第45話「過剰魔力」★
獣形態をとるマジムの背に乗せられて運ばれてきたのは意識を失っているセルカだった。動かない姿を見て狼狽え、それでも生きているとわかると泣いて喜ぶ幼女守護団のメンバーたち。マジムは疲れている様子ではあったがセルカが無事なことが余程嬉しいのかハイになっていた。
そんな状況を全く把握していないセルカが、翌朝目を覚ます。
「……ん、ここは」
気を失っているうちに魔力も少し回復したのだろう、私は少し怠いが動くようになった身体を確認するように触ってから、起き上がる。すると顔になにかがぶつかった。
何かと思えばそれは胸で、双丘の向こうにリリアの桃色の頭髪が見えた。となればこの心地よい感触の枕はふとももか、と納得した私は今度はぶつからないように起き上がった。
そこは私のベッドの上で、隣にはベルが眠っていてその他はそれぞれ私のベッドの周りの床に横になり、泥のように眠っていた。
窓の外には昇りかけの朝日が煌めいていて、様子から察するに一晩経ったくらいだろう。唯一起きていたリリアは私と目が合うとくすりと笑う。
「心配しました。トーマなんて少し前まで「セルカ様が起きるまで俺も待つ」っていってたんですけどね……」
それを聞いてトーマを見るが、彼はすやすやと穏やかな寝息を立てて眠っていた。寝顔綺麗……かわいいなぁ。
私はその後他の人達を起こさないように気を付けながら顔を洗って髪の毛をリリアに手伝ってもらいながら結び直す。そのうちに違和感を感じて鏡を凝視すると、その正体に気が付いた。
鏡に映ったのはハイエルフだった。
ハイエルフとは、エルフの上位存在である。一説としてその身に宿す桁違いの魔力が姿を変質させると言われているが、この様子だとそれは当たっていたようだ。氏族ごとに特徴は変わるが、私には銀の氏族のハイエルフの特徴がピッタリと当てはまる。
赤の瞳は光を受けて複雑な色合いに輝き、銀糸の髪は相変わらず、額や身体中には宝石……のように煌めく魔石。耳も完全にエルフの長い耳に変わっていて、なんだか自分じゃないみたい。
リリアも言われてから気付いたようで「すごい!すごいですね!」と興奮していた。魔物でも人類でも、進化というものはなかなかできないものなのだから、喜んで当然!
私は額の魔石に触れてそれからギルドカードを取り出した。
セルカ・エルヘイム
Lv:1
ランク:C
年齢:17歳(+16)
種族:進化種:ハイエルフ(銀の氏族)
見れば、それらの情報はしっかりと反映されていた。レベルはリセットされたみたいだけれど、見た感じステータスはあまり変わっていないし寧ろ上がっている項目すらあるので、ガイアの経験値でかなりレベル上がったんだなぁと感心した。
……神様……なんだよね。倒しちゃったけれど、良かったのだろうか。
リリアは私がギルドカードを確認したのを見ると「あたし達も数回レベルがあがっていましたよ」と嬉しそうに報告してくれた。共闘したと認識された結果として全員にある程度の経験値が溜まったみたい。そう考えると一番活躍していたマジムは……。
考えても不安が募るばかりでキリがない。私は頭を振って気持ちを切り替えると、マジムを呼び出した。
現れた彼の見た目はそう変わっておらず、私は拍子抜けする。なんかもっと私よりえぐいことになってるのではと身構えていたので、その分落差が激しい。しかし見た目だけで判断するのは良くないので、使い魔契約の繋がりを通して彼のステータスを見た。
マジム・ガイア
Lv:unknown
ランク:支神級
年齢:1兆9733億82万5021歳
種族:大地神
「……」
「…………セルカ様?」
黙り込む私の顔を覗き込むマジム。年齢は知ってた。でも、名前とレベル、ランク、種族までもが変わってしまっていた。こんな私の使い魔でいいのかなぁ。
以前よりキラキラ輝いて見える彼は、実際に輝いているようでリリアの視線が釘付けになる。それは恋愛的な感情を一切含まない、畏敬の念のこもった視線だった。リリアは模擬戦の時から私を見る目が変わっていたし、人を信じるのが早いんだろうな。
大地神ってことは、あのガイアを継いだ形になるんだね。神様になってしまったけれど、強くなったことには変わりないし契約してるうちは一緒に居ても咎められることはないだろうし、心強い味方だ。
私はキラキラしてるマジムに、微笑んで言った。
「これからもよろしく、マジム」
名前を呼ばれたマジムは顔を真っ赤に染めて照れながらはにかんだ。それからしばらくダラダラと過ごしているうちにみんな起きてきて、トーマなんかはハイエルフとなった私を見るやいなや泣き出して、泣き顔を隠すように床に膝をついて頭を下げていた。
そのまま何事も無かったかのように教室に向かう私たち。教室に着いてからも、前髪で隠れているし耳なんか些細な変化なので種族進化について言及されることはなかった。
しかしマジムが頑なに「隣に居たい」と主張し続けたため、珍しく使い魔を連れていることから注目はされた。
「ところでマジム」
私は自分の席に座って、目の前で幸せそうに私の顔を見てくるマジムに問いかけた。ずっと思っていたことがあった。
「マジムは使い魔でしょ、だけどライライの虫たちは従魔……どういう違いがあるの?」
首を傾げて質問すると、彼は少し悩んでから答えた。
「えっとですね、まず使い魔は従魔より使い勝手がいいんです」
「使い勝手……?」
「そう、まず僕は自分の意志で異空間とこちらとを行き来できて、セルカ様を助けることができます。魔力も使い魔自身のものを使うので主人は疲れません。加えて使い魔は部位召喚が可能で、狭い場所で大きな魔物を呼び出すときには便利です」
その言葉を聞いて、私は思い出す。これまで手首から先だけを召喚して扱うことが何度かあったが、それは使い魔だったからできていたのか、と。……でもそんなに利便性に差があるのに、なんでライライは従魔契約を選んだのだろう。
するとその疑問を予想していたかのように、マジムが続けた。
「では何故従魔契約をする人がいるのか、と思いますよね。これは単純なことで、使い魔契約のひとつの欠点が理由になっています」
その欠点は契約に必要とされる魔力量が多いことだ……と彼は告げた。彼が示したおおよその数値は宮仕えの魔法職でもギリギリ届くか否か、といったところである。それでもまぁ、非現実的な数値でもないことは確かだ。
「あとはですね、術式や陣がとても面倒なんですよ」
つまり、魔物と契約するような場所……魔物がいる場所で行使するには些か不安が残るというわけだ。強い魔物を屈服させて喜んだのも束の間、気付いたら死んでました、なんてことになりたくないだろうし。
知りたいことを知れて満足した私はマジムに感謝の言葉を告げてから時計をちらりと見る。先生が来るけれど、進化について何か言われなければいいのだが……。
「……ということで解散、教室移動しろよ〜。……と、セルカたちは放課後でいいから学院長室に来てくれ」
見事フラグを回収した私はちらりと先生を見てから席を立った。元ベルの取り巻きであったものたちが私たちに視線を集中させるが、私はにんまりと幸福顔で教室を出る。やましいことなんてないから不安に思うことはないはずだ。
そのまま幼女守護団全員でぞろぞろと廊下を歩き、屋内の演習場へ向かう。寄り道の時間はない。
そして全ての授業を終えた私たちは学院長室の前に来ていた。するとそれを感知したのか扉の向こうからナハト先生の声がして、セルカと使い魔だけ中に入るように促された。
心配そうにしているトーマだが、私は彼を制して中に入る。そこには入学式ぶりに見る若々しい学院長と、彼の前だというのにスーツを着崩しているナハト先生、そしておじい様がいた。
「やあやあ」
学院長はヒラヒラと手を振って、ヘラヘラ笑う。存外に気の抜けた雰囲気であったので私は訝しみながらも一歩前に進んだ。
「先生方、要件は」
質問を受けてナハト先生が一歩近付くが、後ろでマジムが警戒して私を後ろから抱きしめる体勢になった。それにはナハト先生も面食らっていたが、彼は両手を頭の上にあげて降参のポーズをとる。
それでもマジムは警戒を解かないので、観念した先生はそのまま口を開いた。
「それの気配、感じられる人からしたら失神ものなんだよね」
ナハト先生は口の端を上げていたが、顔色は良くなかった。これはやはり、言葉の通りにマジムの魔力や神力が影響しているのだろう。感じられる人……つまりある程度経験を積んだ先輩や先生方には辛いものだったか。
先輩方と関わることもほとんどなかったため、気付けなかった。
「……マジム、抑えられる?」
「ちょっと無理、ですね」
申し訳なさそうにしながらも抱きしめる力を強める彼からは、感覚を研ぎ澄ますと確かに強烈なチカラを感じた。私は彼が味方だという安心感からか恐怖や威圧は感じなかったけれど、急にこれだけの存在が現れたら混乱もするよね。
しばらく無言の時間が続き、私は居心地の悪さを感じながら先生方の言葉を待った。その静寂を破ったのは、学院長。
「で、だ。セルカ、君はもうここで教わるようなことはないだろう。実力はギルドの支部長のお墨付き、残りのクランに入っている生徒たちも君の影響か相性かはわからないが卒業レベルまで至っている」
その言葉から、私は次の言葉を予想できてしまった。それは私にとって良い提案だったが、トーマたちにはあまり良いものに思えない。
学院長はそのまま言葉を繋ぎ、予想通りに
「前例はある。卒業検定はAランク冒険者になることかクランをAランクまで育て上げること。……君たちには卒業して貰いたいんだ」
と告げて、私は嬉しさ半分寂しさ半分、曖昧な笑みを浮かべた。一呼吸おいて私はその提案を了承し、それから条件を提示する。
「いい……けど、ちゃんと私以外のメンバーにも訊いてください。そもそもその話をするなら何故私だけを招いたんですか」
ちらりとおじい様を見て、私は学院長に向き直る。すると彼は不意に魔法を構築して立ち上がった。
その魔法は部屋を包み、外の音が完全に遮られる。恐らく外からも中の音が聞こえなくなっているのだろう。そうして完全な防音が施されたことを確認した後に、学院長はイヤーカフスを外した。その瞬間に彼の姿が変わった。
艶やかな金髪はそのままに、瞳の色は真紅に染まる。額と体の一部には魔石が埋められていて……私は彼がハイエルフだということを知った。それも、私と違う氏族の。
「これは前種のカフスというものでね……進化前の姿に戻ることができる魔道具だ」
彼はそれだけ言うと私に放る。慌てて受け取ると、彼の手には既にもう一対のイヤーカフスが在った。
「進化種は狙われやすい。こちらが追い出すようなかたちになってしまったからね。一応渡しておくよ」
「ありがとうございます」
私は頭を下げる。折角貰ったものだけれど、私はナメられることが多いからひと目でハイエルフだとわかるこの外見は利点だ。手の中のイヤーカフスを異空間収納にしまうと、私は「話は終わりですね」と言う。学院長は微笑んだ。
「私がハイエルフだということは内密に頼むよ、セルカ」
私は頷くと部屋を去る。
そして心配して待っていた仲間たちに迎えられて、それから部屋に戻ったあとに卒業する旨を伝えた。話を聞いたリリアは驚愕のあまり固まっていたけれど、それ以外のみんなは察していたみたい。
恐らく私以外ではリリアだけがマジムの神力などにあてられることが無かったからだと思うが、なんと鈍いのだろう。私は彼女が落ち着くのを待ってから言葉を繋いだ。
「学院を卒業した後は、旅をしてみたいの。目標は最高ランクのSSランク冒険者になること。トーマは奴隷契約があるから仕方ないけれど、それ以外のみんなには、自分のしたいようにしてほしい」
言って、貴族の跡継ぎ候補であるベルと彼女にべったりなアンネローズ、商家の一人息子であるライライの三人はここでお別れかなぁ、と心の中で落胆した。
「卒業はいつでもいいから、ゆっくり考えて」
にこにこと笑顔で告げると、すぐにバウが「僕は行くね」と同行を決めた。彼女は本業が元々狩人……冒険者に近いものだし、彼女がいてくれると心強い。続いてリリアはキラキラする目を私に向けた。
「あたしも一緒がいいです!」
言葉の勢いのままに抱きついてくるリリア。抱きしめる力は強かったけれど、嬉しかったので甘受した。かわいい。
それから五分くらい経った。結局あの後に決断する人は出なかったので、後でいいだろうと判断し、私は「ん、じゃあいつでもいいから決まったら言ってね!」と話し合いを終わらせた。
その後、私はトーマが全員ぶんの料理を作っている様子を見ながら、そっと訊いた。
「ごめんね、強制的になっちゃって。嫌だったら奴隷契約、切ってもいいよ」
充分一人で生きていけるまで強くなった彼は、もう私という貴族に頼って食を繋ぐ必要がないのだ。心配してくれたり、率先して動いてくれるトーマなら、契約していなくても付いてきてくれる……そう思っていたけれど、不安ではあるのだ。
彼は私が前に出ることを嫌う。一緒に連れて行ったら無理にでも前に出て、負う必要のない怪我までしてしまうだろう。
訊いてからも手を止めずに野菜を切っているトーマは、視線を動かさない。それから口元を緩めて楽しそうに言う。
「わかってるだろ、今では主人として尊敬してるし仲間としても」
「尊敬を感じないなぁ……」
私は笑って返した。尊敬しているっていうのは嘘じゃないってわかるけれど、なんだか気恥ずかしい。でも、良かった。彼は彼自身の意志で来てくれる。
もやもやした気分が吹き飛んで、途端に空腹が襲いかかった。私は「お腹空いたなあ」とわざとらしく告げると、小走りでみんなが座って談笑している中に飛び込んだ。