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第40話「自信と瓦解」

 その日はいつも通り、とは言い難い日だった。不穏な動きが見えていた。当然それはティルベルに関することだが、傍観を決め込むには気分の悪いものだった。

 それは悪口陰口のオンパレード。疑惑が次々とわいては尾ひれがついてかくさんされていく。ティルベルにとっては針のむしろのような環境だろう。

 昼の休憩時間、トーマを連れて廊下を歩いていた私は不意に足を止めた。

「何があったのか知らないけど、やる気がないなら来ないでちょうだい。学費の無駄だから」

 隣のクラスの貴族……と思われる少女が威圧的な態度で声を上げた。彼女は赤茶色の髪をおさげにしていて、ツリ目のせいか意地悪そうな印象を感じさせる。

 どうやらティルベルとは面識があるようで、ティルベルは小さな声で彼女の名を口にした。

「アンネ……ローズ」

 ティルベルの声には覇気がなく、伏せられた瞳は暗い色を宿していた。アンネローズはというと、ティルベルの顔を覗き込むようにしていた。身長はティルベルの方が高いのだが、彼女の瞳はたじろぐように揺らぎ、その震える姿はまるで蛇に睨まれた蛙。

 アンネローズはそんな様子のティルベルをみて、「子供の頃に戻ったかのようね」と小馬鹿にした笑みを浮かべ、それからじっとりとした視線でティルベルを射抜いた。

「今のあなたの方が、しっくりくるわ。ベル」

 愛称を口にしたアンネローズはつかつかと歩き去る。耳をすませばアンネローズはティルベルの幼馴染だということがわかったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 違和感を感じたが、それを解消するより先に私はティルベルに駆け寄った。唇を噛んで俯く彼女は今にも泣き出しそうで、放っておけない気持ちになったのだ。生徒達は注目こそすれど助けなど差し出さず、ティルベルの周囲には空間ができていたが、私は躊躇なくそこに踏み込んだ。

 私はティルベルだけを見据えて、小さく口を開いた。

「行こ」

 ティルベルにだけ向けられたそれは『天使の声』の技能を使ったものだった。無防備な状態だったティルベルには最も効果的な声掛け。

 そして私の目論見通りに彼女は震えを止めて私に付いてきた。敢えてアンネローズと反対方向に向かい、それからそのまま私とティルベル、そして少し離れて付いてきているトーマの三人は食堂に着いた。

 少し落ち着いた様子のティルベルは向かいの席に座るとトーマが運んできた注文通りの料理に口をつけた。それからは完食するまで無言が続き、しかし量が少なかったために先に食べ終えたティルベルが席を立つこともなく、その後に改めて会話をすることが出来た。

 人が少なくなった頃に、ようやく私は口を開く。

「ティルベルさん、あの試合のことをまだ引きずっているの?」

 彼女は小さく首を縦に振る。迷いが見えるので、どうやらそれだけではないのだろう。それでは先程の子が関係しているのだろうかと質問すれば、これもまた迷いながら頷いた。

 そして彼女が周囲を気にしながら「消音結界」と呟き私たちとティルベルの周囲を覆った。聞かれたくない話なのかな。

「詳しくは……話せない。……アンネは私の隣人だったんだ。幼馴染で、実力の差はあれど魔法の練習を一緒にしたり、毎日会っていた。アンネは……アンネローズは、貴族として威張っている私……私が嫌いなんだ」

 私は相槌を打つ。つまりティルベルが元平民、またはアンネローズが元貴族だということはほとんど確定だろう。貴族の住宅街は土地も建物も高くて一般市民に住めるような場所ではない。

「それに、ベルリカ家の長女として、私は強くないといけないんだ……誰より……お前より……」

「ええと、負けたからそれを引きずっていて、そこにアンネローズが追い打ちをかけたってことで合ってる?」

「合っているよ」

 ティルベルは眉尻を下げて唇を震わせながら肯定した。悲痛な表情。私にはその全てを到底理解できないような気持ちが、彼女のうちに渦巻いているのだろう。

 この様子ではティルベルは家からの重圧と幼馴染のキツい態度に耐えられない。なんとか……したいけれど。


 私たちは食堂から人がいなくなるまで話した。それでも私が力になれることなどほぼ無くて、心配ばかりが増えていく。内に秘めていた感情のいくつかを吐き出したティルベルとは打ち解けることができて、薄く微笑んだ彼女は感謝を述べると席を立った。

 暇な訳では無いのだ。彼女も私も、私たち以外の生徒も、修行の最中である。私たちも気を取り直して放課後の訓練へと切り替える。

 そのとき、私のルーンバングルが小さく光を放ち、明滅させた。通知を切っていなかった私とライライは、その光に反応してルーンバングルを起動した。

 それは学校からの通達ではなく、先生からの一斉メールであった。タイトルは『伝え忘れていた』。内容は誘拐事件が王都とその周辺都市で発生しているので気をつけろ、というものだった。ホームルームで伝え忘れたにしては重要というか……そんな内容だった。

 でも、学院都市は大樹魔林攻略を狙う強い冒険者が集まっているから、そうそう犯罪なんてないと思う。路地裏は少し治安が悪いかもしれないけれど、それでも冒険者が見回ってたりするから。

「今日はもうあまり時間もないし真っ直ぐ寮に戻ろう。夜ご飯は適当なものでいい?」

 私がそう提案すると全員頷き、私たちは少し早足で部屋に帰った。部屋では流石に魔法の訓練は出来ないので、しばらく私が教師役をして魔力操作の訓練をした。それからトーマ(の魔法)をコンロ代わりにして買い置きしてあった干し肉や魔物肉を焼いた。勿論野菜も忘れずに、全員分のご飯を作った。

 完成した料理を前に耐えきれないと言ったふうにしているバウをなだめて私たちは祈りを捧げる。

今日(こんにち)も、我々に生きる糧を与えてくださったことに感謝します」

 フレイズへの感謝は、ずっと忘れずに心の中にある。

 ふたつの感謝を込めたお祈りを終えた私は、少し遅れてご飯を食べ始めた。簡単な調理だけでも、この世界の食べ物はすごく美味しい……。




 翌朝、話を聞こうとアンネローズを待っていた私たちだが、彼女はとうとう現れなかった。同室だという子が「私が出る時にはまだ寝ぼけてるみたいだった」と話していたので先生方は遅刻だろうなと笑っていた。

 今日に限ってアンネローズが遅刻してしまうなんて、と落胆する私だったが、それなら放課後に捕まえればいい。思い直して授業にはげんだ。

 しかし授業を中止して急遽早められたホームルームで、ナハト先生はいつも通りの調子でだらだらとしながら告げた。

「あー、あと、結局アンネローズは欠席だったぞ。寮に確認しに行ったが姿は見えず、制服が無かったから誘拐の可能性が高いな。くれぐれも気をつけるように〜」

 重要性の低そうな雰囲気で話していたので私含めたAクラスの生徒は一瞬遅れて反応した。生徒達は口々に騒ぎ立てる。私は咄嗟にティルベルを振り向いた。

 だが予想に反してティルベルは平常心のようで、私と目が合うと首を傾げた。そうだよね、冒険者たちが助けてくれる……そのはずだから。

 私は肝の冷える思いをしながら、不安を押し込んで微笑み返した。無駄な心配をさせるべきではない。ティルベルは今、心が不安定なのだから。


 まだ明るいうちに街へ出た私は食料や調理器具を揃える。今日は私ひとりでの外出だが、私の強さを知っているクランの仲間たちは心配しながらも送り出してくれた。何より私の顔はそこそこ知られているので、表通りを歩いているぶんには安全なのだ。

 買ったものをぽんぽんと異空間収納に放り込んでいった私は、そろそろいいかなぁと思いながらもぶらぶら歩いた。そしてついつい露店に売られている料理を買ってしまう。馴染みのない商品を見つけてしまったので、思わず買ったのだ。夜ご飯が入らなくならないように、買うのは人数分の……チョシーという揚げものの串にした。

 いい匂いと聞き慣れぬ名前に惹かれて買ったのだが、お味は?まるいピンポン玉くらいの大きさの揚げ物を三つ串に刺した商品のようだが。

 ベンチに腰掛けた私は揚げられた熱々の生地に火傷しそうになりながらかぶりついた。

 途端においもがメインとなっている生地の中から肉汁とチーズが絡み合ったソースが溢れ、熱とともに口の中に広がった。香辛料の程よい酸味が鼻に抜け、思わず私は笑顔になる。好きなやつだ、これ。

 食欲をそそる香辛料に煽られた私はひとつめのチョシーを一気に食べた。それからふたつめは、異空間収納からお皿とフォークを出してその上で割ってみる。

 食べ物はほとんど地球と同じなので、おそらく生地はじゃがいもベース。中には癖の強い肉とチーズ、酸味と少しの辛さをもつ香辛料が入っているようだ。揚げたてあつあつなのでチーズはとろけていてお肉も柔らかくて……思い出したら待ちきれなくなって、私はすぐにフォークでチョシーを刺して口に運んだ。そこからはもう、他のことを考えられないくらいに味わって集中して食べた。

「あっ、冷めちゃう」

 気付いた時にはみんなのぶんはほとんど冷めていて、私は少し申し訳ない気分になる。ちゃんと温め直してから食べてもらおう。そう思って異空間収納にチョシー串をしまった。

 私は急ぎ足で帰路につく。予想以上に美味しくて作りやすそうなものを発見したのだから、多少の遅れは許してもらえるだろう。鼻歌交じりで歩く私をみた冒険者たちがつられて笑顔になった。

 そうして歩いていると、見知った者が路地に入っていくところを見てしまう。ブロンドヘアーがふわりと揺れて暗い道に消えていった。

 危ないって話をされただろうに、何故薄暗い路地に。私はメールで帰りが遅くなることをトーマに送ると急いで彼女を追いかけた。

 ……でも、普通なら私の方が足が速いので追いつくはずなのに、ティルベルは見つからなかった。もしかすると途中の店やもっと暗い路地裏に行ってしまったのかもしれないが。

 見失ったものは仕方ない。

 そう思って帰ろうと、した。

「おお、またいい獲物が見つかったぜ。今日はなかなかいい日だな」

 そう声がした時には私は魔法の準備をしていた。細い分かれ道から出てきた声の主は男一人のようで、右手にはナイフ、左手には猿轡のようなものを持ち、私に向かってきた。猿轡のようなものには見覚えがある……奴隷の拘束具だ。

 私は暗いことを利用して闇属性の魔法を使い、見えにくい攻撃を繰り出した。闇の矢は寸分違わず男のナイフを打ち砕く。

「お前も魔法使いか。でもこの距離では勝てないだろうよっ」

 走りながら手を伸ばしてくる男は、どうやら私の噂も何も知らない外の人間らしい。または冒険者ギルドに立ち入れないようなならず者。ともかく誘拐事件に関連する者とみて間違いないだろうから、私は女神の短剣を構えた。

 だが怯まない男は突っ込んできて、私を押し倒そうとする。しかし男が先程出てきた細い路地とは違い避ける場所があるこの路地で直線的に突撃したのは愚直だった。私は腕をかわしてそのまま男の足元に植物を張り巡らせ、転ばせた。

 そのまま植物のつるを手足に絡めて拘束し、猿轡のようなものも奪う。異空間収納に収納して名称を確認すると、従属の轡という名前が表示されたので間違いない。

 私は気が進まなかったが男の上に乗り、短剣を喉元に当てて脅す。

「またいい獲物が見つかったぜって、つまり私以外にも誰か襲ったってことだよね?」

 男は頷いた。それから頼んでもないのに語り始めた。

「三つ編みのガキと、今日は炎の魔法使いのガキを捕まえた」

 私はそれを聞いて、十中八九アンネローズとティルベルだろうなと予測して顔を顰める。それから男に従属の轡を差し出すように言うと、彼が出した十個の猿轡のうちひとつを彼につけた。

「ここで冒険者を待ってね」

 確かな命令をされた男は、従属の轡の効果で逆らうことも出来ずにその場に座り込んだ。私は冒険者ギルドに連絡すると、そのまま走り出した。無属性の魔力を糸のように路地に張り巡らせて、ティルベルの魔力を探す。その操作は難しく頭痛と同時に鼻血が出たので途中からは有り余る魔力を薄く広げるだけにした。

 そして彼女の特徴的な魔力はすぐに見つかって、私はそれを追う。感知した魔力は弱々しく、私は一層足を早めた。

チョシーは私の好きな食べ物です。小学生の頃に書いていた小説に「こんなのがあったらいいなぁ」と思い書いたところ、母が作ってくれたのです。

再現はわりと簡単だそうです(*^^*)

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― 新着の感想 ―
[一言] だいぶ参考になりました。 ありがとうございます。
[一言] 具体的なレシピなどいただけませんかね? 貴方のご家庭の味(母のレシピ)はどのようなものでしょう。
[良い点] 飯テロ? チョシーが食べたい。 どこで売っているのでしょう? やはり、自作の必要があるでしょうか。
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