第47話「旅立ち」
申し訳ないです、寝てしまい投稿予約もしていませんでした。
朝、いつも通りの目覚め。普段と違うのは目を開けたときにうつる天井、シーツの感触、匂い。のそりと起き上がり見回せば、狭い部屋に二つのベッドが並び、私の隣のベッドには穏やかな寝息を立てるリリアがいた。
「ふぁ……」
欠伸をして立つとそのままカーテンを開ける。純度の低いガラス越しに、朝日に照らされる街並みがまるで絵画のように見えた。
「フレイズ……様も応援してるかなあ」
私はそう一言呟くと共同の洗面所へと向かった。この宿屋は安いが設備が一箇所のためそこそこ綺麗で良い雰囲気だったので、部屋から遠い洗面所にも不満はない。
そう思いながら洗面所まで歩き、鏡を見ながら櫛で髪を梳かす。前髪を梳かすときには櫛の先と額の宝石類がぶつかり合ってカツンと小さな音が立った。
梳かす前から絡みの少なかった銀髪はすぐにさらさらになった。そしてちょうどその時、タイミングを見計らったかのように洗面所にトーマが現れた。彼は私の髪が梳かし終えているのを確認すると少し落胆してから、私の手から櫛を奪い取った。
「俺がやるよ」
彼はそう言うと私の許可を待たずに髪に触れる。……触られること自体にはべつに問題は無いが、仮にも奴隷がこんなに身勝手で良いものなのか。そうは思いつつも彼の手際はクランメンバーの誰よりも良く、あっという間にいつもの髪型になった。
それから歯を磨いたり顔を洗ったりしているうちにクランメンバーが次々と起きてきて、それから他の客達も目覚めたようだ。混んできた洗面所を早々に立ち去った私たちは荷物を回収し部屋を引き払うと、宿屋の店員にチップを渡して建物を出た。
それから私たちは脇目も振らずに大通りを道なりに進み、最短のルートで西門に辿り着いた。心残りも無く、清々しい快晴で、快く送り出してくれた門兵に礼をするとその場で馬車を異空間から取り出した。目を剥く門兵を視界の端に収めながら、私は宣言した。
「よし、私たちの旅の始まりだね!」
この言葉には皆一様に笑顔で肯定の意を示し、ライライは従魔の虫化を解く。召喚されたばかりの小さなアリは大きさはそのままに増殖し、あっという間に黒い馬を形作る。
悪目立ちしないようにと要望した結果なのだが、ある程度近付いても馬に見える……上出来だ。これなら至近距離で注視でもしない限りただの黒馬にしか見えないだろう。動きも完全に「馬」だった。
「すごいな、お前」
トーマがライライの肩に手を乗せて、ニカッと笑う。それから彼は虫馬に乗ってみたりもするが、馬の形が崩れることはなく暴れることもない。
周りが見たら大人しくて良い馬だなとでも言うだろう、そう思いながら見ていると、ライライは得意げに胸を張って言った。
「コピーアントは物覚えが良いのです。ライライが馬を借りてその馬から行動や習性を学んだのですよ」
それには素直に感心し、私は心から「すごい」という言葉が漏れた。そして何よりこれだけの大きさの馬を形作るような大量の蟻の魔物を難なく従える彼が頼もしく見えた。
一部始終を見ていた門兵は口を開けてぽかーんと放心しているが、私は彼にもう一度手を振ると馬車に乗り込み声を上げた。
「出発進行!何にも縛られない自由な旅を、楽しもう!」
目的地のない旅が幕を開け、私は密かに決意した。旅の中、絶対にアレを見つける。……ソレは私の大好物で、前世では一度しか食べたことのなかった魚。地球での名称はウナギ。こちらでは図書室で探した限りでは見つかっていない。
それでも地球と共通の動植物が多いこの世界ならきっといるだろうと、確信に似たものを抱いて、私はクランメンバーの誰よりもまだ見ぬ未来に心躍らせていただろう。
一応地図を見ながら街道沿いに進んだ私たち。特に行き先は決まっていないのでこの際今居る魔法国家アズマを出ても良いのだが、それにしたってまずは国境までが遠い。
目的もなく道なりに進んでいる街道では、商人や冒険者、乗合馬車などと数度すれ違った。そしていくつもの細い分かれ道を素通りした後に、私は御者を務めるライライに問いかけた。
「最東端のアズマ、その西に向かってるから、今は先進三国じゃない小国に向かってるよね」
すぐに肯定が返ってきて、私はふむむと唸る。初めは確かに小国でもいいけれど、このまま真っ直ぐ進むとしたら海に出る。そのあとはどうしようか。そんなことを考えた。
品物を探すのを優先して商業のサーズへ向かうか、一番最初に定めた目標である「負けない強さ」を求めて武芸の発達したノウスへ向かうか……悩みどころではあった。しかしサーズはいくら物流が盛んといえども、ないものはない。ノウスもノウスで、強くなれるのかは分からない。私次第だ。
悩む私の思考はそこからなかなか進まなかったが、馬車はすいすいと街道を進む。結局は決まらずに「そのとき決めよう」と一旦頭から考え事を追い出して、私は景色を楽しんだ。
道なりに進めば、小さな街に着くだろう。まずはそこでいくつか依頼を受けて、人の役に立とう。
そして着いたのは、王都や迷宮街フレーゲル、学院街ルーンと比べれば小さいが、そこそこ栄えていそうな街に辿り着いた。防壁もしっかりした石造りのものだった。
ぼーっと眺めていると、ちょうどその街の出入口から冒険者の一団が出てきた。彼らは停車している乗合馬車に向かって歩いて……急にその集団から一人が飛び出してきた。
銀髪のイケメンだ。彼は私の知り合いで、馬車に並走すると口を開く。
「セルカ、どうしたんだ」
彼は軽々と馬車に飛び移って外側に張りついてきた。彼……おにい様は依頼を受けた帰りなのだろうと予想がつく。しかし身体能力にものを言わせて走る馬車に飛び乗った男に驚いて、事情を知らないライライは馬車を停めた。
「ちょ、今の何なのです!?」
御者席から声を上げながら降りたライライは馬車をかえりみて、さらに悲鳴をあげた。馬車の横に見知らぬ男が張り付いていれば、そりゃあ驚くに決まっている。
当のおにい様は悲鳴など聞こえていなかったかのように地面に降りると「質問の続きだけど」と口を開く。馬車内部にいた面々は唖然として私たちのやり取りを見ていた。
「授業時間だろ、セルカ。どうしてここにいる?」
少し説教モードになったおにい様は、私の目をじっと見ながら言う。でもおにい様、見ればわからないのかな。私は進化しているし、マジムに至ってはおにい様に殺気を向けているのだが、感じないのだろうか。進化すれば個人ランクはAを超えるのが普通。私はまだAランクではないけれど、彼の脳内には卒業したという選択肢はないのか。
むっとした私は返答せずにおにい様を睨み返す。感情に併せて魔力が波打ち額の宝石たちが露わになる。どうだ、これで気付いたか。するとおにい様は眉をひそめた。
「確かにあの学院で学ぶことはないかもしれないが、だからといって」
そこまで聞いたところで私は白目を剥きかける。おにい様は思い込みや勘違いで暴走することが多いけど、ここで矛先が私に向くとは思わなかった。そしてとうとう観念した私が口を開こうとすると、彼はそれを遮って言葉を続けた。
「セルカ、せめて卒業まで……卒業?」
気付いた。
そこからは順調だった。
おにい様を迎えに来た仲間さんが理解力のある方で、彼らのおかげですんなり誤解を解けた。私が学院の授業に飽きてサボっているだなんて、とんだ言いがかりである。
旅に出ることを告げると「ついていくぞ」なんて言い出したが、おにい様は次期当主としてやるべき事が沢山あるだろう。当然断ると彼はへそを曲げてしまい、仲間さんに慰められながら乗合馬車に戻っていった。
あ、街の様子や特産品だけでも訊いておくべきだったかも。
ともかく、私たちは有名人なおにい様のせいで注目されていたので、逃げるように街に入った。
それぞれ貴族の身分証やギルド証を提示して馬車ごと街に入ると、すぐさま全員を降ろして馬車を収納した。黒馬もライライがしまう。それから気を改めて、
「最初の街に到着だね」
と宣言してみる。こういうのを言うのってリーダー感あっていいじゃない。
規制でもされているのか、その街には三階以上の建物は無く、たいそう整った印象を受けた。のどかな雰囲気でとても王都の最寄りの街だとは思えないが、それなりに栄えているようではある。
私たちはまずその街にある冒険者ギルドの支部を訪れることにした。路銀に不足はないし見た感じ急ぎの依頼などもない平和な街だが、ギルドでは宿泊施設の案内があったりするので初見の街では訪れるに越したことはない。
広い通りを歩いているとすぐに目の前にギルドの施設が見つかり、私はするりと中に入った。
建物内部は意外と静かで、張り出されている依頼も低難度のものが多く目につく。難易度が高いものでも商人の馬車の護衛や少し遠い迷宮「大樹魔林」で採れる素材収集だとかで、見た感じ現在の所持品でも二つ三つの依頼は達成できそうだった。
簡単だからといっても、この街の冒険者の仕事が無くなるのも問題なので受ける依頼は二つに絞ろう。なるべく期限が迫っているものを探すことにした。
すると期限が明後日となっている依頼がひとつ、見つかる。偶然にもそれは大樹魔林の素材の収集依頼で、既に納品することができる素材だった。これ幸いと壁に貼られていた依頼用紙を剥ぎ取ってカウンタへ向かった。
見る目のないものは依頼を手に取った私を見て「冒険者なのか」と驚愕しているようだったので、ハイエルフの見た目でも気付かない者はいるのだなあと溜息をつく。
「この依頼、受けます」
私は受付嬢に依頼用紙を差し出した。受け取った彼女は教育が良く行き届いているのか表情を一切動かさずに完璧な笑顔で用紙を受け取った。見た目で判断しないあたり、好印象だ。
そして依頼内容を確認した受付嬢は内容を読むと少し動きが止まる。それから躊躇い気味に訊いてきた。
「……こちらの依頼の素材が入手可能な迷宮は遠いので、恐らく期限に間に合わないかと思われます。それでも受けますか」
私はもちろん二つ返事で了承し、すぐに告げた。
「あるので、納品します」
その言葉に受付嬢は一瞬目を見開いて、それから平静を取り繕って「こちらへどうぞ」と広いカウンタへ案内してくれた。私は前置き無しにそこに依頼分の素材を載せた。
そうして幾ばくかの達成報酬を受け取った後に、私は後ろに待っていたトーマたちを振り返った。するとニヤリと笑ったライライが、わざとらしく大きな声で言った。
「良い宿が見つかったので行くのですよ、リーダー」
「うん!」
私の元気な返事を聞いた冒険者たちは思わずちらちらとこちらを見るが、その際にようやく気が付いたのか「もしかして」「進化種か……」「初めて見た」「あの子ハイエルフ?可愛い〜」などと、声を潜める者や笑顔で堂々と胸の内を告げる者がいた。
可愛いなんて、照れる。美人で優しくて素敵なおかあ様の若い頃によく似ていると言われてきたが、おかあ様のことも同様に褒められているように思えて嬉しさも感じた。
あまり長居するつもりはないけれど、テンプレの「絡んでくるガラの悪いおっさん」もいないし、きっといい街なんだなあ。