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第48話「宿屋と小さな依頼」

また忘れてました……

 ライライに案内されて着いたのは、白い外壁と施された装飾にどことなく高級感の漂う宿屋だった。部屋はたった三つで今日は客もいない様子だったが、その代わりに一部屋一つのお風呂があるのだという。

 これまでも湯船だけあり「お湯が用意できる方はご使用ください」なんて貼り紙してある宿は見てきたが、この宿は違う。ちゃんとお湯が出るのだ。高価な設備が用意されているのだとか。

 今までの宿や酒場の「自分で用意」するシステムの風呂は休むために労力を使うこととなっていたが、ここは違う。流石ライライ、見つけてくれてありがとう。

 そのままライライを先頭に中に入り、無人の受付カウンタの前に立つ。そして彼は奥に向かって声を上げた。

「すみませーん」

 するとすぐに返事が聞こえた。それは予想外に若い声で、がたんばたんと物音が聞こえたと思うと声の主がひょっこり顔を出して微笑んだ。

「いらっしゃぁい、お客様ぁ」

 聞き覚えのあるような無いような、余所行きっぽい高めの声だった。黒髪はよく整えられていたが癖が強そうで、毛先が重力に逆らってあちこちを向いている。短髪……だが、襟足の部分だけ伸ばしているのか腰まであり、黒いリボンで纏められていた。白い外壁に似合わぬ黒い服装で、男はへらへら笑う。

 私は彼を見ても少しの違和感しか感じなかったが、それを見たトーマは何を思ったか魔剣イヴァに手を掛けカチャリと音を鳴らす。戦闘職じゃない(と思われる)宿屋の店員に威嚇なんて、と私は止めようとした。

 しかし意外なことに黒髪の店員は焦る様子も怖がる様子もなしに、面白そうに笑った。

「おやおやぁ、綺麗な剣ですねぇ」

 それは馬鹿にしているのか、それとも威嚇だと気付かなかっただけか、余裕の笑みと共に発せられた声。でもその楽しそうな声には既視感があり、しかしどこで聞いたものなのかわからずに私は首を捻った。

 トーマは首を傾げる私とニタニタ笑う店員さんを交互に見て、殺気立つ。この声に聞き覚えがあるのは私とトーマだけなのか、他のみんなは不思議そうに彼を見ていた。私は非難するようにトーマを見るが、彼は剣から手を離したものの警戒を解かない。

 しばらく男とトーマの睨み合いが続き、そしてトーマが終止符を打つ。彼は私を振り返って口を開いた。

「セルカ様、こいつ、認識阻害してるぞ」

 それを聞いた私は狼狽えて、自分と店員さんを交互に見た。しかし魔力の繋がりなど怪しいものは見当たらず、トーマの思い違いなのではないかと考えた。だが店員さんは短く溜息をつくと両手を上げて降参のポーズをした。

「負けだよ、負け。ごめんって」

 先程とは全く違う口調で、彼は言った。そしてそれが合図だったかのように、彼の姿が黒い靄に覆い隠された。靄が消し飛ぶとそこに居たのは黒いボロボロのローブと深く被ったフード、目元以外を覆い隠す包帯が特徴的な不審者スタイルの……不審者さんだ。

「なんで気付かなかったんだろ」

 私は思わず呟いた。不審者さんは受付カウンタを乗り越えて私のそばに来ると、悪びれない様子で言った。

「いやぁ、君を迎えようとしたら神様の気配がしたからさ。隠れようと思ったんだよ。ちなみにここも僕の店な。もちろん普段は傀儡が受け付けてるけど」

 チャラチャラした口調に変わった彼はそう言うとカウンタを指し示す。不審者さんが避けたことで空いていたカウンタに、既に傀儡が立っているのが目に入った。

 感心していると、不審者さんが動き出す。彼は「先に部屋に案内するよ」と軽い口調で告げると、私たちをスウィートルーム顔負けの豪華な部屋へ通した。そのまま流れで銅貨二十枚という破格の値段を告げられたが、彼は銀貨や金貨を異様に嫌がるので仕方ないと思い、了承した。

 不審者さんが立ち去った後、部屋に残された私はまずベッドにダイブした。シーツの滑らかな肌触りに羽根のように軽くふかふかの掛け布団が気持ちいい。その感触を堪能しながら、私はマジムを喚ぶ。

 途端に現れたマジムにアンネとベルはびくりと肩を震わせるが、慣れてもらうしかない。二人を思考から追い出して、私はマジムに「怖がってたね」と笑いかけた。

 認識阻害で何とかやり過ごそうと考えるあたり、彼は幾らか悪いことをしているのだろう。でもそれはいいのだ。誰だって悪事の一つや二つ、したことはあるだろう。

 問題は神だと気付いたことと、何より認識阻害に気が付いたのはトーマだけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()という点なのである。

 私でさえステータスを覗くまでは彼が神に至ったことには気が付かなかったし、知っていても彼の『神気』を『強くて濃い魔力』としか感じられない。契約で結ばれた主人ですらわからないのに、何故不審者さんはわかったのか。

 すると意外なことに、マジムは答えを持ち合わせていた。

「あれは悪魔ですよ」

 その言葉に驚愕したのは私だけではない。トーマ以外の全員が「えぇ!?」と声を揃えた。

 悪魔というと、この世界では悪事を働く存在の筆頭である。術式により召喚された悪魔は忠実な下僕となり得るが、それ以外の野良の悪魔は人の悲鳴と憎悪をこの上無く愛する異常者集団……なんて話がある。それなのに不審者さんは、これまでいつも私達のためになることばかり。終いには宿屋まで経営して……悪魔だなんて、信じられなかった。

 しかし先程の演出も、金貨銀貨を嫌う面も、固定概念的ではあるが、服装が黒いことも、全て悪魔だとすればすんなり納得ができる。良い悪魔もいるのかな、なんて思った。

 それより、と、私はトーマを向いた。彼は一度不審者さんと会っているが、それでも警戒心が強かった。確かに不審者さんは認識阻害もしていたけれど、なぜそこまでの殺気を向けたのか。

「トーマ、不審者さんは悪い人だと思う?」

 私は彼の顔色を伺いながら問いかけた。認識阻害をかけていたことをすんなり許してしまったので怒っているかもしれない。そう思ったのだが、彼は珍しく明らかな怒りや殺意を表情に浮かべることなく、ただ黙り込む。

 でも、私が一応『ご主人様』なので、彼を従わせることは容易だ。それを考えてか、私がじっと見つめていると彼は口を開いた。

「あいつはダメだ。レベルが上がったからかもしれないけど、前よりわかる」

「何が?」

「あの悪魔、お前のこと狙ってるんだろ。尊敬や憧れを向ける他の人々とは目が違うんだ。……なぜ今すぐ手を出さないのかは知らないけどさ」

 トーマは心配してくれているんだ。最初に浮かんだ感想はそれだった。利用目的で近付いてきたくせに、今ではおにい様に負けず劣らずの世話焼きさん。私は思わずふふっと笑う。

 当然真面目に心配してくれていた彼は「何笑ってんだよ」とムスッとした表情になるが、仕方ない。幸せで笑うのは仕方ないのだ。心の中で言い訳しながら「何でもないよ」と告げた。

「まあ、不審者さんは放っておいても大丈夫だよ。マジムがいる。あとここは彼の領域(テリトリー)だけど、こんな話してていいの?」

 私の言葉にトーマは首を振ることで応えた。私は彼がまだ完全には納得していないとわかりながらも、それ以上は何も言わなかった。それからリリアとバウを連れて部屋の出口へ向かう。

 私たち三人はもう一部屋追加で借りてくる旨を残りメンバーに話し、それからそのまま受付カウンタに向かった。


 そこにいたのは淡々と仕事(そうじ)をこなす傀儡と怠そうにカウンタにもたれかかる不審者さんだった。彼はしきりに「神気が……あぁ身が灼かれる」と呟いて、頭をかく。最初に会った時には唄うように語っていて妖艶な印象すら感じられていたが、今ではその片鱗も感じさせなかった。

「すみません、部屋をもう一部屋借りたいんですけど」

 私が声をかけると、心底怠そうに返事が返ってきた。マジムには部屋で待ってもらっているが、それでもやはり神気の影響はあるのだろうか。お金を渡すと彼は体を起こし、ようやくこちらを見た。接客態度最悪である。

 そして彼は唐突に私の肩に手を置いて目を合わせてきた。先程の会話を思い出してか身構えるリリアとバウだが、不審者さんはその状態で動かずに「そうだ、忘れてたんだ」と一言。それからはっきり口にした。

「頼みごとがあった。なぁに、簡単なことよ。僕にこの剣を突き立てるだけさ」

 彼はカウンタ下から取り出した短めの装飾剣をひらひら振る。私は呆然とし、あまりにも内容の飛躍した頼みに、一拍遅れて反応した。

「…………は?」




「つまり、記憶を消したいの?」

 私は聞いた話をまとめて、不審者さんに聞き返した。最初は自殺にでも協力させられるのかと思ったが、どうやらその装飾剣は忘却の剣というようで、突き立てた相手の記憶を任意で消せるというものだとか。彼が私に頼んだのは、剣の効果は「他人に刺す時」しかあらわれないから……。

 でもなぜその記憶を消したがっているのか、私は聞かなければならないと思った。知らないで消すより、消すことでどんな利益があるのかを知った方が気も楽だし。

「どうして消したいの?」

 私が聞くと、彼は

「契約を壊したいからさ」

 と笑顔で言った。

「僕は実は悪魔なんだけど、どうしても前回の契約者との契りが切れなくて……数百年間、行動が制限されているんだ」

 彼はそう言うと身体の包帯を一部千切り、その土気色の肌を露出させる。そこには魔法陣に酷似した何かのアザがハッキリと残り、時折空色に輝いてみせる。確かにその契約はまだ生きていた。

 でも契約は完遂すれば終わりのはずだ。たとえ魂と引き換えに契約を交わしたとしても、契約者の魂を食べた悪魔は契約を終えれば自由だ。

 私は変に思って、不審者さんの契約内容が余程難しかったのだろうなと無理矢理納得する。悪魔との契約で身を堕とす人々の物語はありふれているが、人との契約でここまで縛られる悪魔なんて珍しいが、有り得ない訳でもない。

 そうなるとますます契約の内容が気になって、私は遂に問いかけた。

「忘れてまで自由になりたいなんて、そこまで難しい契約内容なの?」

 すると不審者さんは何か言いたげに口を開いた後に言葉に迷ってか動きを止めた。それから少しの間があって、彼は何かを思い出すように目を細めて、指先をカウンタに這わせて言った。

「その契約者は、少し特殊な契約を提案してきたのさ…」


 強い魔力に惹かれて召喚に応えた不審者さんは、その先で黒髪黒目で少女の姿をした老婆に出会ったという。見た目を偽るのでなく変化させることが出来たということは、すなわち人生を捧げたほどに魔法に長けた人物であるということ。強い魔力は魂の味を高めるので、不審者さんにとっても好都合だった。

 歓喜を抑え込んであくまでも高尚に要件を聞けば、彼女はなんと「私と過ごし、その先で私が寿命で倒れたとき、魂の記憶に刻まれた私の願いを叶えておくれ」と告げた。老婆はもはや数年生きられるかどうかという絶対的な寿命が近付いていることを察知していて、私を食べてから願いを叶えて欲しいと言ったのだ。

 これ好都合、と即座に契約を結んだ不審者さんは、それから彼女の魂が美味しくなるようにと甲斐甲斐しく世話を焼き、短くも長い時を彼女と過ごした。

 そしてその先で彼女が願ったのは「自らの集大成の魔法の結果記録と、真実の愛に成るまで私を愛してほしい」というもの。

 端的に言えば、「魔法が成功したか見届けて記録せよ」「私を愛して」のふたつ。

 彼女の集大成とは、魔力の全てと知識の一部を他の者に与える魔法。それは良いのだ。近年成功したようで、膨大な「彼女に似た質」の魔力を持った子が生まれたという話があった。

 それより後者だ。食べたモノの記憶は悪魔の中に蓄積されるが、そのせいで忘れることが出来ない。契約は絶対で、不審者さんはどこから生まれたかもわからない仮の『愛』に悩まされ、もう既に亡き彼女を思い続けているという。食事たりうる魂も食べられず、今はただ老婆の夢だった店の数々を経営する。運命の持ち主へ道具を受け渡し、お風呂のある宿を経営する。

 それは悪魔にとって楽しい時間でもあったが、『愛』だけは気に食わない。恋に憧れた過去はあるが、作られた愛など言語道断、いつしか憎しみをまじえたその愛は、忘れられない記憶とともにあり続けた。


「……だからさぁ、僕はそろそろ本当の恋と愛を見つけたいんだよね。そのために」

 語ったのちに、不審者さんは腕を広げて無防備な体勢になる。私に託した忘却の剣を今すぐにでも刺してほしいのだろうが、まだ決心が付かない。なにより、気になることがあった。

 彼の口ぶりからすると「老婆のことは今は憎んでいるが、契約の力で愛するように強制されている」という状況だと言うが、私には……そうは思えない。思わず私はその考えを呟いた。

「不審者さんは、おばあさんを……」

 不審者さんは言葉を切ったのを不思議に思ってか、首を傾げてこちらを見た。だから私は彼を見上げて言い直した。

「うーん?でも、やっぱり……両片想い……つまり、二人は愛し合っていたからともに過ごしたんじゃないの?」

 きっとそのことに気付いていなかったから、そしてそのまま彼女を死なせてしまったから、意地を張って愛していると認めなかったのではないか。そう思ったのだ。

 すると彼は黙り込み、その数秒後、彼の身体の契約の紋様(アザ)がほどけるように彼から離れていく。不審者さんの表情は、喜びと羞恥、少しの淋しさがまじったもので、その儚げな表情に思わず見とれた。

「あー……うん。認めたくなかったなぁ」

 長い前髪をくしゃりと手で掴んで、彼は言った。私はそれを聞いて満足すると、カウンタに忘却の剣を置いて、部屋に向かって歩き出した。遅れてついてくるリリアとバウは、そもそも不審者さんと面識があったわけでもないので腑に落ちないという表情だ。

 不審者さんが悪魔なのも人を愛していたのも人間らしい心を持っていることも、意外なことだらけだった。黒髪なのは悪魔のデフォルメなのか、おばあさんと同じが良かったからか。……解決して良かった。なんてね。

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