第41話「幼女に平伏せ!」
ちょっと…胸糞注意です。
あと、後半の文がわかりにくいかも知れません。どうにか噛み砕いてください(;´Д`)
急に街を覆った魔力に冒険者のいくらかは身構えていたが、セルカはそのことを知らない。その後魔力が霧散し威圧も無くなったことで警戒を解いた冒険者たちは日常に戻っていった。
街の全体に広げていた魔力を今は一方向に絞り、私は走っていた。今もティルベルの炎のような魔力は移動し続けており、その行く先には学院街の門がある。追いつけなければ馬車などで一気に距離を離されてしまうだろう。
走る私の鼻血は既に止まり頭痛も軽くなっていたが、それでも本調子とはいかない。しかし走らねばならなかった。
相手は徒歩、追われていることに気付いてないようでその歩く速度は人並みだ。あまり急いでも目立つという理由もあるだろうが、今回に限っては悪手だった。
そのまま距離を詰めていくと、そのうちに表の通りに出た。背の低い私はわざと人混みを選び進み、紛れ、ついにその男に追いついた。ソフトモヒカンの男は麻袋を被せられた奴隷を連れて、堂々と歩いていた。
でも街中で、戦闘経験のない一般市民を巻き込むわけにもいかず、結局距離を少しおいて街の正門までついていった。男が通った直後、私はギルドカードを門兵に見せて即座に追いかけた。
しかし馬車の群れに商人の群れといった検問待ちの人々で溢れていた門の外では男を見失ってしまう。この時間に街を出たのはこれが理由か……。
溜息と同時に底をついた魔力。私は苦虫を噛み潰したように顔を歪めると高級な魔力回復薬を一気に飲み干した。
身隠しの魔道具を使用し急いで森に入り込む男がいた。ソフトモヒカンの男が向かった先には馬車があり、彼は連れていた一人の奴隷をその中に入れる。乱雑な扱いに奴隷から小さく声が漏れるが、それとほぼ同時にその奴隷は従属の轡を引き剥がした。
どういう原理かと狼狽える男だったが、その奴隷……ティルベルは猿轡を投げ捨てながら割れた魔道具を握りしめて異空間収納から杖を取り出した。
仕掛けは簡単だった。魔道具の効果を一度だけ無効化する魔道具を用いて従属の轡の効果を打ち消したのだ。そしてティルベルは反撃しようと魔法を使う。
距離が近く魔法使いには不利に思われる状況だったが、ティルベルは舐められていたために相手の動きは酷く緩慢で、無詠唱の彼女には追いつけなかった。
簡単かつ最速の魔法が発動し男の腹にぶち当たる。火球はそれこそ初級魔法のものだったが、ティルベルの固有技能『獄炎』により底上げされた威力はそこそこのものだった。
だからこそ、その威力に男は警戒を強めた。
ティルベルは男が距離を置いたことにほっとしながら二発目三発目と撃つが、同じく固有技能である『トリックファイア』の操作技術低下により、そのふたつは難なく避けられた。
そのまま男は防戦一方、ティルベルが魔法を放ち続ける時間が続く。そのうちに男は異空間収納から自らの得物を取り出し、構える。短刀だった。
それでもティルベルの炎魔法は止まずに男を攻め立て、男は短刀を杖代わりに構えて魔法を使い始める。水の加護……つまり炎魔法の威力を殺す付与魔法のようで、それからは防御を多少無視した男が攻勢に出た。
なかなか使い慣れているようで彼の短刀さばきは大したものだった。ティルベルも負けじと魔法を撃ち続けるが、それも幾らかは当たらなくなってきた。
恐らく男が近くにいることで焦っているのだろう、魔力も不安定に揺らめき、男はそれを見逃さなかった。
即座に組み伏せられたティルベルは、今度こそ従属の轡をつけられた。入念に魔道具の発動を確認した男は、地面に倒れたままのティルベルを足蹴にして唾を吐く。
「クソガキが!多少値が落ちるだろうが、お前だけはここでぶっ壊れるまで使ってやる!」
騒ぎを聞きつけた男の仲間もゾロゾロと集まり始め、ティルベルは歯を食いしばる。彼女の目的はただ一つ、アンネローズを救うことだったのだ。
それが今や捕えられた側。これで少しでも冒険者たちが事件を解決するまでの時間稼ぎになれば、と思う気持ちと、今すぐ助けたいという想いがまぜこぜになり、胸が張り裂けそうだった。
下卑た笑いが聴こえ、男が私を見下ろした。悪意のこもった視線が幾つもティルベルを突き刺した。
周りを見れば木々ばかり、馬車のあるこの場は森の中、さらには探知魔法の妨害までされているようだ。魔力も従属の轡によって吸われ、反抗する手段も気力も失われた。
足を止め、今にも距離を離されていると思い、背筋が冷える。私は魔力が回復したところで急いで魔力を放出するが、不思議なことに周辺にティルベルの魔力は感じられなかった。
探知魔法を覚えておけばよかった……そう後悔するがそれも今更で、ただ地道に魔力を広げて探すしかなかった。
するとある一点に面したとき、魔力が分散されるのを感じた。何かの魔法が使われていたりしている場所ではこのように魔力が散ることがあるのだが、それはあまりにも広い空間だった。
私はすぐさまその場所に向かって走り出し、そして小さな小屋を見つけたのだった。
そこからはちょうど男が数人出ていくところで、私は「まさか」と思いながらそこに近寄り、戸口からそっと覗き込んだ。薄暗いその小屋には、少年少女が従属の轡をつけられた状態で身動きせずに立っていた。恐らく男達の命令により座ることも禁じられているのだろう。
運の良いことに見張り一人が残っているだけで、私は小さな窓から侵入し、その下に座っていた見張りに植物の種をふりかけた。物音と種に驚いて上を向いた男に水をかけ、私は奴隷達と男の間に着地。男が何やら笛を取り出したところで種を発芽させた。
魔力が残り少ない(セルカ基準)なのでちょっとお高い魔法付与済みの種を使ったので、そこからはほぼ一瞬。男は笛を吹く前に頭から植物に覆われ、人型のオブジェのようになる。強靭な魔法植物は男の動きを完全に封じた。
その上からさらに従属の轡をつけて、私はようやく息をつく。奴隷達は怯えていたが、私はとりあえずその場にティルベルたちがいないことを確認すると小屋を出た。そして出ていった男達を追った。
この場が見つかるとは想定していないのか、男達の歩いた痕跡は多数残っており、容易に後を追うことができた。
私はそのまま立ち止まることなく彼らを追い、その先で炎に表皮を焼かれた木とその周囲に集まる男達を目撃する。咄嗟に隠れてその人集りの中心に目を凝らすと……
「使ってやる!」
……男に見下ろされて動きを止めているのは、猿轡をつけられたティルベルだった。
それを理解すると同時に私は弓矢を用意し魔力を流し込む。女神の天弓の効果で魔力は矢に注がれ、緑の植物属性の光が灯った。
そしてその矢を放ち、男達は数人振り返った。しかし油断していたなかで矢に対応できる者はなく、緑の矢はティルベルの真上に届いた。瞬間、私は込めた魔力を爆発させる。
白い花が咲き、その根や幹がティルベルを守るように囲った。一斉に武器を取り出す男達だったが、私は間髪入れずに二発目の矢を放つ。警戒する男達だが、ティルベルの近くにいたソフトモヒカンの大男は違った。
「騙し討ちだ!こいつぁ魔力が込められてねぇぞ」
そう叫ぶ男は、よく見ればティルベルを連れていた男だった。やっと追いついた、という安堵と絶対許さない、という怒りが渦巻いた。
大男は短刀を構えると炎の加護をその場の全員に付与し、それから周りの男達に指示を飛ばした。
「魔法職だ!距離をつめて一気に叩け!ガキの命はとっ捕まえたやつのもんだ!!」
その声に一部の男の士気が上がる。私は魔法陣を描きながら一番距離の近い男から拘束するためにツタを操った。魔法陣に魔力が注がれ数多の水の矢が放たれるのと、男が一人拘束されるのは同時だった。
急激に魔力を使ったからか身体が熱くなる。痺れるような熱を感じながら私は次の魔法を放つ。そして襲い来る男達をツタと水の矢で妨害しながらとびきりの魔力を込めて声を上げた。
「ティルベル!杖を持って……っ」
固有技能『天使の声』により、恐らくティルベルは強化されただろう。私が追い風を作り出して男達から距離を開けると、彼らは森の中を一直線に並ぶようにして追いかけてくる。
集団で走る場合に足の速さの差があるとこうなるのは必然……そして私はそれを待っていた。
男達に背を向けたままふっと息を吐き、魔法を組み立てた。森の中では圧倒的に有利である私と男達の距離はそこそこ開いていて、それを確認すると勢い良く振り向いた。
私の足先が地面に触れると、そこから地割れが発生する。『クエイク』は滞りなく発動した。
足を滑らせ裂けた地面に首まで飲み込まれる者や体勢を崩し転げ落ちた者。大半の者は水の矢にばかり気を取られていたようで、呆気なく穴に落ちていった。
穴は二メートルほどの深さのようで、少し威力を抑えすぎたかと思った。しかしその穴から這い出そうとする男達の背後から炎の矢が降り注いだ。ティルベルが植物の檻を燃やして支援しに来てくれたんだ。
それを見た私は思わず口の端がぴくりと上に動いた。そして取り出した鉄の矢に食用油の瓶を括り付けて女神の天弓で地割れの底に向けて放つ。瓶が割れた音と同時に炎の矢が底に落ち、男達は悲鳴を上げた。
そんな中でもクエイクに引っかからなかった者もいる。彼らは仲間を助けようとするのを諦めたのか私に向かってきた。
そいつらに後ろに跳び退りながら弓を構え、鉄の矢を放つ。矢は先頭を走るソフトモヒカンの腹部に的中するが、それでも止まらない。
私は止まる様子も矢を避ける様子もなく一直線に突っ込んでくるモヒカン率いる男達に向かって、距離的に当たらない正拳突きを放った。
突然空中に向けて正拳突きをしたから不思議そうな顔で見られたが、その不思議そうな顔は突如として現れた緑の巨大な拳に殴られて身体ごと吹き飛んだ。思わず後続が立ち止まると、私はチャンスとばかりに空中を殴る。
すると私の腕の動きを真似るようにして、同時に緑の巨拳が男を殴り飛ばした。
『セルカ様は僕がお守りします!』
マジムの声だけがその場に響き渡り、その有り余るやる気を表すように緑の魔力が溢れ出す。私の手足をコントローラー代わりにマジムに攻撃してもらう……簡単なことだ。
私は男達の表情が恐怖に染まっても尚、彼らを殴り続けた。
私は倒れた男達を念の為にツタで拘束し、それから一人一人に従属の轡をはめていく。ティルベルは少し惚けたように立ちすくんでいたが、周囲には魔物も敵もいないのでそのままにしておいた。
『天使の声』で半ば強制的に戦わせていたのかもしれない、などと申し訳なく思ったが、そこまで強い命令効果はないと思う……。
「ティルベル、大丈夫?」
私が声をかけると、彼女はびくりと肩を大きく震わせて返事をした。それから足元の小さな鍵に気付くとそれを拾い上げ、何かに気付いたように「あっ」と声を出して走り出した。
追いかけずに見ていると、ティルベルは馬車の荷台によじ登るとその中から一人の少女を探し出し、手を引いて出てきた。連れられて出てきたのは赤茶の髪の少女……アンネローズだった。三つ編みは解けかけていてその瞳には涙が浮かんでいたが、その涙は安堵からくるもののようだった。
見守っているうちにティルベルはアンネローズに抱きつき、くぐもったしゃくり声が風に乗って微かに聴こえてきた。
「無茶、した、でしょ」
薄く微笑みを浮かべたアンネローズが、喋りにくそうに言った。ティルベルは私に背を向けたまま先程拾った鍵でアンネローズの猿轡の魔法を解いた。猿轡が地面に落ちると、アンネローズは笑う。
「あは、助けに来た側が泣くとか……馬鹿じゃないの」
そう言う彼女も泣いていたが、ティルベルはひっくひっくと肩を跳ねさせて、それでも堪えきれなかったのか大声で泣き始めた。
男達全員に猿轡をつけ終えた私は手元に残った猿轡を見て、ふと思った。これ、つけられてても普通に皆喋ってる。喋ることを防ぐのが目的じゃなくて、舌にある奴隷の証を隠すために口を覆う形状になってるだけなんだなぁ、と。……まあ、同時に首輪の役目もあるのだろうが。
その後泣いて抱き合う二人をそっとしておいて、モヒカンのポケットに入っていたスペアキーを使って囚われていた『被害者』たちを解放した。
本当に皆誘拐されただけのようで奴隷紋も無く、自由になった私たちは朝になるのを待つことになった。翌朝駆けつけた街の冒険者たちは被害者たちを護送してくれるとのことだったので、私は被害者たちを冒険者に任せて、ティルベルたちを連れて三人で学院に帰った。
寮では取り乱して半狂乱になったトーマとそれを抑えるクランメンバー、そして一応無断外泊なので叱るために寮長が待っていて、無事に帰ってきた私たちを見て喜んでいた。(後で軽く怒られた)
私たちは笑って無事を喜び合ったが、それよりも気になることがあった。ティルベルとアンネローズ、あの件のことも仲直りしたのならいいのだけれど……。
Twitterにて表紙もどきを掲載させていただきました。とても綺麗に仕上がったのでぜひ見てほしいです!
(後程こちらにも載せると思います)