしてセルカが眠りについた頃、男子部屋に訪問者がいた。
「失礼します、僕です。ちょっとした報告をしたいと思って」
訪れたのはセルカのもとから自身の意思で離れて来たマジム。服装も寝間着というわけでなくいつも通りの無地のシャツにパンツだった。
驚き固まる男性陣に近寄るマジム。彼はバウのベッドのすぐ横に到達すると彼を見下ろし、
「今日までセルカ様は貴方を女性と思っていたようですよ」
と、はっきりとした黒い感情を込めて言った。それには流石のバウも一瞬怯えるが、しかし悪気は無いし意図的に仕組んだものでもないのか、彼はすぐに明るく笑う。
「あは、セルカちゃん、気付いてなかったのね」
するとマジムは今一度バウを睨んだ後に、どっかりと彼のベッドに腰を下ろした。そして首を傾げるバウに向かって「ここで寝ます」と告げたマジムはそのまま目を閉じた。座ったままで首肩腰その他色々な部位が凝りそうだが、わざわざ起こすほどでもない。
バウは少し躊躇ってからマジムの肩にタオルケットを掛けて、それから何事も無かったかのように眠りについた。
続いてトーマも寝る中、ライライだけは最初の驚いた体勢のままに呟いた。
「ちっとも慣れないのですよ……」
翌朝、早くも出発した私たちは街道に沿って歩いているうちに、道の脇にできた小さな人集りを発見した。何も無い普遍的な街道であるので不思議に思い、もし困っているなら協力しようと思った私はライライに黒馬を止めさせた。
道を塞がぬように馬車を収納してから人集りに近寄ると、それはどうやら冒険者のみが集まったもののようで、私は頭の上にハテナマークを浮かべる。
少しの間そのままじっとしていた。すると集団の中心から外側に向かって波のように歓声が沸いた。
「アズマに新迷宮だー」
「野良迷宮ね。今なら宝も沢山あるかも!」
彼ら彼女らが口々に言うのでそれ以降は聞き取れなかったが、どうやらここに新しい迷宮が湧いたのだとか。国もまだ発見していないので野良迷宮、危険度や出現する魔物はわからないが、そのぶん一攫千金の夢を孕む魅力的な場所である。
なかなかおさまらない興奮の波はこちらにも伝播し、一部メンバーが口を開いた。
「新たな魔道具が手に入るチャンスなのですよ!無くても金になるのです」
そう口にして鼻息荒い様子を見せるのはライライ。新迷宮からは時折伝説級の武器や防具が発見されるというのだが、それを指しているのだろう。キラキラと瞳が輝いた。
続いて口を開いたのはアンネ。彼女はベルをちらちらと窺いながら、私に向けて
「強くなるチャンスかもしれないわ……ね?」
などと遠回しに迷宮探索の提案をしてきた。貴族身分を持たない人間とは思えない彼女が下手に出ていることに私は驚く。
ベルも必死に頷いているが、アンネに合わせたというわけでなく冒険者らしい行いに憧れているからだろう。残りのメンバーはいつも通りの表情だが、行きたくないというわけでもなかろう。というか、私が行きたい。
私は「いいけど、先に居た彼らを優先するよ」とだけ口にして人集りに目を向けると、彼らは誰が先に入るかを話し合っていた。
なるべくランクの高い冒険者たちを先に入れて難易度を予測してもらい、その際に集まったものは大体均等になるように分配する……という話に決まったのだが、その冒険者を決められずにいるようだった。
その場にいたのはAランククランがひとつとBランククラン上位がふたつらしい。ふたつのクランを選ぶという話だったためBランククランが言い合いになり、「みっつのクランでもいいんじゃないか」という提案も意地を張って跳ね除け、なんだか面倒臭いことに発展している。
でも後から来た私たちはカウントされていない。ってことは……入れそう?
私はぴょんぴょんと跳ねて、集団の中心で話し合いという名の喧嘩を繰り広げるふたつのクランを見ようとする。見えない。私は断念し、迷った挙句ライライに夜空妖蝶を召喚するように頼んだ。
すると《何用っスか、セルカちゃーん》という声と共に出てきた夜空妖蝶は、ひらりと舞い降りると私の方を向いた。私はすかさず
「集団の中心に私を運んで」
と依頼。適役は他にもいそうだが、慣れてる子の方がやりやすいので彼女を選んだ。他の飛行型で私を運べるサイズの魔物なんて思い浮かばないし。
そうして蝶に魔法の粉をかけてもらった私は彼女の隣にふわふわと浮き上がり、そのまま予定通りに集団の中に降り立った。緊張するが、こういうときは自信アリげに居た方が説得力もあるだろう……と、私は不敵な笑み(だと思う)を作り、注目を集めたまま口を開いた。
「何を争っているの?みっつのクランが探索することを拒んだ結果ふたつのクランが選ばれるというのなら、先程のAランククランともうひとつのAランククランで決まりじゃない」
唐突に現れた幼女が意味のわからぬ言動をした。彼らにはそう思えただろう。そのままキラキラ光る粉を纏ったまま地面に降り立った私は、わざとらしく風を起こし、額に光る宝石魔石類を見せつけた。
突然の乱入者に驚いてか口喧嘩を止める二クランだったが、私が幼い姿なのを見ると口々に「部外者が〜」と喚いた。なんだ、似た者同士じゃない。
冷静な思考回路をもつ傍観者たちは既に『幼い姿』と『進化種』であることから私の言葉を理解したのか安堵の息を吐いていた。特にAランククランの一団なんて、おそらく過敏な者がいるのだろう、マジムの気に当てられて青ざめていた。しかし頭に血が上った喧嘩中クランは、怒りを顕に私に詰め寄った。
魔力を放出したり魔法を待機状態にしたりして力の差を知らしめようとしたが、それすら気付かないほどに彼らは昂っていた。結局私は彼らの足を止められずに、彼らが私に殴りかかるに至るまで微笑んだままでいた。
誰も心配する声を上げない中、男の拳が接近する。私はすぐさまその拳を掴み身体能力強化を自身に重ねがけしてから男を投げ飛ばす。
傍観者たちは魔法で対処すると思っていたようで、息を呑むのが伝わった。だが男は腐っても冒険者、受身を取った彼はそのまま距離を取り、なんと喧嘩相手のクランに協力を要請、私を取り囲んだ。
私に迫る男達の攻撃。
いつの間にやら傍観者たちは観客へ、まるで小さな闘技場にいるかのような気分で私は男達を待ち受けた。
「マジム、手足」
『リョウカイ』
後から来る敵は流石に魔法でも捌けないので、私はマジムに腕と脚のみでの援護を要請する。キレ気味のマジムは震える声で返事すると、虚空から突如現れる巨大な手足として、敵を薙ぎ倒す。
お客様のためにサービスは多く、敵のことも回復させつつ、最早喧嘩でも闘いでもなんでもない見世物となる。はじめは「体力が有り余っている」と調子に乗る男達だったが異様なタフネスに違和感を感じ、次々と降参していった。頭に上った血も、そろそろ全身にまわっただろう。私は仕上げにとっておきの氷魔法で地面をスケートリンクへと変え、戦意の残っていた男が全員転んだのを見届けて「ありがとう」と、自然と湧き上がった拍手に返事をした。
Aランククランの「あれでSじゃないのかよ……」という呟きは、私にしか聞こえなかったようだ。
 




