第46話「それじゃあ、きまり!」★
卒業する旨を伝えてから数日間、残り少ない学院生活を意識しながらもなるべくいつも通りに振る舞い、クランメンバー以外の友達ともある程度仲良くしながら過ごす。
事情を知っているナハト先生はたまに現在の決定状況を聞いてくるが、まだベルたちが実家の人と話すことができていないのでなかなか状況は変わらない。
そしてついにその次の週末に、ベルとライライは家族と相談するために学院都市から姿を消した。二人はさほど離れていない王都の実家に向かっていった。見送った私たちは、ドキドキしながら帰りを待つことになる。
たった二日間の休日がとても長く感じられて、大樹魔林にいるときも落ち着かず、特に私は魔力の強さに慣れなければいけないのに、そわそわしっぱなしだった。
迷宮内で数度魔法の操作を誤り、自信のあった魔力操作が上手くいかないことを危惧した私は二日目を全て練習に費やして、ヘトヘトになって演習場から帰宅した。
「疲れたぁ……あ、ただいま」
部屋の戸を開けると、そこには既にベルとライライがいて「お迎えしたかったのに!?」と私は大袈裟に驚く。
二人は前より新しい服を着ていて、異空間収納に入り切らなかった荷物をバッグに詰めて持っていた。これは、期待してもいいのかな。ドキドキしながら二人の言葉を待つ。
するとベルとライライはお互いに目配せし合うと、まずライライが口を開いた。
「ライライは行くのですよ。父はまだまだ現役なのです」
それを聞くと、私は大袈裟にガッツポーズをした。折角仲間になったのだ、一緒に旅に行くことが出来ることは嬉しいに決まっている。続いてベルは
「私は…………を、辞めたから。一緒に行くよ」
と、曖昧な笑みを浮かべて言った。
「何を辞めたって?」
私が聞き返すが、彼女は「ううん、なんでもない」と首を振って黙った。話したくないことなら強要はしない。アンネもベルが行くなら……と言ってくれた。私はとりあえず暫定的に全員で旅立てることが決まったことを喜び、二人の持ってきた荷物を預かった。
私はおじい様からおとう様おかあ様に伝えてもらうし荷物は学院寮に来る時に全部持った。トーマとバウのぶんも持っている。他のメンバーもベルとライライの帰省中に必要なものを自宅から集めた。
あとは、手続きと友達とのお別れ。
早ければ明後日の朝には出発できるだろう、と独りごちて、私たちは夕食の準備に取り掛かった。今日は私がチョシーを作る。あの時みんなに買ったチョシーは気付いた時にはすっかり冷めてしまっていたので食べさせていない。意外なことに家庭料理として浸透しているようなので材料は簡単に判明したので、セルカ特製チョシーを食べてもらうのだ!
異空間収納から材料を取り出した私は、手袋を外して張り切って調理する。たまに切るのを手伝ってもらいながら、ちょっとアレンジを加えて……。
翌日、朝のホームルームの時間にナハト先生から本日をもって卒業する生徒がいると発表された。さすがAクラス、その情報が発表されるや否やクラスメイトの視線は私たちに集中していたので、えへへと笑った。
異空間収納からなんでも出すしクランは即座にAランクとなり、噂ではエリアボス討伐者であるクランリーダー、実習授業でも抜きん出た実力……目立っていたので仕方ない。
ホームルームが終わるとベルの元取り巻きや、隣のクラスから来たアンネとアンネの友達が私たちの周囲に集まり、おめでとうと祝福してくれた。
元々クランメンバーとばかり関わっていたから泣いている人はいないけれど、それがまた良い。みんなに笑顔で見送られる、一番いい卒業だと思う。
移動教室の時も廊下で先輩方に祝われたり先生に祝われたりと、忙しい忙しい。身長の低さと目立つ面子のせいかすぐに見つかって、一日中人に囲まれていた。午前のみの授業だったために昼に食堂にいると、料理人が「恒例の」卒業ケーキを作ってくれていて、私はあまりにも嬉しかったので、集まった人達に一斉に「天使の声」でお礼を言った。拡声効果を利用しただけであったがそもそもが支援魔法の類なので、皆驚いていた。
そうして式などなく卒業した私は、寮で過ごす最後の夜、期待と緊張のおかげで一睡もできずに話していた。みんな寝ていたけれど、リリアとトーマが話してくれたので寂しくは無かった。
「一緒に強くなろうね」
ひそひそ声でそう約束して、朝を迎える。
まだ学院生たちが目覚めない早朝、私たちは静寂の中寮を去った。異空間収納に全て入れて来たので寮の部屋はもぬけの殻、まるで神隠しにあったかのようだ。
街に出ると開店の準備をしている人々がちらほらと見え、私たちの胸に光る卒業証のコインを見ると口々に「おめでとう」と声をかけてくれた。人によっては店の商品であろう野菜や果物、干し肉などをくれた。
こんなに貰ったら普通は持ちきれないだろうけれど、私の異空間収納はまだまだ空きがあるので、断らずに受け取った。そのまま私たちは学院都市を発った。
歩くと時間がかかるので、外壁を超えた私はマジムを喚び出す。彼は状況からすべてを察して、大きな獣形態をとり、私たちを背に乗せる。
最初は王都で「ぷりてぃ☆りぼん」店主のりぼんおねえさんや、居酒屋を開いているその双子の兄、その他お世話になった方に挨拶をする予定だ。今生の別れではないのでそこまで時間をかけるつもりは無い。
王都の外壁が見えると門兵を刺激しないようにマジムを還して、そこからは歩いた。
「え、Aランククラン……あっ、幼女と鬼……噂は聞いています!」
驚嘆した門兵が尊敬の眼差しを向けるなか王都に踏み入れた私たち。私は本当に久しぶりに来た感覚で、しかも実家のあるエルヘイム領と反対側の門を通ったので違う場所のように思えた。でもよく見れば見覚えのある露天や建物がある。
朝市が賑わいを見せる王都は学院に入学する前とさほど変わらない様相であったので、歩くうちに冒険者ギルドの建物を見つけてからは「こう繋がってるんだ」と理解できた。
そんな私がまず向かったのは、路地裏。少し歩いたところにあったのは民家のようなボロい外観の店。ドアの横には最初来た時は地面に落ちていた看板が立て掛けられていて、店名が見えた。
居酒屋ガンテツ。それは恐らく店主の名前が由来なのだろうと思われた。ドアから漏れる料理の匂いが空っぽの胃にダイレクトアタック!!
「私のおにい様の行きつけの店だよ」
私はそう告げるとドアを開けて、居酒屋に入った。
「お久しぶりです!今日のオススメ料理を八人前、お願いします」
カウンター席に座りながら大きな声で言うと、「う、うるせぇぞ!普通に注文しろ!……久しいな、特別メニューをくれてやる!」と懐かしい声。相変わらずツンデレ感があって可愛らしい。
店内を見回せば、メニュー表記がいくつか変わっていた。客もそこそこに、濃厚な肉の香りが店内を満たしている。
ベルなんかは上級貴族の娘であるので見たこともないようなお店の雰囲気を感じて物珍しそうにしていた。朝だというのに酒呑み肉喰らう筋骨隆々の冒険者などは、きっと大きな依頼を終えたてで懐が潤っているのだろうな。
一通りみてからはマジムも喚んで話しながら料理を待った。流れでマジムのぶんも注文したので、マジムのぶんもあることを伝えると「セルカ様……!」と感激された。
そんなこんなで時間は過ぎ、ソワソワしながら待つうちに料理が完成したという声が響く。しかし流石に八人前の料理は多過ぎたようで、
「妹さん、ちょいと運ぶの手伝ってくれ!」
と救援要請。それを聞いた私はふふふと笑ってから店の奥に入り、物質化させた魔力を手のように操作して料理を運ぶ。そしてぶっきらぼうに「ありがとよ」と告げた店主と共に料理を運び終えると、クランメンバー全員がごくりと喉を鳴らした。
運ばれた料理は店主ガンテツの言った通りに特別メニューのようで、なんだかとっても特別な食材も使われていそう。高い香辛料もふんだんに使われており、鼻腔と食欲を刺激する。店内の肉の匂いで焦らされていた私たちは、ある者は本能のままに、ある者はマナーを気にしながらも手早く料理を食べ始めた。
私も無くならないうちに沢山食べないと、バウが全部食べてしまう……そう思って手を伸ばした。
キャベツと肉の炒め物はこってり濃厚なタレに絡めてあり、自分の分を取り分けた私はすぐさま大口を開けて口に入れる。甘辛いタレは焼肉のタレに近いが何か隠し味でも入れているのか旨味が半端ない。加えて柔らかな白パンを食すと……もう手が止まらない。
そのうち喉の乾きを感じてコップに手を伸ばす。喉を通る水は爽やかな柑橘系の香りがして、私はまた肉を欲する。たまにスープを口に含むが……水やソフトドリンク、スープはあっさり爽やかなものが多いことに気が付いた。
それらの働きで毎度毎度食欲がリセットされているかのように肉が欲しくなる。恐らく肉とそれらは絶妙なバランスで味付けされているのだろう、周りを見ると、ベルですら少しお行儀悪く食べていた。お嬢様が口元にたっぷり肉汁を……。
その料理を見た当初は「朝食には重たすぎたかな」と不安になったがそれは杞憂だったようだ。途中ペースを落としながらも残すことなく完食した私たちは、皆一様に満足気な表情で椅子に体を預けていた。
皿に残るのはこの店お馴染みの漫画肉の骨と、タレや調味料くらい。みんな肉・野菜片のひとつも残さなかった。
「ご馳走様でした!」
代金をきっかり渡したのちに、私はガンテツに向き直ってお辞儀した。そして旅に出る旨を伝えた。たまには戻ってくるけれど、それまでここのお肉は食べれないんだと思うと寂しい。
「おう、行ってこい!いつでも竜肉の持ち込みを待ってるぜ」
ガンテツは旅立ち祝いとして美味しそうな燻製肉を贈ってくれた。この店の料理にも使われていたと思う。そんな絶品燻製肉に喜んで、私は再度笑顔で告げた。
「今日は本当に美味しかったです。ご馳走様!おにい様によろしくおねがいします!」
そうして私たちは次の目的地であるオーダーメイド専門洋服店ぷりてぃ☆りぼんに向かった。キャラの濃さは有名だったようでライライなどはさほど驚いていなかったが、意外なことにアンネは知らなかったようで震えていた。マジムはむしろ馴染んでいて「セルカ様の可愛らしいポイント」について語り合っていた。
その際にりぼんおねえさんは、
「幼女守護団のメンバーは全員可愛いから、オーダーメイド無料で受け付けちゃうわ。流石に素材は足りないだろうから、旅の途中でいいモノが集まったら、いつでも来てちょうだい!」
とウィンクしながら言っていた。可愛い子にはサービス過多。そんなこんなでいちおう高級店なはずだが、とても好条件な約束をしてもらえた。
りぼんおねえさんと私たちは明るいまま別れ、小さな用事を済ませた私たちは夕方に馬車を買い付けた。買ったのはおにい様愛用の馬宿からで、馬については代わりにライライの虫に引いてもらうことになったので買わなかった。
異空間にしっかり馬車を収納した私は、取り敢えず安い宿を借りて眠りにつくのだった。