第44話「フラグ即回収」
そして数週間後、私もようやくサポート無しで罠を見つけるコツがわかった頃。この階層での目的だった罠攻略が済んだことで、ようやく次のステージに進むことに決まった。
ひたすらライライとアンネが褒められるのを羨む日々とももうおサラバ!私たちはこれまで同様に、むしろそれ以上に余裕をもって迷宮を進み、そして待ち望んだ新階層へと到達したのだった。
とはいっても、森なのは変わらない。しかしここ第十階層はその森林を形成する樹木の、大きさが桁違いであった。そのぶん木々の隙間は広くなっていて進みやすいが、それ即ち敵も動きやすいということ。事前に調査した結果だと、魔物のサイズも広くなった通路に伴って大きくなっているのだとか。先達が残してくれた情報のおかげで油断せずに挑むことが出来ていた。
そうして進み出したのだが、予想通り、というか情報の通りにトレント種は出てこない。トレント種はどうしても弱点が分かりやすく、しかしこの森林のサイズに適するトレントが居たとすれば戦力過剰なのである。一階層進んだだけで急激に敵が強くなる……なんてことは迷宮には滅多にない。
満を持して新階層に挑んだ私たちは苦戦も消耗も少なくしてその階層を攻略していった。
丁度その頃、マジムは主であるセルカからの召喚がしばらくの間ないのをいいことに、独りでに歩いていた。場所は学院街の壁の外、森と平原の境目。目的はもちろん、セルカのためになることである。
「最近出てこないんですよねぇ……そろそろ諦めたのでしょうか」
彼の唇が小さく動き、声色が不満と不信感を顕にした。これまで十数回にわたって傀儡や魔法の直接妨害というかたちでセルカの邪魔をしていた存在が、急に何もしなくなったのである。
セルカの強さが証明されたことやクエイクを使わなければ危険だというような場面がなかなか無いことは理由になり得る。しかし彼にはどうも腑に落ちなかったのだ。
あの水分を存分に蓄えた泥のような、ねちっこい性格の存在が突然に諦めるなど、彼にとってはありえない事なのだ。地面を見つめ忌々しそうに唾を吐いた彼は、そのまま自分だけの異空間に帰ろうとする。
だがそれは叶わなかった。
唐突に学院街とその近くにあった迷宮街を地震が襲った。地震、それはマジムの憎む存在と深く関わる事象。とてつもない不安感に襲われた彼はセルカの元を目指すが転移が阻害されて使えない。どうやらいつかのときのように使い魔契約の繋がりを何者かの魔力で乱されているようだが、その犯人はもうわかりきっていた。
「ガイアァァアアア……!!」
吠えるような声を上げて、マジムは駆け出した。目指すは迷宮街フレーゲル内部、大樹魔林。人の街に入ることを考慮して人型のまま、セルカを追って迷宮の深層を目指した。
彼は人ならざるものだ。獣人?マンビースト?そのような種族はヒトに分類されるのでこの場合には適さない。彼は人ならざるものだ。神の系譜に至った新しい者だ。
彼が寵愛するセルカは、絶対に守らなくてはならないものである。マジムの心の中には確固たる意志があった。
神でも、たとえフレイズ様でも、危害を加えるものには容赦をしない。
そしてその執念にも似た想いは、彼を強くし、彼は単騎でセルカの元に辿り着く。血濡れの姿はよく見れば傷ひとつ無く、緑を裂くように流れる魔物達の血が光の粒子に変わる様子は神々しくすらある。
迷宮という半異空間にいて地震に気付いていないセルカたちはマジムが向かった頃には大量の傀儡に囲まれていて、彼はいたく攻撃的な魔力に似たなにか……神力を身に纏い、特大の傀儡を蹴倒して言った。
「腐れ外道の王、神同士に交わされた契約者以外の個人不干渉の契りを破るとは」
いつの間にやら増殖していた傀儡に囲まれ苦戦を強いられていた私たち。その傀儡は存外に……というより規格外に強く、どう考えてもこの階層に適した魔物ではないとわかる。これまでの魔物のように森林や植物に関連するものでなく、強さも異常で、地面から延々と生まれるのだ。
全力で応戦しているうちに巨木たちは折れ、地に張っていた野草も灰と化し、まるでそこは地獄だった。唯一の救いはなんとか全員生きていることだ。傷も即回復しているため見かけは無傷であるが、確実に追い込まれていた。
しかしその場に獣の咆哮が届いたとき、私はいいようもない安心感に気が緩む。その隙に接近した傀儡はトーマの魔剣に砕かれ、私は慌てて魔法を使い手助け。そしてある存在に声をかけた。
「マジム……」
その声はどうやら彼には届かなかったようで、人から巨大な獣へと変貌した彼は巨大なあぎとで数体の傀儡を噛み砕いた。怒れる獣は私を守るように傀儡の前に立ちふさがると、野太い声とその姿に似合わぬ穏やかな口調で喋った。
『出てきてください。傀儡程度に僕の守りは突破出来ませんよ』
それは一見傀儡に向けられた言葉のように思えたが、彼の目は別地点に向けられていた。そして、観念したように、異質な存在がそこに現れたのであった。
土が盛り上がり、人の腕を形成してそのままそこから巨人が生まれる。かたちこそ人間だがその身体には岩でできた鱗が生え、頭部には無数の目が存在していた。
マジムはその存在を目にすると、心底忌々しそうに名を告げた。
『契りを破ろうとは。堕ちたものですね、ガイア』
その名は八百万の神の頂点に立つという主神の従属者であり主神に次いで強いといわれる支神の一柱。
なぜ敵対に至ろうか、私には到底予想もつかなかったが、どうやら今までクエイクを邪魔していたのはこの者だろうと確信に近いものを抱き、私は身構える。マジムは以前より強大な力を手に入れたのか、彼の魔力……に似たものはガイアの前でも見劣りしない。
確りと見据えると、ガイアは私を見下ろして言った。
『そのような者を放置するなど、あってはならん。フレイズ様が見逃していることにも納得がいかぬ……!』
焦りのような何かを浮かべて、土で出来た滑らかな唇を動かした。男の声。彼はマジムに退く気がないことにとっくに気付いていたのか、そのまま岩の大剣を生み出して襲い来る。巨人の動きは予想外にすばしっこくて、私は避け切れずマジムに護られた。
マジムは両手で剣の腹を掴むようにして攻撃を受けたが、その剣に黄色の紋様が浮かび上がった瞬間、彼は飛び退く。
私は飛び退くマジムに抱きかかえられてガイアとの距離を置いた。視界の先では大剣の切っ先が爆発して石礫が飛散する。豪快で大雑把な攻撃だが、それすらも必殺に昇華させるだけの能力があるということがわかった。
明らかに私たちは足でまといになっている。そう判断した私は全員の周囲に防壁を張ると撤退命令を出し、かつ私はその場に残る。心配そうにする彼等だったが反発する気はないようで、すぐに迷宮の出口を目指して駆け出した。
そしてその場に残された一柱の神と主神の使い魔とその主人である少女は、ガイアの言葉を合図に戦いを再開した。
『敵対するならば殺そうかと思ったのだが、逃げたか。殺す予定があったのはそこの女だけだったから、やりやすくなったな』
私はその言葉に耳を傾けずに自身に最大限の補助魔法をかけていく。天使の声による自身とマジムへの鼓舞は今までで一番効果が強く、身震いするほど力が湧いてきた。
先に仕掛けた獣マジムは急激に上がったステータスに驚きながらも適応したようでガイアに強烈な爪撃を叩き込んだ。速度に対処しきれなかったガイアはモロに喰らうが、それでも傷は巻き戻されたように消える。
それでもめげずに何度も噛み付き、引っ掻くのだが、その間に動きを読まれたマジムは腹を横殴りにされて体勢を崩し一度退いた。べきべきと音を立てて人間形態に戻るマジム。私は待機させていた魔法たちを覚えている中で最も効きそうなものを中心に発動させていく。
それでも砂埃が晴れるとガイアは無傷で轟音を響かせながら腕を振りかぶっていた。咄嗟にマジムの全身に防壁を展開するが、それも一瞬で砕かれ、マジムは重い一撃を身に受ける。
足が地面にめり込み凶悪な神力がマジムから漏れ出した。押され気味になり劣勢に見える……が、私はガイアの無防備な腕に向けて氷の槍を放つ。それらははじめは弾かれていたが、ひとつの槍が表皮を砕くと同時に徐々にダメージが通るようになる。氷が溶けぬのでガイアも再生出来ず、マジムが押し返し始めた。
ガイアは焦ってか再度その腕に黄色い紋様を浮かべるが、それより先にマジムが彼を押し切りそのまま懐へ飛び込んでいた。
拳が爆発するとそれは逆にマジムの勢いを後押しすることとなり、彼はあっという間にガイアを自らの間合いに入れた。ガイアの片腕は氷の槍による傷と爆破のダメージにより粉々に砕け、未だ再生が終わらないため対処が遅れた。
マジムは緑の神力に包まれて速度を落とさぬまま相手に激突、そのまま自らの神力を物質化させてガイアの胸に自分の足を固定する。何をするかと警戒しながらマジムを引き剥がそうと手を伸ばしたガイアの胸に、罅が入った。
『何故だぁぁ!!何故神ですらない若造に!!!』
一撃でダメージが通ったことに狼狽えるガイアは、マジムを引き剥がそうとする。長い間戦闘をしていなかったのだろう、彼の判断能力と戦闘感覚は鈍っていて、懐に入られたことの焦りもあってかマジムを引き剥がすには至らない。
ガイアの操る諸刃の剣……爆発による石礫はマジムに傷を付けるが、彼には再生能力が無い代わりに私が治療するのだ。厄介この上ない二人組に、冷静さを欠いたガイアは無茶苦茶な攻撃を繰り出す。
身体から岩の槍を生やし、地面に穴を開け、大量の傀儡を召喚した。しかし精度のないそれらは守るべき存在が周囲に居ない私と最大限の支援を得た神の系譜に至った人型の獣は、それらを防ぎきり、マジムにいたっては攻撃を続けている。
そんな彼もとうとう引き離されたが、確実に体力の減ったガイアは再生の速度も遅くなり、神力の具現・緑黒炎を纏ったマジムは攻撃を繰り返す。
神といってもガイアは防御力と体力、そして回復力に特化したタンク型の魔物が昇華したものである。そう書物には記されていた。その欠点があるとすれば、マジムのようなタフで素早いアタッカー型に弱いことだろう。
マジムも数度攻撃を受け吹き飛ばされるが、回復力の落ちていくガイアを前に戦況は好転していく。なんたって私は魔力にまだ余裕があるのだから。
追い打ちとばかりに無防備な足元に細工をした氷槍をお見舞すると、突き刺さった氷の槍に憤慨したガイアは凄まじい熱気を発してそれを溶かし、足を再生させる。
「マジム!」
私が声を上げると同時にガイアの周囲の温度を下げていく。小さな氷の粒が無数に生まれては溶かされることを繰り返し、結果として周囲の気温が下がっていく。
そしてその先に視線を向けるとガイア自体の熱は奪えなかったようで、溶岩や溶けたガラスを彷彿とさせる様になったガイアは先程までの傷を消し去り、吠えた。
『くそ……』
マジムが思わず悪態をつくと、そこに土塊が降り注ぐ、傘のように防壁を展開して受け流すと、私はマジムの前に出て弓を構えた。
「今のうちに手を打つよ」
私は女神の天弓を構えると淡い緑の光矢を作り出す。光の内に無数の粒が存在する不思議な矢は、私の意思通りに貫通力特化型に変化していく。見えない弦を張り詰めて放てば、それは柔らかくなったガイアの胸表皮を易々と貫通し内部に深く突き刺さる。
すぐにその傷は塞がってしまったが、私はニヤリと笑みを浮かべてマジムに目を向ける。使い魔契約を通して正確に意図を読み取った彼はようやく固まって暴れ出したガイアに突撃した。
ガイアは最早私のことを忘れたようにマジムに両腕と数多の魔法で応戦しようとする。ノーダメージの両者の戦闘は振り出しに戻ったかのように思われたが……。
「種子開花!」
私の掛け声とともにガイアの体内で芽吹いた植物のツルが、力強く逞しく伸びていき内側から無数の亀裂を生み出した。魔力に守られてとはいえ熱いなかを耐え切った種子の生命力は凄まじく、たちまちガイアの体内と表皮に花が咲き、彼は動きを阻害されて攻撃が遅れる。
そしてそれは、この場合においては致命的な隙だった。
魔力を全てを注いで開花させたために脱力して倒れるが、意識を繋ぎとめてマジムの背を見た。
ちょうどマジムの全力の一撃がガイアの胸部に炸裂する瞬間だった。爆発的で攻撃的な神力がガイアを襲うと、彼の背中から緑黒炎の火柱が上がりその部分から崩れていった。
解けるように崩れて光となってマジムに吸収されていくガイアを見届けて、私はほぅと息をついた。
この瞬間迷宮の出口で祈っていた幼女守護団にレベルアップに伴った『第二職業選択の説明書』が学院より送られ、その通知によりセルカの勝利を知った彼らは泣き崩れる。
そして大樹魔林から出てきたのは……。
来週、主要キャラたちの基本的なグラフィックを載せます(予定)




